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北カリフォルニアのお父さん

家族5人 - 北カリフォルニアに暮らす。

次男最後、三男初めての高校サッカー

2019年04月22日 | サッカー
更新です。

少し時間があきました。取りあえず、アニュアルレポートとなることは避けることが
出来ました、何とかこのまま、ひと月、ふた月に一回程度のペースで続けていき
たいのですが・・・。

さて、先日、三男がサンフランシスコ日本語補習校中学部を無事に卒業しました。
昨年の次男の高等部卒業からもう1年。昨年は完全にタイミングを逃してしまい、
本ブログでカバーすることはありませんでした。今更ですが、改めて三男の分も
合わせ、次男の補習校卒業もまとめようと思います。 但しその前に、2月に
終わった高校サッカーのシーズンについて触れておきたく、卒業式について書き
綴るのは次回といたします。(終わってしばらく時間が経ったものばかりを追って
いく本ブログです。)

高校サッカーにつきましては、三男の2018年のハイライトで少し触れました。
Senior の次男にとっては最後、また Freshman の三男には初めての高校
サッカーは、息子達2人が同じチームでプレーという我が家では過去に一度も
なかった最初で最後のシーズンでした。3年前になぜ長男と次男が一緒に
高校でサッカーをしなかったかと言いますと、次男は当時、USDA (アカデミー
リーグ) に属しており、厳しい規則の下、他の一切のリーグへの参加を許され
なかったためです。今回は、息子2人とも USDA に属することもなく、兄弟、同じ
チームでの高校サッカーが実現しました。

息子達2人について詳しく述べる前に、(以前にも少し書き綴ってはいますが
改めて詳しく) アメリカの高校サッカーについてまとめておきます。

日本の高校とは異なり、アメリカでは、高校のスポーツは1年を通してべったり
といったことはなく、シーズンは3ヶ月にまとめられています。よって、日本の
ように入学式の後に〇〇部に入部し、3年間の高校生活を捧げるといったことは
ありません。全てのスポーツは、秋、冬、春の3つのシーズンのどこかに振り分け
られ、例えば、アメリカンフットボールは秋、サッカーとバスケットボールは冬、
野球、水泳、陸上競技は春となっています。シーズンは異なりますので、年間を
通して複数のスポーツに携わる生徒も多いようです。ちなみに3年前に高校を
卒業した長男は、冬のサッカーと春の陸上競技にエネルギーを注ぎました。一方
次男、三男は、サッカーのみです。大学からスポーツ特待生としてお誘いを受ける
高校生は勿論、大学生を対象としたプロ・スポーツのドラフトでも、アメリカン
フットボールを選ぶか、野球を選ぶか悩んだ末にこちらを選んだといったスター
アスリートの話も時折耳にします。才能のある選手からいろいろな可能性を引き
出す恵まれた環境だと思います。

カリフォルニア州の高校スポーツは、州政府下にある California Interscholastic
Federation 、通称 CIF という仰々しい名前の団体が統括しています。そこが、
カリフォルニア州を10の地区に分け、それぞれで支部団体が設けられています。
サンフランシスコを除く北カリフォルニアの場合、Central Coast Section 通称
CCS という団体が母体となり、毎シーズン、他の支部同様、それぞれのスポーツで
リーグ戦を組み、シーズンの最後にチャンピオンシップを行います。また、4年制
高校で、一番下の Freshman と最年長の Senior の年齢差は3年もあり、全学年を
ひとくくりにすることはしません。身体的にも開きのある選手が一緒にプレーする
ことは、特に団体競技では危険であり、大まかに年齢の下から「Freshman」、
「Jr. Varsity」、「Varsity」の3つのチームに分けられます。但し、選手のレベルに
より飛び級で上のチームに参加することは決して珍しくありません。

CCS は、かなりの広域をカバーしているため、その中で更にいくつかのブロックに
分け、それぞれで、参加高校を実力により一部、二部リーグに振り分けています。
息子達の高校チームは、二部リーグでした。11月半ばから1ヶ月のプレシーズンが
始まり、その後、ブロック内のそれぞれの対戦校で Home、Away の2試合が
組まれ、2ヶ月をかけてリーグ戦を消化します。一度、相手校を負かしても、次の
試合で仕返しされることもあり、その逆も然り、ライバル校間の試合ではどうしても
熱くなります。そして、シーズン最後にそれぞれのブロックから勝ち点の合計で
プレーオフに進出するチームが決まり、複数のグループに分けて1週間かけて
それぞれのチャンピオンを決定します。プレーオフ進出をかけた勝ち点の計算は
複雑であり、プレシーズンで上のリーグのチームを負かしたり、本シーズンで
リーグのトップチームを負かしたりすると、ボーナス点をもらえるようです。

長くなってしまいましたが、私達が住む北カリフォルニアの高校サッカーは、以上の
ようにして行われます。

さて、いよいよ息子達2人です。クラブサッカーは11月の半ばで秋のシーズンが
終わり、直ぐに高校サッカーのシーズンがスタートします。クラブサッカーの
スケジュールを考慮して日程が組まれているようです。三男のハイライトの通り、
彼の初めての高校サッカーは、トライアウト(入部テスト)の結果、飛び級で
次男と同じ「Varsity」チームに入ることが出来ました。10月末より授業後に2週に
かけて行われたトライアウトは、開始時何十人といた参加者を、1日ごとに数名を
落としていき、「Varsity」は、最終的に15名が選ばれました。高校サッカーは、
実を言いますと、クラブサッカーに属する選手が何名いるかでほぼ実力が決まり
ます。息子達の高校「Varsity」チーム15名の中には、次男と同じサッカークラブ
から学年は異なりますが、4名、他のクラブに属するプレーヤーが三男を含めて
4名いました。後は、年一度、高校サッカーだけに参加するメンバーでした。

トライアウト終了後、直ぐに練習が始まりました。週5日、授業後から日が暮れる
までの2時間ほどです。息子達いわく、練習内容はクラブチームの方が洗練されて
いるそうです。様々なレベルのプレーヤーが雑居する高校サッカーでは仕方ない
のかもしれません。

11月半ば、一部、二部を混ぜて試合を組むプレシーズンが開始し、戦績は
悪くありませんでした。3ヶ月だけの即席チームと言えども、半数以上が昨年の
チームからのメンバーであり、また、日頃、クラブサッカーで鍛えられている
プレーヤーも半数いたため、ゼロからのスタートではなく、チームとして機能はして
いました。また、試合数をこなすごとにチーム内のピッチ上の意思疎通はよくなり、
システムにも磨きがかけられていきました。

次男のポジションはクラブチーム同様センターミッド。三男は左ウィンガーでした。
次男と同じ Senior で他のクラブチームに属するディフェンダーのプレーヤーが
キャプテン、次男は副キャプテンとなり2人でチームを引っ張っていきました。

そしてアクシデント。次男が練習中に足首を痛めました。数週間試合を休むこと
になり、少なからず試合にも影響は出ました。負けが続きましたが、シーズンが
折り返し地点を過ぎたころにようやく調子を取り戻し勝ち試合が出てきました、
その後、次男が復帰。勢いを崩さず、リーグのトップを走るチームを Home ゲーム
で撃破。それでも誰もがリーグ戦最終戦でシーズンは終わりと思っていましたが、
驚いたことに前述の複雑な勝ち点の計算により、最終戦を勝てば、プレーオフ
進出であることが分かりました。チーム内の士気ボルテージは一気に最高値に。

そして最終戦は、例年お決まりのライバル校とのカードです。2週前の1位校
撃破により入れ替わってトップに立ったのがそのライバル校です。相手チーム
には、次男の同じクラブチームのチームメートも数名おり、どちらのチームも絶対に
負けられない特別な試合となりました。時はまだ2月半ば。雨の試合。普段は
観戦者が殆どいない高校サッカーの試合ですが、ライバル校同士ということもあり、
Away のシーズン最終戦は、相手校を応援する生徒、家族がスタンドに足を運び、
普段の試合にはない雰囲気となりました。

シーズン半ばの相手校との最初の試合は、Home で0-0で同点。お互い引くこと
の出来ない2試合めが始まりました。前半、無得点の均衡が暫く続いた後です。
仲間がはずしたシュートのリバウンドを、三男がゴール左横からワンタッチの
ボレーでネットに叩き込みました。先制点です。その後、直ぐに相手チームが
こちらのディフェンスのミスをつき同点ゴール。雨の中、自然芝でボールは遅く、
足を滑らしたりで普段のプレーが出来なかったのはお互い様です。後半、残念
ながら相手校が一枚上でした。3点の追加点の結果、4-1で完敗。後半、試合の
流れを変える大きなチャンスはありましたが、生かすことは出来ず、試合は終了。
歓喜にわく相手チームや、観客席に目を向けることもなく、息子達のチームは、
雨の中、視線を落とし、つらい結果を受け入れました。その後、相手校はプレー
オフで2回戦まで進んだそうです。兄弟が一緒にプレーする最初で最後の高校
サッカーシーズンの終末は残念な結果となりましたが、シーズン最後のチームの
ゴールが Freshman の三男によるものであったことは、いいサプライズでした。
チームに来年への期待を少しだけ持たせ、次男の高校サッカーは幕を下ろし
ました。


来年、三男の高校サッカーについて書き綴りたいと思います。


写真です。 (最終試合の写真は少し多めです。)





息子達が通う高校のフィールドです。サッカーの試合で訪れる他校は、殆どが、陸上競技用
トラックの中に人工芝のアメリカンフットボール、サッカー兼用のフィールドが設けられ、
観客席、照明、トイレが完備されています。カリフォルニア州の教育関連の予算カットは耳に
たこができるほど聞いてきましたが、高校の整ったスポーツ施設にはいつも感心させられます。
そして、息子達の高校はと言いますと、観客席、トイレ、3年前に設置された照明はOKです。
問題は、自然芝です。雨天が続くと使用禁止となることもあり、人口芝の他校と比べますと
ハンディを背負ってるような気がします。




プレシーズンの開始です。




次男は、最後のシーズンは「10」番を背負いました。




三男は、過去に次男がつけたことのある「18」番でした。




本シーズンが始まってすぐ、次男は怪我でベンチからの観戦が数週間続きました。復帰後の
Away の試合です。




遅れを取り戻し、チームへの貢献に努めました。 パス。




跳んで




チャンスには、打っていきます。




そして三男。 シーズン前半、上級生に囲まれ少し引き気味でしたが、後半には、遠慮は
全く見られませんでした。




この後、Finish に失敗し、初得点にはつながりませんでした。




Home でリーグのトップチームを迎えました。次男、最初はパスを狙っていたそうですが、
スペースが空き、打っていったそうです。 「ゴーーール!」




家内もスタンドより観戦していましたが、次男の得点後の笑顔と視線の先にいた女性は、
家内ではありませんでした。次男も一般的な高校生です。




直ぐに1点返されましたが、追加2点を入れて守り抜き、金星。




翌週の Home ゲームです。




後半、三男、初ゴール。チームメート達から手荒い祝福を受けます。




そして、ライバル校相手のプレーオフがかかったシーズン最終戦がやってきました。




前半の均衡をやぶったのは三男でした。喜びを爆発させます。




この2人が抱き合って喜び合う姿は、三男がよちよち歩きの頃以来と思います。




守りにも力が入ります。 実は、このライバル校のフィールドも、このエリアでは
珍しい自然芝です。雨の中、白いユニフォームは凄いことになっていきました。




1点返され、1-1のタイでハーフタイム。




後半の開始。 集中を切らさず。




勝つことだけを考えていたと思います。




しかし、相手チームに勝ち越されました。 雨足が強くなります。




次男がボールを持ち、左サイドを三男がかけあがります。右サイドへのパスを選びました。




チャンスは何度かありました。この写真を撮る前、三男がボールを取り、マークを振り
切ってコーナー近くまでかけあがりました。次男におくった絶妙なパスはわずかに届き
ませんでした。




あきらめません。




3点差。逆転はもう不可能でしたが、試合終了ホイッスル直前のフリーキック。




全てが終わりました。決してポーカーフェイスではありませんが、普段、人前で涙を
見せることはない次男も、この試合の口惜しさは特別だったようです。次男をいたわる
のは、共にチームを引っ張ってきた Senior でキャプテンのチームメートです。




試合の後、家内が、次男、三男の Home、Away 両方のユニフォームを洗濯し、翌週、学校に
返却しました。次男の「10」番、来年は後輩の誰かが背負います。たった3ヶ月でしたが、
大きな怪我もなく、息子達2人が同じピッチに立ってプレーする姿を楽しませていただき
ました。



以上、写真でした。次の更新は、補習校の卒業についてとなります。


我が家のスポーツの軌跡 - 続き (2)

2018年02月12日 | サッカー
スポーツの軌跡が続きます。

いよいよサッカーです。過去、本ブログで長男がサッカーを始めた
経緯についてはカバーしましたが、改めて息子3人について触れて
おこうと思います。

3人ともスタートは、リクリエーション・リーグのAYSO (American
Youth Soccer Organization) でした。息子達が参加したのは、8月
末から11月末までの秋のリーグ。前述のJr. Giants、フラッグフット
ボール同様、チームは毎年組み替えられ、コーチは全てボランティア
の父兄でまかなわれています。参加費用は、クラブサッカーと比較
しますと微々たるもので、子供の年齢、性別に関係なく、誰でも
サッカーを楽しめるように作られた全米規模の優れたプログラムです。
希望があれば、登録時に特定のコーチやプレーヤーがいるチームへの
参加をリクエストすることも可能であり、小学校の高学年や中学に
なりますと、多くのチームは、顔見知りばかりでガッチリと組まれ、
レベルもそこそこのものとなります。

長男は、一シーズンだけクラブチームに属したこともありましたが、
後は2年のブランクを除きずっとAYSO、そして高校サッカーに進み
ました。一方、次男、三男はよくあるパターンですが、AYSOは、最初
の一シーズンのみで、その後クラブチームにステップアップしました。
3人がスポーツをサッカー一本に絞り込むことになったきっかけは、
長男の場合は、仲が良かった友人がサッカー少年であったこと、それ
だけです。Jr. Giants での野球は、年齢枠ぎりぎりの中学2年の夏
まで毎年続けましたが、その後、レベルの高いリトルリーグには
加わることなく、前述の友人についてサッカーを選びました。次男の
場合は、夏の野球は、小学校5年生まで続きましたが、その後は
「野球はもういい」となり、それ以降はどんどんサッカーにのめり
込み現在に至っています。三男は、上の兄2人を見て育っています
ので、野球は、2シーズンのみ楽しみ、その後は自分の意思でずっと
サッカーです。

結果的に、息子三人が同じスポーツに熱中することになり良かったと
思います。兄弟三人が共通の話題を持ち、親としても、練習、試合の
送り迎えを含めた時間の管理、経済的にも何かと便利でした。

長男は、既にサッカーを卒業し、日常の生活でのかかわりは無くなり
ましたが、次男は、自身のサッカー以外にイギリスのプロサッカー
Premier League のチェックがシーズン中の日課となっています。
一方、三男は、スペイン La Liga の Real Madridと同チームのスター
プレヤー Ronaldo「命」です。言うまでもなく、宿敵ライバルチーム
Barcelonaと看板選手の Messi は大嫌い。私は、昭和の人間です。
子供の頃は、野球をしていないと近所、小学校で仲間と話が出来ない
時代に育ちました。Jリーグ誕生の際も既にアメリカにいたため、
サッカーにはずっと興味がないままでしたが、ここ数年は息子達から
強く影響を受け、今では自称サッカーファンです。ドイツのBundesliga、
アメリカの MLS、日本のJリーグの情報を日々チェックしています。
MLS の地元チーム San Jose Earthquakes の試合には息子達と6年前
から通い始めました。家内はと言いますと、サッカーには興味無し。
プレーヤーは、チーム、国籍、技術は一切関係なく、イケメンで
あればそれでいいみたいです。家内の場合、息子3人との共通言語は、
やはりバイオリンでしょうか。3人のバイオリンは、ピアノをたし
なむ家内のお陰であり、音楽センス・ゼロの私では何も出来ません
でした。


それでは、以下、写真で更に詳しく。かなり多くの写真をかき集め
ました。長くなります。


長男からです。




2005年の秋。長男7歳。AYSO デビューです。




翌年。8歳。サッカーは秋だけのスポーツでしたが、毎週末、家族で応援に行き、私達も
十分楽しみました。




2007年。AYSO 3シーズン目です。長男9歳。




2008年。10歳。この年は、AYSO で知り合ったコーチと仲間から誘われ、近くのクラブ
チームの新設チームに参加しました。ここでの一シーズン、実は、コーチの好意で、
次男も練習に特別参加させてもらいました。後から考えますと、この期間の影響が次男
にとっては大きかったと思います。一方、長男はあまりやる気もなく、一旦サッカーから
離れることにしました。




2011年の秋。13歳。2年のブランクがありましたが、本人からサッカーに戻ることを
希望し、知り合いの人がコーチをするAYSO のチームに参加。




技術的な遅れは、練習で序々に取り戻していきました。




2012年。翌年は、仲の良い友人のチームに参加。長男14歳です。友人からの影響も受け
かなり練習をしました。




足だけは小さい時から速く、ポジションはフォワード。




2013年。高校サッカー開始。残念ながらシーズンも後半の2月、15歳の誕生日の試合中
に大怪我。退院後、車椅子、松葉杖、リハビリの生活が続きましたが、幸い、3ヶ月
ほどで走る事も出来るようになりました。中年のおじさんではこの回復の早さは不可能
であったと思います。記念という訳ではありませんが、松葉杖は大事にとってあります。




2013年秋。怪我は完治。前年と同じチームメンバーでAYSOに臨みました。




スコア。

この試合だったと記憶しています。以前も少し触れましたが、スコアした後、相手
チームのディフェンダーから面と向かって「Yellow Blind」と東洋人に対する差別的な
言葉を浴びせられました。息子達いわく、しばしばあることであり、全く気にはしない
そうです。アメリカ育ちの息子達、貴重な経験をさせてもらっています。




2014年の年が明けた冬。長男16歳。高校サッカーです。




この時期、運動は高校でのサッカーの練習と週一回程度のサーフィンですが、体は結構
ガッチリしていました。




高校サッカーは、長男のようなAYSOだけを経験しているプレーヤーだけではなく、小さい
時からずっとクラブレベルでプレーしている選手もいます。長男、クラブチームでずっと
サッカーを続けることも出来ましたが、一旦離れたことを悔やんでいました。




2014年秋のAYSOです。




自分なりに努力もし、チームでは十分な戦力になっていました。




サッカーとは時期が重ならない陸上競技も高校で始め、走るスピードには磨きをかけていた
頃です。残念ながら、長年お世話になった AYSOは、高校 Junior のこのシーズンが最後と
なりました。




そして高校の Senior。サッカーは、これで本当に最後となりました。




2016年の最終戦。長男18歳。長年のライバル校相手のホームゲームでした。




以前、触れましたが、試合中に怪我をして途中でベンチ入り。残念な形で終わりましたが、
怪我は、2013年のものと比べると全然大したことはなく、長男はケロッとして7歳から
始まった長いサッカーにピリオドを打ちました。


まだまだ続きます。次は次男です。




2006年の秋にAYSO デビュー。次男5歳です。




翌年2007年は、AYSO には登録せず、近くのクラブの教室で暫く練習することとしました。
また、2008年は、長男のクラブでの練習参加を認めてもらい、年上の子供に混ざってコツ
コツと練習に励みました。




そして2009年にクラブチームでのデビューです。これは、初ゴールの写真だったと思い
ます。次男8歳です。




2010年秋、9歳。この頃、春、秋がサッカー、夏は野球でした。




2011年秋、10歳。なでしこジャパンがワールドカップで優勝した年です。決勝は家族で
テレビ観戦しました。次男は、終始コメントを入れながらの観戦で、後に日本語補習校
の作文コンテストでも取り上げ、入選したと記憶しています。




この写真は、私が忘れることの出来ない1枚です。2012年の春。11歳。この試合の前日、
4月のある土曜日に家族で初めて、MLS の San Jose Earthquakes の試合を観に行きました。
勿論、息子3人にプロのプレーを間近で見せるためでした。初めて観るプロの試合、それも
勝ち試合で家族全員満足しての帰宅。そして翌日の試合です。次男の初のハットトリック。
音は聞こえませんでしたが、前日の試合で明らかに「パチッ」とスイッチが入りました。
この頃を境に、絶えずオープンスペースを探し、作り、利用し、プレーにキレが出るよう
になりました。それ以来、Earthquakes の試合には、息子達をちょくちょく連れていき
現在に至っています。




2012年秋、11歳。この年の夏で野球は終わりとし、サッカーに専念することとしました。




2013年春、12歳。ポジションはセンターミッドで定着です。




同年の秋、クラブの運営体制が変わり、他の2クラブと合併。ユニフォームも変わり
ました。




2014年、13歳です。スポーツは、既にサッカーとサーフィンに絞られています。同年の
秋は、Player Development Program というトレセンのようなプログラムに召集され
ました。




2015年春。14歳。技術、スピード、コツコツ磨きをかけていきました。




そして、シーズン半ば、同じクラブの USDA(アカデミー・リーグ)チームからGuest Player
として召集されました。出場試合数は限定され4試合のみでした。




同じ年の秋、USDAの新しいシーズン、新しいチームで正選手となりましたが、シーズン
開始直前に主要選手がこぞって他のクラブに移籍し、試練のシーズンとなりました。




2016年。15歳。USDA のシーズン終了の1ヶ月前にようやく初勝利。次男を含め、選手の
一人一人が大きく成長したシーズンでもありました。




2017年。16歳。クラブの体制が再び変わり、2つに分割。次男のチームは新しいクラブ
へ移籍。ユニフォームもガラリと変わりました。クラブが USDA の認可を取得出来ず、
1ランク下りたNPLリーグとなりましたが、トップでシーズン終了。




秋。NPLのトップリーグに上がったものの怪我人続出でした。2018年春はNPLリーグの
一つ下に逆戻りです。




こちらは、2017年の高校サッカーです。前年のUSDAでは、高校サッカーも含め、他の
リーグへの参加が一切認められず、初めての参加でした。




2017年は、社会人リーグにも参加させてもらいました。日本人だけのチーム。試合中に
ピッチで聞こえる指示は全て日本語であり、少し不思議な感じでしたが、相手チームには
指示内容は分からず都合が良かったと思います。




昨年12月の某大学でのサッカーキャンプ。60人前後の選手が集まりました。プログラム
開始前、静かにコーチからの指示を待ちます。学業との両立は難しいですが、次男は、
大学でのサッカーも考え始めています。高校生活、後残り2年もありませんが、引き続き
応援していこうと思います。


さて、三男です。




一見、サッカーとは関係無さそうな写真。2010年。三男、6歳です。幼稚園で英語環境の
生活が始まったばかりで、まだ英語でのコミュニケーションには苦労していた頃です。
次男のサッカーの試合には、いつも一緒について行き、必ず、当時流行っていたベイブ
レードを2~3個携えて行きました。言葉は殆ど通じなかったようですが、試合中はいつも
次男のチームの誰かの弟グループに囲まれ、ベイブレードで盛り上がっていました。
とりあえずサッカーとかかわり始めた年です。




翌年、2011年にAYSOデビューです。三男7歳。




この男、昔はよく泣きました。試合中に足を蹴られたようです。




2012年は次男の後をついてまわるだけで、クラブサッカーのデビューは翌年の2013年。
三男、9歳でした。




2014年。10歳です。この頃は次男と同じセンターミッドがポジションでした。




当時のチーム。三男自身が後にクラブを移籍しますが、この時のメンバーもサッカーを
止めたり、引っ越したり、クラブを替えたり。この頃は、バランスがとれたいいチーム
でした。




2015年春。11歳。新しいユニフォームです。次男は、この年、既に合併した新クラブに
所属していましたが、三男のチームも含め年齢の低いチームは、男女共に元のクラブの
ままでした。この当時、あちこちのクラブで合併があり、ややこしい時期でした。




以前に書き綴りましたが、このシーズンは、クラブが次男のBチームと下のCチームを無理
やりくっつけ、技術的にデコボコのチームとなりました。戦績ガタガタの中、チームの
一部のメンバーは頑張っていましたが、練習態度の悪いメンバーが多く、ついに頭にきて
他のクラブへの移籍を決めました。




2015年の秋。新しいクラブです。いいコーチ、真面目なメンバーとめぐり合い、充実した
日々が続きました。




2016年の春。12歳。このシーズンの後に転機が訪れました。USDA(アカデミーリーグ)の
トライアウトへのお誘いとシーズン最後のトーナメントでの手首骨折です。サッカーは
約2ヶ月の休みとなってしまいました。




2クラブのトライアウトに合格し、怪我が完治した後は、結局、次男のクラブで USDAに
参加することとなりました。2ヶ月のブランクがあり、体力を元の状態に戻すのに少し
時間がかかりましたが、シーズンが始まるまでに序々に調子を戻し、エンジン全開で9月
のシーズン開始となりました。後から分かったことですが、この写真の試合には、USDAの
トレセン・コーチが訪れ、三男がたまたま狙った難しい角度からのシュートの後、サラサラ
とノートをとっていたそうです。(トレセンコーチを観察していたチームコーチからの話
です。)その数週間後にトレセン召集の連絡が届きました。ラッキーでした。




2017年秋。13歳。USDAの1年におよぶシーズンは終わり、次男同様、NPLで新シーズンの
開始です。三男も彼のチームメートもいつもクリーンなプレーですが、いったん球際に
なりますと負けていません。次男は激しいコンタクトを避け、パスとドリブルでかわして
いきますが、長男と三男は、押し切られることなく、とことんとり合っていくタイプです。




納豆と牛乳、そして睡眠で日に日にでかくなっていきます。次男同様、サッカーが楽しく
て仕方が無い時期です。


野球以上に長くなりましたが、「おまけ」に移ります。





我が家の息子達のサッカーは、庭のゴール抜きでは語ることは出来ません。7年くらい
前にネットショップで$100ちょっとで購入したと記憶しています。兄弟交代でキーパーを
しながら毎日のようにシュートの練習をしていました。私もよくお声がかかり、ゴールを
設置した芝生の面より一段下のコンクリートの部分からクロスを上げ、息子達がボールを
トラップしてシュート。これも我が家のおきまりの練習でした。




お隣にボールを蹴りこまないよう、お手製のネットを設置しましたが。




塀を守ることは出来ませんでした。ボールがネットを越えて庭に入っても、塀が壊れても
文句を言う事もなくボールを投げ返してくれる隣のおばあさんには、本当に感謝しています。




ゴールネットを固定するテープは数ヶ月のうちに全て擦り切れてなくなり、その後は、
日系の100円ショップで購入したビニール紐での補強が私の仕事となりました。プラス
チックのクリップも考えましたが、ゴールネットが切れる可能性があり、ビニール紐で
ずっと対応しています。ここ1年ほど息子達の庭での練習も減り、同様に紐の付け替え
頻度も減りました。




以前にも本ブログで触れている折りたたみ簡易ゴールです。シーズンオフの自主トレ用に
ラダー、コーン、ハードルを揃えましたが、広い場所が必要となり、近くのサッカー
フィールドでの練習用として追加しました。その結果、庭での練習が減り、その後は塀に
開いた穴は大きくはなっていません。




私の車です。シーズンオフの間だけ積んでいます。




サッカーとは直接関連はありませんが、我が家の車庫の半分をジム兼、サーフボード
格納庫として使っています。ベンチプレスは、次男が誕生するあたりまでずい分長いこと
私自身が使用していました。その後、若い時に体を酷使したツケで、関節のあちこちに
ガタが出始め、筋トレはストップ。一時期、長男と次男がウェイトを軽くして使っていた
ようですが、長男はジムのメンバーとなり、今では見向きもしません。最近、三男が一番
軽いウェイトを使ってトレーニングを始めたようです。(この写真はずっと前に撮影した
ものです。)自転車は私用。トレードミル(ウォーキングマシン)は、今では三男の持久力
強化用、そして家内のダイエット用として使われています。




これも元々は私が使用していたダンベルですが、今では、息子達が誰や彼やで使っている
ようです。写真撮影のためにそろえましたが、普段は家のあちこちで放置され、誰かが
足をぶつけては、お互いブーブー文句を言っています。




ここ数年、我が家のお米、牛乳、納豆の消費量は増え続けています。お米は一日に5合を
二回炊き、日系スーパーでまとめ買いする納豆は、息子達がそれぞれ1パックをご飯と
一緒におやつがわり。牛乳は、朝のシリアルで朝食としての消費が中心でしたが、最近は、
三男が水がわりにガブ飲みするようになりました。写真は1ガロン容器の牛乳2つ。この
量も今では1週間もちません。




次男の部分で述べました 2012年の初めての San Jose Earthquakes の試合観戦です。当時は
自前のスタジアムを持たず、Santa Clara University の小さなスタジアムを借りてホームと
していました。今となっては懐かしい記念の場所です。




2015年。Earthquakes 待望のホーム、AVAYA スタジアム完成。




我が家の家計では大きな出費ですが、同年、初めてシーズンチケットを購入しました。
初年は、立派な紙のチケットでしたが、現在は、ダウンロード、又はスマートフォンの
Appとなっています。長男も忙しくなり、先シーズンより3枚に減らしました。




2016年までは、全員で観戦。家族で一緒に過ごす貴重な時間でもありました。




スタジアムに隣接する駐車場は、入るのは容易ですが、出る時は大変な大渋滞となり、
いつも15分ほど歩く距離に路上駐車です。




三男です。体と態度は大きくなりましたが、まだガキです。



これが最後となります。長男について少し付け加えます。





高校ではサッカーに加え、陸上にもエネルギーを注ぎました。現在、現役高校生の次男は
陸上競技には無縁であり、恐らく三男も将来、携わることはないと思います。




本人にとっては、サッカーと同じくらい大切な時間であったようです。




今でも陸上シーズンの間は、後輩達をコーチするために時々母校に立ち寄っています。


長くなりました。ここまで読んでいただいた方、お疲れ様でした。我が家のスポーツの
軌跡は、次回、サーフィンで締めくくらせていただきます。一週間のうちに更新いたし
ます。





2012年のクリスマスカードに使用した写真。サッカー。我が家の歴史の1ページです。




























2016年前半 サッカー・フォローアップ (2)

2016年09月07日 | サッカー
三男です。

一昨年の春のシーズン開始直前、人数の調整のためか、三男が属する2nd
チームと、ひとランク下の3rdチームが無理やりくっつけられ、レベル面で
デコボコのチーム誕生となりました。チーム内では技術だけではなく
メンバーの練習態度も大きく異なり、一部の不真面目な連中に頭にきて
シーズン終了と共に他のクラブに移籍したのが一年前。そこでは素晴らしい
コーチにめぐり合い、練習と試合が楽しくて仕方がない昨年の秋のシーズン
でした。

今年の春、アメリカの殆どのサッカークラブで、学年別によるチーム
編成を廃止し、1月1日を基準にした「Calendar Year」による年齢別
チーム再編成が実施されました。三男が所属するクラブもそれにならって
チーム替えが行われ、春のリーグより、それまでの仲間の半分が2003年
生まれのチームに、そして残りが2004年生まれのチームに振り分けられ
ました。1月生まれの三男は、2004年チームに入り、それまで一つ年下の
チームにいた2004年生まれの選手達も合流しました。新しいチームは、
1stチームではない2ndチームではありましたが、担当コーチは「当たり」
でした。技術、人柄、申し分なく、チーム内の技術レベルもバランスが
取れ、引き続き充実した春のリーグでした。

そしてリーグ半ば。突如出てきたのがUSA Development Academy U12の
2016年度秋の新開設です。アメリカのサッカーのレベル向上のため、
USDAがチームの年齢を引き下げたようです。それまでになかった女子の
リーグも新たにUSDAに加えられました。ベイアリアのいくつかのトップ
クラブからトライアウトの情報が入って来ました。

三男が所属するクラブのトライアウト申し込みを済ませた頃と記憶して
います。次男が所属するクラブの練習場と三男のクラブの練習場は
比較的近く、練習時間も適当にずれていたこともあり、三男の練習が
終わった後、次男の練習場に迎えに行ったものです。三男は、次男の
練習が終わるまでじっとしていることはなく、いつもトリックの練習か、
空いているゴールを見つけては見ず知らずの「誰かの弟」連中とフリー
キックの練習です。年齢からすると弾道と成功率は悪くはなく、それを
次男のクラブで新たに雇われたテクニカル・ディレクターが目にとめた
ようです。「あのボーズ誰?」ということになり、次男のコーチが
「あのボーズ?うちのチームの○○の弟でXXクラブにいるらしーよ。」
といった会話があったようです。そしてディレクターから次男のコーチに
指示が飛び「あのさー。おたくの下の息子、確か12歳だったと思うけど、
うちのUSDA U12のトライアウト受けさせてみない?」となった次第です。
2ndチームだった三男がそれほど際立つはずはなく、次男の弟ということ
で「まー、取りあえずキープしとこうか。」といったノリだったと思い
ます。それでもテクニカル・ディレクター、コーチング・ディレクターを
紹介され、その後もプッシュが入り、同クラブのトライアウトも受ける
こととなりました。

次男の所属クラブからはトライアウト終了後、直ぐに合格との連絡。
そして三男のクラブの2週にわたるトライアウトを1回残すのみとなった
6月のある週末、シーズン最後のトーナメントでした。決勝戦まで進み、
後半開始直後、ボールを全速力で追いかけ、相手チーム選手と共に
派手に転倒。三男、起き上がりませんでした。病院の救急治療室に車を
走らせ、診断。怪我の直後、痛そうに手をかばう様子で分かってはいま
したが、左手首骨折。全治2ヶ月。ガッツーンです。幸い三男は右利き。
現地校、日本語補習校、サッカー、全てが夏休みに入ろうとするところ
でした。(楽しみにしていた日本語補習校中高部の初めての球技大会は
サイドラインで見学。悔しがることしきりでした。)また、所属クラブの
トライアウト最終日は欠席でしたが、直ぐに補欠合格とするとの連絡が
クラブからありました。本人少し気を取り直しました。左手ギブスの
生活は不便ではありましたが、それを口実にしてゴミ出し、金魚鉢の
掃除当番、家内のちょっとした手伝い、全てパス。要領のいい奴です。

さて、秋からのサッカー、どちらのクラブを選ぶべきか親子で散々思案
した結果、次男のクラブに入ることとなりました。保険でカバーした後
の残りの治療費請求書が容赦なく届く中、三男、ようやくギブスが取れ
ました。今では少し増えた体重、細くなった足を元に戻すべく、フルで
練習参加です。USDA U12の一年におよぶ長いリーグ戦、来週よりいよいよ
スタートです。


雨の試合。春のシーズン開始時は、まだ雨季にさしかかっています。


多少足元がすべりはしますが、試合のペースは天候に関係ありません。


試合終了。


教科書のような連係プレーが成功し得点です。


別の試合。前半ガンガン押しましたが、後半で痛い逆転負け。


こちらアゥエイの試合で1勝です。実は対戦相手は昨年までいたクラブ。


このシーズンのポジションは、試合によりフォワードになることも。


チャンスには打っていきます。


再び昨年までいたクラブ相手の試合。これはホームとなります。この少し前に
自分のミスでチームに迷惑をかけ、気合の入った1点でした。


こちらも得点。


トーナメントでの怪我。手首が盛り上がっています。レントゲンでは折れて
いる様子がはっきりと写し出されていました。



2016年前半 サッカー・フォローアップ

2016年09月05日 | サッカー
次男、三男のサッカーは、いよいよリーグ戦開始です。それぞれ新しい
年度となりました。この半年もいろいろありました。新しいリーグの
前に自分の記録としても2016年前半について書き綴っておこうと思い
ます。

まず次男。

USA Development Academy の U13/14リーグに新しいチーム、新しい
コーチで臨んだのが1年前。春、秋と1年を2つのシーズンに分ける
通常のリーグと異なり、USDAのシーズンは丸1年。昨年の今頃、ベスト
メンバーに近いロースターで臨むはずであったリーグ戦でしたが、
シーズン開始直前に主要選手が大挙して他のクラブに移籍し、事情は
ガラリと変わりました。連鎖反応で全てのポジションから頼りになる
選手達が去っていきました。コーチは抜けた穴をうめる為、2ndチーム、
また一年下のトップチームより選手を補充し何とかシーズンを迎え
ました。予想通り、シーズンの前半、半年は散々な結果。ヘッド
コーチは元プロ選手。彼の忍耐強いコーチングの下、誰もが努力をして
いましたが、それはリーグ内の他のチームも同様です。とにかく勝て
ませんでした。

転機が訪れたのはシーズンもぼちぼち終わりに近づいた5月でした。
まず初勝利。次に惜しい内容で1戦おとし、その後の2試合を続いて
白星。その次は、1年前のシーズン開幕戦でボロボロに叩き潰された
チームに敗れはしたものの善戦して公式戦終了。努力がようやく報わ
れました。勝ち星をあげ、誰もが自信をつけたのは明らかでした。
最後の締めくくりは、テキサス州のFriscoで行われた「Show Case」
です。昨年11月にLAで行われたのは、アメリカ西部のクラブが対象
でしたが、6月は全米のクラブが集まります。11月同様、トーナメント
ではありますが、趣旨は、全米代表チーム、および全米の大学の
スカウトが一堂に集まり、有望選手のチェックを行う、品評会のような
イベントです。次男達はまだ中学生。スカウトは意識していましたが
仲間と寝食を共にし、修学旅行気分で楽しんで来たようです。

6月末、無事U13/14の1年におよぶシーズンを終えました。次はといい
ますと、残念ながら所属するクラブはU15/16の認可を受けておらず、
この9月からは、一ランク下がり、National Premier Leagueで秋の
シーズンを向かえました。次男は現在、身長175cm。一日4食。おやつは、
どんぶり茶碗の山盛りご飯で納豆1パック。太ることはなく、上に上に
伸びていきます。頻度は数年前に比べると減りましたが、親子で行く
週末のサーフィンのおかげで上半身は適度に鍛えられています。

サッカー「命」の次男、ぼちぼち将来のことも考え始め、どこかの大学
にサッカーの特待生で迎えられても勉強に専念出来ないことは本人も
理解しています。バイオリンはずっと在籍しているオーケストラの6月
に受けたオーディションでようやくトップグループに入ることが出来ま
した。こちらも出欠は今まで以上に厳しくなります。本人いろいろ考え
てはいるようです。取りあえず応援していこうと思います。


冬のブレークの後シーズン再開。3月の寒い雨の試合でした。


善戦しましたが、勝てませんでした。


この試合も、もう一歩のところでした。


誰もが実力をつけてきたと信じていましたが、叩き潰されました。


コーナーキック。三男が所属するクラブが対戦相手でした。力及ばず。


5月の上旬、転機が訪れました。


先制2点。全員が必死に守りました。


初勝利。長い道のりでした。


十分勝てる試合でしたが、ここで黒星に逆戻り。


その次はペースを戻し白星!



長男 高校サッカー (The End)

2016年03月07日 | サッカー
サッカー関連の投稿です。

本日は、長男について。少し長めです。

現在、現地校で高校Senior の長男。高校のサッカーは、大学の準備もあり、昨年、
Junior で終わりのはずでした。3ヶ月の短いシーズンに組まれる試合は全て平日
であり、結局、私は一試合も観戦することが出来ないまま終了。長男がサッカーを
始めたのは確か7歳の頃。次男、三男ほどの熱の入れようではありませんでしたが、
これで終わりかと思うと少し寂しくもありました。

「が」、長男、昨年の秋に勝手に高校のサッカーチームにサインアップ。この冬は
再び高校のピッチを走り回っていました。「おい、おい、おい」です。この時期、
Early Admission で大学から入学許可の連絡を受けるSenior もぼちぼち出てきます。
我が息子はと言いますと、いくつか願書を出していますが、まだどこも決まってい
ません。チーム内のSenior達 は、既に進路が決まっている優秀な子が殆どです。
肩身がせまいのは、家内と私だけで、本人、気にする様子は全くナシ。取りあえず、
今度こそ最後ということで、リーグ戦18試合のうち、先月、最後の3試合を無理して
観戦してきました。

通常、高校の一般のスポーツのシーズンは、各年度ごとに3ヶ月程度。日本の高校
スポーツのように3年間べったり通して全てを捧げる「熱血」といったイメージは
あまりありません。重なってしまうスポーツも勿論ありますが、生徒が複数の
スポーツに携わることが出来るよう、秋、冬、春と、上手にシーズンが組まれて
います。息子が通う高校ではサッカーは、冬のスポーツ。12月から2月の間で、バス
ケットボールと重なっていました。現在、既に野球と陸上競技、競泳のシーズンと
なり、多くの高校生が春のスポーツの練習を開始しています。

また、高校は「Freshman」、「Sophomore」、「Junior」、「Senior」と4年制と
なりますが、さすがに体のサイズが違う4学年を競技で一緒にする訳にはいかず、
Freshmanを一つとし、Sophomore を「Junior Varsity」(通称「JV」)、そして
Junior とSeniorをくっつけた「Varsity」の3グループに分け、それぞれのグループ
でシーズンを消化していきます。但し、他の学区もそうだと思うのですが、サッカー
はFreshman とSophomore をくっつけて「JV」としています。一方、どのスポーツも
学外のクラブチームで活躍してきた生徒は、学年、体のサイズに関係なく、
Freshman 、Sophomore からいきなりVarsity といった例はよくあることです。

クラブチームで何年もサッカーをしてきた次男は、現在Freshman。高校サッカー
シーズン開始前にどこかで聞きつけたコーチからお声がかかり、長男と共にVarsity
との話もあったようです。生憎、次男が昨年夏から所属するUSA Development
Academy League の規則で、高校サッカーも含め、他のリーグに属することが禁じ
られており、次男は、一切かかわりをもちませんでした。

さて、長男のポジションはフォワード。足は速い方だと思います。但し、次男、
三男のように長年クラブチームでサッカーをしてきたわけではなく、毎年、リクリ
エーション色が濃い秋のAYSOと高校サッカーを中心に携わってきました。チームの
中では技術的に目立つ存在ではありません。それでも本人は、シーズンに関係なく
一人コツコツ練習し、最後のシーズンでも何回かスコアを決めたようです。

2月の最後の試合は、ホームゲームで天気は雨。どちらのチームもボールのコント
ロールにかなり苦労していました。高校のサッカーのピッチは、通常アメリカン
フットボールのフィールドと兼用となり、多くの学校は人工芝です。予算の関係
でしょうか、息子の通う高校は、この辺りでは珍しく自然芝。雨はきつかったです。

シーズン最終試合の対戦相手は長年のライバル校。前半は、両チーム共に得点は
なく、ハーフタイムを迎えました。そして後半開始直後、相手チームがディフェ
ンスの隙をつき貴重な1点。その後です。サイドラインから見ていると選手1名
倒れたまま立ち上がりません。カメラの望遠レンズで見てギョッとしました。
長男でした。幸い骨には異常はなく筋肉を軽く傷めただけとのこと。専属トレー
ナーの方から松葉杖までも用意していただき2日で完治しました。

実は長男は、3年前の同じ頃、Freshman としてJVの試合に出場し、相手チームの
ディフェンダーからフルスピードで太ももに膝蹴りをくらい大怪我をした経験が
あります。「Compartment Syndrome(コンパートメント症候群)」と呼ばれる
もので、入院1週間、手術4回といった大そうな怪我でした。治療が遅れると
足の切断に至るといった恐ろしいもので、手術前の太もものサイズは2倍。痛みも
相当なものだったようです。但し、本人、入院生活は120%エンジョイしました。
病室では、病院から貸し出されるiPad をフル活用し、自分専用のテレビで映画
鑑賞。筋肉の圧力を開放する為に大きく切り開いた患部を縫合したグロテスクな
傷跡は、iPhoneで写真におさめてその日のうちにFacebookで友人達に見せびらかす、
食事はメニューから好みのデザートも選んで内線電話で自分でオーダー。「勘弁
せーっ」です。

後から分かりましたが、かかった総医療費は、「・・・。」 思わず桁を数えて
心臓発作を起こすところでした。(自分も病院にかつぎこまれるなどシャレになり
ませんが。)確かに救急病棟での診断、応急処置、複数の専門科での診断、レント
ゲン、MRI、手術、治療、入院、セラピー、退院後のチェックアップと続き、その
都度、お医者さん、看護師、セラピストと代わる代わる登場。私の頭の中の請求書
のメーターはチャリン、チャリンと音をたてて回り続けてはいました。悪名高い
アメリカの医療費です。幸い、勤め先の医療保険が殆どをカバーしてくれました。

本人の体はどうなったかと言いますと、車椅子で車輪をスライドさせるドリフト
急停車をマスターした後、数週間で松葉杖。1ヶ月後には普通に歩いていました。
そして3ヶ月後にはサッカーボールを蹴って軽いドリブル。喜ぶべきではあり
ますが。

雨の中、倒れている長男を見た時、勿論、本人の安否が一番ではありましたが、
3年前が頭の中をよぎりました。良かったです。本人は無事。大きな怪我で
始まった長男の高校サッカー、軽い怪我で幕を閉じました。「The End」 親子
共々忘れることはないと思います。

先日、高校のオーディトリアムで開かれた、春のスポーツの父兄対象のオリエン
テーションに出席してきました。長男、今度は陸上競技です・・・。その一方、
家内と私は、大学のスカラーシップのリサーチ、申請、ワークショップ参加、
カウンセラーへの相談。来年の今頃、長男はどこの学校に行っているかも分からず、
取りあえず、親の務めをはたします。



久しぶりにアーカイブを開きました。2006年のフォルダーから。長男のAYSO時代です。
私もこの頃に一眼レフとズームレンズを始めました。


2007年秋のAYSO。


2008年。一年だけクラブチームに入りました。


中学生になってからのAYSOです。


ロン毛の頃。


2012年秋のAYSO。


同じく。チームがブロック内で上位に入りました。決勝進出はならず。


2013年の冬。高校サッカーのデビューです。JVのチーム。


同年のJVの試合。この一ヶ月後に大怪我をしました。


病室です。完全にリラックス。一応、縫合した患部は痛かったそうですが。


そして今年の試合。息子の身長は171cm。Varsityともなると周りの選手はゴツくなり
ます。


ヘダー。高校サッカーでは、頭部の怪我も多くなります。


雨の中の最終試合。有終の美は飾ることが出来ませんでした。


10年以上続いた長男のサッカーも一旦ピリオドです。


誕生日に友人(女性?)からプレゼントされたワールドカップ公式ボール。

















サッカー春のシーズン - まとめ

2015年09月07日 | サッカー
昨年5月にブログを始めた際、いろいろカテゴリーを設けました。蓋を開けてみる
と「サッカー」が一番多く、息子3人がサッカーをする家庭としては、まあ当然
かなという気がします。この先も、引き続き息子達のサッカーを記録していこうと
思います。毎週土曜日に次男と三男が通う日本語補習校、週末のサーフィン然りです。

同じ「サッカー」のカテゴリーで何度か触れた San Jose Earthquakes は、今シー
ズン、後半に入っています。こちらも引き続き書き綴っていきますが、今後、息子
達のサッカーとはカテゴリーを分けてカバーする予定です。一方、気になっている
のは「仕事」のカテゴリー。こちらは未だに投稿ゼロ。何も仕事をしていないよう
にもとれます。とんでもありませんので、この秋に少し触れてみようと思います。

さて、息子達のサッカーは、秋のシーズンとなりました。但し、今週末は月曜日の
祭日、Labor Day で3連休となり、試合は組まれませんでした。少しゆっくりさせ
ていただき、来週からのハードスケジュールに備えたいと思います。

今更ですが、まだ、まとめていなかったサッカー春のシーズンです。

この8月に高校のSeniorになった長男は、高校チームのVarsity(高学年対象の
グループ)でこの春、約3ヶ月のシーズンを終えました。今まで同様、試合は
全て平日に行われ、私は、ついに一戦も観戦することは出来ませんでした。シー
ズン前半はベンチで過ごすことが多かったようです。後半に入り、チームメートの
怪我で出番が増えたとのこと。(いいのか悪いのか。)毎年秋、長男が参加して
きたシーズン単位でチームを組むAYSOのリーグ、長男の年齢グループは、十分な
人数が集まらなかったそうです。いよいよ大学の準備です。長男、少し落胆して
ましたが、大学進学の準備が優先。頑張ってもらいたいものです。本人が小学2年
あたりから始めたサッカー。少し寂しくはありますが、ここらへんでピリオドと
なります。

次に次男。U14です。北カリフォルニアのクラブリーグ、「Nor Cal」のPremier
レベルで春のシーズンを消化しました。 戦績は、8チームで組まれたブロックの
5位で終了。あまりパッとしませんでした。息子3人の中では一番活発にサッカー
に取り組んできた次男、春のシーズン開始と同時に、兼ねてから本人の夢であった
USSDA のチームにDevelopment Player としてコーチからお声がかかりました。

USSDAとは、「USA Soccer Development Academy」と呼ばれ、アメリカの青少年
クラブチームの頂点となるリーグです。U-13/14、U-15/16、U-17/18と3つの年齢
グループに分けられ、シーズンは1年。限られたクラブしか登録していません。
広いアメリカを1つのリーグとする訳にはいかず、U-13/14は、全米を9のブロック
(+1)リーグに分け、U-15/16とU-17/18は、それぞれ7つのブロックリーグと
なります。年齢と共にレベルが上がり、登録クラブ数も少なくなります。次男の
クラブは、北カリフォルニアのブロックリーグに属し、強豪13クラブで構成されて
います。また、このリーグでは、シーズンに1、2度、クラブに事前に連絡が入り、
練習、試合にUS National Team のスカウトも訪れます。将来を意識し始める選手も
多く、気合が入ります。

Development Playerである次男がプレー出来るのは6試合のみ。参加した殆どの
試合は、サブとしての中盤からの出場でした。Nor Calのチームと2チーム掛け
持ちのシーズン、本人は頑張っていましたが、大変であったのは、毎週土曜日、
日本語補習校、試合会場の間を運転する家内と私です。USSDAの試合は、全て
土曜日。これに土曜日か日曜日に行われるNor Cal のリーグ戦が加わりました。
そして勿論、プラス三男の試合です。前回触れた愛車Subaruのリタイアも、実は
長距離ドライブも原因のひとつだったと思います。幸い試合中の怪我もなく6月に
両リーグのシーズンは無事終了しました。

次男が属するクラブのUSSDA チームは、U-13/14しかなく、新シーズンで規定年齢を
超える選手は、ほんの数名がクラブに残りNor Calチームでプレー。他は、U-15/16
に入るべく、他の大きなクラブに移っていきました。早生まれの次男は、もう1年
U-13/14の登録となり、新シーズンは、3名の仲間と共に、晴れてFull Time Player
となりました。他は全員、Nor Cal のチームよりステップアップしてきた新しい
メンバー。8月に練習を開始した新チームは、まだまだぎこちなく、来週末より
開始する長いシーズン、前半は少し大変かもしれません。

次男が長くなってしまいました。三男です。昨年の秋で8x8を卒業し、いよいよ
春より11x11となりました。広いピッチ、多いプレーヤーです。クラブは、春の
シーズン開始前にチームの再編成を行い、三男は、Bチーム残留。そこにCチーム
からゴソッとメンバーが加わり、チーム自体の実力は大きく後退した形となりました。
実は次男も3年前に同じようなことがありました。最初は心配でしたが、本人が
周りの仲間をひっぱり、結果的には全てが良い方行に動きました。三男の場合も同じ
展開を期待しましたが、なかなか思うようには事は進みません。新しいメンバーの
技術、士気にかなりのバラツキがあり、そこに全く新しいコーチが担当。シーズンの
結果は散々でした。

Aチームと三男のBチームの週3回の練習は、2チーム合同で行うことが多く、特に
注意しなくてもそれぞれ選手のレベルは把握出来ていました。2チーム全体の中での
三男のレベルを考えますと、秋のシーズンで、Aチームからお声がかかる可能性は
かなり高かったのですが、チームに不安が残りました。あまり真剣ではない足を引っ
張る選手数名。三男もずっと不満を持ち、他のクラブチームのトライアウトを受けて
みることにしました。

どの年齢グループでもそこそこの結果を出している某クラブを選びました。ホーム
ページを通してマネージャーにコンタクトを取ったところ、快くトライアウトを
承諾、夏休みに入ってしまう前のわずかに残された練習に三男を参加させてくれま
した。トライアウト当日、練習開始時間より少し早めに練習用フィールドに到着。
パラパラと子供達が集まってきました。言葉を交わしながら、それぞれが自分達の
ボールで練習開始。間もなくコーチが現れ、挨拶、三男を紹介。その後、誰が指示
することもなく、20数名の子供達だけでピッチの外周のランニングを開始しました。
3年間いた三男のチームではあり得ないことです。ランニングを終えて練習開始と
なると私語はなし、誰かがボソボソ喋っているとコーチの雷。そして子供達はもく
もくと練習。それでもコーチは、練習には起伏をつけ、子供達を褒め、皆、楽し
そうな様子。「ウーン」心の中でつぶやきました。練習が一通り終わり、コーチに
再び挨拶、三男の評価は、「なかなかいいよ。良かったらおいで。」とのことでした。
ピッチを離れる際、三男に尋ねると、「絶対こっちがいい!」決定です。

練習は8月から開始、チームのロースターが発表となったのは2週間前。4つあった
チームを3つに再編成したとのこと。三男は、Bチームとなりました。ロースター
14名のうち、Aチームからきた選手4名、Bチーム残留が5名、そして三男を含め、
他のクラブから移ってきた選手5名で構成されているそうです。先週末、早々と
シーズン第一戦がありました。先制点を入れたものの、3-1で敗北。試合内容はと
言いますと、新チームとしては、ボールは比較的よく回り、全然悪くありませんで
した。センターミッドの三男、チーム内に既に相性の良い選手も見つけ、張り切って
います。

息子3人のサッカー春のまとめとUpdateでした。



三男。春の日差しの中でのリーグ初戦です。


試合終了後。レフに挨拶。勿論「お疲れー。」とは言っていません。通常、「Good Game」
です。


ヘダーは普通に使うようになりました。


味方のフォワードへのスルーパス。


相手のチームには一度敗れています。リターンマッチです。


味方へのパスではなく、ゴールめがけて。


次男です。フリーキック。ブロックされ得点には至りませんでした。


ドリブルでクリアーしたところです。


試合終了。


相手の選手、立派な体格ですが、足は速く見た目よりもかなり機敏な動きをしていました。


ペナルティーキック。決めました。


言葉を交わすことなく無言でWallを作ります。


USSDA U-13/14のゲーム。素人の私が見てもNor Calとのスピード、レベルの違いは明らか
でした。






サッカー・アップデート(スタジアムいろいろ)

2015年07月07日 | サッカー
San Jose Earthquakes、 今シーズンのリーグ戦は、既に17試合を消化しました。
ちょうどシーズンの折り返し点です。戦績は、7勝6敗4分け。悪くはありま
せんが、MLS の Western Conference の他チームも調子は良く、現在10チーム中の
7位。西高東低の中、Play Offを狙うには少し厳しいようです。先週末は、
アウェイで Portland に 試合終了3分前に点数を許し1-0で負け。残念残念。
今シーズンから加入した新しい選手を含めての試合の運びは、回数を重ねるごとに
良くなってきていますので、後半は是非頑張ってもらいたいです。

さて、我が家は、Earthqueakes のリーグ戦は、ほぼ全試合、Ayaya Studiam に足を
運んで観戦をしています。加えて5月末の Orland 戦、6月末の宿敵 LA戦は、
それぞれ アメリカンフットボールの人気チーム、San Francisco 49ersのホーム、
Levi's Studium 、そして Stanford University の Stanford Stadium にも行って
来ました。Levi's Stadium は昨年7月に出来たばかりで、収容は、68,500人。
Avaya の3倍以上です。一方、Stanford Stadium は、過去に何度か改築はしている
ものの、決して新しくはありませんが、それでも収容は3倍近くの50,424人です。

Orland 戦をLevi's Stadium で行ったのは、恐らく同チームが今シーズンから新たに
MLSに加えられ、Milan 、Real Madrid で活躍した Kaka を戦列に加えたチームで
そこそこの集客を期待出来たことかと思います。当日、Avaya の収容キャパ
18,000人を楽に超える観客数ではありましたが、49ersのシーズンチケットホルダー
用の席か、空席も目立ちました。結果は1-1の引き分け。6月末のLA戦は、今年
始まったものではなく、毎年7月4日のアメリカ独立記念日に合わせ6月の最終
土曜日に「California Clasico」として組まれるカードです。宿敵LAとの対戦、また、
試合終了後には花火のおまけ付きといったこともあり例年、ほぼ満席です。昨年は
敗北を喫しましたが、今年は3-1で快勝。大掛かりな花火を楽しんだ後、家族全員
気分良くして帰宅しました。


Levi's Stadium 入り口「Toyota Gate」。日本のメーカーがスポンサー。特に違和感は
ありません。


さすが、人気チーム San Francisco 49ers のホームスタジアム。でかいです。


試合内容は、まあまあでした。


試合終了後、ピッチ内に飛び込み一通り駆け巡った後、セキュリティーに御用の青年。


かなり探しましたが、スタジアムの周囲3キロほど、ただで駐車出来るスペースは
ありませんでした。徹底しています。ここは、ゴルフ場全体を開放して用意した
即席の駐車場。$20払いました。


こちら、Earthquakes ファンには毎年御なじみの Stanford Stadium。独立記念日前。
ミリタリーのバックアップで盛り上げます。


パームツリーもあちこちに。カリフォルニアです。


試合終了後の花火。かなりの数を打ち上げていました。家族連れ、子供達は勿論
大喜びです。


アバイア・スタジアム (Avaya Stadium) - Update

2015年04月22日 | サッカー
AVAYA Stadium についてのアップデートです。

San Jose Earthquakes の新スタジアム、既に4戦が消化
されています。

2月28日、新スタジアムでの初戦は、Preseason でしたが、
宿敵 Los Angeles Galaxy を負かし、リーグ戦の第一戦、
3月22日の対 Chicago も勝ち星でクリアー。記念すべき
シーズン、いいスタートをきりました。その後、4月5日
Salt Lake 戦で黒星、そして4月17日、リーグのトップの
Vancouver 戦は白星、現在、Western Conference の5位
です。まずまずです。

スタジアム自体はどうかといいますと、新築の家、新車同様、
全てがピカピカで申し分なしです。既に触れましたが、電光
掲示板下は、屋外のものとしては、北米一を誇るバーとなって
います。バーのピッチ側には、長いテーブル3列が設置され、
試合開始後も、ビール、ワインを片手に席に戻ることのない
人が大勢です。本当にサッカーファンなのか・・・。アメリカ人、
よく飲みます。

唯一の問題は、駐車場でしょうか。だだっ広い駐車場、収容
台数は問題ないのですが、空き地を無理やり整備したような
造りで、試合終了後、駐車場から道路に出るまでの時間は、
苦痛でもあります。

先シーズンよりメンバーの入れ替えを積極的に行い、過去
数年の顔なじみの選手は、ほんの数名。後は、世界各国
から集めてきた選手や大学出の新人です。昨年は、なかなか
プレーがかみ合わなかったのですが、今年は、アルゼンチン
出身の小柄なMF、Garciaや大学出たてのルーキーForward
の Alashe やら結構ゲームを引っ張る新顔が多く、何となく
いい感じです。

年間のシーズン・チケット代は、結構値がはりましたので、
当初、半分だけ観戦し、後はチケットブローカーでさばく
つもりでした。が、気は変わりました。数試合の後、また
レポートします。



Avaya Studiam は、San Jose 空港の直ぐ横に位置します。



シーズン戦第一戦、ハーフタイムの式典その1。



その2。



その3。



その4。



サポーター席。おなじみ「トトロ」の姿も。



スターター。古株は2名のみ。



3人の息子達。結構寒かったです。



バーを離れない連中。「まじめに観戦せぇーっ。」


アバイア・スタジアム (Avaya Stadium)

2015年02月20日 | サッカー
地元プロサッカーチーム San Jose Earthquakes の念願であった
自チームのスタジアムが完成しました。記念すべきシーズンでも
あり、思い切ってシーズンチケット購入。先日、シーズン開始に
先がけ、チケットホルダーへのお披露目があり、長男を連れて行っ
てきました。

建設の計画が公表されたのが 2007年。土地、建設資金調達で
紆余曲折、8年の歳月をかけて完成に至ったピカピカのスタジアム
は、収容18,000人、総工費1億ドル。シリコンバレーのど真ん中、
San Joseは、San Jose 国際空港の横に建設され、昨年までの
借用スタジアム、Santa Clara University の Buck Shaw Stadium
とも目と鼻の先です。大学の施設、それもアメリカではマイナーな
スポーツであるサッカー用でもあった為、座席は、殆どが平らな
ベンチのBleacher、1時間半の試合観戦は結構こたえました。

新しいスタジアムは、贅沢な造りではありませんが、チームカラー
の青を基調とし、センス良くまとめています。スタジアム名は、つい
半年前、地元に本社を持つネットワーク機器メーカーAvaya が
権利を買い 「Avaya Stadium」 となりました。ちなみに昨年完成
したアメリカンフットボールの人気チーム San Francisco 49ersの
新スタジアムは、あのジーンズメーカーのリーバイスが権利を買い、
「Levi's Stadium」に。大リーグの昨年のチャンピオンSan Fransisco
Giants のホームスタジアムは、通信の大手 AT&Tが名前の権利を
持ち、「AT & T Park」です。企業にとっては、いい宣伝になるだけ
ではなく、ステータスシンボルでもあります。

ホームゲーム第一戦は、Preseasonとして2/28に組まれている宿敵
LA Galaxy 戦。息子達と楽しみにしています。



サポーター用に設けられた立ち見席からピッチを臨む。



サポーター席。試合中、座らない彼ら。盛り上がることでしょう。



長い階段を登ると。



スタジアム全景。



iPhoneで写真撮影に余念がない長男。



Suite席。値も張る為、法人チケットホルダーが多いと聞きます。



ジャンボスクリーンの下は、バー。屋外のものとしては、北米一の大きさ
だそうです。お披露目当日、早速ビール、ワインが振舞われていました。




2014年サッカーまとめ (三男U11)

2014年12月30日 | サッカー
三男です。

兄2人を見ながら育ち、ごく自然にサッカーに親しむようになり
ました。兄達から手取り足取り教えてもらったことは、恐らく一度も
ないと思います。それでも、サッカーを本格的に始める前から上二人
の練習を間近で見ていた為、サッカーのセンスは、早い時期からある
程度身についていたような気がします。

三男のU11のチーム、クラブ内では、3チームの真ん中。Norcal
リーグのSilverクラス参加です。チーム全体としては、個人のスキル
を伸ばしていくことが課題かなと思われますが、パスワークは、同じ
クラブの上のチームよりも形になっているかもしれません。三男の
ポジションは、次男と同じセンターミッド。普段はヘラヘラしている
三男も試合中は別人。最近は、ずい分と体力もついてきました。

所属するチームには、本人と同じように次男坊、三男坊の気の合う
仲間がおり、彼らとは、練習、試合の合間に暇を見つけてはお互い
新しいトリックの披露をしています。イギリスのリーグには全く興味は
なく、スペインがお気に入り。一応、自分のポリシーを持っているよう
です。

以下は写真の記録。

2014年の投稿、完了です。


「おいっ。こらっ。待てっ。」とは言っていません。


隙あらば積極的に狙っていきます。


はずすことも多いですが。


プレッシャーをかけてくるのは、相手チームの選手だけではなく、サイドラインの
怖そうな相手チームのコーチの視線。


先日のトーナメント1試合目。シーソーゲームの末、タイで終了。


2試合目は、ナイトゲーム。対戦相手は、全てにおいてレベルが上。コテンパンに
やっつけられました。


2014年サッカーまとめ (次男U14)

2014年12月30日 | サッカー
長男に続き、次男です。

兄弟3人の中では、恐らくサッカーとは一番深く関わっていると
思います。次男が所属するクラブにU14は、3チームあり、それぞれ、
Norcal リーグの Premier、Gold、Silverクラスに参加。取りあえず
息子は、Premierチームののロースターに入っています。

また、リーグが組む Player Development Program と呼ばれる
チームを越えた北カリフォルニアの選抜選手プログラムには、
コーチの推薦で月に一回の合同練習に参加。自宅では、サッカー
専用ケーブルチャンネルでイギリスの Premier League をチェックし、
XBOXは、FIFA12を使い込んでパスプレーに磨きをかけています。
サッカー命です。

秋のシーズンのチーム戦績は、3勝5敗1分とぱっとしませんで
したが、全くカラーの異なる他の2クラブチームとの合併から1年半。
パスワークや攻撃パターンがこの秋にきてやっと出来上がってき
ました。コーチもやる気満々で、冬のリーグに登録。1月第2週
よりシーズン開始です。3ヶ月のブレークを期待していた父兄は皆、
うな垂れています。

以下は写真の記録です。


距離をかせぎます。


ナイトゲーム。対戦相手は北カリフォルニアでトップクラス。苦戦でした。


仲間達。


先日のローカルのトーナメント決勝戦。残念ながら1点差で逃しました。


コーナーキック。


PDPの合同練習風景。

2014年サッカーまとめ (長男U17)

2014年12月30日 | サッカー
あっという間だった2014年。新年のスタートは、秒読みです。

ブログを始めて7ヶ月。世間のお父さん方同様、仕事が忙しく、
なかなか定期的に時間を割くことが出来ないのが現状です。但し
今週は年が変わってしまう為、少し気合を入れています。締め
くくりは、暫くご無沙汰していたサッカー。秋から冬のまとめ、
一気に3人分です。

長男は、現在、高校サッカーのシーズン真っ只中です。勿論、
学校は冬休みの為、試合は、ここ2週間ほど組まれてはいません。
生憎、高校サッカーの試合は、殆どが平日のお昼過ぎあたりで
観戦は難しく、長男が帰宅してから結果を聞くといったパターン
です。

一方、長男が秋に参加したAYSOのリーグは、クラブリーグ同様、
試合は殆ど週末。次男、三男の試合もあり、家内と手分けをしな
がらの送り迎えと観戦でした。AYSOは、シーズンごとにチームが
組まれ、シーズン終了と共に解散です。とは言うものの、地域ごと
でチームを組みますので、毎シーズン、同じ学校で顔を合わせて
いる連中が集まり、長男のチームのメンバー総入れ替えは、過去
まだ見ていません。長男のポジションは、センターフォワード。
チームは、リーグ戦を余裕で勝ち越し、もう少しでトーナメント
決勝進出でしたが、残念ながら力及びませんでした。それでも
自分で見せ場もつくり、長男にとっては良いシーズンだったよう
です。

兄弟3人の中で唯一人、審判のライセンスを持ち、時々一回$25
のアルバイトをしています。

以下は写真の記録です。


長男、足は速い方だと思います。


フリーキック。残念ながらブロックされました。


今シーズンは、ナイトゲームが3回もありました。


ヘッダー。上手に流しました。


説明は不要です。


試合終了数分前の勝ち越しでした。

思ったよりタフ

2014年09月14日 | サッカー
息子達の現地校は既に新年度、日本語補習校は、夏休みが終わり
毎週土曜日の授業が再開、そして秋のサッカーのリーグもスタート
しました。全てが元通りです。サッカーの試合が重なる土曜日の日本語
補習校は、これからも毎週、息子達の誰かが遅刻、早退です。先生方
には、ご迷惑をおかけします。

秋のリーグ、息子達のそれぞれ年齢グループが一年ずつ上がり、
長男は、U17に、次男はU14、三男はU11となりました。長男の
チームは、既に3戦、次男は1戦のみ、三男も3戦を消化しています。
今日は三男の午前中の試合のみで、日曜日の午後はゆっくりと
させていただきました。

三男のチーム、本日の試合は、ディフェンスの選手2名が欠席で
苦戦が予想されました。結果はと言いますと5-1。快勝です。
試合が終わってから三男から聞いたのですが、試合中ボールを何度と
なく取り合った相手チームのある選手にツバをはきかけられたとの
こと。体にはかかりませんでしたが、憤慨していました。

アメリカでの青少年サッカーは、試合終了後に両チームが一列に
並んですれ違いざまに「Good game」などと言葉をかけ、High
Five (日本で言うハイタッチ)をして互いのプレーを称えます。最後は、
主審、副審にも同様に挨拶をして試合が全て終了となります。スポーツ
マンシップです。さて、その選手、白人の少年は、High Fiveの際、
三男と他の3人の東洋人の選手には、あからさまに手をすっこめた
そうです。

実は、このようなことは、初めてではなく、三男からは以前も同じ
ような話がありました。親の私も少し心配はしましたが、その会話を
横で聞いていた長男、次男は、ケラケラと一笑し、一言。「そんなの
しょっちゅうだよ。いちいち腹立ててたらやってらんないよ。」との
ことでした。長男、次男は、相手チームの選手、特にヒスパニック
系の選手から、東洋人の目の細さをばかにした発言を時々受ける
ようです。長男は、昨年の試合で本人がシュートを決めた少し後に
「Yellow blind」との言葉を浴びせられました。これは、目が細く、
お前は何も見えないだろうといった東洋人に対する差別表現です。

カリフォルニア州に限らず、大都市とその近郊は、様々な人種が入り
混ざっています。その構成と比率は住む地域によって異なりますが、
サッカーのチーム、現地校にも反映され、子供達の世界でもいろいろ
とあるようです。息子達、思ったよりタフです。



長男のチーム。


次男のチーム。


三男の本日の試合。









フィールドマーシャル(Field Marshal)

2014年08月18日 | サッカー
週日が少し落ち着き、精神的にずい分楽になりました。

が、週末は、既にサッカーのシーズン。レギュラーのリーグ戦は
始まっていないものの、シーズン前のトーナメントが続きます。
次男、三男、別々のトーナメントが来週末にありますが、この
土曜日は、息子達が所属するクラブ主催のトーナメントでフィー
ルドマーシャルのボランティアでした。

担当シフトの仕事は、2チームの試合開始前のチェックインから
始まります。まず選手を1チームずつ本部席前にずらっと並べて、
名前、背番号、シンガード、クリーツ(サッカーシューズ)の確認、
試合中の選手登録カードの管理、試合終了後の審判3名への
バイト代手渡し、両チームのコーチから審判の評価表受け取り、
総本部へ最終スコア報告、次の担当保護者への引継ぎといった
ところです。毎年、数箇所のフィールドを使って土、日と行われる
トーナメント、ボランティアは、朝から夕方まで2時間おきに
シフトが組まれます。


本部席。備品に書類。机の下は、救急箱、審判のためのスナックと水。


他のフィールド同様、テントを出ると殆ど日陰はなし。


ここでは、U10の女子の試合でした。




おっちゃん達の夏

2014年07月24日 | サッカー
夏休みです。本来、息子達は、現地校、日本語補習校、サッカー
と一週間の中でガッチリ組まれたスケジュールから遠ざかっている
はずです。が、ワールドカップが開催された今年、ボールを蹴ら
ない日があるはずがなく、サッカーに費やす時間は、何ら変わり
ありません。

私が日本への出張中のことだったと思います。息子3人がサッカー
「命」のメキシコ系「おっちゃん」グループと友達になり、毎週月曜日
と水曜日の夕方、近くのサッカーフィールドで一緒に草サッカーを
するようになりました。

もともとは、長男が一人で練習しているところに、後から来た
おっちゃん達が試合らしきものを始め、全然立ち去る様子のない
長男に一緒にプレーするかと聞いてきたのが始まりのようです。

そこに長男の友人が加わり、次男が入って、最後に三男も参加する
ようになりました。三男は、最初は小さいから危ないとのことで
参加を断られましたが、ピーピー泣く三男を見かねた長男の友人が
おっちゃん達を説得してくれたそうです。多い時は、メキシコ系
だけで20名近くが集まり、その中にいる身長もまちまちな東洋人の
少年4人は、ミスマッチでもありますが、本人達には関係なさそう
です。 

夏の真っ只中、サッカーのリーグの試合も練習もなく、ガランとした
近所のサッカーフィールドには、夕方、仕事を終えたおっちゃん達が
集まってきます。お手製の小さなゴールを組み立て、即試合開始。
年齢、サッカーのレベルもばらばらで、いい大人が歓声をあげながら
楽しそうにサッカーをする光景は、思わず笑ってしまいます。

あと2週間もすると秋のAYSOリーグの練習が開始し、このフィールド
も、暗くなるまで子供達のチームでいっぱいとなります。おっちゃん
達が仕事が終わってからサッカーをするスペースの確保は難しい
かもしれません。おっちゃん達の短い夏です。


誰もいない夕方のフィールド。


今日は、あまり集まりませんでした。


秋には、子供のチームでひしめき合っています。


ここも付き添いの親でいっぱいに。


薄暗くなっても関係ありません。