心のマッサージ

松カウンセラーの日記

仏様を拝む時、右手は仏様、左手は自分?

2018-11-17 08:26:58 | 日記

ある講演会で「存在・命を受け入れる(ビーイング)」とは何ですか?と質問を受けたことがあります。私はドキッとしたのですが「目を閉じて胸に手を当ててみてください」と言いましたが、皆さんはキョトンとしていました。
  「そこに心臓がドックンドックン動いていませんでしたか?その心臓は皆さんの頑張りや努力で動いているのですか。そうではありませんね。私たちは自分の努力で生きてるつもりでいますが心臓の鼓動ひとつ、自分の頑張りで動かしたり止めることはできないのです」。
  目が見える、耳が聞こえる、話ができる・・・すべて努力でできるものではなく、人間の力を超えた無限の力によって授けられたものです。人は、様々な助けの中にしか生きていけない存在なのです。
  仏様を拝む時、右手は仏様、左手は自分。どちらの力が強くても手を合わせることはできません。努力と自分を越えた命を頂いていることに感謝して生きるのが謙虚な人生を歩むコツのようです。当たり前に感謝すると奇跡が起こります。
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好きな子に素直になれず意地悪?

2018-11-16 06:29:37 | 日記

  好きな子に素直になれず意地悪をする「反動形成」、大学入試に失敗した者が、自分の学力が不足していたことに目を背け、「あの大学はもともと学風が嫌いだった」と言う「合理化」などを「防衛機制」と言われます。皆さんも案外経験ありませんか?
  自分を守るために,そうしたことを全く思っていなかったとして,理由をつけた,別の形で実現したりなどのように,本来の形とは少し歪めようとする働きがあるのです。防衛機制は,自我を守る(心理的に健康でいる)ものであるので,適応には必要不可欠な機能であると言えます。
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「『困難』を『批判』から『共感』に視点を変える

2018-11-15 06:28:06 | 日記

  「岩手の”よりそい型支援”を考える」フォーラムに参加しました。その中で発表者の方から相談員の姿勢が語られました。一部紹介します。
 「スキルも大事だが温かい心・眼差しがなければ、相談者の本当の心に寄り添えない」
 「問題解決は大事だが、相談者の心を聴かないといくら問題解決しても相談者の心は置き去りになる。なぜそう思ったかを聞かなければならない」
 「『困難』を『批判』から『共感』に視点を変える」
  ビーイング、存在を丸ごと受容共感できる心が育ってなければ、困難者の抱える葛藤や苦悩を癒すことはできません。ところが、ドーイング、何かができた?何かが決まった?解決した?という表面的な問題解決に終始し、声なき声を聴く耳と心が成熟してないのです。
  心が赤ちゃんの人が、傷ついた人の悩みを聴く事はできません・・・「点」の支援から「つながり・線」の支援が必要です。
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耳は2つ、口は1つ?

2018-11-14 06:20:43 | 日記

  「語るに遅く、聴くに早く」「耳は2つ、口は1つ」「一度語る前に二度聞け」「言多きは品少なし」「沈黙は金、雄弁は銀」などに表されてるように、いかに聴くことが大事であることかを語っています。仏像を見ると、耳が大きく口の小さい像が圧倒的に多いそうです
  同じように多弁な聖者(聖賢)はいません。聖者は、己を人に分からせる必要がないからです。聴くことは、率直にいって疲れる作業です。なぜ?私たち人間のDNAは「話がしたい」というようにセットされているからです。聴き上手になるということは、相手の気持ちに寄り添い気持ちを負担に感じず、こちらから話したくないような訓練が必要です。
  こう聴けば「傾聴」はいかに難しくやりがいがあるかわかります。傾聴のできる人は「心の偏差値」(EQ)が高い人のようです・・
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自信がない人の深層心理

2018-11-13 06:29:46 | 日記

  自信がない人の多くはブランドもので着飾ったり、学歴を誇示したり、地位で相手を負かしたり、財産を誇る人の確率が多いそうです。心の中が満たされてないので見えるもので相手に見栄を張って自己満足したいという心理です。
  見栄を張るということは、本当の自分を生きてないということですから疲れます。ストレスがさらに心をむしばんでいきます。「私はまだこの程度で・・・」「私はまだ不十分で・・・」と謙遜の心が、周りの信頼というブランドを得るようです。
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