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隠喩概念空間連続跳躍の技

『原発、津波軽視の教訓』=「まさか」へ備えはあるか=

2015-06-01 18:52:27 | 日記
日経新聞 2015年6月1日(月) P.4  オピニオン面

連載コラム『核心』=編集委員 滝 順一=

『原発、津波軽視の教訓』=「まさか」へ備えはあるか=

 東京電力・福島第一原子力発電所を襲った津波のことだ。
同原発の所長だった吉田昌郎氏(故人)は政府の事故調査委員会のヒアリングで、こう話した。
「日本の地震学者、津波学者の誰があそこにマグニチュード9が来ると事前に言っていたんですか」。
専門家にとってさえ、大津波は「想定外」だったとの指摘だ。
3・11前に日本海溝を震源とするマグニチュード(M)9の大地震が起きると主張した専門家はいなかった。
M9は想定外とした解説を読んだ人は多いだろう。
しかしここに言葉の落とし穴がある。 
 
 M9級については確かに誰も予想していなかったが、
高さ15メートルにも達する大津波を起こすかもしれない地震については明確な指摘があった。
 地震の規模の割には大きな津波をもたらすタイプの地震がある。 「津波地震」と呼ばれる。
関東大震災は地震と津波の規模に大きな差異はないが、明治三陸地震は揺れの割に大きな津波が起きた。
海岸地形のせいだけではなく、地震による海底の変形の仕方が異なるためだとみられている。
 文部科学省の地震調査研究推進本部などいくつかの公的な場で、地震学者ら専門家は津波地震の危険性を指摘していた。
 だから、東日本を襲った地震がM9だったという事実をもって、大津波への対策を怠った言い訳にはならない。

  吉田氏の主張は論点のすり替えだ。

 M9と津波地震の違いは専門家の間では周知のことだが、一般には十分に伝わっていない。

 日本経済新聞は2012年5月24日付社説「大津波は想定外だったのか」で、
  東京電力や政府が専門家の警告を軽視した可能性があると指摘している。

 だが、M9と津波地震の違いには触れていない。

 事故や失敗を研究する東京大学の中尾政之教授は「企業の人が持ち込む相談の中身が変わった」と話す。
 かっては、うっかり犯したミスで起きる事故をどう防ぐかに関心があった
最近は「まさかの事故をどう防ぐのか聞きたいという相談が増えた」そうだ。
 例えば10年前に起きたJR西日本の福知山線事故。
  最近では独ジャーマンウイングスの旅客機墜落。

事前にはなかなか想定しにくい「まさか」が原因だったとみられている。

 「ハインリッヒの法則」という経験則がある。
1つの重大事故の背景には29の軽微な事故があり、さらにその背後には300の異常があるとする。

 産業界の安全対策の多くはこの法則を参考にしている。

常日ごろの軽微な異常やトラブルを見落とさず、それを教訓として対策を講じ、重大事故の回避を目指す。

「うっかり」事故への対策だ。ハインリッヒの法則で前例のない「まさか」を防ぐのは難しい。

さりとて福島第1で津波地震への警告があったように、「まさか」が全くの想定外であるとは限らない。

加えて、これだけ「まさか」の事例があるのだから「まさか」はまさかではなくなってきた。

 「企業にとって、想定外だから仕方がないという言い訳はもはや通用しない」と中尾教授は言う。

企業の安全担当者が頭を悩ませる理由はそこにある。

 福島事故の場合、非常用電源がひとつでも生き残れば1~3号機は炉心溶融を免れ住民も避難もしなくてよかったかもしれない。

対策のため防波堤を高くする大工事は必要なく、発電機や配電盤の配置を工夫すればよかった。

あるいは原発に電気を送る変電所の耐震性を高くしておけばよかった。

 「後知恵だからいえることだ」と反論の声が聞こえてきそうだが、そうだろうか。
東電は対応の必要性に気がついていた可能性がある。

 「まさか」の事故対策は「過去の知識に頼り切る秀才からは生まれない」とも中尾教授は指摘する。

 9・11同時テロの後、米政府はハリウッドの映画監督たちをホテルに缶詰めにして「米国への攻撃手法を思いつく限り列挙してほしい」と頼んだという。

サイバーセキュリティ―分野の起業家、斉藤ウィリアム浩幸氏に聞いたことがある。

 原発の再稼働を目指す電力会社に「まさか」への備えはあるだろうか。
新規制基準が想定した事態を超える「まさか」である。

基準を満たすことは「必要最低限だ」(田中俊一原子力規制委員会委員長)。
それを超えた事態への備えは事業者の自主的な取り組みに委(ゆだ)ねられている。

お手上げでは困る。


 5月27日、千葉市で開いた日本地球惑星科学連合の大会で科学ライターの添田孝史氏は
「1997年以降、電力業界は4度にわたり政府の津波(の危険性)評価に正当でない手段で介入した」と発表した。

 添田氏は国会の事故調査委員会の調査員として、原発の津波対策を議論した電気事業連合会の内部資料(議事録)を読んだ。

それが指摘の根拠になっている。

 添田氏の著書で内部資料の存在を知り確認のため電事連に問い合わせたことがある。
返ってきた答えは「見つかりません」。

文書は消えたという。

 本来は電力業界自身が検証しなければならない事柄だ。
事故の教訓を求める真摯な姿勢なくして、「まさか」に対応できるのだろうか。