水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

愉快なユーモア短編集-15- 苦(く)のあと

2018年09月07日 00時00分00秒 | #小説

 昔からよく使われる言い回しに、━ 苦(く)のあとには楽(らく)がある ━ という例(たと)えがある。もちろん、私達はそうなることを願い、期待もして日々の生活を営(いとな)んでいる訳だが、そう上手(うま)くいかない場合だってある。要は、苦のあとに、また苦が待っているこの世の生き地獄と思える状況だ。苦のあとの快適で愉快な結果を期待する人々にとって、そうなる事態はなんとも残酷(ざんこく)な話だが、運が悪いのさ…と他人に慰(なぐさ)められ、仕方のないこととして片づけられてしまうのである。片づかないとこれもまた偉(えら)いことで、悩んだ末(すえ)の自殺とか犯罪といった事態に至るのだから怖(こわ)い。
 ようやく仕事を終えた一人の中年男が、とある生きつけの居酒屋のカウンターで一杯やりながら寛(くつろ)いでいた。
「これこれっ! この料理のひと皿(さら)が楽しみで俺は働いているようなもんだっ!」
 男は誰に言うともなく割り箸(ばし)を手にしながら独(ひと)りごちた。
「ははは…そういやお客さん、毎度、そればっかしですなっ!」
 カウンター前に立つ店の主人が料理を作りながら合いの手を入れた。
「おやじさん! よく言ってくれたっ! これこれ、これが実に美味(うま)いんですよっ」
「そうですか~? そう大したもんをお出ししている訳じゃないんですがねぇ~」
「いやいや、これがないと、一日の苦が消えないっ! 苦を消す妙薬だよ、これはっ! 苦のあとには、このひと皿っ!」
 男はそう言いながらグビリと冷酒を味わいながら、出されたひと皿の料理をやっつけた。食べたあと、下品にも舌(した)で嘗(な)め回すのだから、周(まわ)りの者には、やっつけたとしか思えない食いっぷりなのである。
「ははは…そこまで食べていただくと、料理人 冥利(みょうり)に尽きますっ!」
「いやいや、下品(げひん)な食べようで申し訳ないっ!」
「いいんですよっ! 下品といいますが、下品も品(ひん)のうちですからっ! お客さんの中には品がない方もおられますからねぇ~」
「へぇ~? どんな方ですっ?」
「ははは…ぞんざいに食べ散らかした挙句(あげく)、食べ残すお客さんですよ」
「なるほどっ!」
「アレはいけませんっ!! 不愉快きわまりないっ!!」
 珍しく店の主人の愉快な笑顔が消え、怒(いか)り口調(くちょう)へと変化した。そのとき、すっかり疲れきった一人の常連(じょうれん)の食べ残し客が暖簾(のれん)を潜(くぐ)り、店の戸を開けようとして、くしゃみした。
「妙だなぁ~? 夏風邪でも引いたか…」
 苦のあとの苦である。^^

                                 


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