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お気に入り映画7…サウンドオブミュージック、トラップ家の大脱走!

2018-05-19 22:06:06 | ドラマ・映画・テレビ、芸能、演劇…楽しさ、感動は人生の潤い

これも素敵なミュージカルです。こう見るとかなりのミュージカル好きです。
最初にマリアが山で歌っている時から爽やかな空気が感じられました。音楽も
かの有名な"ドレミの歌"ばかりでなく、素敵な曲が多くあります。
 個人的には、パーティの終わりに子供達が一人一人歌いながらベットに行く
時のシーンと歌が好きです。

 ① 『サウンド・オブ・ミュージック』(英: The Sound of Music、「音楽の音」の意)は、1965年に公開されたロバート・ワイズ監督、ジュリー・アンドリュース主演のミュージカル映画。20世紀フォックス配給。

 リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世の名コンビが1959年11月にブロードウェイで初演したミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』を原作とするミュージカル映画で1965年に世界的に大ヒットした。

 この映画は第38回アカデミー賞で作品賞、監督賞(ロバート・ワイズ)、編集賞(ウィリアム・H・レイノルズ)、編曲賞(アーウィン・コスタル)、録音賞(ジェームズ・P・コーコランとフレッド・ハインズ)の5部門を獲得し、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン二世の最後の作品でもあった。



 ② 実際のトラップ一家
  (1)ゲオルク・フォン・トラップは、1880年、現在の クロアチア西部の海辺にある都市ザダル(Zadar)で生まれ育つ。父アウグストはオーストリア海軍中佐で1876年に騎士に叙せられたが、1884年、ゲオルクが4歳の時にチフスで亡くなった。一家はしばらくトリエステに住み、後にオーストリア海軍基地があるイストリア半島のプーラに移住した。

(2)再婚
 1925年にトラップ一家は、ザルツブルク郊外のアイゲンにあるトラウン通り34番地(現ゲオルク・フォン・トラップ通り)に引っ越す。1926年10月、学校を病気で休みがちだった次女マリーア・フランツィスカと幼い四女ヨハンナのために、ノンベルク修道院に家庭教師の派遣を依頼し、マリーア・アウグスタ・クチェラが修道院長の勧めに従い9ヶ月間の予定でトラップ家に住み込む。

 1927年6月、ゲオルクはマリーア・アウグスタに求婚し、11月にノンベルク修道院で結婚式をあげる。このときゲオルクは47歳、マリーア22歳。子供たちは長男ルーペルト16歳、長女アガーテ14歳、次女マリーア・フランツィスカ13歳、次男ウェルナー12歳、三女ヘートウィク10歳、四女ヨハンナ8歳、五女マルティーナ6歳であった。やがてマリアとの間にも1929年に六女ローズマリー、1931年、七女エレオノーレ、1939年、三男ヨーハネスの一男二女が生まれ、12人の大家族になる。
 ※ 約二回りも違っている。

 (3)オーストリア併合と亡命
1938年、オーストリアがナチス政権下のドイツに併合(アンシュルス)される。オーストリア全土にドイツ軍の進駐が進み、完全にドイツの下に組み込まれたが、ゲオルクはナチスの旗を家に飾ることを拒否し、ドイツ海軍省からの召集も拒否した。また、アドルフ・ヒトラーの誕生日にミュンヘンで行われるパーティーで、一家が祝福の歌を歌うことを要求され激怒しつつも、これ以上ドイツに抵抗すれば家族に危険が伴うことを恐れ、一家でオーストリアを離れることにした。

アメリカ合衆国のエージェントから公演の依頼を受けていたこともあり、一家と行動を共にすることに決めたヴァスナー神父とともに汽車を乗り継いでイタリア、スイス、フランス、イギリスへと渡り、サウサンプトンからアメリカへ向けて出航した。アメリカでのビザがきれると再び一家は北欧へ渡り、そこでもコンサートをおこなって、第二次世界大戦勃発直後の1939年10月にニューヨークへ渡った。

(4)渡米と死
1941年、バーモント州ストウの農場を買い取り、ザルツブルク風のロッジを建てる。1942年、ルーペルトとウェルナーは兵役に志願しイタリア戦線に従軍、後年無事に復員する。1943年、アメリカの市民権を申請する。1947年、第二次世界大戦後のオーストリアの人々の窮状を知り、「トラップ・ファミリー・オーストリア救援隊」を設立して、救援活動を始める。

一家は西海岸へコンサート・ツアーに出かけるが、コンサート・ツアーの途中でゲオルクはニューヨークの病院に入院した。その後、ストウの家に戻って静養するが、1947年に肺がんのためストウで67歳で死去した。一家は1948年に合衆国市民権を獲得した。

※ まさに波瀾万丈の人生です。
















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1 コメント

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私も何回も観ました (うさこ)
2018-05-19 23:36:14
読者登録をしていただいているうさこです。
『サウンドオブミュージック』は中学生の頃に初めて観ました。
マリアの澄んだ歌声に憧れ英語の歌を書き留め何度も何度も歌っていたのを思い出しました。
今どきのように何の機械もない時代でしたがそれだけに感動が大きかったです。

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