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北カリフォルニアのお父さん

家族5人 - 北カリフォルニアに暮らす。

60 + 30 = 5

2021年01月30日 | 一般
更新です。

まだまだ混沌 (2) でBLMについて書き綴る予定でしたが、ご存知の通り、大統領選絡みで
1月6日に首都ワシントンDCでトランプ支持者による国家議事堂占拠というあるまじき
事件が起こりました。コロナも収束の兆しは見られず、続く混沌を少しフォーカスし
直して後日改めてカバーいたします。

さて、今回の訳の分からないタイトルですが、今月上旬、結婚30周年を迎え、その2週
間後に還暦となりました。60歳です。本ブログを読んでいただいている見ず知らずの方は、
「えっ?そんなジーサンだったの。」と驚かれたかもしれません。今回は、5人家族の
親父である私自身について書き綴ります。

結婚は29歳の時。上述の通り誕生日は近く、直ぐに30歳になりました。新婚生活は大学
院に通いながらサンフランシスコで。家内も私も子供好きでしたが、暫く子を授かる
ことはありませんでした。これも運命かと諦め、家内は大学に通い始め、夫婦それぞれの
人生設計をたてつつありました。そこで長男を授かりました。結婚7周年の後です。その
3年後に次男、そのまた3年後に三男誕生。子供は諦めていたのに息子3人。有り難い
ことです。私達夫婦の人生の進路は大きくシフトしました。

私自身が姉と弟の一姫二太郎の家庭で育ったため、家内から三男の妊娠を知らされた時は、
何となく三人目は女の子かなと先入観を持っていたような気がします。家内の何回目かの
定期健診でした。担当医からNo.3の性別を教えてもらえるとのことで、長男、次男の時の
ように少しドキドキしながら家内と病院を訪れました。先生は、強いヨーロッパ系アク
セントのある若い白人男性。感じのいい人でした。検診が終わった後、「赤ちゃんの性別
知りたい?」と先生。「勿論!」と私達。もったいぶることもなく、「男の子!」と先生。
家内も私も健康な子であれば、性別はどちらでも構わなかったのですが、かすかに「えっ」
という表情を見せたかもしれません。若い先生は、そこを見て取ってかどうかは分かり
ません。一瞬間をおいて写真の一部を指さし、「ここ、どー見ても男の子でしょっ!」 
3人で大爆笑。家内と私の3人息子の親になる覚悟が出来ました。

家内が子供のころは活発で仲間のリーダーになるようなタイプだったそうですが、私自身
は少し内向的な子供だったような気がします。息子達がそれぞれ産まれた時、おとなし
過ぎる子だったらどうしようなどと余計な心配もしました。3人ともスポーツ好きな活発
な子に育ち現在に至ります。自身がスポーツ好きの私にとりましては出来過ぎでもあり
ました。

昔、父親が還暦を迎えた時、少なからずショックでした。そして、自分の順番がまわって
きました。長男の頃はあまり感じませんでしたが、三男の現地校、補習校の友人の父兄の
方々は、誰もが半世代からひと世代若い方々ばかりです。余計に自分の年齢を感じさせ
られます。留学生の頃も含めてアメリカでの30数年を振り返りますと、東洋人は良くも
悪くもどうしても若く見られ、「自分は実際の年齢より若いんだ」という錯覚がずい分
長い間、自分の中に居座っていました。40代の半ばあたりだったと思います。家族で
ショッピングモールに買い物に出かけ、待ち合わせ場所と時間を決め、二手に分かれま
した。自分の用事が終わって少し早く待ち合わせ場所に戻り、広場で腰をおろして家内と
子供達を待っていた時です。ふと視界の隅に、疲れた顔をしたさえないオッサンがいる
ことに気が付きました。何のことはない、ショーウィンドウに映った自分でした。少し
ショックでしたが、自身の年相応のナリを正しく知ることが出来ました。

40代、50代は、膝、肘、腰、肩など、若い時に無理をしたツケであちこちにガタが出始め
今もひきずっています。関節以外では、50代のある日、突然出てきた老眼、そして昨年の
ある朝、洗面所の鏡を見た時に気が付きました。ほうれい線の下に日本列島とカリフォル
ニア州のように左右対称に向き合う弓状の見慣れない線が・・・。「これが世間で言う
マリオネットラインかっ!」重たい一日のスタートでした。「北カリフォルニアのじー
さん」になる日も遠くはないようです。

外見と体のガタについては年相応でしょうか。内面はと言いますと、同年代の方々と少し
違うような気がします。日本では年を取ると丸くなると言いますが、私の場合、角が
どんどん研ぎ澄まされきています。全然丸くありません。アメリカで生活をしているせい
などと、そんな失礼なことは言いません。私の性格からくるものと思われます。この先、
無理に丸くなるようなことはせず自然体。暫く尖ったままでいようと思います。きっと
時期がくれば私でも丸くなれるのではと。将来、融通の利かない頑固じーさんになりそう
ではあります。

還暦と言いますと、そろそろ定年退職、子供の結婚等の話が出てくる年齢ですが、私は
無縁です。次男が本人の希望通り Medical School に進みますと卒業は、6年後。三男は
将来の進路は法律関係を考えており、Law School への進学が必要となります。もしそう
なりますと、大学院卒業まであと9年。当分、走り続けます。


わずかですが、写真です。





誰もが若かった頃。私達夫婦のスタートでした。




7年後に長男誕生。




その3年後。




そして3年後。息子達の寝顔にはずい分と助けられました。仕事が大変な時期もあり
ましたが、夜、彼らの寝顔を見て疲れも吹き飛んだものです。




結婚30周年記念日。




約2週間後の私の誕生日です。我が家では家内に誕生日の料理とデザートを事前に
リクエストします。息子達は、手巻き寿司、タラコパスタ、トンカツ等。そしてデザート
につきましては、3人とも間違いなくチーズケーキ。私は必ずティラミスです。家内の
誕生日は、昨年は既にパンデミックで無理でしたが、例年、外食でゆっくりしてもらう
ようにしています。




料理は、私は毎年毎年ステーキをリクエスト。今年は500g超の特大を用意してもらい
ました。ド満足です。




家内からのギフトは、前々から飲んでみたかった、ナパバレー
産の Duckhorn カベルネソーヴィニヨン。しっとり美味しかっ
たです。長男からは電動指圧機、次男、三男からはそれぞれ
Tシャツをもらいました。





赤いセーターを着てソファに座り、カメラに向かってニッコリとポーズ。還暦の記念
写真としては悪くありませんが、私の趣味ではありません。長男に頼んで、ファンキー
と言いますか、ヤンキーな写真を撮ってもらいました。場所は、私達夫婦が結婚生活を
始めたサンフランシスコ。息子達がそれぞれ、よちよち歩きの頃から何度となく連れて
行き、今でも時々サーフィンで利用するオーシャンビーチです。視線の先は水平線。
その先遥か彼方は日本です。

恥多き60年ではありましたが、家族を持ち、還暦にたどり着くことが出来ました。私を
支えてくださった皆様、私達夫婦を温かく見守ってくださった方々、人生の半分以上を
過ごしてきたアメリカ、そして大切な日本。ここまで有り難うございました。北カリ
フォルニアより心を込めて。10年後、どこでどのようなじーさんになって何をしている
か検討はつきません。まだまだ家族のために頑張ります。


以上です。


三男のサッカーは、高校、クラブリーグ、共にまだ見通しが立たないようです。造園
プロジェクトは先週末、ようやく終わりました。時間のあるうちに更新いたします。


2021年 明けましておめでとうございます

2021年01月02日 | 一般
明けましておめでとうございます。

世界を揺るがした2020年が過ぎ去り、新しい年を迎えました。

本ブログ、10月中旬を最後に更新はなく、そのまま年が明けてしまいました。Black
Lives Matter について書き綴っていましたが、大統領選が予想以上の接戦となり、私
自身いろいろ考えることがあり中断。そこに、我が家の小さな庭の造園プロジェクト
です。土が柔らかくなる雨期を待って12月より開始し、ブログ更新は完全にストップ
してしまいました。

この後、まだまだ混沌 (2)、2020年ハイライトと続けていく予定です。とは言いまし
ても、2020年はコロナ禍による三男のサッカー・リーグのキャンセルで出来た時間を
使い、我が家の様子はそこそこカバーしています。ハイライトは、サラーっと書き
綴ろうと思います。

元旦について少し触れておきます。コロナ禍です。何年も続いていた3家族合同の
集いは今年もなく、家族5人だけでささやかなお正月となりました。大晦日は、
ぎりぎりまでバタバタしながら、例年のごとく、神棚、両親達の写真の前をお餅、
みかんやらで、お正月用のセッティングに。そして年が明けた後、一年の無事を家族
で祈願し、シャンペン(私だけ)、お茶、ソーダで乾杯です。その後、年は明けて
いましたが、5人で年越しそば。そして録画の NHK 紅白歌合戦鑑賞に移りました。

昨年の元旦のお天気は、曇り空のため初日の出は見ることが出来ませんでしたが、
今年は天気予報では、 Mostly Sunny とのこと。短い睡眠時間にもかかわらず、早朝、
息子達3人を連れていつものサンフランシスコの Twin Peaks へ車を走らせ、見事な
初日の出を拝みました。

別の機会に触れますが、12月に開始した造園プロジェクトは、年内に終わる予定で
した。ド素人です。残念ながら計画通りには進みませんでした。元旦はゆっくり
したかったのですが、少しでも早く終える必要があり、朝、家族でおせち料理をいた
だいた後、私はスコップを持って直ぐに庭でフル稼働。凄い一年のスタートです。

2021年はどのような年になるのでしょうか。主要国でコロナ・ワクチンの供給が始まり
ました。但し、この先、短期間でコロナ禍が終息するとは思えず、まだ少し試練の日々
が続くかもしれません。健康、日々の生活、経済、そして人々の心に安らぎが一日も
早く戻ることを願っています。


わずかですが、写真です。




2020年のクリスマスカード兼2021年の年賀状です。長男、次男の母校、三男の高校で
撮影しました。オープンキャンパスのため、学校閉鎖、遠隔授業ではありますが、部分
的に学校の敷地内に入ることが出来、校舎前でパチリ。3人きれいに並んでいるように
見えるのは、立っている場所が少し傾斜しているためです。右端の次男の背が一番高く、
三男、長男と続きます。




Twin Peaks。ご来光を待ちます。ご覧のように場所は例年と少し違います。パンデミック
により頂上への道路は通行止めとなっていました。車を駐車し、見晴らしが良くなる
ところまで徒歩で移動してスタンバイ。次男、三男は、iPhone で初日の出を撮影。長男は
重たい一眼レフとズームレンズを携えて行きました。




お天気に恵まれました。良い一年となりますように。




3人とも一年の目標は立てたそうです。




来年は車で頂上まで上がれると信じています。


以上です。今月中に Black Lives Matter について更新いたします。


本年もどうぞよろしくお願いいたします。