とおいひのうた いまというひのうた

自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

『あいしているから』

2006年05月25日 19時39分44秒 | 児童文学(絵本もふくむ)
こんな素晴らしい絵本があるなんて。感動は、心の底まで、しみとおりました。
この世の いつわりの あいに 翻弄されつつ ひとすじの光のように信じていた「ほんとうの あい」

それが、目の前で、きちんとした形になって目の前にある。
絵本は、にっこりと、しかし力強く、「あなたの信じてきたことは本当ですよ」と
言ってくれている。

この絵本との出会いに、私は、まだ呆然としている。


(ストーリ)
もぐらのモールくんは、すから おちてしまったヒナをみつける。
モールくんは、ヒナを家にもちかえる。

野生の鳥のヒナの餌は生餌(たとえば、生きたみみず)だから
育てるのは、たいへんんなこと

でも モールくんは 育てる。だって、あいしているから。

ヒナは育って 飛べるようになる
でも モールくんは 手放したくない。だって、あいしているから。

でも、モールくんは 最後には分かる
野生の鳥は 野生へ帰すことが必要なことを

モールくんは 涙を流し 鳥を 放してやる
だって、あいしているから

表紙裏の説明
「何かを、またはだれかを
本当に愛するということは、
あいてにとって、
いちばん必要なことをしてあげること。
たとえ自分にとって、
それがどんなにつらいことでも....」

あなたも、このような本を傍らに置くと、きっと間違えないでしょう。
本当に、あいするとは、どういうことかを。
偽りの愛にまどわされず、自分を本当に愛してくれている人は誰かを見分けることができるでしょう。
そして、自分が、あいてを、本当に愛しているかどうかも判断ができるでしょう。

児童文学とは、かくあるべきというものを教えられた感じがしました。
つまり、人生の海が嵐になろうとも、いついつまでも心の錨の役割を果たすもの。
"善”なるものの追求か?
すぐれた絵本とは、何歳になって読んでも....心の錨になる。
美術の域に達した絵と、珠玉の詩の組み合わせの、凝縮されたシンプルな表現形
態「絵本」は、大人になっても心の錨になってくれる。
いや、児童文学、大人向けの文学などという安直な分類は、不要なのかもしれない、などと唸って考えさせられました。
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