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山手ゲーテ座跡の碑について

2016-04-29 17:43:20 | 日記
 港の見える丘公園入口の道路挟んだ向えに、ゲーテ座跡の碑があったので、「横浜もののはじめ考」横浜開港資料館編集・発行によると、つぎの様なことがらが記述されていました。
 明治14年、手狭になった本トオリゲーテ座の替わりに、新しい劇場を建設しょうという運動が起きた。準備委員会が組織され、翌年末に有限責任会社横浜パブリック・ホール・アソシェィションが発足する。しかし、資金がなかなか集まらず、サルダの設計になる新しい劇場が、山手256・7番に完成したのは4年後の明治18年春、4月18日に横浜アマチュア管弦楽団の記念演奏会でオープンした。
 明治41年7月、新たに資本金3万円のファー・イースタン・パブリック・ホール株式会社が発足し、建物を改修、名称を再びゲーテ座に戻した。この会社によって、関東大震災で倒壊するまで経営がつづけられたのである。
 ゲーテ座は居留地外国人のための劇場であったが、堀内逍遙、北村逶谷、小山内薫、佐々木信綱、芥川龍之助、大仏次郎らも観劇した。西洋演劇をの学ぶもっとも手近な方法だったのであろう。とあったので投稿いたします。

(ゲーテ座跡の碑) 

(ゲーテ座跡の碑付近)

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