徒然草

つれづれなるままに、日々の見聞など、あれこれと書き綴って・・・。

映画「八月の鯨」―ハリウッドの黄金期の女神たちが織りなす人間模様―

2013-06-13 21:30:00 | 映画


 このほど、演出も脚本も配役も公開当時のままの字幕版で、ニュープリントでの上映を観ることができた。
 この作品は1987年、世界の映画史に名を残す5人の名優たちによって、初めて完成された。
 当時の俳優たちの年齢は、リリアン・ギッシュ91歳、ベティ・デイヴィス79歳、ヴィンセント・プライス76歳、アン・サザーン78歳、ハリー・ケリー・ジュニア66歳。
 俳優として、人間として、人生の年輪を重ねてきた役者たちである。

 1988年11月に日本初公開、岩波ホールでは合計31週間にわたって、連日満員の盛況であった。
 それだけ、社会的にも反響が大きかったということだ。
 リンゼイ・アンダーソン(1923-1994)は、インド出身イギリスの代表的監督で、「孤独の報酬」(62カンヌ映画祭国際批評家大賞本作「八月の鯨ではカンヌ映画祭特別賞受賞など、数々の賞に輝いた。
 そのアンダーソン監督が初めて、アメリカで製作した作品である。
 映画精神溢れる伝説的作品といわれ、当時の珠玉的な名編だ。

     
毎年夏が来ると、リビー(ベティ・デイヴィス)とセーラ(リリアン・ギッシュ)の老姉妹は、メイン州の小さな島にあるセーラの別荘で過ごすのだった。

かつて、そこの入り江には、8月になると鯨がやってきて、彼女たちは海辺によく見にいったものだった。
姉のリビーは、第一次世界大戦でセーラの若い夫が亡くなった時、彼女の面倒を見た。
・・・しかしいまは、目の不自由なリビーの世話をセーラがしている。

そのような中、リビーは、他人に頼らざるを得ない自分に、苛立つことが多くなった。
セーラは次第に、姉の世話を続けてゆく自信を失っていく。
幼な友達のティシャ(アン・サザーン)、修理工のジョシュア(ハリー・ケリー・ジュニア)、そしてロシアの亡命貴族というマラノフ氏(ヴィンセント・プライスとの交流に、ささやかな憩いの時を見出している。
彼女たちは、もう一度、あの青春の日の想い出、八月の鯨を見ることができるだろうか。

アメリカ映画「八月の鯨」は、とくにリリアン・ギッシュベティ・デイヴィスという、二人の大女優の共演によって完成した作品だ。
この作品は、遠く無声映画時代からハリウッドの黄金時代を代表する女優たちへのオマージュである。
老優たちだから、目の下や首回りや額にだって皺が目立ち、その大波小波の表情の中に、それは折り重なるようにしてうねっている。
年齢を重ねた老優たち、それも50代、60代どころではない。
撮影当時、70代から90代なのである!
作品の中での役名よりも、その役を演じた名前で語られる方が多い映画だ。

いま時、老いの老いを描いた作品が歓迎されるものでもないが、それこそが、この作品の「新しさ」ともいえる。
高齢化社会といわれるが、60歳も70歳も80歳もそして90歳も、総括して“老人”と呼ばれる。
同じ高齢といっても、80代から90代となると本当に高齢だ。
体の形も崩れ、醜い威皺とともに、体力も尽きようとしている。
そんなときの人生模様が、淡々と、ときには激しく描かれている。
映画の中、海辺の一軒家で、お互いに確執があった姉妹は、かつて若かりし頃、この家で幾度も楽しい夏を過ごした。
沖には鯨が泳ぎ、潮を噴き上げていた。
それは、二人のの青春そのものであったろう。

映画の登場人物は、決して多くはない。
二人の大女優がいて、初めてこの映画は可能になった。
映画のラストは、姉妹の和解である。
この和解は、彼女たちにとって、本当に死の間際になって得られた、束の間の安らぎではなかったか。
そう、人生の・・・。

この映画、これまで長きにわたって、質の高い外国映画の紹介にあたり、多大な貢献を果たしてきた岩波ホール創立45周年記念作品として、ニュープリント版上映された。
なお、岩波ホール総支配人・高野悦子さんは、映画を通した文化振興でもまれな役割を果たしてきたが、2013年2月14日、83歳で亡くなられた。
名画上映に人生を捧げた高野さんの著書「岩波ホールと<映画の仲間>」(岩波書店刊)を読むと、世界中を飛び回ってよい作品を探す著者の姿に、未知の感動とともに、胸打たれるものを感じずにはいられない。
    [JULIENの評価・・・★★★★☆](★五つが最高点