徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「ともしび」―芳醇な沈黙の向こう側に潜む重い現実と不穏な葛藤―

2019-03-01 13:00:00 | 映画


 イタリアの新鋭アンドレア・パラオロ監督が、英国女優シャーロット・ランプリングを主演に据え、人生を重ねた女性の苦悩と気概を、比類のない筆致で描いている。
 孤独を引き受ける女の覚悟と力強さというものは、こんなとき美しいものだ。

 主演のシャーロット・ランプリングは今年73才、「まぼろし」2000年)「さざなみ」(2015年など、老境にさしかかった女性の、陰影深い心象風景を見事に表現し、圧倒的な存在感を放っている。
 この作品は、老境に入ってささやかで平穏な日常、家族との結びつきを根こそぎ奪われてしまった主人公が、絶望の渕から生還し、再び生きなおす決意を遂げる、感動的で静かなドラマである。
 シャーロット・ランプリングのほとんど一人芝居という見方もできる。
 彼女は、2019年ベルリン国際映画祭でこれまでの功績により、名誉金熊賞受賞している。



ベルギーの小さな地方都市・・・。
老年にさしかかったアンナ(シャーロット・ランプリング)と夫(アンドレ・ウィルム)は、慎ましやかな暮らしをしていた。
小さなダイニングでの煮込みだけの夕食は、いつものメニューだ。
会話こそないが、そこには数十年間に培った信頼があるはずだった。
しかし次の日、夫はある疑惑により警察に出頭し、そのまま収監される。
そして、アンナの生活は少しずつ崩れていく・・・。

アンナは、疎遠になっていた孫の誕生日にケーキを焼いて家を訪ねても、息子からは冷たく拒絶され、駅のトイレでひとり号泣する。
パートの仕事を早退したアンナが小学校まで出向き、孫の姿を陰からそっと見つめるシーンといい、彼女が奇声を発し、顔を真っ赤に染める最初のシーンといい、このアンナの抱える不穏な静けさ(?)は何だろう。
彼女は次第に孤独にさいなまれていく。

夫はある疑惑で刑務所に収監されるが、それが何の罪によるものかは明らかにされない。
カメラはもっぱら、アンナの仕草や表情を追い続ける。
シャーロットの陰影に富んだ表情は、老いた女の内面の激しい葛藤や孤愁の心理を象徴的に見せる。
しかし、そこにはアンナの持つ強靭な意志がにじんでいることを見逃すわけにはいかない。
それこそが、彼女の「ともしび」なのだ。

アンナは夫の収監を受けて心も精神も衰え、結果的に自意識まで喪失してしまう。
メタファーである漂着した鯨が登場するが、そこは、死にゆく、あるいはもしかしたらすでに死んでいるかもしれない何かを反映している。
アンナは、鯨と自分の姿を同一視しているのかも知れない。印象的なシーンだ。
このアンドレア・パラオロ監督フランス・ベルギー・イタリア合作映画「ともしび」は、ストーリーの中心に謎めいて見える老女の当惑と絶望を据えて、その中で自身を見つめようとする。
人生の“生きなおし”とはこのことか。
この映画に説明描写は必要ない。
明るく楽しい映画とは真逆の、悲痛にうめく女を描いた作品だ。
それだけに、シャーロット・ランプリングの存在は大きいと言える。
女優の凄味さえ感じられるではないか。
        [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点
次回はノルウェー映画「ウトヤ島、7月22日」を取り上げます