岸本晃の住民ディレクターNEWS

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改めて「記者」ではないよ、住民ディレクターは。

2007年11月13日 | Weblog
 新聞記者が政治を動かすような行為をすることが厳しく批判されている。記者といってもここで批判されている人は読売新聞のオーナー渡辺恒雄氏のことなのだが今でも主筆の立場であるらしい。先般の福田首相と小沢党首の大連立構想の裏で渡辺氏が動いていたということだ。要は記者は民衆のために権力を監視することが使命で客観報道をすべき立場にある。当事者となって政治を動かすなんてけしからん。ということのようだ。読んでいて住民ディレクターは「市民メディア」ではない、と常々話していることが改めて確認できる記事だなと感じた。恐らく「市民メディア」はマスコミと違い市民の視点を求められるものの、権力の監視をするという役割は共通するのではないか。市民メディアのMLなどによくそのような記事やお知らせが載っているので間違いないと思う。
 住民ディレクターは当事者が伝えるんだと、11年前から言い続けてきた。客観ではなく主観だとも言ってきた。しかも農家の松本佳久さんのお米をいかに売るかを考えている活動だ。明らかに記者活動ではない。だからいつも話題を探す必要はない、自分のことを語ればいいからとも話している。自己表現だから記者ではないし、自分で自分の米を映像で売り込むんだからこれはもうCMだ。だから記者ではなくてディレクターだ。
 ところが自分の米を売るために自ら企画し、取材し、編集し、発信することは独りよがりでは駄目だ。なぜなら売れないからだ。農家が自分の立場で米作りの苦労ばかりを伝えても買ってくれる人の共感を得ない。その農業の背景に「高く売らんかな」だけの金儲け精神が見えれば、街の人はひくだろう。松本さんのように山江村を愛し、山を愛し川を愛し、安全で安心な米や野菜を作ってくれている人だからこそ伝わる。どこで取れたかわけのわからない米や野菜よりは松本さんの米を買うほうが自分たちのためにもなるということが伝わっていくから買ってもらえる。そのことは米の生育だけ伝えているのでは駄目で、松本さんが日々暮らしている山江村とのかかわりや高齢者の現状や子どもたちのことを伝えていくことだ。
 最近、地域振興の手がなくなってしまって、いよいよ藁をもつかむような感じで住民ディレクターを取り入れようとするケースが増えてきた。人材養成をしつつ、結果的に作ったオマケの番組が役立つので同じ予算を使うならお得だということは11年前からまた話していることだ。しかし、即効薬や対症療法ばかり追い求めてきた人たちはせっかくの有効な手立てさえも結果ばかりに目が行ってプロセスを無視するので生かせない。で、「やっぱり駄目だ」と勝手なことを言っている。ところが全然駄目ではなく、その人たちの周辺には新たな動きが出来ている。しっかりとこの手法の主旨を汲んで動いている人が必ずいるからだ。主催者には見えぬから大きな意味で地域では継続できないのが残念だが、その一人から始まるのもまた事実で私はこの「一人」を探して全国を歩いてきた。
(写真は本日の毎日新聞) 

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