百島百話 メルヘンと禅 百会倶楽部 百々物語

100% pure モノクロの故郷に、百彩の花が咲いて、朝に夕に、日に月に、涼やかな雨風が吹いて、彩り豊かな光景が甦る。

テンキュウ。

2022年03月20日 | 百伝。

百歳間近の高齢者ご夫婦が施設で暮らしていました。

奥様は、若い頃に女学校に通っていたらしく、ちょっとした英語を使っていました。

サンキュウ、ヨンキュウ、ゴキュウ・・ヒャクキュウ、センキュウ、マンキュウと延々と同じ事を言っていました。

ありがとう、ありが十、ありがとう二十(はたち)・・という具合に、まったく想いが込もっていない「ありがとう」を連発する楽しい方でした。

今年早々、90歳半ばで逝きました。

その一方で、御主人は満百歳で寡黙な性格、毎朝新聞を読みます。

戦時中は、フィリピンに派兵されていたとの事。

偏屈そうな御主人からは一度も「ありがとう」という言葉を聞いた事もなく感謝の一言もありません。

つまり、「ありがとう」を言わない人間の方が精神的にストレスも少なく、人間関係上優位になるのではないか?と考えてしまうのです。

でも「想いが込もっていなくてもアリガトウ」を連発した方が、人生の晩年まで楽しいかもしれません。

アリガトウの軽快さです。

怨みつらみ憎しみを残して逝く人生は辛く、ハッピーエンドではありません。

戦争は罪です、だから反対します。

奥様が亡くなったあと、百歳の御主人はイッキに弱気になって泣いていました。

奥様の四十九日の日、百歳の御主人も逝ってしまいました。

合掌

昔からの言い伝えは、正しかったです。

今まで言ったこともない「ありがとう」「おおきぃにぃ」と言います。

人間、死期が近づくと、素直に「大きに有り難う」、全てに感謝したくなるのかもしれません。

百歳の寿命を全うした御主人も「ありがとう」の言葉を最後に多く残して黄泉の国に旅立ちました。

アリガトウの重みです。

テンキュウ。

感謝。