北カリフォルニアのお父さん

家族5人 - 北カリフォルニアに暮らす。

次男 - 2023 大学卒業 + 2024 前半 ハイライト

2024年06月27日 | 家族
更新です。次男の2023年と2024年前半のハイライトです。

23歳になりました。

まず大物イベントについて。大学卒業です。もう丸1年が経ちました。(よくも
しゃあしゃあと。)

あっという間の大学の4年間でした。次男が1年生の後半に始まったコロナ禍
では、キャンパスの大学寮を出て自宅から Zoom を介した受講を余儀なくされ
ました。そのあたりも4年間が早く感じられた理由の一つかもしれません。次男
の入学前については、本ブログで書き綴っています。複数の選択肢の中から迷い
に迷って選んだ大学でしたが、正しい判断であったとキッパリ。一生の友と巡り
会い、大学のクラブリーグで好きなサッカーを続け、学業に励み、所属した研究
室は論文発表で完了、Medical School(大学院)へ進学する大学生に義務付けら
れている統一テストの MCAT も自身が満足する得点を取り卒業に至りました。
密度の濃い4年間でした。

さて、長男の場合は、地元のコミュニティーカレッジで1年生を終え、その後に
美術大学の2年生として編入しました。卒業は1学期遅れたせいもあり、卒業式
には出席せず、勿論、家内も私も出席していません。よって次男の卒業式が家族
として招かれた最初の大学卒業式でした。大学からそれほど遠くはない大きな
アリーナを使い、それでも卒業生の数が多いため、学部ごとに分けての式典で
した。式が終わった後は、次男は他の卒業生同様、アリーナの外で、誰や彼や
つかまえての記念撮影が続きました。天気も良く、良い雰囲気の中執り行われた
卒業式。私たち親にとっても思い出に残るイベントとなりました。

卒業後はと言いますと、卒業した時点で Medical School (大学院) への6月の願書
提出は、さらに一年先送りにすることを決めていました。医療機関でインターンと
して経験をつけるためだそうです。よって大学、大学院に属さないいわゆる「Gap
Year」は2年となり、進学は早くても来年の9月となります。経験をつけるための
インターンとは言え、働き口はそう簡単に見つかるものではなく、打診した医療
機関のどこからも何の連絡もなく数ヶ月経過。本人も焦り出した頃です。面接の
お声がかかりました。自宅から車で30分ほどの場所にある個人クリニックです。
そのすぐ後に別の個人クリニックからも面接の案内。結局、最初に連絡をもらった
クリニックの先生が人間的に魅力があり、そちらを選びました。素人である家内や
私からしますと、個人クリニックよりも総合病院での働き口を見つけて経験を
つける方が Medical School 側の評価は良いのではと思いましたが、次男によると
ちがうそうです。私たちが口出しをするものではありませんので、黙って見守る
ことにしました。

MCAT については、更に高得点を目指すものかと思いましたが、大学生で取った
得点に留めるそうです。GPA、MCAT、研究、医療機関でのインターン、これで
全てかと思いきや、まだ一つありました。シャドーイングといって現役の医師に
張り付き、治療の現場を自分の目で見ることが願書で大きなポイントとなるそう
です。次男は心臓外科医をめざしていますが、そちら方面の医療機関にコネもなく
無理だろうと思っていたところ、救いの手が。たまたまサッカーを通じて知り合っ
た方が某大学病院の外科の医師であることが分かりました。それも肝臓移植専門
だったそうです。ダメ元で恐る恐るシャドーイングについて尋ねたところ、その
方は「イイよ。」と二つ返事。その後、その先生と連絡を取りあいましたが、中々
話が先に進まず諦めかけていた時でした。突然、書類記入やら予防接種証明書の
提出やらの指示があり一気に動き始めました。数週間後には夜の自宅待機の後、
いきなり召集がかかり真夜中の肝臓移植手術。立ち合った次男が刺激を受けたのは
言うまでもありません。また、その先生の下には、複数の大学病院から派遣された
優秀な若い医師の方達数名がついていました。手術室だけが勉強の場ではなく、
一緒に食事をしながらアメリカの医療事情について話を聞いたり、休憩時間に
一緒にサッカーの練習をしたりと、これ以上何を望むかといった環境で短く中身の
濃い2週間を終えました。感謝のみです。

現在はクリニックに週5日出勤。朝の7時半までに家を出て帰宅は6時半くらいで
しょうか。朝早くからフライパンで野菜やら肉をジャカジャカ炒め、ご飯をつめ
こんだお弁当箱を携えて出勤。週に数回、近所のジムか自宅でワークアウト、週末
は社会人サッカーのリーグ戦でボールを追いかけ、その後はガールフレンドに会う
ためそそくさと外出。充実した日々を送っています。大学院への願書提出は終わっ
たようです。面接に進めるかどうかの結果がわかるのは年明け。面接に漕ぎ着ける
だけでも御の字であり、そこから更にふるいにかけられます。さて、どうなるので
しょうか。



写真です。まず大学サッカーから。




次男最後のシーズン。7時間飛ばして観戦してきました。これは、リーグ戦のハーフ
タイムです。キャプテンとしてチームマネージメントにも携わりました。




三男も同じピッチに立ちました。




リーグ戦が終わり、トーナメント出場。いよいよ大学最後のサッカーです。7時間の
運転は慣れました。




小さなトーナメントの B グループ枠でしたが、見事に優勝!




チームの努力を形に残すことが出来ました。




チームポスターです。シーズンを戦い抜いた彼らのために作りました。4年生には卒業
してもサッカーを続けてもらいたいです。




こちらは、今シーズンの社会人リーグです。三男はこの試合の翌週より合流しました。


卒業式の写真に移ります。




次男の卒業式の前日。家内と共に南へ。 I-5 です。ただひたすらまっすぐ。




大学キャンパスに到着。早々に次男と仲間の写真セッション
に入ります。この写真の4年前、次男を乗せて初めてこの
キャンパスを訪れた片道7時間の日帰り弾丸ドライブは昨日
のように思われます。




アパートのルームメイトと仲の良い友人達。卒業後はそれぞれの道を歩んでいきます。
この中で2名は既に就職。1名は大学院生。1名は次男と同様、インターンの最中で
Medical School 進学の準備中です。




いよいよです。大学のオーディトリアムでは、卒業生と家族、友人達を収容しきれない
ため、最寄りのアリーナを卒業式会場として使いました。それでも人数制限が。




始まりました。卒業生が入場します。次男がカメラを構える私に気がつきました。いつも
サッカーの試合の撮影で使う500mmのズームレンズを持参。




この大学はスコットランドと繋がりがあり、公式の式典ではバグパイプが登場します。




そして教授陣の入場です。




巣立っていく卒業生達。




式は無事終了。さあ会場の外で写真セッションです。まずは次男の親友と大学の在校生
でもある三男と。この親友は、三男とも仲が良く、卒業して南カリフォルニアの家族の
もとに戻った後も、ちょくちょく三男に会いに来てくれるそうです。




そして家内。白髪が増えて髪を染めましたが、少し茶色が強すぎてヤンキーママになって
しまいました。




お世話になった教授です。短い間でしたが、バイオリンを
一緒に練習し、大学院の願書に添える推薦状も用意して
いただきました。




帰路につきます。三男を連れて帰るため、車の中は大学寮を引き払った彼の荷物で
いっぱいです。次男はもう数日残り、アパートを引き払ってひとりで帰省。




戻ってきました。久しぶりの地元プロチーム San Jose Earthquakes の試合観戦。




インターンが決まり、スクラブに身を包み出勤です。




こちらはたった2週間でしたが、シャドーイングで大学病院から支給されたスクラブです。
ネームカードも用意していただきました。非常に中身の濃い2週間でした。




今年の誕生日です。家族からのメッセージに目を通します。さあ、全てはこれからです。

頑張れよーっ!



以上です。次回は三男のハイライトとなります。