永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(39)(40)

2018年03月17日 | 枕草子を読んできて
 二六    にくきもの、乳母の男こそあれ    (39) 2018.3.17

 にくきもの、乳母の男こそあれ。女子は、されど近く寄らねばよし。をのこ子は、ただわが物に領じて、立ち添ひうしろ見、いささかもこの御事にたがふ者をば詰め讒し、人にも思ひたらず。あしけれど、これがとがをば、心にまかせ言ふ人しなければ、所得、いみじき面持して、事行なひなどするよ。
◆◆にくらしいもの、乳母の夫こそそうである。稚児が女の子の場合は、そうはいっても近くによらないので良い。男の子の場合は、一途に自分の物としてしっかり独り占めして、つきっきりで世話をし、ほんの少しでも、この男の子のお気持ちに背くようなことをする者を、詰問し、言いつけなどもして、人を人とも思っていない。悪い奴だけれど、この男を非難すべき点を言いたいように正直に言う人がいないので、得意になって、偉そうな顔つきをして、万事を取り仕切ったりなどすることよ。◆◆



二七    文ことばなめき人こそ    (40)2018.3.17
 
 文ことばなめき人こそ、いとどにくけれ。世をなのめに書きながしたることばのにくさこそ。さるまじき人のもとに、あまりかしこまりたるも、げにわろき事ぞ。されど、わが得たらむはことわり、人のもとなるさへにくくぞある。
 おほかた、さし向ひても、なめきは、などかく言ふらむと、かたはらいたし。まして、よき人などをさ申す者は、さるは、をこにて、いとにくし。
◆◆手紙の文句の失礼な人は、なんともひどくにくらしい。世間をいい加減に思って、書き流してある言葉の憎らしさといったら。かといって、たいしたことのない人の所に、あまりかしこまった言葉を使うのも、いかにもおかしいことだ。しかし、失礼な手紙は、自分が受け取っているような場合は当然のこと、人の所に寄こしてきているのまでが、にくらしい。
 だいたい、差し向かいでの会話に、失礼な言葉は、どうしてこんなふうに言っているのであろうかと、はたで聞いても聞くにたえない。まして、身分のある人に、そんな風に失礼に申し上げるのは、本人は利口ぶっていうのだろうが、実は愚か者で、ひどくにくらいい。◆◆

■をこ=ばか、おろか。



 男主などわろく言ふ、いとわろし。わが使ふ者など、「おはする」「のたまふ」など言ひたる、いとにくし。ここもとに「侍り」といふ文字をあらせばやと、聞く事こそおほかれ。
「愛敬な。などことばは、なめき」など言へば、言はるる人も笑ふ。かくおぼゆればにや、「あまり嘲弄する」など言はるるまであるも、人わろきなるべし。
◆◆男主人に対してよくない言葉づかいをするのは、とても劣ったしわざだ。自分が使っている召使い者どもが、自分の夫に、「おはする」「のたまふ」など、言っているのは、ひどくにくらしい。その言葉には、「侍り」という言葉を、代わりに置きたいものだと、聞くことが多い。
 (私が)「まあ、なんて愛敬のないこと。そんな言葉は。ぶしつけなこと」などと言うと、言われた人も笑う。こんなふうに感じられるからだろうか。人の言葉づかいを咎め立てをするので、「あまり馬鹿にしている」などと人から言われるときも、きっと自分がきまりが悪いからだろう。◆◆



 殿上人、宰相などを、ただ名のる名を、いささかつつましげならず言ふは、いとかたはなるを、けぎよくさ言はず、女房の局なる人をさへ、「あの御前」「君」など言へば、めづらかにうれしと思ひて、ほむる事ぞいみじき。
 殿上人、君達を、御前よりほかにては官をのみ言ふ。また、御前にて物を言ふとも、聞しまさむには、などてかは「まろが」など言はむ。さ言はざらむにくし。かく言はむには、などてわろかるべき事かは。
◆◆殿上人や参議などを、ただその実名を、少しも遠慮なげに言うのは、ひどく聞き苦しいことであるが、躊躇なくそう言ったりしないで、女房の局に召し使われているような身分の女をまで、「あの御前」とか「君」などと言うと、めったにないことでうれしいと思って、そう言ってくれた人を褒めることといったら大変なことである。
 殿上人や若君達を言うときは、尊い御方の御前以外では、官名だけで言う。また、御前で公卿同士でものを言うときには、御前がお聞きにあそばすような時には、どうして自分のことを、「まろが」などと言おうか。そのように自分の官名を言わないのはにくらしい。こんな時に官名をいうのには、どうして悪いはずがあろうか。◆◆

■名のる=実名。
■まろ=「まろ」は自称の代名詞。男女とも使う。親しい間柄で用いる。




 ことなる事なき男の、ひき入れ声して、艶だちたる。墨つかぬ硯。女房の物ゆかしうする。ただなるだに、いとしも思はしからぬ人の、にくげごとしたる。
 一人車に乗りて物見る男。いかなる者にかあらむ。やんごとなからずとも、若き男どもの物ゆかしう思ひたるなど、引き乗せても見よかし。透影にただ一人かがよひて、心一つにまぼりゐたらむよ。
◆◆特にどう
ということもない男の、息をひき入れて作り声をして、艶めかしているの。墨ののらない硯。女房が何かと知りたがるの。たいして好ましいとは思えない人が、にくらしいことをしているの。
 一人牛車に乗って見物をする人。いったいどういう身分の男だろうか。陪乗の人がいつもいるような高貴は身分でなくても、若い男たちで見物したがっている人たちを、どうせ席があるなら乗せてやればよいものを。牛車の御簾の透影として、たった一人ちらちら(衣装を光らせ)して、心を集中して、一生懸命見つめて座っているようであるよ。◆◆


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