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北カリフォルニアのお父さん

家族5人 - 北カリフォルニアに暮らす。

我が家のスポーツの軌跡 - 続き (1)

2018年02月09日 | スポーツ
スポーツの軌跡の続きです。

今回は、フラッグフットボール、水泳、バスケットボールについて。

まずはフラッグフットボールから。

これは、タックルの替わりに腰からぶら下げたフラッグを抜き取って
ボールを持った相手チームの選手を止めるフットボールです。ヘルメット、
防具は着けず、怪我も少ないため、手軽な準フットボールとして小学生の
間でも広く親しまれています。

小学生を低学年、高学年で分けたリーグがたまたま近くで毎年春にあり、
知り合いの方に誘われ、長男を3年続けて参加させました。そこでは、
コーチにすばしこさを見込まれ、攻撃のポジションは、ランニング
バック。タッチダウンも何度となく決めました。(当時から逃げること
だけは得意でした。)2年目は、次男も参加。週末は、よく親子で
キャッチボールの練習をし、シーズン中はテレビでNFLの観戦。息子達と
フットボールで大いに盛り上がったものです。三男はリーグに参加しま
せんでしたが、キャッチボールだけは兄達に混ざって練習し、それなりに
慣れ親しみました。フラッグフッボールを離れて久しい息子達ですが、
今でも楕円形のボールを手にすると、きれいにスピンさせて普通に
スローイングをします。将来、大人になってからも公園、ピクニック等で
彼らの友人、同僚、子供達と楽しめる下地となりました。

水泳です。

私自身、もともと競泳の出身であり、日本の中学、高校の部活は水泳
一筋でした。また、アメリカでの学生時代、たった一シーズンだけ
でしたが、競泳の延長でトライアスロンにかなり本気で取り組み、数
レースに参加しています。自身の水泳へのつながりもあり、また、息子
達の将来のスポーツの選択肢を広げるため、3人全員、小さいうちに
水泳教室に通わせました。彼ら、プール自体は大好きでしたが、競泳に
進むほど熱中することもなく、一通り泳げるようになってピリオド。
但し、これは、長男と次男です。三男はと言いますと、水泳を始めて
間もない頃、突然、続けることを拒否。レッスン中にピーピー泣き、
シーズン半ばにして脱落です。長男、次男の水泳は、その後サーフィン
に活かされ、海に通い始めた当初よりパドルは問題無し。その一方、
三男は、泳ぎに自信がなかったため、足のとどく範囲に止まって波や
カニと戯れる時期が長かったです。

そしてバスケットボール。

こちらも長男と次男のみでした。それも期間の短いリクリエーション
リーグで1~2シーズンのみ。それ以上、興味は持ちませんでした。
三男はバスケットボール自体に関心を示さず、リーグには一切参加
させていません。但し、それで全く縁がなかった訳ではなく、小・中
学校では、休み時間に校庭で友人達と楽しみ、日本語補習校の中高部
球技大会でもクラブ・レベルのクラスメートと普通にプレーしていま
した。アメリカは、どこの都市でも同じですが、小学校、中学校、高校、
公園、あちこちにバスケットボールのコートがあり、子供から大人まで、
草ゲームはどこでも見かける光景です。長男が中学生の頃、我が家の
庭にもゴールが登場し、今でも時々ですが、兄弟で1 on 1を楽しんで
います。また、ここ数年、NBAの地元プロチーム「Golden State
Warriors」は、2度の優勝を経験し絶好調。当然、San Francisco と
周辺の Bay Area では、今まで以上に人気のスポーツであることは言う
までもありません。

それでは、前回同様、写真で3人それぞれを追っていきます。


フラッグフットボール/長男です。




2007年。長男9歳。初めてのフラッグフットボールです。試合は毎週日曜日。覚えた
ばかりのルール。コーチから細かく作戦の指示を受けます。




エンジン全開。逃げろと言われれば、どこまでも逃げます。相手チームの選手を振り切る
楽しさを覚えました。




突破コースを定めて。




2008年。10歳。リーグに戻りました。前年のチームのコーチがメンバーに加えてくれ
ました。ルール、自分の攻守での役目は十分理解しています。




攻撃のポジションは、やはりランニングバックが多かったです。




フォーメーション、作戦は攻撃ごとに良く考えられており、サイドラインから観戦する
親達も十分に楽しみました。




2009年。11歳。同じコーチで3シーズン目です。十分に楽しみ、このシーズンを最後と
しました。実は、当時、ひょっとして長男は、フットボールに向いているかなと思い
ましたが、防具を付けても怪我の多い競技です。親としましては、どちらかと言うと
他のスポーツ希望でした。後に高校サッカーで大きな怪我をするとは、この頃は思いも
よらず、どのスポーツが危険と断言することは難しいかもしれません。




さすがに司令塔のクォーターバックを任されることはありませんでしたが、このシーズン、
ワイドレシーバーでプレーすることもあり、手袋を用意しました。但し、この写真は
ランニングバック。




逃げます。




リーグの運営はしっかりしており、NFL同様、シーズンの終わりには、プレーオフと Super
Bowl までありました。最後のシーズン、長男のチームは、プレーオフを勝ち続け、Super
Bowl でも勝利。チャンピオンで有終の美を飾りました。


フラッグフットボール/次男に移ります。




2008年。7歳。長男と同じコーチですが、2つのチームの掛け持ちで、次男は年少の
チームとなりました。注意して作戦を聞きます。




指示を受けたポジションに向けてダッシュ。




こちら、アシスタントコーチ。次男、頭の中で作戦を噛み砕いています。




練習は、毎週、試合前の30分のみ。スローイング、キャッチ、ランニングだけではなく、
センターの練習もこなしています。本番です。




当時、自宅での練習用として使いこなしたボール。




先週末は、奇しくもフットボール最大のイベント、Super Bowl でした。東海岸のチーム
同士によるカードでもあり、テレビの視聴率は昨年より若干落ち込んだようですが、例年、
桁違いの視聴率を誇る超大型イベントです。30秒のコマーシャル枠の価格は、日本円にして
5億円。日用品、飲料水、食品、サービス等の様々なブランド、そして夏の大型予算映画が
最新のCMをぶつけてきます。(試合はどうでも良く、CMとハーフタイムのショーだけを
楽しみに観る女性も多いようです。)今年の Super Bowlのカードは、常連の New England
Patriots 対 過去、優勝とは縁のなかった Philadelphia Eagles。最後の最後まで勝敗が
分からない非常に中身の濃いゲームでした。結果は、Philadelphia の Super Bowl 初勝利
でした。(写真:Getty Imagesより)


水泳に移ります。




アーカイブを探しましたが、水泳教室の写真は、長男、次男のものが見つからず、三男
のみでした。中央の青いラッシュガードを着てプールサイドに座っているのが三男です。
長男と次男はクラスのレベルも確実に上がってゆき、最後は、クロールで短いラップを
こなす競泳チームのすぐ下にあるグループに入れられました。但し、そこまででした。




これは、水泳教室とは全然関係ありません。息子達が小さかった頃、毎年夏に行った
San Joseにあるプール・テーマパークです。San Francisco は、夏でも気温が低く、屋外で
プールなど有り得ませんが、ほんの1時間、車で南や東に移動するとご覧の通りです。
息子達、とにかく水が大好きでした。


バスケットボールに移ります。




リーグの写真もこれ1枚しかありませんでした。長男と次男です。家内が付き添いで
行った際に撮影したものです。




我が家の庭にあるバスケットボールのゴールです。6年ほど前に購入したと記憶して
います。




アメリカでは、小学校も含め、校庭にバスケットボールのゴールがない学校を見つける
ことは難しいと思います。




日本語補習校の球技大会でのバスケットボール。2012年、中3の長男です。お昼休みは、
学校が生徒達にボールを貸し出し、校庭は、男子生徒を中心にバスケットボールで
賑わいます。




次男。昨年の日本語補習校の球技大会です。クラスメートの中には、現地校やクラブ
チームでバスケットボールに携わる子も数名おり、試合は、かなり白熱したものとなり
ました。来月、11年間の学校生活にピリオドを打ち、いよいよ日本語補習校を卒業です。
これが最後の球技大会でした。




三男です。




Bay Area が誇る常勝軍団、NBA のGolden State Warriors。 (写真:Getty Imagesより)


以上バスケットボールでした。


我が家のスポーツと言うほどではありませんが、以下、おまけのスキー、スノーボード
です。昔は、毎年2月頃、家族で日帰りスキーに行っていました。




2005年。1歳の三男。初めて見る雪です。




2006年のスキー。長男8歳、次男5歳。




2009年。長男11歳。次男8歳。スノーボードに切り替えました。




同年。スピードを恐れない長男の上達は早かったです。




2012年。次男11歳。




同じく2012年。三男もスノーボードに加わりました。3人で記念撮影。この年の夏に
サーフィンを始め、スノーボードはこのシーズンが最後となりました。毎年お世話に
なったこのスキー場は、車で4時間の距離。北カリフォルニアは、日本同様、海も
山も近く、スポーツをするには、恵まれた環境です。いよいよ冬季オリンピック。
スノーボードは、息子達と観戦しようと思います。


次回は、サッカーについて。

我が家のスポーツの軌跡

2018年02月03日 | スポーツ
早や二月。我が家では全員が元のペースに戻りました。長男、次男、
三男、それぞれの学校、そして、バイオリン、オーケストラの練習も
既に通常のスケジュール。サッカーは、次男が高校サッカーの真っ只中、
三男は、クラブの専用施設で冬のフットサルの練習が続きます。家内も
平日は幼稚園に毎朝出勤。私は、週末はまだ冬のブレークを楽しんで
いますが、3月に次男、三男のクラブ・サッカーの春のリーグが開始
しますと、彼らの専属ドライバー兼チームの写真係となり、6月まで
毎週末べったりは必至です。このタイミングを逃すわけにはいかず、
ブログを更新いたします。

今回は、前々から考えていた我が家のスポーツについて。

2014年に本ブログを開始した時点で、息子達3人は、既にサッカーに
どっぶり浸っていました。それ以前はどうかと言いますと、実は、
過去に他のスポーツも経験し、たまたま最後に選んだのがサッカー
(+サーフィン)でした。その辺りを後々の自分用の記録も兼ね、
改めて過去にさかのぼって書き綴ろうと思います。

アメリカでの人気プロスポーツは、やはりフットボール、野球、バス
ケットボールが抜きん出ています。一方、子供のスポーツは、低学年、
高学年で比率は異なりますが、小学生男子の場合、野球とバスケット
ボールの人口が多く、その後をフットボール、サッカーが追いかけて
います。但し、一般的な家庭では、早い時期から一つのスポーツに限定
といったことはあまりなく、子供にはいろいろなスポーツを経験させ、
ある程度時間が経ってから、本人に好きなものを選ばせるパターンが
多いようです。小学生までは、複数のスポーツに同時に携わり、
シーズンが重なる期間は、それぞれの試合に時間差で移動して参加する
子供達は珍しくありません。

我が家も世間にならい、息子達には、野球とサッカーをほぼ同時に始め
させ、加えてフラッグフットボール、水泳、バスケットボールが入り、
ずっと後半でサーフィンの登場となりました。それぞれどのよう携わっ
たかを数回に分けて追っていきます。本日は、まず野球です。

息子達3人共に野球は夏のスポーツでした。始めた年齢は全員7歳。
参加したのは、リトル・リーグではなく、ピッチャーの代わりに
ピッチングマシンを使用するリクリエーション色の濃い「Jr. Giants」
と呼ばれるローカルのリーグでした。スポンサーは、文字通り、
大リーグの地元チーム San Francisco Giants です。北カリフォル
ニアを中心に地区が細かく分けられ、夏の約2ヶ月間、各地区ごとで
リーグが組まれます。リーグ内のチームは、一シーズン限りの即席
チーム。参加費用は無料。練習はチームによって異なるようですが、
平日の夕方、週1~2回。試合は必ず土曜日です。シーズンの終わりには、
リーグ戦の成績ではなく「読書コンテスト」で選ばれたチームが、
SF Giants のホーム、AT&T Park に招待されるといった子供の教育、
地域貢献を目的としたプログラムでした。息子達、毎年、同じコーチに
お世話になり、シーズンの間は、家庭でもキャッチボール、素振り、
ノックの練習と結構まじめに取り組みました。

それでは、写真で息子3人それぞれについてもう少し詳しく。

「過去のスポーツの写真をサーっとアーカイブから取り出して」と
簡単に考えていましたが、大変な作業になってしまいました。長男の
サッカーと野球デビューが7歳。2005年の夏のアーカイブからチェック
開始でした。アニュアルレポートどころではなく、12年分のレポート
です。但し、3人が過去に携わったスポーツに関する記憶が年々怪しく
なっていく中、この作業のお陰で時系列がはっきりと整理出来ました。

これまで息子達の写真は、わざと顔が写っていないものを選んできま
した。今回は何千枚もの中から揃えることが難しく、正面から撮影した
写真も選び、顔にはモザイクを入れています。ご了承下さい。

それではトップバッターは長男。




2005年、長男7歳。Jr. Giants の初めてのシーズンです。がに股。バットの持ち方も
覚えたばかりです。




長男のチーム。




2006年は、夏休みを丸々日本で過ごし、野球は一切参加しませんでした。これは、2007年、
9歳です。ピッチングマシンの横で「ピッチャー」。投球はなく、キャッチャーからの
返球を捕球して横にいるコーチに渡す役で、小さな子、女の子が多いポジションです。




何とかボールもバットに当たるようになりました。




シーズンの終わりにチームで訪れた AT&T Park。模擬試合をさせてもらいました。普通では、
不可能です。




2008年、10歳の夏です。日頃の練習もあり、守備もさまになってきました。




バッティング、走塁も然りです。




2009年、11歳。守備はローテーションですが、内野も任せてもらえるようになりました。




当てました。




2010年、12歳。試合前のバッティング練習の写真です。




そして守備。




2011年、13歳。年齢枠最後の年です。同い年のチームメイトと談笑。この年齢になると
打撃はホームランダービーとなります。この試合で使用したグランドは、かなり高い
フェンスとその前には同じ高さの木が植え込まれていましたが、場外ホームランが出ま
した。その先は交通量の多いフリーウェーで、大人は皆ギョッとしました。




打順がまわってきました。




視線からすると外野安打だったようです。




2012年。長年のお付き合いで、この年は審判のボランティアとして弟達の試合のお手伝い
でした。




ボランティアと言いつつ、同じコーチが面倒を見る2チームの試合では、飛び入り参加
させてもらいました。




エンジョイしました。



二番手、次男です。




2008年。長男と一緒に早い時期から練習を始めていましたので、初めてのシーズンも難なく
溶け込めました。この時7歳です。




打撃。悪くありません。




AT&T Park。読書はチェックカードがシーズン半ばに配られ、父兄、コーチ、子供達の
努力によりスタジアム訪問が実現しました。




長男とは違うチームでしたが、コーチは同じ人でした。両チーム揃って招待です。兄弟で
記念撮影。




記録を見て思い出しました。次男は2009年は野球には参加していません。これは、2010年に
再開した時のものです。次男9歳。




ヒット。




2011年のシーズン。次男10歳。




Jr. Giants は、リトル・リーグのオフ期に実施されるため、チーム・メートには、リトル
リーガーも数名いましたが、彼らと同等にプレーしていました。




出塁です。




2012年。11歳。守備も安心して見れるレベルになりました。




打率も良く、この頃は親子で少しリトル・リーグのことも考えていました。




ピッチングはこのように。「ピッチャー」が横につき、機械の操作はコーチとなります。




ジャーン。

やばそうなおじさん達。(失礼) 選手のお父さん達でボランティアのコーチ陣です。中央
2人がヘッドコーチ。毎シーズン、子供達のためにエネルギーを注ぎ、我が家の息子達も
本当にお世話になりました。


三番。三男となります。




2011年。7歳でデビュー。何とか当ててます。




チーム所有のヘルメット。大き過ぎますが、手で押さえて。




無事、出塁。




攻撃が終わり、いざ守備へ。




構えてはいますが。




スポーツの施設に関しては、アメリカは恵まれた国です。




試合終了後、コーチより一言。選手一人一人をたたえ、交代制のおやつ係の父兄が
スナックを子供達に手渡し解散です。メンバーは、数日後に練習で顔を会わせ、
翌週はまた試合です。




2012年。8歳。肌寒い夏の日でした。




別の試合です。打席に入ります。




内野安打。




ボランティアの長男も入り、兄弟3人揃っての初めての試合でした。残念ながら、これが
我が家の最後の野球シーズンとなりました。Jr. Giants には、いい思い出を沢山つくって
もらいました。


数日のうちにフラッグ・フットボールについて更新いたします。こちらアメリカ、明日は
フットボールのチャンピオン戦 Super Bowl です。