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2013-08-10 12:49:26 | 日記
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1.【文体】文体というのは画家の画風と同じで、人格のようなものだと痛感した。
 ピカソのように画風を三度も天才もいるが、作家が文体を変えるのは難しいようだ。
 栃木の小島先生が、泉鏡花の『鏡花短篇集』(岩波文庫)、『おばけずき:鏡花怪異小品集』(平凡社ライブラリー)を贈ってくれた。まあ、お中元のようなものか。お心遣いに、お礼申し上げます。(その後電話があって「永遠のゼロ」を読んだ。私と同じように泣いた、と。)

 「おばけずき」には珍しく随筆が含まれており、関東大震災に触れたものが3本、城崎温泉について書いたものが1本あった。
 これで関東大震災については、田山花袋『東京震災記』(河出文庫)、田中貢太郎『貢太郎見聞記』(中公文庫)、吉村昭『関東大震災』(文春文庫)との比較が可能となった。
 城崎温泉については、この春旅行したので、実体験と志賀直哉「城の崎にて」との比較が可能になった。

 関東大震災について、私は2点関心をもっている。
 第一は、死者4万人以上を出した「本所被服廠跡」の業火を、観察者がどうとらえたか?
 第二は、朝鮮人虐殺につながった、流言飛語は、観察者にどうとらえられたのか?
 である。

 一番つまらないのが、田山花袋で、地震発生から4日目の9月5日になって、本所の被服廠跡に出かけている。
 「そこには黒焦げになった人間の頭顱が、まるで炭団でも積み重ねたかのように際限なく重なり合っているではないか。『あ、これだな!これが被服廠だな!』突差の間にも私はこう思った。…私はどうしてもそれを見ることが出来なかった。正面に見ることが出来なかった。」
 花袋の被服廠についての記述はこれだけである、たった。

 鏡花は麹町付近に住んでいて、本所被服廠には行っていない。その替わり、麹町、番町、赤坂あたりの火災の様子はよく観察している。
 「火事は、中六番町から黒煙を挙げたのがはじまりである。-『水が出ない、水道が止まった』という声が、…私たちの耳を貫いた。…斜めの空はるかに、一柱の炎が火を捲いて真っ直ぐに立った。続いて、地軸も砕くるかと思う凄じい爆音が聞こえた。」
 と砲兵工廠の炎上・爆発と、その後に起こった日本橋薬問屋の薬倉爆発を記録している。古めかしい美文調の文体ながら、地震と同時に停電と断水が起こったことをちゃんと認識している。花袋にはこれがない。

 田中貢太郎の「変災序曲」は、まず震災発生時に自分がいた位置つまり座標軸の起点を「茗荷谷の自宅」と明記している。その朝、訪ねてきた友人と歓談している最中に地震に見舞われた。すぐに周辺一帯を視察している。問題の砲兵工廠の火事も見物している。
 「死体の匂い」には、9月6日に、本所被服廠を訪れたときのことが書いてある。彼は神田から本郷を経て東京駅に行き、そこから日本橋を経て浅草に向かったので、途中の模様がすべて書いてある。
 こういう風に、俯瞰図を与えた上で細部の描写に入るのが、「ルポルタージュ」の手法である。でないと第三者に正しく情報を伝えられない。この点、花袋も鏡花も落第である。
 9月5日に花袋が見たとする「黒焦げの髑髏のピラミッド」は貢太郎の記述には見られない。貢太郎は花袋が怖じ気づいて避けた広場の中に入って行った。

 「…中は一面の死体で、…人の盛りをこしらえてあった。二三十人ぐらいに見える所もあれば、百人ぐらいに見えるような所もあった。それは死骸を探しに来る遺族に判りやすくするためにこしらえたものであった。」
 「私は右の手で手拭いをもって、それで口と鼻とを掩うて,、左斜めに広場を突っ切るつもりで歩いた。一つ一つ死人を見ていては気持ちが悪くなって歩かれないと思ったので、一箇所に眼を留めずに進んだ。
 溺死人のように脹れあがった者、腐った魚のように半身がどろどろになった者、黒焦げになった者、そうした死体が二町四方(200メートル四方)もあろうと思われるところを掩うて見えた。」

 吉村昭『関東大震災』(文春文庫)によると、本所被服廠の死体集積が行われたのは9月5日のみで、作業員が日給5円という高給なのに、溶けた死体を運ぶのを嫌がって作業放棄したため、中止となった。焼却作業は遅々として進まなかったが、9月8日に重油火葬装置が組み立てられ、翌9日から3日間で残った遺体の火葬をすべて終え、骨を一箇所に積み上げたので、高さ3メートル余に達したという。

 この記載は9月6日に被服廠跡を訪れたとする貢太郎の記載と一致するが、9月5日に訪れたとする花袋の記載とはあわない。花袋が見たのは9月9日から12日までの光景であり、彼はウソをついている。

 結局のところ、この「本所被服廠の惨事」は約2万坪の空き地に、4万人の被災者が避難し、てんでに花見の場所取りみたいに居場所を占め、その周囲を持ちだした家財道具で囲った、そこを下町に発生した火災竜巻が襲い、人も家具も一挙に燃えあがって窒息した、のが原因である。

 震災被害の根本原因は、かつての水都江戸が、掘り割りを埋め、井戸を埋め、防火用水や貯水槽を廃止し、「初期消火」の体勢を失っていたところにある。もちろん、避難対策もおろそかで、家財道具を荷車に積んで狭い道に避難者があふれたから、火はこれを導火線として、やすやすと他の地域に燃え広がった。
 ところがこの貢太郎も、東京市の社会インフラの消失、つまり停電、断水、ガス供給停止には、まったく触れていない。

 第二の朝鮮人虐殺及び大杉暗殺事件だが、不思議なことに「社会運動に携わった人人」という論述もある、土佐出身の貢太郎は一言もこれに触れていない。
 ただ、「地震に乗じて朝鮮人が陰謀を企て、今晩は竹早町の小学校を中心にして放火を企てているから警戒せよ、というような張り紙をする者があったので、各戸から一人ずつ、小銃、刀、手槍など思い思いの獲物を持ちだして付近を警戒することになった」、
 と9月2日から茗荷谷では「自警団」が組織されたことを述べている。翌、3日には全東京に「戒厳令」が施行されている。以後、治安維持は軍隊の仕事になった。

 花袋は9月3日に宇都宮師団の兵士が隊列を組んで東京に入り、警備につくのを目撃している。しかし燃え残りの家や焼け跡からの略奪を防ぐための自警団は解散にならなかったようだ。
 箱根、伊豆、熱海方面に避暑に出かけていた人たちが徒歩で東京に戻る途中、焼け野原になった横浜を見て驚く場面とか、東京に入ろうとすると、自警団と軍隊に行く手を阻まれるとかいう場面は、自分の見聞録でなく、また聞きである。

 自警団による朝鮮人虐殺とか甘粕大尉による大杉栄虐殺には、具体的には触れていない。

 むしろ、古めかしい鏡花の文章が、真相に迫る糸口を提供してくれる。
 東京では水道が通じるようになると、昔からあった井戸を埋めてしまった。幸い鏡花の住んでいた番町には「番町皿屋敷」以来の、古い井戸が四、五箇所残っていた。井戸のある屋敷では町内の人に水を組むのを許したが、水不足はどこも同じで、番町に井戸があると聞いて、遠くからも女たちが水を汲みに来た。その家では「同じ町内に配るだけしかない。とてもよその町の人にまで差し上げられない」と断った。
 すると翌朝、井戸水に獣の毛がいっぱい混じっていた。井戸を覗くと三毛猫の死骸が投げ込んであった。

 9月3日の晩、夜番に立った鏡花は、本所から逃れてきて、同じ夜番に立った青年に、「井戸に毒が入れられて、近所の人が三人死んだそうですね」と話しかけられて、びっくり仰天した。噂の出所を訊ねると、「すぐ横丁の若い車夫から」と答えた。
 翌朝、本郷から見舞いに来た友人は、「やられたそうだね、井戸の水で。どうも私たちの方も大警戒だ」と、もう噂を知っていた。

吉村昭によると、9月3日、神田錦町警察署管内で「朝鮮人が井戸に毒薬を投じている」という流言がさかんだったという。(警察記録による)。この流言と鏡花が聞いたデマとは明らかに同一のものであろう。

 鏡花の偉いところは、自分の見聞と伝聞をちゃんと書き分けているところだ。これで「何者かが井戸に毒を投じた」という流言飛語の出所が割れた。この噂が急激に疑心暗鬼の人々に広まり、「やったのは朝鮮人、社会主義者」となったのであろう。
 結局のところ、大震災で停電し、ライフラインが全面ストップして、人々が飲む水に窮したのが、事件の根本要因なのである。取水を断られた所では、番町でなくても、類似の嫌がらせが多発しただろうことは、考えられる。災難の原因を「異端者」になすりつけることは、人間心理の特徴で、西欧社会におけるユダヤ人狩りの歴史をみればわかることだ。

 この一文は、「鏡花はダメで、ジャーナリストの貢太郎が優れている」という仮説で書きはじめたが、案に相違して、書いたものを実証的に比較検討してみると、淡々と身辺の見聞を記した鏡花に軍配があがるようだ。

 泉鏡花は不潔恐怖症で、自宅台所の天井板には継ぎ目のところに、障子紙が貼られていたという。食事中に上から埃が落下するのを防ぐためだ。自宅便所は客に絶対に貸さなかった。そこで訪問者はあらかじめ鏡花宅の付近にある雑木林で立ち小便をした。そこは鏡花の書斎から見通しが利くところで、鏡花は「いま表で小便した奴は取り次ぐな」と面会を拒否した。
 その鏡花が、震災で避難中に便意を催した。奥さんが気を利かせて、知り合いの髪結いの、無人の家に案内した。用をたした後、手を洗おうとすると、「白濁りでぬらぬらする」。気味悪がっていると、奥さんが「大丈夫よ、消毒が入っているからです」と言ったので安心した。
 大地震で断水しているのに、手を洗わないと気がすまないのだから、相当なビョーキである。

2.【ケティのおっぱい】毎朝、「産経抄」を読んでは首を傾げる日が続いている。
 8/8の同欄は、ワシントンポストの身売りを話題にした「ケティのおっぱい」。
 http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130808/fnc13080803190002-n1.htm
 ウォータゲート事件の追及をしていたポスト紙の社主キャサリン・グラハムについて、政府高官が取材記者に向かって、「記事に書くならケティ(キャサリン)のおっぱいを乳絞り器で締め上げてやる」と悪態をついたというくだり。ポスト記者は「おっぱい」を削除して記事にしたとある。

 「乳絞り器」は魔女裁判の時代に、拷問道具として実際にあった。いくらなんでも政府高官がこんな発言を、当の新聞社の記者に対して、まともにするとは思えない。何かウラがあるに違いない。
 おっぱいは米俗語で「ティティ(tittie)」という。Ketty's titties(ケティのティティ)なら、立派に韻を踏んでいる。ここは語呂合わせのブラックジョークであろう。これをそのまま記事にしたら、ユーモアのある米高官の勝ちで、ポスト紙が負ける。だから記者は「ティティ」の部分を削除して記事にしたのであろう。
 事実なら、発言を歪曲して報道したポスト紙が悪い。「産経抄」氏には、ぜひ英語原文をチェックしてもらいたい。

3.【汚染水】8/8の「毎日」と「中国」が福島第一原発から汚染水が1日300トン、海に流出していると報じている。(原発推進派の「産経」は報じず。)
 報道内容を検討すると、
 1)山側から原発に向かって地下水が1000t/day 流入する
2)うち400tが原子炉建屋地下に貯留する
 3)300tは原子炉建屋周囲のトレンチにある汚染水と混じり、海に排出される
 4)残り300tは汚染水と混じることなく、海に排出される、
 という計算らしい。

 本当かなと思う。
 地下水の1日当たり流入量が1000tとすれば、年に36万5000t=36万5000キロリットルである。
 この水は、福島第一原発の西にある山に降った雨と雪が地下水となったものだ。
 Googleマップと国土地理院の地図(添付1)を見ると、原発の後背地「北原」という所の最高高度は75m程度しかない。その西は急傾斜して「長者原」という平地になっている。立地の南北には海に注ぐ川が流れている。つまり、原発立地は最大でも、奥行き1.5Km、南北1.5Km程度しかない。面積はおよそ225万平方mである。
 https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja

 この範囲に、1平方m当たり、年に0.162t=162.2L=16万2,200mlの降水量があり、それがすべて地下水にならないと、1日1000トンの水量にならないはずだ。
 「降水量の定義」http://ja.wikipedia.org/wiki/降水量
 福島県の年間降水量は1200ml程度である。どうして福島第一原発敷地だけに、その135倍の降水量があるのか?

 どの記事も「政府試算」を鵜呑みにして書いており、試算の根拠を問うていない。これでは満足できない。東電ははじめ1000t/dayもの地下水が原発に流れ込んでいるなどと言っていなかった。
 これだと、国費投入を正当化するために、東電と国が結託して、でっちあげた数値だと言われても仕方がないだろう。

 東電は2011/12には「原発から漏れた汚染水の総量は45トン」と発表した。
 この程度なら小池裕章氏がいうように、タンカーを使えば貯蔵できるだろう。1日50トンの汚染水流出なら、20万トン・タンカーを使えば4000日はもつ。約10年だ。この期間に汚染水の発生を防止できなければ、廃炉も石棺も無理だろう。福島県の浜通りを無人地帯にするしかない。

 原子炉建屋に毎日400tも地下水が流入すると、すぐに満タンになるはずなのに、そうならないのは建屋のコンクリート床に穴や亀裂が出来ていて、地下に水が汚染水となって漏れているからだ。4)の残り300tは「汚染されていない」というのは、希望的観測で、もともと山肌が汚染されているのだから、流入する地下水自体がすでに汚染されている。最大で1000t/dayの汚染水が発生するとなると、20万トン・タンカーでも200日しか保たない。10年続けるには、20隻のタンカーが必要になる。その費用もさることながら、係留場所が大問題となろう。

 今の問題は、流入する地下水に対しては、せいぜい地下ダム(凍土遮水壁)を築く程度で、流入量を減らすことを全然考えていないことだ。
 これは私見では、長者原の海抜50mの等高線に沿って、北原地区に向けて山を貫通する長さ500mの水抜きトンネルを何本か掘ればよい。
 水抜き用だから、太くなくて良い。自動掘削機かトンネル工事用の機械にやらせればよい。地下水脈にぶち当たって、水が噴き出すようなら、そこで掘るのをやめたら良いだろう。この程度の作業なら、無人でできるだろう。
 流出した地下水は、長者原に今ある川に流れ込み、福島第一原発を迂回して「水産種苗研究所」のところで、海に流れ込むだろう。
 要は原発に流れ込む地下水脈を枯渇させればよいのである。

 海抜75mで南北に延びる山そのものを吹っ飛ばす案も考えたが、これはTNT火薬やダイナマイトでは無理で、小型原爆を使うしかないだろう。原発事故の尻ぬぐいに原爆を使うというのは、あまりにも辛辣なので、これは提案しないでおく。

 (私は算数が苦手なので、計算にもしかして誤りがあるかもしれない。誰か検算してみて下さい。お願いします。)
 この問題については、8/9の「中国」が継続報道をしているが、「水脈そのものの流路を変える」という案は、どこからも出されていないようだ。残念ながら…

4.【COI】ノヴァルティス社が過去10年間に、京都府立医大、慈恵医大、名大、千葉大、滋賀医大に合計11億円の奨学寄付金を出していたことが明るみに出た。
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG09069_Z00C13A8CR8000/

 そこで、日本移植学会があわてて「指針」を出した。
 いろいろ書いてあるが、理事長が製薬会社の寄付講座である場合のことが、書いてないのが可笑しい。
 http://www.asas.or.jp/jst/pdf/info_20130805_1.pdf

 そもそもこういうことは、上に立つものが襟を正してから、平会員に要求するものだ。
 なぜなら大多数の平会員にはこれは無関係で、上に立つものほど、COIに陥りがちだからだ。
 日本移植学会は、どうも通常の倫理感覚がないものが、牛耳っているようだ。

 このメルマガの読者には製薬会社の社員もかなりいる。ノヴァルティスの社員もいる。
 同社が現理事長に対する「寄付講座」を持続する可能性は、まあ消えただろう。もっともT教授もそろそろ定年なのかも知れないが…
 この人の定年後の人生が見物だ。

-- 難波紘二
鹿鳴荘病理研究所
739-2303 東広島市福富町久芳685-7
TEL/FAX=082-435-2216
「病気は自然の実験である」
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