千代田は想い巡っていた。この世に生じたものは移ろいとともに消え去っていく。たとえそれが泰然自若(たいぜんじじゃく)として動かない山や川などの自然であろうと、宇宙次元での長い時の流れの中では移ろい、消えては生まれるのだ…と。この不滅の原理は、物理学で[エネルギー保存の法則]というらしい…と千代田が知ったのはつい最近のことだった。アインシュタインというメジャーに知られた偉い学者先生が相対性理論とかで考えだした質量・エネルギー等価原理で、E=mC^2の数式で表(あらわ)したと書かれていた。千代田にとっては、そんな小難しい知識はどうでもよかった。第一、彼には物理学の知識など皆無だった。もっとシンプルに考えたかったのである。
遠い親戚の法事があり、千代田は父親の代理で席についた。なんとも、居心地が悪く、借り物の猫のように末席で飲み食いし、話しかけられれば適当に応対して静かな聞く人になりきっていた。
「いやぁ~~、ああなるのかねぇ~。お骨あげのときは愕然(がくぜん)でしたよ」
「そうでしたか…。僕は何度か、そういう場に臨(のぞ)んでますので…」
「馴(な)れりゃ、どうってことないんでしょうがね…」
「ええ、まあ…」
知らない親戚の男の酌(しゃく)を杯(さかずき)に受けながら、千代田は普通に応対していた。話す言葉とは裏腹に、この酢もろこは実に美味(うま)い…と思っていた。そしてふと、ある想いに至り、千代田の箸(はし)が止まった。
「どうかされましたか?」
遠い親戚の男が訊(たず)ねた。
「あっ! いや、べつに。ははは…」
愛想笑いをして誤魔化(ごまか)し、千代田は箸を動かした。千代田が思ったのは、もろこは食べられて消える。消えるが、僕のエネルギーになる。じゃあ、人は? ということだった。幸い、遠い親戚の男は深追いせず、用を足しに席を外(はず)した。千代田は、ひと安心して、苦手な日本酒をやめ、いつも晩酌(ばんしゃく)で飲むコップのビールを飲み干(ほ)した。遺体は骨だけだ…と、千代田は祭壇に安置された骨壺を遠目で見つめた。一瞬、祭壇の遺影が動いた。いや、動いた気がした。千代田は目頭(めがしら)を擦(こす)った。気のせいか…と、また酢もろこを摘(つ)まみ、コップに瓶ビールを注(そそ)いだ。そうだ! と閃(ひらめ)き、胡坐(あぐら)を掻(か)いた膝(ひざ)をひとつ、ポン! と打った。
「えっ? どうかされました?」
そのとき、遠い親戚の男がニヤけながら席へ戻(もど)ってきた。膝を打ったところを、どうも見られていた節(ふし)があった。
「ああ、いや、なに…。急用を思いだしましてね。そろそろ、失礼を…」
丁度、頃合いでもあり、千代田は席を立つとお辞儀して玄関へ向かった。家人の老女が急いで送りに出た。
「少し早いですが、急用がありまして…。この辺りで…。お疲れの出ませんように」
「ご丁重に…態々(わざわざ)、痛み入ります。本日は、どうも遠いところを有難うございました」
家人の老女は決まり文句のように流暢(りゅうちょう)に言葉を流した。立て板に水だな…と千代田は思った。千代田の家は、そう遠くはなかった。
「いえいえ…」
千代田は家を後(あと)にし、歩きながら考えた。あっ! 消えた遺体は、魂(たましい)と分離するんだ…と。身体の魂の分離・・これが、すなわち死か…。千代田は不滅の原理を単純に理解した。
THE END