更新です。
前回1月18日の更新の終わりに「数日のうちにアップの予定」としました。
あれから二ヵ月。いつもの通りです。
コロナウィルスが世界中で猛威を振るっています。アメリカは、州により
状況は異なりますが、トランプ大統領が13日に国家非常事態宣言をだし、
いよいよ深刻になってきました。今更本ブログで伝えることでもありま
せんが、アメリカ株式市場は記録的な急落、反発を繰り返し、この先の
景気が心配されます。店のトイレットペーパー、消毒関連商品は商品棚
より完全に姿を消しました。日持ちする食料品の棚も夕方にはがらーんと
しています。
私の勤め先の本社では、先週半ば、全社員の出張を禁止し、必要に応じて
テレワークに切り替えるようにとの指示が出ました。私が所属する北カリ
フォルニアの事業部は、オフィスを閉めてテレワークとなり、もう直ぐ
丸二年になります。業務に全く影響はありません。
家内が勤める幼稚園も月曜日より休園が決定。長男、次男の大学は、先週
半ばにそれぞれ休校となりました。但し、長男はプロジェクトをいくつか
手掛けており、休校に関係なく、毎日大学に出向いて作業を続けています。
大学内の施設・設備はアクセス可能とのことです。期末テスト期間中で
あった次男は、大学の寮を出て木曜日に帰省。金曜日にオンラインで期末を
終えました。三男の高校は、来週より全生徒、自宅からオンラインで授業を
受けることになり、学校からラップトップや、ルーターの貸し出しが行われ
ました。
三男のサッカークラブからも二週間全ての練習、試合を一時停止するとの
連絡。おそらく停止期間は延長されるものと思います。
さて、話は少し変わります。先週のはじめでした。三男を乗せてサッカー
練習場に向かう時だったと思います。たまたま赤信号で停まった交差点
近くに銃砲店がありました。店の外には男性客5、6名の列。ニュースの
通りでした。最悪の事態に備え、銃、弾薬を買い求める人がここ2週間で
急増しているそうです。仮にこのまま感染が広がり続け、コントロール
不可能な状況となれば、商品不足どころではない事態となる可能性も出て
きます。その先はと言いますと、人、ビジネスによっては「自己防衛」が
オプションとして出てくるのかもしれません。
ここで少し過去にさかのぼります。
1991年に黒人男性ロドニー・キング逮捕時に過剰な暴行を加えた白人警官
4人の裁判が翌年1992年にあり、4月の無罪評決によりロサンゼルスで
黒人住民による暴動が勃発しました。「ロサンゼルス暴動」です。当時は
インターネットはありませんでしたが、複数の警官が暴行を加えるシーンは
テレビのニュースで繰り返し流され、裁判には全米から注目が集まってい
ました。その中で出された評決でした。
当時、家内と私はサンフランシスコ市内に住み、ロサンゼルスで暴動が
始まる前の午後、たまたまダウンタウンに用事があり、その後、折角ここ
まで来たからと、目抜き通りにある大手スポーツ用品店に立ち寄りました。
(このチェーン店、10年以上前に倒産し、今は存在しません。) 裁判の
評決と直ぐに湧き上がってきた抗議については、出かける前にちらっと
ニュースで見ていましたが、400マイル離れた場所での出来事でした。歩く
サンフランシスコのダウンタウンの街並みは平和そのもので何も変わらず、
二人とも全くの平常モードでした。
そして店の中で商品を見ている時でした。突然10代の黒人の子供達10数人が
店になだれこんできました。「パンっ」と一瞬にして広い店内の空気が
変わりました。生まれて初めて肌で感じた「殺気」でした。数秒後、何が
起こっているかはっきり理解出来ました。略奪です。若い店員が入口の
ドアを閉じて逃げ口を塞ぎ、商品の野球バットを手にし威嚇しましたが、
直ぐにマネージャー風の店員が「Let them go!」と一喝。ドアを再び開け、
高価なスポーツジャケットを両手に一杯かかえた子供達はそのまま店を
出て走り去って行きました。マニュアルがあったのでしょう。買い物客や
従業員の安全を考えると当然の対応だったと思います。
その後、第二波が来ることは明らかでしたので、店員達は入り口を施錠し、
私達を含めた10数名の客は、野球バットを手にした数人の店員に護衛され
ながら裏口より店を出ました。家内と私はもう警戒モードを通り越し完全に
サバイバルモードです。幸い、表通りに出ると、周りの様子はまだ平常
でした。スポーツ用品店がまず狙われたようです。
そして無事に帰宅。その後、ロサンゼルスで暴動が本格化し、時間と共に
全米主要都市に波及しました。夜にはサンフランシスコのダウンタウンも
かなり荒れ、重装備の警官隊が出動。それから数日間、テレビのニュースは、
ロサンゼルスを中心に略奪の様子を流し続けました。
印象的だったのは、ロサンゼルスの韓国系住民が、自分達の店、オフィスや
倉庫を守るために、略奪者に向けてハンドガン、ライフルを派手に発砲して
いるシーンでした。アメリカの今の40代以上の世代には、この様子が記憶に
焼き付いていると思います。銃砲店の前に出来た列を見てテレビの映像を
思い出しました。
世界中が踏ん張りどころです。少しでも早くコロナウィルス感染が落ち着く
ことを願っています。
皆さま、健康にはどうぞお気を付けて。
今回は写真は有りません。次男の大学入学については、近々更新いたします。
前回1月18日の更新の終わりに「数日のうちにアップの予定」としました。
あれから二ヵ月。いつもの通りです。
コロナウィルスが世界中で猛威を振るっています。アメリカは、州により
状況は異なりますが、トランプ大統領が13日に国家非常事態宣言をだし、
いよいよ深刻になってきました。今更本ブログで伝えることでもありま
せんが、アメリカ株式市場は記録的な急落、反発を繰り返し、この先の
景気が心配されます。店のトイレットペーパー、消毒関連商品は商品棚
より完全に姿を消しました。日持ちする食料品の棚も夕方にはがらーんと
しています。
私の勤め先の本社では、先週半ば、全社員の出張を禁止し、必要に応じて
テレワークに切り替えるようにとの指示が出ました。私が所属する北カリ
フォルニアの事業部は、オフィスを閉めてテレワークとなり、もう直ぐ
丸二年になります。業務に全く影響はありません。
家内が勤める幼稚園も月曜日より休園が決定。長男、次男の大学は、先週
半ばにそれぞれ休校となりました。但し、長男はプロジェクトをいくつか
手掛けており、休校に関係なく、毎日大学に出向いて作業を続けています。
大学内の施設・設備はアクセス可能とのことです。期末テスト期間中で
あった次男は、大学の寮を出て木曜日に帰省。金曜日にオンラインで期末を
終えました。三男の高校は、来週より全生徒、自宅からオンラインで授業を
受けることになり、学校からラップトップや、ルーターの貸し出しが行われ
ました。
三男のサッカークラブからも二週間全ての練習、試合を一時停止するとの
連絡。おそらく停止期間は延長されるものと思います。
さて、話は少し変わります。先週のはじめでした。三男を乗せてサッカー
練習場に向かう時だったと思います。たまたま赤信号で停まった交差点
近くに銃砲店がありました。店の外には男性客5、6名の列。ニュースの
通りでした。最悪の事態に備え、銃、弾薬を買い求める人がここ2週間で
急増しているそうです。仮にこのまま感染が広がり続け、コントロール
不可能な状況となれば、商品不足どころではない事態となる可能性も出て
きます。その先はと言いますと、人、ビジネスによっては「自己防衛」が
オプションとして出てくるのかもしれません。
ここで少し過去にさかのぼります。
1991年に黒人男性ロドニー・キング逮捕時に過剰な暴行を加えた白人警官
4人の裁判が翌年1992年にあり、4月の無罪評決によりロサンゼルスで
黒人住民による暴動が勃発しました。「ロサンゼルス暴動」です。当時は
インターネットはありませんでしたが、複数の警官が暴行を加えるシーンは
テレビのニュースで繰り返し流され、裁判には全米から注目が集まってい
ました。その中で出された評決でした。
当時、家内と私はサンフランシスコ市内に住み、ロサンゼルスで暴動が
始まる前の午後、たまたまダウンタウンに用事があり、その後、折角ここ
まで来たからと、目抜き通りにある大手スポーツ用品店に立ち寄りました。
(このチェーン店、10年以上前に倒産し、今は存在しません。) 裁判の
評決と直ぐに湧き上がってきた抗議については、出かける前にちらっと
ニュースで見ていましたが、400マイル離れた場所での出来事でした。歩く
サンフランシスコのダウンタウンの街並みは平和そのもので何も変わらず、
二人とも全くの平常モードでした。
そして店の中で商品を見ている時でした。突然10代の黒人の子供達10数人が
店になだれこんできました。「パンっ」と一瞬にして広い店内の空気が
変わりました。生まれて初めて肌で感じた「殺気」でした。数秒後、何が
起こっているかはっきり理解出来ました。略奪です。若い店員が入口の
ドアを閉じて逃げ口を塞ぎ、商品の野球バットを手にし威嚇しましたが、
直ぐにマネージャー風の店員が「Let them go!」と一喝。ドアを再び開け、
高価なスポーツジャケットを両手に一杯かかえた子供達はそのまま店を
出て走り去って行きました。マニュアルがあったのでしょう。買い物客や
従業員の安全を考えると当然の対応だったと思います。
その後、第二波が来ることは明らかでしたので、店員達は入り口を施錠し、
私達を含めた10数名の客は、野球バットを手にした数人の店員に護衛され
ながら裏口より店を出ました。家内と私はもう警戒モードを通り越し完全に
サバイバルモードです。幸い、表通りに出ると、周りの様子はまだ平常
でした。スポーツ用品店がまず狙われたようです。
そして無事に帰宅。その後、ロサンゼルスで暴動が本格化し、時間と共に
全米主要都市に波及しました。夜にはサンフランシスコのダウンタウンも
かなり荒れ、重装備の警官隊が出動。それから数日間、テレビのニュースは、
ロサンゼルスを中心に略奪の様子を流し続けました。
印象的だったのは、ロサンゼルスの韓国系住民が、自分達の店、オフィスや
倉庫を守るために、略奪者に向けてハンドガン、ライフルを派手に発砲して
いるシーンでした。アメリカの今の40代以上の世代には、この様子が記憶に
焼き付いていると思います。銃砲店の前に出来た列を見てテレビの映像を
思い出しました。
世界中が踏ん張りどころです。少しでも早くコロナウィルス感染が落ち着く
ことを願っています。
皆さま、健康にはどうぞお気を付けて。
今回は写真は有りません。次男の大学入学については、近々更新いたします。

