雲の上から海を臨(のぞ)む浜辺伝いの庭は波静かだった。庭のハンモックの上で岡倉は揺られていた。いつの間にか眠気に誘われ、岡倉は読み始めた書物を芝生の上へ置き、眠っていた。そよ風にハンモックが微(かす)かに揺れた。その岡倉自身を岡倉が、雲の上から眺(なが)めていた。
大空に浮かぶ雲の上だった。岡倉は寝 転(ころ)がり、フワリフワフワ…と漂(ただよ)っていた。下界を望む岡倉に、いつやら現実にあった光景が見えた。雲の高さからは到底、見えるはずもない、僅(わず)か数mばかり離れた間近から見える大きさだった。鮮明だった。長閑(のどか)に家族達が暮らすあの頃の光景があった。庭で飼っていた愛犬が吠(ほ)えていた。妻や子の騒ぐ賑やかな笑顔があった。岡倉は思わずそれらを抱き寄せたい衝動にかられた。
次の瞬間、光景が一変した。穏やかなさざ波の音が途絶えた。しばらくして、横一列の波が海岸線をめがけ、ひた走る光景が望めた。やがて、すべての人々や物が波に飲み込まれていった。あり得ない悪夢だった。だが、それは岡倉が体験した現実の光景だった。
岡倉は目覚めた。海を臨(のぞ)める浜辺伝いの庭跡は波静かだった。その庭跡の土の上で岡倉は目覚めた。かつてそこには庭木に吊(つ)るされたハンモックがあった。すべてが跡形もなく岡倉の前から消え去っていた。だが、あの前とちっとも変らない静かな波の音があった。
THE END