Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてII

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

七寶寺 其の一(2016年6月26日参拝)

2016年07月23日 | 仏閣
例の如く寄り道しちゃったけど、
これから目的の七寶寺を参拝です。

事前チェックでは何でもありのお寺だったが、
実際に参拝してどう感じるのか楽しみです。


所在地:大阪府豊能郡能勢町倉垣1861
宗派:日蓮宗
御本尊:大曼荼羅・釈迦如来
創建:明暦元年(1655)
開山:本性院日光上人
開基:玉龍院日悦上人


【縁起】
当山は釈迦ケ嶽七面山七寶寺と号す。
もと真言の行場(霊場)であったと思われる。

江戸時代に入って慶長五年(1600)頃から領主能勢頼次公の外護のもとに、
本満寺貫首(のち身延山中興第二十一世)寂照院日乾上人とその一門によって、
能勢領内が教化されて、法華経・御題目が流布された。

頼隆公の子息頼春公は国土安穏・武運長久・子孫繁栄の為、
明暦元年(1655)当地に七面堂を寄進。
以後、七面大明神鎮護の場となった。

明治にいたり廃仏段釈の故に当山も荒廃を極めた。
昭和2年(1927)七寶寺中興開山本性院日光上人が入山、
ひたすら三宝に給仕し、一心に諸天に法味を捧ぐ。

昭和17年(1942)日蓮宗より釈迦ケ嶽七寶教会の認可を得、
さらに信徒の協力を得て、苦心惨惰、新たに七面堂を建立、
昭和21年(1946)七寶寺寺号公称の承認を得た。

山内各所に勧請されている諸仏諸天の慈悲を
しみじみと感じられる信仰の霊場である。


【慈母観世音菩薩】


駐車場に着くと観音さんがお出迎え。

しかし、横の境内に続く道を見るととんでもない急坂。

これは歩いて登っていられないということで車で登る。
軽自動車だったら結構ヤバいレベルの坂。

これで上に駐車場が無かったら泣くぞ。(^^;


【地蔵菩薩】


上に行くと無料駐車場がありました。(^^

今度はお地蔵さんがお出迎え。


【韋駄天】


雨が降ってきた。


【参道】


うーむ、もう坂はいやや。(^^;


【十一面観音菩薩】



【白蓮観音】



【延命地蔵】



【魚籃観音】


既に観音さんとお地蔵さん祭となっています。(^^;


【弁財天】






朱色の欄干の太鼓橋を渡ると一見不動明王に見える
弁財天がいらっしゃいました。

弁財天があんなモン持ってるか~普通。(苦笑)

しかも頭の部分をよく見てください。

鳥居の下に顔が。

決して心霊写真ではありません。(失礼)

髭を生やした僧侶のように見えるが詳細不明。(^^;

こんな異形の弁財天は見たことありませんね。


【浄行菩薩】



【明鏡観音】



【天道神】



【日蓮大聖人】


昭和55年(1980)造立。

ここまで結構登りましたよ。(^^;


【五大明王】







【聖観音】



【金色十一面観音菩薩】


巨大な観音様がいました。

このような巨大は仏像があるお寺は、
大概余り良いイメージは無いもんだが。

看板にはハイキングはお断り的な事が書かれた看板があり、
まともなのか排他的なのか現時点ではよく分からん。

本堂に先に参ってくださいと書かれていたので、
それに従い本堂を目指す。


【舞台】


上を見るとコンクリートの舞台があった。

あの辺りに本堂がありそうです。


【聖観音】


このお寺は本当に石仏が多い。

石材屋はめっちゃ儲かっていそう。(笑)


【鳥居】


昭和19年(1944)建立されたもの。

今度は急な石段がある。

今日は登りまくりで筋肉痛確定だな。(^^;


【洗心童子】



【金剛華観音】



【延命観音】



【石段】



【七面の滝】



【瀧見観音】


瀧見観音なんて初めて知りました。


【白瀧龍王】



【本堂】


ようやく本堂に到着。

昭和44年(1969)日光上人宿願により本堂(釈迦殿)が建立。

寺務所に本堂内参拝を伝えて堂内へ。

1階が内陣で2階が外陣で一般は2階の外陣に入れます。

身延山第二十一世寂照院日乾上人真蹟大曼荼羅を中心に、
釈迦如来立像や日蓮聖人像、普賢菩薩、文殊菩薩等が祀られていました。

一際目立つ釈迦如来がとても立派で、
堂内の雰囲気は凄く良かったです。

感動しました。

是非とも本堂を参拝していただきたい。

堂内は撮影禁止でした。


【七面堂】


明暦3年(1657)建立、昭和18年(1943)再建されたもの。

こちらも内陣参拝は寺務所に声をかけなければなりません。






日蓮聖人、七面大明神・大黒尊天・最上位経王大菩薩が、
祀られていました。




天井には八相睨みの龍が描かれていました。

七面堂内陣参拝は必須です。


【お滝場】


天狗が睨みを利かせた先には閉ざされた門。

この先は修行場なんで立入禁止でした。


【大黒堂】





【恵比寿・大黒天】





【オブジェ】


これは一体何?(^^;


【慈母観音】


何故か足元にポケモンらしきモノが。(苦笑)

コレは要らんわ~。(^^;


【子育て観音】



【三尊像】


左右の二体は中国の貴人のような感じでした。


【遥拝所】


ここからあの観音像が見れました。


【三仏堂】


急ごしらえのようなお堂です。


長くなりましたので続きはまた明日。

歌垣神社(2016年6月26日参拝)

2016年07月23日 | 神社
涌泉寺の隣に神社があります。

歌垣神社というちょっとシャレた名前の神社なんで、
行く予定が無かったが急遽参拝。


所在地:大阪府豊能郡能勢町倉垣1764
御祭神:速素盞鳴命、天御柱命、国御柱命、応神天皇、大山祇命、天御分命
創建:不明
社格:村社


【由緒】
当社はもと後背にあたる山腹45メートル余りの高地である厳石の上に、
四坪ほどの大岩を天然屋根として祀り、俗に岩神と称し、地域の人々の崇敬が篤く、
康保2年(965)4月4日上弦年の日に始めて苗代祭を行った。

建久7年(1196)社殿を現在地に移転した。
寛永2年(1625)領主の命により祇園牛頭天皇を勧請し玉性坊の僧が奉侍した。
明暦元年(1655)領主能勢勝左衛門尉源頼春は、
後背岩神の旧址に身延山の七面天女を移し今に伝えている。

明治維新後の神仏分離によって寺は廃絶し、社は八坂神社と改称した。
 
明治5年村社に列し、同40年字和田の子守神社等を境内に移し、
同時に村名を負わせ今の社名に改めた。
 
明治44年、新撰幣帛料供進社に指定された。
合祀神社中、子守神社は寛治5年(1091)兵庫頭源頼光の建立。
小戸神社は永正4年(1507)正四位下大和守源頼親の二男頼遠の建立。
永承4年(1049)山王神社は従四位下紀伊守源頼基の建立。
八幡神社は寛治5年(1091)吉野式部源頼吉の建立である。

境内は805坪の広さを神域として老杉におおわれた鎮守の森である。


【鳥居】


なかなか良い雰囲気です。


【狛犬】



【参道】


苔生した参道がたまらない。

ほとんど人が訪れていないようですね。


【舞殿】



【本殿】




本殿周りの雰囲気は凄かったです。

写真では余り感じないかも知れないが、
実際にその地にいると神域感をよく感じられました。(^^


【境内社】




小さい社務所はありましたが、
普段は無人らしく閉まっていました。

御朱印は恐らく無いと思います。