田無の万華鏡 (旧名田無の日記帳)

西武新宿線の急行が鈍行になってしまう街、井口資仁を生んだ街、田無に住んでるカオスな人が野球について語るブログ。

さようなら、0系

2008-12-01 00:47:02 | その他
「夢の超特急」0系が引退 岡山、博多へファン3千人(共同通信) - goo ニュース

0系の名を知らなくても、あの「顔」を知らない日本人はいないだろう。
あの何ともいえない「表情」。
昭和30年代はあの顔が未来そのものだったのだろうが、コンピューターで空気抵抗が計算されつくされた「顔」をもつ今の新幹線の車両たちと比べると、人間味溢れる顔に見えてくる。

今から9年前、1999年に東海道新幹線から姿を消した0系。
その4年前、1995年には食堂車の営業が終了していた。
自分の中では、0系と言えばひかり、16両編成、食堂車とビユッフェが当たり前の姿だったので、広島や博多のほうで、6両編成に縮められて走る0系は0系ではないと言ったら言い過ぎかもしれないが、正直ピンと来なかった。
ただ昨日、すべての0系の営業運転が終了というニュースを見ると、ひとつの時代の終わりを感じる。

東海道新幹線を作る際には、日本は世界銀行から金を借りる立場だった。
それから40年以上の月日が過ぎ、日本は世界中の国に金を貸す立場になっている。
日本の成長、発展のために走り続けたといっても過言ではない0系。

当時の日本の技術の結晶であった0系。
0系がなければ、東北、上越新幹線はもちろんのこと、フランスのTGV、ドイツのICEなどの高速列車もその存在はかなり変わったものになっていただろう。

0系が東京駅に来ることはもうないけれども、あの姿は自分の心の中から消える事はないはずだ。
たかが新幹線、されど新幹線である。
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