水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

不条理のアクシデント 第九十七話  流れで…

2014年06月14日 00時00分00秒 | #小説

 池波伸次は流れに身を任(まか)せて生きる男だった。それはまるで、♪時の過ぎゆくままにぃ~♪と有名歌手が唄っていたような格好よさではなく、飽くまで行き当たりばったりの出たとこ勝負・・という、なんとも不安定で格好悪い生きざまだった。それでも池波は、それでよし! としていたから、これはもう、他人がとやかく言う筋合いの話ではなかった。大きなお世話なのだし、池波はそれで損をしたことがなかったのだから尚更(なおさら)である。
 桜が散り、花筏(はないかだ)が池の濠(ほり)を優雅に流れている。池波は土手の草原(くさはら)に座りながら、その流れを眺(なが)めていた。俺もこんな綺麗に流れる人生を…などと不似合いに思いながら、池波は、ヨッコラショ! と立ち上がった。そのときだった。池波の視線の先に大きな壺の蓋(ふた)が見えた。誰かが捨てたものが土に埋(う)まってるんだろう…と、池波は軽く思って立ち去ろうとした。だが、その壺の蓋は、実に鮮やかな瑠璃(るり)色に輝いていた。太陽の乱反射か…とは思ったが、池波は妙に気になった。近づいて手にし、その蓋を取ってみた。中には金銀宝石が、ぎっしりと詰まっているではないか。ハハ~~ン、誰かが何かの事情で埋(うず)めたんだ…と池波は思った。これも流れだ…と思え、壺を掘り出すと池の水で洗い、池波は何もなかったように本の位置へ戻(もど)して埋め、立ち去った。どうも、よからぬ風が流れているように思えた。これも、流れで生きる池波の勘(かん)だった。
 三日後、テレビ画面がその池の濠を映し出していた。音声は池波が戻した壺と窃盗事件を絡(から)めて報じていた。池波は嘘(うそ)だろ! と思った。
「池波さんですか? 誠に申し訳ございませんが、署までご同行願います…」
 刑事らしき私服の警官が警察手帳を示して池波の前へ現れた。持ち帰らなかったとはいえ、洗ったりして手に触れた以上、指紋が付いているのは当然で、警官が訪ねてきたのも頷(うなず)けた。池波は、まあ、流れで…と、パトカーへ乗り込んだ。車の中で、嫌味含みでアレコレ訊(たず)ねられたが、どういう訳かいい風を池波は肌に感じた。その勘は実に見事に当たっていた。取り調べが始まって二分も経(た)たないうちに、犯人自首の報が警察に入ったのだった。池波に対峙(たいじ)して座る刑事の偉ぶった口調が一変した。
「どうも、すみませんでした!! お引き取りになって結構です!」
 池波は署長以下、総出で見送られた。こうなったのも、流れで…と、池波は思った。警察をあとにして、歩きながら、ふと、ズボンのポケットへ手を突っ込んだとき、池波はいい流れの風を肌で感じた。ズボンには以前、買った三枚の宝くじが入っていた。池波はその足で宝くじ売り場へ向かった。その宝くじは三枚とも池波の勘どおり当たっていた。池波は前後賞を含め数億円をを手にし、言葉どおりの億万長者になっていた。池波は大喜びすることもなく、これも流れで…と冷(さ)めて思った。だがその後、札束を手にしたとき、悪い流れを感じた。
 一ヵ月後、日本は財政 破綻(はたん)し、数億円はただの紙切れ同然になっていた。

                            完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする