岸本晃の住民ディレクターNEWS

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大地から響く「地域の声」 応援団の心得2

2007年11月01日 | Weblog
 大地から響くようなしっかりとした声で後鳥羽上皇の島での暮らしぶり、後醍醐天皇の暮らしと島からの脱出、乃木稀典と名馬「寿号」の物語を語り続ける滝中さんに会った。名馬寿号とは乃木稀典が日露戦争に勝利し、ロシアとの交渉の席で敵に敬意を表し、軍人の帯刀を許可し、さらに思いやりにあふれた計らいにロシア人が感動し、軍人の一人が最高の名馬を乃木さんにプレゼントした。その名馬は「ス」で始まる軍人の名前にちなんで寿号(スゴウ)と名づけられ、乃木将軍が亡くなったあと、縁あって海士町に連れられてきた。名馬は今でも地元の人々の墓と同じところに墓が作られ、再び現代のロシア人を感動させている・・・、というような話だ。
 滝中さんには前回来た時に住民ディレクター講座を受けてもらったのだが今回は滝中さんが住む「崎地区」に乗り込んだ。凄いじいちゃんだ。土地の歴史を延々と語ってくれるが、そのどれもがまさに自分がその場にいたように語られる。しかしそれはそれで納得がいく。ご本人の想像力が非常に豊かなのだ。それは自分がまさに後鳥羽上皇だったら・・・、都から追われ、二度と帰ることがないあきらめの心境、土地の人たちのとまどい、当時の天気図まで想像できるほど海士のことを知りつくしておられる。海士を愛する根っからの海士人だからだ。海士の人間として少し時空を越えて自分がその時代にいたならきっとこうする、ああなるということが見事に読める人だ。まして天皇の血筋の方がどのような心境か、詠まれた歌を通して後鳥羽上皇の内面に限りなく迫っていく。この人の話を聞いた人はみんな完全に滝中ワールドに連れて行かれるらしい。さもありなん、と思う。海士町には多くの著名人が関係している。その中で滝中さんは後鳥羽上皇と後醍醐天皇に纏わる歴史と乃木稀典がロシアからもらった名馬「寿号」の話にもっとも力が入る。その理由は「多くの著名な人が来たといってもあの人たちは海士を通っただけの人、後鳥羽上皇や後醍醐天皇、名馬寿号はこの土地に住んでいた。そして今も我々を見守ってくれているんだ」と話す。昨日の「応援団の心得」に続く話で応援団は襟を正していかないと地元の人たちにあっという間に見放される。と、まずもう一度自らが襟を正そうと思った。
 この人の魅力はやっぱりビデオでお伝えしないといけない。で、全国行脚が続き、開店休業状態のプリズムTVの必要性を感じる今日この頃だ。


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