Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めて

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

味間奥 二村神社(2014年3月22日参拝)

2014-04-25 | 神社
文保寺と二つ目の二村神社へ行く為、
篠山市内から少し離れた味間地区へ向かう。




長閑なところです。



所在地:兵庫県篠山市味間南1097
御祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命
創建:不明


【第一鳥居】


更に山奥へ向かいます。


【第二鳥居】


この鳥居の横に無料駐車場があります。

左手には文保寺の参道があります。


【随身門】



【参道】



【境内】


静けさの中に凛とした佇まい。

これが田舎の神社のいいところ。


【由緒】



【拝殿】


いぶし銀の渋さです。


【割拝殿】



【本殿】



【狛犬】



【神輿庫】






近隣の神社を合祀されたとのことで、
神輿庫の中には二村神社、住吉神社、大歳神社の神輿が3基保管されていました。


【稲荷大明神】





【境内社】




本殿の左右に祀られていました。


なかなか良い神社であった。
御朱印の有無は不明ですが、無いと思われます。

普門山観音寺(2014年3月22日参拝)

2014-04-25 | 仏閣
河原町妻入商家の町並を散策。

篠山城下町として国の重要伝統的建造物群保存地区を指定されているが、
思ったより情緒は感じることが無かったです。



【丹波古陶館】




丹波焼の創成期から江戸時代末期に造られた代表的な品々が、
展示されているということで、見学させていただいた。

見事な自然釉壺や茶器、徳利等の数々。

素晴らしいコレクションだと思います。

焼き物好きの方は是非。
 

丹波焼を堪能し散策しているとお寺がありましたので参拝です。


所在地:兵庫県篠山市河原165
宗派:曹洞宗
御本尊:釈迦牟尼仏
創建:永禄五年(1562)
開山:嶺久和尚



【縁起】



【山門】



【鎮守社】



【鐘楼堂】



【本堂】


残念ながら本堂は閉められたままでした。


【観音堂】





【弁天堂】


尊像は弘法大師の作だそうです。


【郡八十八ヶ所霊場】



【鎮守社】



御朱印の有無は不明です。

本経寺・まけきらい稲荷(2014年3月22日参拝)

2014-04-24 | 仏閣
篠山には「まけきらい稲荷」という変わった名前のお稲荷さんがある。

最初は稲荷神社かなと思っていたが、
現地に行ってみると「まけきらい稲荷」には、
日蓮宗の本経寺が本院であることが発覚。

というわけで、まずは本経寺へ。

ここには無料駐車場があります。



所在地:兵庫県篠山市河原町92
宗派:日蓮宗
御本尊:大曼陀羅御木像


【縁起】


慶長6年(1601)高崎の城主松平安房守信吉が実母(徳川家康姉)菩提の為、
家臣都築和泉に奉行を命じ、茨城県土浦の地に建立した寺で、
開山持経院日泉上人を派遣した大本山本門寺の末流となる。

元和5年(1619)松平安房守信吉、丹波篠山城主として転封の砌り、
本堂を解体し船に乗せ瀬戸内海に入り、加古川口より曳き舟に乗せ替え久下に着き、
そこから牛車にて陸送し、河原町の現在地に敷地を賜わり移築建立された。

山号寺号はそのままとし京都大本山妙顕寺の末寺となる。

土浦に建立された折り、松平伊豆守の代より城中で祭られていた稲荷大明神(吒枳尼天)像を、
本堂脇に小堂を建て、開山上人は日夜給仕されていたが、
この御神体お道具も移築の折り篠山に移され、王地山の地に奥の院として観請された。

城主信吉公亡くなられて後、その子忠国公が襲封されたが、
慶安2年(1649)忠国公明石城へ轉封となる。

その折り、永く当山にとどまり衆生を救うようにとの霊告があって本経寺、
王地山稲荷社とも篠山の現在地にとどまる事を許された。
次代松平康重公、青山公と歴代城主の帰依を受け現在に至る。


【山門】





【本堂】


本堂は入れませんでしたので、外でお線香をあげさせていただきました。

本堂参拝後、歩いてまけきらい稲荷へ。
駐車場がありませんのでご注意ください。


【大鳥居】



【参道】


約200段登っていきます。


【平吉稲荷社】



【稲荷社】



【妙見堂】


當山第15世日現上人代に勧請され、
左脇には加藤清正公大神祇、右脇には芸能上達の弁財天が祀られていました。


【鳥居】


到着です。


【拝殿】




奥の本殿は格子のシャッターでガッチリ守られていました。

中で御守とかいろいろ売っていましたが、
御朱印は無かったです。

御守には印がいろいろ押してあったので、
御朱印を期待したのですが。


【狛狐】



【稲荷社】







【平左衛門稲荷社】



【日車天王社】


これにて本経寺・まけきらい稲荷参拝終了。


【遺芳殿】






次のお寺に車で向かっていたら道を間違えて着いた。(^^;

どうやらここは戦没英霊が祀られているようだ。


戦争といえば「永遠の0」の小説を読んだけど、
戦争は二度としてはいけないと改めて戒められた。


無能で部下の命を何とも思わない上官の為に、
愛する女性、子供を残し死んでいく男達。

戦争における非情な運命の不条理に怒りを感じる。

それと同時に死んでいった男達の無念さを思うと胸が痛む。


天皇陛下の為、お国の為に死ぬのは男子の本懐という美名の元、
多くの兵士と国民を無謀な作戦により死に追いやった、
A級戦犯をはじめとする軍部の上層部の連中は許せないと思った。

二村神社(2014年3月22日参拝)

2014-04-24 | 神社
龍蔵寺参拝後、372号線を走っていると
二村神社の社号標を見えましたので、とりあえず参拝。


所在地:兵庫県篠山市真南条中226
御祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命
創建:元亀年間(1570-1573)
社格:村社


【由緒】
二村神社は味間奥にある古刹文保寺の境内にあるものをはじめ、
古市、真南条などに鎮座している。

そもそもは古市見内の式内社二尊神社(二村神社)であったものが、
室町時代の宮座争いによって分裂したと伝えられる。

真南条にある二村神社の創立は元亀年間といい、以下のような話が伝わっている。
文明十四年(1482)、古市集落に祀られていた式内二尊神社(現二村神社)において
宮座争いが起こり、真南条村の名主が神殿の扉を押し開き
御神像一体を持ち出して真南条に持ち帰った。

名主は清流で御神像を浄めると、宮の谷奥にある山の磐座に御神像を安置して祀った。
その後、御神体を山中においたままでは勿体無いと、山裾を切開いた現在地に移した。

そして元亀元年(1570)石鳥居を、元亀四年(1573)に神殿を建て御神像を安置したのだという。


【鳥居】



【参道】


鳥居方面でパチリ。

車は境内にいくらでも停めれます。


【狛犬】


比較的新しい狛犬のようですね。


【拝殿】





【拝殿彫刻】



【狛犬】


拝殿横に置いてありました。

こちらはかなり年季の入った狛犬です。

新しい狛犬が出来たからお役御免になったのかな。(^^;


【本殿】



【境内社】







【八幡社】





【稲荷社】



御朱印の有無は不明ですが、
恐らくないと思われます。

龍蔵寺(2014年3月22日参拝)

2014-04-23 | 仏閣
372号線を走り龍蔵寺のバス停付近で左折し狭い山道を登っていく。




途中でエメラルドグリーンの池があったので、
車を降りて池を眺めていた。

ちょっと釣りがしたくなった。(^^


所在地:兵庫県篠山市真南条上1474
宗派:天台宗
御本尊:千手千眼観世音菩薩
創建:大化元年(645)
開山:法道仙人
札所:丹波古刹十五ヶ寺霊場



【縁起】
印度渡来の法道仙人に依り開かれ、人里離れた修験道の霊地、僧侶養成道場となる。

縁起には「仙人が山中の忍滝で修行せられていた時に、倶哩伽羅、大竜王が顕現し竜珠を示し
『これは是れ仏法弘通の重宝万民快楽の妙珍なり。この山に永く蔵して鎮護国家の霊場とせよ』
と言い姿を消した」と寺名の謂れがある。

平安期より天台宗風を護持し豊臣太閤時に御朱印を賜り、
徳川二代将軍から山林を知行寄附され、
篠山城主の信仰も厚かったことが現存する寺宝物類からうかがえる。

平安時代より修験道の行場として栄え最盛期には72坊を連ね、
高仙寺、文保寺と並んで多紀三山の一つに数えられた。

しかし明治以降衰退し観音堂、愛宕堂などが残るだけである。





こんな不便な場所にでも人は住んでる。

無料駐車場に車を停めて寺へ向かう。




行き止まりです。(泣)

てっきりあの階段を登った所にお寺があると思ったよ。(^^;




仕切り直し。

お寺はまだ上の方に行かなければならないようだ。




歩いて数分でお寺到着。

無駄に疲れた。(苦笑)


【山門】


実に質素。
だがこれがいい。


【観音堂】




御本尊や聖観音、十一面観音、西国三十三観音霊場、行者尊等が祀られているようですが、
残念ながらよく見えませんでした。


【鐘楼堂】


ここでファイト一発。


【愛宕山登山口】


ここから愛宕堂へ向かう。
0.7キロの道のりですが、竹の杖が置いてあったので借りていった。

これが大正解。


【石段】




これが歩き難いったらありゃしない。
石の大きさがバラバラだし、前日の雨で滑るし。

かなり荒れてる道です。

杖があって本当に良かった。


【石仏】


休憩しながら登ってもハァハァしっぱなし。

歩き難い道なんでちょっと油断すると足を挫いてしまうので、
怪我をしないように祈った。


【御神木】


この辺りで残り300メートル。


【鳥居】


お~、なかなか苔生した雰囲気がいい。




荒れてるなぁ。

階段を登ればすぐに愛宕堂に着くと思ったが、
見た通り危険過ぎて立ち入り禁止。

あと200メートル横道を歩いて登っていかなければならないようです。(泣)

平坦な道なら200メートルなんて楽勝ですが、
荒れたこんな山道はさすがにきつい。


【宝篋印塔】


鳥居の横にありました。


【参道】


上へ行くほど荒れていて、木が腐っている部分があって油断出来ない。

慎重かつゆっくりと登っていく。

ハァハァいいながらようやく到着。


【愛宕堂】




勝軍地蔵愛宕大権現が祀られています。


【石段】


こらアカンわ。

めっちゃ怖い。

ロープか鎖が無いと絶対降りれません。

こんな石段造るなよと小一時間説教したいわ。(^^;


【風景】


この風景を撮る時に滑ってちょっと焦った。

こんな所で滑落したら誰にも発見されないよ。(苦笑)


【船さか口】


ここから愛宕山の山頂に行けるそうですが、
更にキツイ尾根道でロープを頼りに登っていくみたい。

いや~、調子こいて山頂目指さなくて良かった。(^^;


しかし、登りよりも帰りの方が危険でしたね。

杖があれば足腰の負担も減るし、怪我の防止になる。

お寺巡りを始めてこんな山道を登るようになってから、
杖の有難味が分かるようになるとはね。(^^


【遠景】


ふぅ、ようやくお寺まで戻ってきました。

雄山登頂に向けて軽い運動になりましたわ。


【不動明王】



【御朱印】


観音堂の前に書置きが置いてありました。