徒然草

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映画「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」―伝説の女優の知られざる真実の物語―

2014-11-13 04:00:00 | 映画


 ハリウッドのトップ女優から、モナコ公国のプリンセスへ。
 おとぎ話のような人生を歩んだグレース・ケリーの、知られざる実話が綴られる。
 モナコはフランスに囲まれた世界第二の小国で、日本の皇居の2倍ほど2.02平方キロメートルの国土しかない。

 人気の絶頂期にモナコ大公と結婚し、26歳の若さでハリウッドを退いたグレース・ケリーだったが、文化も風習も異なる皇室になじめず、公妃としてだけでなく、一人の女性として苦難の日々を送っていた。
 モナコ大公レーニエ三世と1956年に結婚、華麗な婚礼の模様はニュース映画になって世界を駆け巡った。
 それから6年、1男1女の母となったグレース公妃が、驚くなかれ、政治、外交に優れた手腕を発揮していく姿を重点に、この物語は描かれる。






「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」
オリヴィエ・ダアン監督は、保守的な王室になじめなかったグレースが、ハリウッド復帰の誘いや、モナコが直面した国家的危機を乗り越えて、自分が本当に果たすべき役割を見つけ出すまでを丁寧に描いた。
女性の持つ情熱と自立の難しさを核心に据えて、ヒロイン役ニコール・キッドマンの熱演が見ものだ。

グレース妃(ニコール・キッドマン)はいつもよそ者扱いで、国になじめず、政治的にも多忙な夫レーニエ大公(ティム・ロス)との仲も不安な彼女は、ヒッチコック監督(ロジャー・アシュトン=グリフィス)の来訪で、女優復帰の話を持ちかけられ、心が揺れる。
この時期、アルジェリアでの戦争で戦費(大金)が必要なフランスのド・ゴール大統領(アンドレ・ペンヴルンが、無税のモナコへ流出したフランス企業から税を徴収するよう、執拗に迫っていた。
これを拒めば、軍隊の出動もありうると脅しをかけていたのだ。

レーニエ大公は、妻の映画出演は止めないが、極秘だったはずの映画出演の情報が漏れ、アメリカから来た女優上がりの公妃は容赦なく叩かれた。
グレースは、本格的にフランス語や宮廷マナーを学んで役作りをし、フランスによるモナコ合併の危機から、独立の自由と家族を守るため、一世一代の大芝居に挑むのだった・・・。

モナコに直接的な圧力をかけるフランスのみならず、アメリカ、ヨーロッパ諸国を巻き込んだ政治の駆け引きのさなか、そうした外的脅威はもちろん、王室内にちらつくスパイの影といい、当時のグレースがいかに追い詰められていたか、またモナコという小国がかに危機的状況にあったかが、つぶさに描かれる。
このフランス映画は、むしろ政治サスペンス、あるいは女性の再生ドラマの側面を見せ、そこそこ楽しめる作品だ。
フランスの圧力、大公との出会い、国民の反発、王室内の異様な確執と・・・、様々な葛藤を乗り越えて、主人公がまさに世界を動かした(!?)歴史的瞬間が、世界の要人を招いて開かれたパーティーのスピーチでついに花開く。

オリヴィエ・ダアン監督フランス映画「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」は、「生涯女優」の悲哀と覚悟を描いて胸を突かれる部分もある。
実話をなぞるだけのドラマではないからだ。
グレース・ケリー(1929年-1982年)が、国の命運を左右する重大な任務に関係していたという話を知っている人は、少ないのではないだろうか。
往年の映画でざっと思い出される彼女の出演作品に、「裏窓」(1954年)、「泥棒成金」(1955年)、「上流社会」(1956年)などがあるけれど、もう一度観たいものだ・・・。
この映画のラストシーン、各国の要人の前での、グレースの愛情に満ちたスピーチは圧巻だ。
映画女優としての表舞台から姿を消した、その後のグレース・ケリーの感動的な秘話を、エレガントにまとめた佳作である。
        [JULIENの評価・・・★★★☆☆](★五つが最高点

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2 コメント

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私なんかは (茶柱)
2014-11-13 22:54:57
女優さんも王室も殿上人ですからねえ・・・。
なんとも・・・。
グレースを・・・ (Julien)
2014-11-16 12:07:11
知っている人は、懐かしく思い出すでしょうし、知らないという世代の人には、機会があれば、レンタルや「午前十時の映画祭」などで、彼女の出演映画を観てほしいものです。

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