公営競技はどこへ行く

元気溢れる公営競技にしていきたい、その一心で思ったことを書き綴っていきます。

7年前の内容だけど・・・

2007-02-28 00:00:00 | 競輪

7年前に発表されたものだが、それから進歩していないような気がする。

産業構造審議会車両競技分科会競輪小委員会(第3回)、議事要旨というものだが、いまだここで出た内容については進展がない。

特に、

・近年、日本のスポーツファンは、日本一より世界一に興味がある。ファンを集めることも必要だが、ファンは世界を見ている。小手先だけでは難しい。サッカーも同じだが、日本のスポーツを盛り上げるか。まずは、選手が世界で強くなければならない。

という点はもう、他の競技であれば最重要課題となっているけど、競輪はいまだ「旧主派」の考え方が強い。つまり、下手をすると、競輪以外の「自転車競技」は「遊び」だと思われているのではないか。

もし本当だとしたら、いつまでたっても世界で勝てるわけがない。

また、せっかく世界への道を志しながらも、下手に足を引っ張る奴がいて、結局邪魔されているような形になっているんだったら、明らかに「損失」である。

ひいては競輪はいつまでたっても昭和30~40年代に入り込んだファン層に頼りっきりの状態が続き、そうした層がいなくなれば、はっきりいって「終わりかねない」。その「終わりかねない」時期が本当に近づいている・・・

・指導者も含めて、皆プロでなければならない。専門家の育成が絶対に必要。その点は、サッカーを見習うべきだ。

海外の強豪選手は、およそトレーニングを個人で行っている選手はいない。必ずコーチを含めたスタッフがいる。

しかし競輪選手は日ごろ、そうしたコーチをつけて練習を行うケースはまずない。

「何とか道場」なんてものがあるにはあるが、これだって、科学的なトレーニングに基づいているとか、はたまた情報収集を行った上で、データ解析に基づいて行われているかと言われると「怪しい」。精神訓話みたいな形で終わってないか?

・競輪にはオリンピック、ワールドカップ、世界選手権という他の競技に比べて絶対的に有利な材料がそろっている。にもかかわらず、日本人選手が活躍していないので、活用しきれていない。本気で勝つ気でいるのか。

もっとも、ただ「競輪発祥の地のプライドがある」とかいっただけではまず「勝てない」よ。

私が思うに、普段の競輪の競走そのものが、明らかにこういった大会に対して阻害要素となっているというしかない。真剣に取り組みたいのならば、はっきりいって「無視」するしかない。今の競輪の流れだったらね。

とある方(いつもおなじみの記者さんね)からインタビューを受けたとき、私はこういった。

「将来有望な選手こそ、競輪なんかに行くのではなく、もしスポンサーが見つかるようだったら例え高校生であろうと、「プロ契約」してしまい、要は国際大会を中心にレースに出てみよ。」

そしたら、そのお方はビックリしてたけど(ちなみに、競輪選手ではないのに、自転車短距離の「プロ選手」となった例は、橋本聖子がいる。また、長野五輪金メダリストの清水宏保もNECとスポンサー契約を交わしてレースに出ていたことがあったから、これも「プロ選手」だね。)。

まぁ、トラックの短距離選手がスポンサーを見つけるなんてことは至難の業だから、そのために競輪界入りするしかないといえるんだろうが、だったら、無視はできないから、「若い間は」、適当に頑張る程度でいいってことなんだろうね。

こんなことを言うのは何だが、去年、明石元競輪場で国体を少しだけ見たけど、「アマ選手」の予想以上のレベルの高さに驚いた。

とりわけ、周囲の客が驚いたのは成年スクラッチ決勝。

丁度このレース、故・高円宮親王の未亡人であられる、妃久子さまが観戦されていたが、途中で選手が一人、落車したシーンがあった。ところが。

落車したのはその選手だけ。スクラッチって、20人ぐらいの選手が走っていて、しかも落車した選手は丁度集団の中の内側にいた。それでも、何と乗り上げた選手っていなかった。

これが競輪だったら、まずそのようにはいかない。ペースが上がらない状況でも、

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!!!

となるのがオチだろう。

私の隣にいた、ボランティアスタッフと思われる人も、

「よう、他が落車せえへんかったなぁ!」

と驚嘆至極。果たして、一体どっちが「プロ」なんだろう・・・

こんなことを書くと、中には、

「競輪に落車はつきものだ!」

なんていう人もいるけど、落車しないに越したことはないだろ。いや、落車なんてものは、プロとして恥だ、ぐらいの気概を持たねばねぇ。レースを客に見せてカネを取っているんだし。

ま、このケースはたまたまだったかもしれない。反対にスプリントのような2人しか競技しないレースでも双方落車なんてこともあるからね。しかし、そのようなケースって本当にめったにあるまい。

さらに、

「落車はデータで見る限り増えてない」

ということを立証したサイトがあることも知っている。ま、公営ジャアナルでも似たような話を書いていたし、別に驚くべきことではないが(それでもそのサイトによれば、04年よりも06年は15%ほど増加しているとのこと。ま、対象サンプル数が非常に小さいから、無視できるものということらしいが)、「増えていない」ではなくて、「減らないこと」こそが問題なんじゃないのかな。

せっかく「苦労して」データ集めしたんだから、もっと突っ込んだ形をとってもらいたいもの。実態経済は決していい状況ではないのに、「いざなぎ景気を超える景気拡大局面に依然としてあり、確かなる景気の回復基調が続いている」といっているNK新聞みたいなもんだぜ。

はっきりいうと、確かに、データ的には増えてないんだろう(と思う)、しかし今も連日のように、4名、5名と落車レースが存在すること自体、異常とは思わないのかなぁ?思わないんだったらいいけど(但し、選手がそのように思うことは断じて許さん!)。

競輪入りすることによって競技レベルが落ちているのではないか、とは必ずしも思わないけど、少なくとも、タダで見ることができた国体のほうが「ケイリン」も迫力があったし、面白かったね。もちろん、「アマ」のレースだけど。

ところで、こんなことも書かれている。

・競輪選手が4,300人いるのは別にかまわないと思う。ただ、その下に予備軍がいないことが問題。底辺がしっかりしていないとプロスポーツは成り立たない。通常プロになれるのは100人に1人だから、本来は競技人口が40万人以上いてもいいはずだ。

競輪と自転車競技は「別物」だという見地で考える流れになってしまっている以上、はっきりいって、この議論っていうのは成り立たないね。

しかも今は3400人近くにまで選手数が減ってきているけど、この数字だけ見ても日本は数だけならばダントツの「トラック競技大国」なはずだぜ。

それが世界選の「ケイリン」では手も足も出ない。都合が悪いから、

「競輪はケイリンじゃないから」

で「ごまかす」。ひいては、自転車競技と競輪は関係ないから、か・・・

せっかくの7年前の議論が、一向に進展しないのはこのあたりに問題があるのは明白なんだけど、今後もこれ以上、進展した話は望めないかもしれない。となると、

・選手会としては、今いる選手を残したいようだが、今は選手が多すぎて競走のレベルが下がっている。ある一定レベルの力がない選手にはやめてもらうべきだ。新陳代謝が必要であり、競輪学校への入学者を増やしてほしい日本の選手は十分世界でも活躍できるはず。もっと厳しさが必要。

という話は「急務」だけど、結局3場廃止にかかる引退勧奨で満足している。

一方で、現在競輪学校在学中の生徒はもちろん、90期以降の選手あたりが、競輪をそれこそ変えてくれることを本当に期待してやまないし、また彼らがそうしなければ、競輪は「終わる」。

長期間に亘って競輪界を牽引してきた、吉岡・神山時代は、吉岡氏の引退をもって事実上終焉した。神山も吉岡氏が引退したことを受け、力で勝負するという志を半ば捨てたみたいだ。要はあと何年競輪選手としていられるか分からない(トップクラスの座にいられるか)が、気持ちに向上心がある限りは続けるということなんだろう。

となれば、神山までもがもしいなくなった場合が心配。

そこで、たまたまとあるものを検索していて「引っかかった」のが上記の内容というわけ。

少なくとも、日本のアマ選手には、磨けばいい選手がいるはずだということが去年、インターハイや国体をみて分かった。ところが、いざ競輪入りするとその流れがプツンと途絶えてしまう。

どれだけ優秀な逸材が競輪入りしながらも、結局埋没したか分からない。しかし、もはやそういった流れは断ち切らねばならない。

旧主派の「勢力」がいまだ猛威を振るう競輪界であるが、いつまでもそのような考え方が通用するとは思えない。そして、本当にあと5年ぐらいでガラッと考え方そのものを変えねば、先行きは相当に厳しい気がする。

というわけでもないが、7年前のこの議事録が競輪の今後の道を諭しているように思えてならない。

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笠松・伝説の予想屋、参上なり!

2007-02-27 09:28:24 | 競馬

「あはは!ワシが天下無敵!21世紀の競馬の神様!笠松・名古屋の大黒社や!」

ということで、当ブログでもおなじみ、そして私に競馬を改めて教えてくれた、「あの」大黒大師匠がついに競馬フォーラムのコラムに登場することになった。

昨日発売された号から登場。まだ見てないけど、どんなことを言っているのか、みてみないとな。

題が、

「噂の馬券師をついに発見!」

「笠松伝説の予想屋!本誌に激白!」

ということだから、「すごい内容」となっているんだろうな。

でもこの雑誌、確か高いんだよな。買わずに立ち読みだけしておこうか。

ところでギャラはいくらぐらいか?と訊いたんだが、

「そんなもん、安~いわ!ワシの実力から言ったら不満そのもの!」

ということだが、果たして?

(追記)

大黒大師匠の「伝説エピソード」が満載。4ページ目からスタートし、全面カラー版。

しかし、残念なのは、万シュー的中時の写真がなかったこと。

仕方ない?大師匠が万シュー取ったときの写真アップするわ。

「あはは!みてみい!!」

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感動の1日

2007-02-26 02:15:42 | 競馬

25日行われた東西の重賞レースはそれぞれにドラマがあった。

まずは1着同着となった阪急杯

既に調教師転身が決まり、これが騎手として最後の騎乗となった本田優が6・ニシノデューを思い切ってハナに行かせ、同着優勝となる1・プリサイスマシーンと、今月一杯で調教師の定年を迎える湯浅三郎厩舎の5・エイシンドーバーが並んで中団より前の位置。1番人気の7・キンシャサノキセキは中団、2番人気の3・スズカフェニックスはキンシャサよりも3~4頭後ろの位置。

ニシノが快調に飛ばすが、直線に入って好位に取り付いたエイシンがニシノを直線半ばで捕らえにかかって先頭を伺うところ、逆にじっくり溜めていたプリサイスが中から漸進し、加えて、外からキンシャサ、さらに後方からスズカが追ってくるという激しい攻防。

最後はエイシン、プリサイス、スズカの3頭のきわどい写真判定となり、長い判定の結果、エイシン、プリサイスは同着。スズカは惜しくもハナ差及ばずの3着だった。

それにしても、この大激戦のきっかけを作ったのは何といっても本田だろう。結果的には6着だったとはいえ、600~1200Mまで11秒台でハロンを刻んで、よどみのないペースを作り出し、最後に本当にきわどい勝負を作り上げた「立役者」となった。

本田は24日のアーリントンカップでも、ローレルゲレイロに騎乗し、トーセンキャプテンに最後は伸びきられたとはいえ、 最後まで勝負に執着する根性をみせつけてくれた。しかもこの一戦はお互いが「相互接触」するという格闘技のようなレースとなり、こちらも阪急杯に負けないほどの大熱戦レースとあいまった。

阪急杯に戻るが、エイシンドーバーの湯浅三郎調教師は、実はJRAでは99年の新潟ジャンプステークスのエイシンワンサイド以来の重賞勝ちで、平地となると、93年の桜花賞トライアル・阪神4歳牝馬特別のヤマヒサローレル以来何と14年ぶりの重賞勝ち。

地方交流重賞9勝を誇る、「砂の女王」レマーズガールを管理する湯浅調教師なだけに、この事実は意外な気がするが、JRAでは最後の重賞挑戦で見事勝利を果たした。しかし本当の意味で、最後の重賞挑戦となるのは28日に行われる川崎・エンプレス杯。レマーズガールが10回目の地方交流重賞制覇に挑むが、果たしてそれも成就なるか注目されるところ。

また、同着優勝のプリサイスマシーンは、昨年10月のスワンステークスにおいてもあっと言わせる「大金星」を演じたが、8歳になった今年も鋭い末脚を駆使し、「若いモンにはまだまだ負けん!」といわんばかりの勝利を収めた。今後も短距離重賞戦線においては要注意。

そして同じく8歳馬のローエングリンが、いかにも「老獪」といった形で見事4年ぶりに中山記念制覇を逃げ切りで果たした。

これで重賞制覇は4回目だがいずれもG2(中山記念、マイラーズカップをいずれも2回ずつ)。

この馬は常に不運がつきまとっており、出走すれば勝ち負けできていたかもしれない日本ダービーは除外され、G1制覇にも幾度となく手が届きながらも果たせず終い。

何とかこれだけ実績のある馬なだけに、陣営はG1制覇を果たすべく現役を続けてさせているが、最近は着順掲示板こそキープするも、そろそろ限界か、といわれていた矢先の勝利。

ちなみに伊藤正徳調教師は2着のエアシェイディも含めてワンツーを決めたが、実はこのレースでJRA通算400勝を達成した。ちなみに伊藤調教師は騎手時代、福永洋一、岡部幸雄、柴田政人らと同期。

そして、05年の安田記念以来、ローエンがG1制覇に最も近づいていた頃にこの馬の主戦であった後藤浩輝に鞍上が戻り、レース後のフジテレビのインタビューで号泣するシーンが見られた。

「この馬のことは常に気にかけていた。今回、この馬に騎乗でき、しかも勝ててうれしい。」

と後藤はまるでこの日を待っていたかのような感涙のシーンを見せた。

確かに4年前、中山記念とマイラーズカップを連覇し、安田記念は堂々1番人気に推され、しかも残り100ではほぼ勝利を手中にしかけながらも3着。

さらにその後のフランス遠征では、ムーランドロンシャン賞で2着に入り、本当にG1制覇にまであと一歩と迫りながらも、帰国緒戦の秋の天皇賞で13着と大敗し、ここで後藤は降ろされた。また、再び騎乗した05年の安田記念でも17着大敗。

自分が乗ってG1を勝てなかったという思いが後藤にはよぎってきたのだろう。

それにしても、この日の競馬は別にG1開催日でもないのに、感動のシーン連発という「忙しい日」となった。

こんな日がしばらく続けば、恐らく競馬人気も回復基調が見えることだろうに。

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東西王座戦回顧

2007-02-26 01:12:26 | 大レース回顧集

今年から東西統一に加え、3日間の短期決戦となったG2・東西王座戦。

宇都宮競輪場で、10レースで西王座、11レースで東王座の各決勝が行われた。

まず西から。

本命を背負った、1・小嶋敬二が前を取り、小嶋-9・濱口高彰、その後ろは併走状態となり、内に8・村上義弘-3・前田拓也、外に5・山田裕仁-7・山口富生、以下、2・小野俊之-4・加倉正義-6・紫原政文と続く。

残りあと2周すぎに山田以下のラインが3番手を取りきるが、村上はすぐには引かず、ジャン前で漸く8番手に引く。そしてジャンが鳴るや一気に発進。

村上の動きに対し、山田と小嶋が残りあと1周でにらみ合いのような形に一瞬なったが、小嶋が山田が踏みに行かないと見るや1センターで捲りに出て、バックでは村上を捲りきる。小嶋の番手は、小嶋が踏み出した際に濱口を外からどかした小野が取りきり、最後は小嶋と小野のマッチレースとなるも小嶋が押し切って完全優勝。2着小野、3着村上。

今シリーズの小嶋は初日が上がり14.1秒。バック7番手から逃げる稲垣裕之を一蹴。2日目は同じく14.5秒で、山口富生-山口幸二の山口兄弟を従えて逃げ切った。

調子に乗ったときの小嶋のパワーというのか、破壊力を止められる選手は確かにいない。今シリーズは西勢の先行選手がいささか手薄だったとはいえ、決勝でも村上の思い切った逃げに対して、バックであっさり捲り切ってしまい、しかも長い宇都宮の直線にもかかわらず、小野にぴったりとマークされながらも差させなかったというのはまさに強いの一言。今シリーズの小嶋は、恐らく負ける気がしなかったであろう。

小野も漸く自身本来の動きに戻りつつあるか。村上も小嶋に捲られながらも3着に粘ったあたり、徐々に復調の兆しが見えてきている。

続いて東。

2・渡邉晴智が前を取って、6・白戸淳太郎を前に入れ、白戸-渡邉、5・佐藤友和が続いてその後ろは併走。内に1・有坂直樹-7・佐藤慎太郎、外に3・神山雄一郎-9・飯嶋則之、4・岡部芳幸-8・斎藤登志信。

残りあと2周を通過して有坂以下のラインが一旦引いて神山以下のラインが佐藤の後ろに入るも、隊列の変化はジャンが鳴ってもそこだけ。しかし当然のことながら有坂が再度上昇して、神山と競りになる。神山は数回、有坂に接触プレーを演じる。

こちらも1センター付近から佐藤が捲る。佐藤は捲り切ったが、番手争いで一応、神山が有坂に競り勝つも佐藤の動きにについていけず、佐藤が独走状態。前にいた渡邉が佐藤の動きを見て漸く踏み出しにかかり、佐藤を追うも佐藤は全く寄せ付けず優勝。2着渡邉、3着に岡部が入った。

前週の奈良記念で、今回と同じく有坂を従えた佐藤は有坂がついていけないほどの豪快な捲りを8番手から放って、四段構えの布陣を敷いた近畿勢を一蹴。

記念初優勝を飾った佐藤はその勢いを維持し、22で勝ち上がった決勝でも、後位の競りをうまく利用しながら、最後は豪快に捲り切って圧勝ともいえる内容で2周連続のG開催優勝を果たした。

昨年のサマーナイト決勝2着以降、ヤンググランプリでも2着と、G2制覇にあと一歩の状況まで来てついに成就。次はもちろんG1制覇。ひょっとするとこの勢いだと、山崎芳仁に続く88期G1制覇の期待も膨らむところだろう。

渡邉は恐らく早めに白戸を見限っても佐藤のパワーにはかなわなかったかもしれないが、終わってみれば悔やまれる2着か。しかし渡邉は記念でも決勝2着をしばらく続けているが、「またしても」2着といった印象。

ところで、「新生・東西王座戦」は大盛況のうちに3日間が終了。

3日間の売上げ114億5813万2300円は目標の100億を何と15億近く上回るばかりか、最終日の入場者数も何と8014人と、スタンドは満員状態。

ちなみに4日間制で行われた昨年8月のふるさとダービー富山の111億2979万2400円をも上回り、存在意義そのものが問われているG2開催の今後について一石を投じた大会となった。

今シリーズは2日間を予選とし、しかも初日の着順に応じて2日目のカードが決まるという、これまでにないシステムを導入したが、それが功を奏したのかもしれない。また、タテの勝負、つまり力の勝負が堪能できたという点においては、少なくとも、記念も含めて、G開催の4日間制至上主義そのものの流れを覆す様相になっていくのかもしれない。

選手の間でも今シリーズはいい意味でのリラックス感が全体的に漂っていたというし、前にも述べたが、これで記念開催も3日間開催化を実現すれば、もっと質の高いレースが展開されるのではないかという気がする。

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議会徹底抗戦の訳

2007-02-25 05:32:25 | 競馬

盛岡・水沢の岩手競馬の存続にかかる、県・盛岡市・奥州市で合計約330億円を拠出する特別支援融資の問題について、岩手県議会側では、以前から競馬廃止を主張する議員が多かったが、2月定例議会でそのことに審議をかけるや議会が紛糾。ついに結論は3月に先送りとなってしまった。

増田寛也知事は、「負の財産」を一掃できれば今後、岩手競馬は再生できると誓い、まずは2007年度については単年度黒字化させる方向の上で、330億円の融資を県競馬組合に対して行いたいと言明。

しかし、当ブログ1月9日号・「岩手競馬はいまだ「綱渡り」 」でも述べた通り、仮に330億円の融資が通ったとしても、2007年度に赤字が出て、しかも解消されない見通しならば、年度途中でも「廃止」されることが濃厚となっている。

したがって、増田知事の任期はまもなく満了となり、また、次期知事選には立候補せずそのまま退任するが、4月の県知事選を睨んで、岩手県知事選立候補予定者が相次いで、

「競馬組合廃止」

を公約に掲げた。 

Yahoo 地方公営ギャンブル経営より

◇「競馬組合の廃止」など12カ条--数値は示さず

 知事選(4月8日投票)に出馬を表明している前滝沢村長の柳村純一氏(56)が13日、「失ったものを取り戻す12の約束」と題した公約をほかの候補者に先駆けて発表した。競馬組合の廃止や医師確保予算の大幅増などを盛り込んだが、スタイルは数値目標や財源、期限などを示さない従来型の公約にとどまった。全国的にマニフェスト選挙が広まる中、他候補はどういう形で政策を発表するのか。有権者の関心が集まりそうだ。【念佛明奈】

 柳村氏は競馬組合の廃止を明確にうたった。「健全な財政に戻すため」、四半期ごとの収支が黒字であった場合でも、1~2年をかけて廃止に向けた議論を進めるとしている。競馬事業廃止を前提にするスタンスを打ち出し、他候補との差別化を図ったようだ。

知事選に立候補を表明している前いわて労連議長、菅野恒信氏(61)が22日、選挙公約となる「県政改革ビジョン2007」を発表した。競馬組合の廃止や県立病院の縮小を見直すことなどを示したものの、財源や期限などを盛り込まない公約にとどまった。知事選立候補予定者では、前滝沢村長の柳村純一氏(56)と会社社長、芦名鉄雄氏(61)の公約も従来型で数値目標はなかった。マニフェスト選挙の必要性が浸透しつつある中、“発祥の地”岩手県知事選で、マニフェストはいまだゼロのままだ。

 菅野氏は公約で、▽競馬組合の廃止▽県立病院の縮小や診療科への移行の見直し▽雇用対策局を継続し、安定的な雇用の確保▽一関一高の併設型中高一貫校導入の撤回▽大型店進出の規制・調整する条例の策定▽土木事業から農林水産予算への転換――などを掲げた。
 

つまり、4月に行われる岩手県知事選は、要は「競馬廃止」が最大の論点となりつつあるわけだ。

「新知事」が仮に公約どおりに事を進めることができるのであれば、330億円の融資は必要ないとするのが「当然の成り行き」。したがって融資「賛成派」の中にも、融資以外に残された道はないのか、という声があがったみたい。

Yahoo地方公営ギャンブル経営より

県議会代表質問が23日行われ、各会派から県競馬組合への融資に関する質問が相次いだ。
 自民クラブの佐々木大和県議は、会派としては競馬存続を望んでいるとしたものの、組合を構成する奥州、盛岡両市以外の市町村とのバランスなどを指摘し、融資以外の方策は考えられないかとただした。増田寛也知事は組合債務のうち215億円は年度末に返済しなければ事業継続が極めて難しくなると答弁。残り110億円の起債も融資による繰り上げ償還を選択しないと毎年18億円の元利償還を構成団体で肩代わりせざるを得ず県民負担が拡大するなどの理由を挙げ、あらためて融資策への理解を求めた。
 政和・社民クラブの小原宣良県議は競馬廃止時の債務処理方法について質問。増田知事は損失が各構成団体に分賦された場合、両市がまかないきれない部分を県が貸し付けるのは難しいとの認識を示した。
 融資問題は3月5日からの予算特別委員会で集中審議される。【林哲平】
 

増田知事は上記のニュースリリースによれば、今後、毎年18億円の元利償還となってしまうことについては県民負担が増えるばかりだし、将来に大きな問題を残すとして、ここは一気に負債一掃を改めて主張したが、問題は次期知事が果たして岩手県競馬に対してどのようなスタンスで取り組むのか、とりあえずは330億円の融資は通すが、競馬事業そのものは2007年度限りで廃止する、という可能性が大きくなってきた。

地方競馬については共同法人化法案が今国会にて提出され、可決されれば数年後に移行される見通しであるが、その移行期間において、最大の焦点はこの岩手県競馬をどうするかにかかっている。

しかも結論そのものが今年中には下手をすれば出るかもしれないという切羽詰った状況となりつつある。

果たして岩手県競馬の行方はどうなるのか?NARも「最後の仕事」として、岩手競馬問題をどうするのか、今から具体的なシュミレーションを考えておいたほうがいいと思うが、「無為無策」が身上?のNARでは「どうにもならない」か・・・

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深く掘り下げてみよ

2007-02-24 11:45:12 | 公営競技論

昨日、月刊少年ジャンプ廃刊の記事をYahooニュースでみていたところ、関連するリンク記事において、玉木正之氏のコラムがあったので、それを読んでみた。

http://www.tamakimasayuki.com/sport_bn_88.htm

「スポーツ総合誌の相次ぐ廃刊・休刊に関して考えられる理由」

という題であるが、確かにスポーツ情報誌として今、残っているのは文藝春秋の「Number」ぐらいだろう。

ナンバーは「スポーツグラフィック」を標榜しながらも、質の高い記事も売りとなっており、私も昔はよく買った。競馬は必ず毎年、日本ダービーと有馬記念の時期に特集が組まれていて、そのたびごとに買った思い出がある。また、ラグビーやサッカーについての記事も結構面白いんだが、確かに、去年のサッカーW杯の回顧号は買った。しかし、ここ数年見ても、買ったのはそれだけ。

玉木氏が挙げるスポーツ総合誌「衰退」原因の一つに、

・理屈を楽しむスポーツ・ファン(サッカー・ファン)は、総合誌ではなく、(サッカー)専門誌を買い求めた。

とある。

総合誌だと、どうしても「万人受け」する形で中身を展開せねばならなくなる。

ところがいわゆる「マニア」というのか、コアなファンというのは、そうした万人受けするだけの内容では満足しきれない。もっと掘り下げた内容というのか、ある意味、批判精神が求められる内容が要求される。

もっとも、そうした批判精神が宿った内容のスポーツ誌というのは、私が思うに、ワールドサッカーグラフィックとか、ワールドサッカーマガジンが「最初」だったように思う。

だからこれらが出てきたときに、別に世界のサッカー事情などほとんど知らなくとも、

「ああ、これは面白い」

ということになってほとんど毎回買っていた頃があった。

実を言うと、それ「以前」にも、そうした批判精神旺盛な雑誌が「あった」。何回か述べたことがあったが、「月刊競輪」がそう。

中野浩一には策がないとか、フラワーラインは競輪をダメにしているとか、そういった内容で溢れていた。また、福島正幸氏のコラムについては、色々と勉強させてもらった。そして、この月刊競輪という雑誌は、その当時はほとんど「ギャンブル臭」がしない内容でもあった。

ところが逆に、月刊競輪はその後、編集者が変わったこともあって内容が選手寄りの形となってしまった。そしてその時点で私は読むのを「やめた」。

確かに、批判精神旺盛な内容だと、一方では、「別にそんなこと関係ないだろ」という話の流れになってしまうかもしれない。しかし、そういった内容であるほうが、固定客は必ずついてきてくれる。

週刊誌でも、毎週木曜日に発売される「週刊文春」と「週刊新潮」があるが、昔は新潮のほうが「面白かった」。

というのは、拓銀の破綻を最初にすっぱ抜いたのは事実上新潮であったし、他にも、外国人日本担当記者が書いていた、「東京コンフィデンシャル」というコラムは、日本人に対する批判精神旺盛な内容で満ち溢れていた。また、現在大問題となっている特殊法人のムダ遣い記事も、15年くらい前に新潮が事実上、最初に取り上げたものだった。

ところが、週刊誌の読者の大半はサラリーマン層。堅い記事の内容にサラリーマン層がついてこれなくなってきたのか、編集方針が変わって一気に芸能・ゴシップネタが目立つようになった。

確かに編集方針の大幅変更により、新潮は月曜発売の「現代」・「ポスト」を抜いて、文春に続く、週刊誌発行部数2位を記録するようになった。

しかしその一方で、かつては確実無比な記事が売りの新潮が、編集方針が変わってからというもの、訴訟を起こされるケースが急激に増えた。

また、ウイキペディアによると、2ちゃんねるやブログからの記事をそのまま丸写ししたとしか思えない内容であることもままあるみたい。最近、新潮読まなくなったから分からないが。

話は戻るが、スポーツ誌に限らず、出版界は今、全般的に「構造不況業種」であるみたい。新聞の発行部数も減っているという話を聞くし。

やはり、ネットがそれに取って代わっているからという見方もできるんだが、ある意味、ネットは「玉石混交」というのか、書き手が一方的な主観で述べているケースが大半で、客観的に分析できている内容のものは意外と少ないという見方をしている人もいる。その人っていうのは、出版界の人間だけど。

だが、週刊誌が今や、ブログなどのネタを引用して記事の質を落としている傾向が見られるとするならば、明らかに「五十歩百歩」ではないのか?

私自身、昔は総合スポーツ雑誌や週刊誌はよく読んだ。しかし今はほとんど買って読まなくなった。反対に、経済週刊誌は定期購読している。これらはまだ面白い。というのは、経済に特化し、また、新聞とは違った見方をしているからである。

そう考えると、今や総合的に物事を捉えるよりも、あるテーマに絞ってそれに特化したほうが週刊誌あたりはいいのかもしれない。週刊誌や月刊誌全てが没落するわけではない。

むしろ、総合的なネタはネットで十分といえるのかもしれない。だが、ネット情報はあくまでも断片的。もっと深く掘り下げた内容のものがほしいということであれば、やはり、出版物に頼る他ない。しかし、その出版物がネットに擦り寄り、ネット情報に完全に頼るようになってしまうと終わりなのかも。

ところで、公営競技ネタに結び付けたかったんだが、どうやらできなくなってしまった。ただ一ついえることは、公営競技も要は「万人受け」とか、「広くあまねく」擦り寄る必要性はないといえるわけ。要は、やりたい奴だけがついてこい、といえるのかも。

しかし一方で、あまりにも心を閉ざしすぎてもダメだ、ということもいえる。というのは公営競技ってはっきりいって、

「衰退業種」

だろ。

衰退業種っていうのは、何らかの手を施さねば、「死ぬ」っていうこと。つまり、「やりたい奴だけついてこい」というわけにもいかない。もしそんなことだけ売りにしていたんであれば、ついてくる奴などいるわけがない。

そして、公営競技に関する内容のものって意外とレースの中身がどうとか分析されているものが案外ない。要は、賭けありきで、当たり外れが第一になっている。だから、当たればよし、そうでなければまだ次、なんてことになってしまっている。

それでは中身を知らない人間はついてこないわな。

その点がサッカーあたりと比較すると「抜け落ちている」。かろうじて中央競馬にはそういった内容のものがあるけど、他ではほとんどない。

これが今、公営競技の一番の問題点なのかもしれないね。

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支援拒否

2007-02-24 03:39:18 | 競馬

北海道新聞より

ばんえい財政支援 撤退3市が拒否  2007/02/23 01:04

 【旭川】ばんえい競馬を運営する北海道市営競馬組合(旭川)の旭川、帯広、北見、岩見沢四市の市長会議が二十二日、旭川市役所で開かれ、新年度から単独開催する帯広市が求めていた各市五千万円ずつの財政支援について、白紙に戻し、拒否することで合意した。

 会議では、砂川敏文帯広市長が「以前に二市集約開催を検討した際、財政支援について四市が合意していた」とあらためて主張。これに対し、他の三市長は「市長会議で合意した経緯はない」との認識を示した。その上で、「黒字がすべてソフトバンクに入るという計画案は不透明」(旭川)、「拠出金が(今後の)赤字補てんに回る可能性があり、市議会の同意を得られない」(岩見沢)と、砂川市長の見解に対し譲歩しなかった。

 このため砂川市長は「別の形での支援を考えてほしい」と提案し、三市長もこれを了承した。

 この後、開かれた組合議会で、四市側は補償の対象について「直接競馬に携わる調教師、騎手、厩務(きゅうむ)員、競走馬(馬主)」と説明。補償額については、「市民や市議会の理解を得られる水準で考えている。相手との話し合いで具体的な金額が決まっていくが、十億円前後になるのでは」との見通しを示した。

 会議では、職員退職金や組合解散に伴う費用を追加した本年度一般会計補正予算案など三議案を原案通り可決。組合議会はこれですべての議事を終了し閉会した。組合は三月三十一日で解散する。

帯広の単独開催となる来年度以降のばんばだが、撤退する他の3市の態度は、財政支援については行わないという形とあいまった。

「別の形での支援」を砂川市長が依頼したというが、果たして3市はどんな姿勢を見せるのか?


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「夕張になくて、飯塚にあるもの」

2007-02-23 11:54:16 | オートレース

それは、「オートレース」

Yahoo 地方公営ギャンブル経営より

旧産炭地の発展支え 福岡の飯塚オート 開設50周年 「今後も市の顔で」

2月23日10時8分配信 西日本新聞

 福岡県飯塚市が運営する「飯塚オート」が22日、開設50周年を迎え、同市内のホテルで記念式典と、約450人が参加してファン感謝祭が開かれた。

 同オートは石炭産業の斜陽化で地域経済が疲弊する中、市が新規財源を確保しようと、1957年2月22日に開業。開設2年目から、収益を市の一般会計に繰り入れている。80年度には繰入金が30億円に達した。だが、入場者は同年度の約121万人をピークに減少。2002年度からは赤字に転落した。他のオートレース場との重複開催を避けたり、場外車券の発売日を増やしたりする改革に取り組み、05年度は4年ぶりの黒字を計上した。

 式典では、斉藤守史市長が「市の“顔”として地域発展の礎を築いた飯塚オートを今後も明るく楽しい憩いの場にしていきたい」とあいさつ。引き続き感謝祭があり、スライド上映で50年の歩みを振り返った後、選手がサインや記念撮影に応じ、ファンと交流した。
 

ここで注視したいのは、

『石炭産業の斜陽化で地域経済が疲弊する中、市が新規財源を確保しようと、1957年2月22日に開業。』

という点で、つまり、石炭の町・飯塚の斜陽化を何とか防ごうという意味合いからオートレースがスタートしたということ。今でこそ赤字の垂れ流し状態に陥っているオートレースであるが、かつては炭鉱に替わる飯塚市の主要事業及び数少ない娯楽として多くの客を集め、また、飯塚市の財政に寄与してきた。

しかも、オートレースが存在したおかげで、飯塚だけは周辺炭鉱町とは異なって人口が逆に炭鉱全盛期時代よりも増加しているとのこと。

その点が、炭鉱廃坑後にハコモノで大失敗してしまった夕張とは違うところか。

飯塚といえば、二田水潤太郎、桝崎正、中村政信といった、各世代においてSGを優勝できる選手を輩出し続け、中村が不慮の死を遂げた後にもすぐに浦田信輔が台頭。そして今や浦田はもちろん、田中茂、久門徹など、多くの有力選手を抱え、選手の層の厚さにおいては地区ナンバーワンを誇るといってもいい。

明日から始まる開設記念は、やはり、地元勢による優勝争いとなりそうだが、飯塚市は、部分的とはいえ、ナイター開催に踏み切ったり、はたまたソフトバンクホークスとの提携を図ったりと、今もオートレース事業に積極的取り組んでいる。

また、オートレース界として初めて、選手OBの松田英之さんをアドバイザーに迎え、3年前のダイヤモンドレースに行った際には、松田さんが1レース試走前に行っている予想会(無料)には大勢のファンが聞き入っていた。 

それと、夏のG1戦である、「ダイヤモンドレース」のダイヤモンドだけど、これは「石炭」を意味するもの。「黒いダイヤ」と言われた石炭を偲ぶ名称は、いまだ地元ファンの熱い心を揺さぶっているようだ。その点においては、「まがたま杯」「キューポラ杯」という、鋳物を連想させる名称がつけられている川口とよく似ている。

もっとも、川口の2つの名称レースはダイヤモンドレースよりもはるか後に創設されたもの(ダイヤモンドレースは58年創設。対してキューポラ杯は77年、まがたま杯は78年創設)。ということは、川口が飯塚の「真似をした」ということか。

ま、飯塚は「オートレースタウン」だな。川口と並ぶ「オートレースタウン」として、今後も頑張ってもらいたい。

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G2一部廃止か

2007-02-23 01:43:05 | 競輪

この間送られてきた「週間レース」3月5日号を読んでいたら、2008年度のG1・G2開催地については開催固定制度をやめ、競輪祭も宮杯も、希望する施行者があり、また、開催要件に合致すれば開催を認める方向にあるということで、ひょっとすると今年限りで小倉競輪祭も、はたまたびわこ高松宮記念杯も「終わり」か?という流れらしいが、一方で不人気をかこつようになったG2の一部廃止の話も出ていたとか。

しかし、2008年度にはどうやら間に合わないとのことなので、一応、2008年度については現行のG1・G2開催を踏襲し、2009年度以降の開催については、ついにG2開催も見直されることになりそうだ。

コンドル日記TOOL4には、こんな期待感を抱いた内容が書かれている。

輪界初の試み、東西を分けて3個レースにしてポイント制、面白いのは初日の着順で2日目の組み合わせが決まる事。又前半戦はS級の5個レース、これで最終日の日曜日は決勝3個で売上をアップの算段、それで目標は3日間で100億。来年は別府なので成功かどうかに注目される大会。利点は記念もやれる事、もし大プラスならこの大会は定着してしまう可能性もあります。

オールスターのポイント制については相当に辛らつな意見を言うのに、東西王座戦については随分寛大な姿勢と見えるが。

確かに、現在G2の開催において、GPと抱き合わせの開催を義務付けられているヤンググランプリ、サマーナイトフェスティバルに加え、今回から3日間制となった東西王座戦の3大会のG2戦を開催する場については、年度内のG3開催も認められている。

しかし一方で、T社長が「定着」と言っている裏腹で、もし本当に「成功してしまうと」、とどのつまり、ふるさとダービーもはたまた共同通信社杯も、3日間制にしてしまって記念も開催させろ!ということになりかねない。

もしそれを許すとどうなるか?

まず、KPK制度破綻の原因は、S級シリーズを年間3節以内を改め、5節でも開催できるようにしたことであり、これに選手の欠場癖も丁度この頃から始まった(要は、斡旋過多で受けれない)ことから、追加斡旋選手の確保が難しくなったことにある。

当時はS1が130名、S2が300名の430名程度しかS級選手がいないのに、記念が前後節2節制に加え、S級シリーズが5節にまで増えると、当然のことながら斡旋に支障をきたす。

すると、「中ゼロ日」、つまり前場所の開催が終わると即座に次の開催の前検日に入り、その翌日からレースを行うといったケースが見られるようになった。

こんな超過密斡旋を急に受けながらも、確か鈴木誠や紫原政文は、両方の開催でいずれも決勝進出を果たしていた。

だが、オートレースではよく行われていることだが、体力が資本の競輪でまさかこのようなことが行われるとは当時は想像もしていなかった。

すると、G2+G3制を許すことになれば、またぞろ同じ問題が出てこないか?

そんな問題を防止するためにも、もしG2を一部廃止させる方向性があるんだったら、はっきりいって、「やったほうがいい」。

G2はふるさとダービーと共同通信社杯の2開催、それも年1回ずつでいいのでは。

それと、恐らく記念も今のような勢いが持つのは、せいぜいあと数年じゃないか。となると、毎度お決まりの話になってくるが、開催日数そのものも縮小させる他あるまい。

前にも書いたが、今日から行われる東西王座戦って、はっきりいって期待してないし、また、3つの決勝戦という点(DTは、S・A・Bの各級の決勝戦方式だった。)や勝ち上がりシステムが何と昔行われていた「ダービートライアル」と一緒。

確かにファンの一部からは、ダービートライアル復活論も出ていたが、東西王座戦でシステムを復活させるとは思ってもみなかった。

当初私は東西王座戦の一本化開催については、東西各6レースずつの12レース制となるのかな、と思っていたのに、S級シリーズまで組み入れてしまうとは思わなかったし。

でも、果たして結果はどうなんだろうね。ま、3日間制だから買いやすくなるのは確かだが、例えば、17(71)とか、26(62)とかいった成績でも場合によったら決勝進出することができる。ダービートライアルがなくなったのは、こういった不合理なことがあったからだろ。

ま、競輪界も、東西王座戦については最後の賭けに出ているのかもしれない。これでダメだったら廃止?

そういえば中野さんが以前、広島記念中継の最中にこういっていた。

「サマーナイトフェスティバルが2005年から開催されるが、ダメだったらやめればいいんです!」

それは今や、G2に共通して言えることなのか? 


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本腰入れて取り組みたいのなら

2007-02-22 17:57:27 | 競輪

現在の9車立ては「廃止」だ?

スポニチアネックスより

競輪に最高200万倍の「重勝式」導入へ

 経済産業省は22日、収益が低迷している競輪・オートレース事業をテコ入れするための「自転車競技・小型自動車競走法」改正案を決めた。3月半ばに通常国会に提出し、2007年度中の施行を目指す。

 同一日に複数レースの勝者を当てることで多額の払戻金が出る「重勝式」車券の導入が柱。同省は、払戻金を最高200万倍とする方向で検討中で、ギャンブル愛好家には朗報となりそうだ。

 入場料の徴収義務撤廃や、学生でも20歳以上なら車券を買えるよう制限を緩和する措置も盛り込んだ。

 05年度の競輪、オートレースの売上高はピーク時の1991年度に比べ、それぞれ55%減、68%減と減少し、人気低落に拍車が掛かっていた。
[ 2007年02月22日 13:16 速報記事 ]

ま、この重勝式について、本腰入れてやろうというんであれば、競輪のレーススタイルは大きく変えないとな。

となると、9車立ては多すぎる。せいぜい7車。通常は6車だな。となると競艇と一緒ということになってしまうが、競輪については一方では、あの「大社長」がそうであるように、

「枠単一本!」

という、「昔の競輪」を渇望する人も少なくないから、だったらこの際、「いいんじゃないか」。

T大社長は涙をこらえながら、

『ついに「昔の競輪」に戻ります!』

『やっぱり、「枠単一本!」なんですよ!』

『これで競輪は復活します!』

『私の主張していたことがついに実現します!競輪は少なくともあと50年は安泰です!』

でも、レーススタイルは当然のことながら、UCI方式に「変えるけど」。

掲示板で高知の住人さんが、

「F1+F2の12レース制が導入されるんであれば、18名増員するのではなく、逆に全レース6車立ての上、今よりも18人「減員」し(F2 10レース制の場合)、レースはUCI方式とする。」

とおっしゃっておられたが、この際、それを実現させる「絶好のチャンス」じゃないか!

だいたい、9車立てだったらとてもじゃないが、重勝式なんかやったところで当たる人間はほとんどいないよ。

6車立てでもほとんどいないだろうけど、だったらなおさら、強い選手がその通り勝つチャンスが大きくなるUCI方式の導入は不可欠だろ。

『何を考えているんでしょう!』

『せっかく枠単復活したと思ったら・・・これは競輪ではありません!』

『これでは、また何百人ものファンが去ってしまい、やがて、競輪は終わるんですよ!』

といったところで、では今のレーススタイルで客が増えると思うか?

よし!これで決まりだ!

競輪はいよいよ、「三点セット」を含めて、「KEIRIN」化実現への布石を打ったのか?

ま、重勝式なんて今は買う気にもなれないが、少なくともUCI方式にしてくれるんであれば検討の余地ありだ。

競輪は古きを排除し、新しきを導入する?

もしそういった狙いがあるんであれば、競輪は確かに「変わる」。しかし、そうでないのであれば、競輪は「終わる」・・・

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よく見れば全然違う

2007-02-22 07:29:06 | 競馬

しかしなぁ、地方競馬って今や「負け続ける」ことを売りにしてないか?いや、マスコミが勝手にそう陥れているだけなのか?

昨日の園田に、今や全国区級の人気を誇る?負け続けるだけの2頭の牝馬が、今度はそれぞれ違うレースに出走するも、シャッフルは118、エリザベスクイーンは116といずれもデビュー以来の「負け続け」を更新。

ところで大黒大師匠が、

「あはは!こんな馬これまで他におるか!」

「この馬は園田の2頭や、名古屋にもおるけど、ただ負けて続けとっても、客には何の役にも立たん馬とちゃうんやでぇ!」

と全国級の人気に仕立て上げたがっている、スノーウィンドウという馬が昨日の名古屋6レースで「またもや」2着。何とこれで10連続2着。

もともと中央の馬だったが、全然成績が上がらず、未勝利のまま名古屋の錦見勇夫厩舎に転厩。すると。

転厩後16戦して4勝、2着12回。つまり、連勝、複勝を買ってさえいれば必ず当ててくれるという「パーフェクト」な成績。そして昨年10月24日以来、昨日までなんと10回連続2着。

連続2着になった馬をちょっと思い当たるところで探してみたんだが、タケシバオーにしても、ワシントンDCを除く国内のレースだけをとらまえても7回。あと、セイエイシェーンという馬が宇都宮時代に毎回決まって2着だった頃があったが、それでも6回。また、ルポルタージュという馬は一時、2着ばかりズラッと並べたことがあったものの、それでも5回連続が「精一杯」だった。

10回連続2着っていう馬は確かに記憶にないね。

ちなみに、大黒大師匠が「自信満々に」?

「もし、スノーウィンドウを上回る記録を持つお馬さんを探してくれたら「大黒社」の予想一日分無料にします。」

ということなので、時間があれば探して見ましょう。

ところで、「ばんば」でもええんか?

(追記)

ラークさんより、こんな馬の情報をいただきました。

金沢のナゴミヒーロー。ただいま9連続2着。もちろん継続中。

これからも、スノーウィンドウ、ナゴミヒーローが出てきたときは、単勝「以外」の賭式では必ず買いです?

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続 有名調教師、相次ぎ勇退

2007-02-22 06:56:08 | 競馬

伊藤雄二調教師以外にも、著名なる調教師が今週をもって勇退する。

瀬戸口勉調教師もまたその一人。

瀬戸口調教師といえば、何といってもオグリキャップを中央時代に管理したことで一躍名を上げることになったが、他にもオグリローマンで桜花賞を制す。

ところで、瀬戸口調教師といえば、定年間際になって大ブレークした印象が強い。

02年には、エイシンチャンプで朝日杯フューチュリティステークスを勝ったが、翌03年にはミルコ・デムーロを主戦として、ネオユニヴァースで皐月賞・日本ダービーの2冠、さらに04年にはサニングデールで高松宮記念杯を、05年にはラインクラフトが桜花賞・NHKマイルカップを制し、昨年はメイショウサムソンが皐月賞・日本ダービーの二冠達成。

この他にも今、瀬戸口調教師は昨年の中山大障害を勝ったマルカラスカルの他、多くのオープン馬を抱えており、勇退させるには勿体無いという声も出ていた。

この他にも、99年にはゴッドスピードで中山大障害を制している。

また、05年にはJRAリーディングトレーナーに輝き、藤沢和雄調教師の同11連覇を阻止した。

初代牝馬三冠馬となったメジロラモーヌを管理した奥平真治調教師も勇退。

関東馬ながらも、関西の河内洋を途中から主戦としたメジロラモーヌは毎回着差はそんなにつけないのに、終わってみれば強かったという、勝った馬が強いんだ、という表現を体現した馬。また、重賞6連覇も達成した。

この他にも奥平調教師は、ハイセイコー、タニノチカラの2強を撃破して73年の有馬記念を制したストロングエイトや、91年には宝塚記念をメジロライアンで、菊花賞をレオダーバンで制した他、それぞれ重賞4勝を挙げた、エイティトウショウ、メジロモントレーも管理した。

山本正司調教師も勇退。

松永幹夫調教師のいわば「親代わり」としての存在としても有名だった山本調教師は、JRAグレード制元年の84年に、ハッピープログレスで、当時「春の短距離レース三冠」とも言われたスプリンターズステークス(当時G3)、京王杯スプリングカップ(G2)、そしてG1元年となった安田記念と全て制覇。

一昨年の05年には、天皇・皇后両陛下ご臨席の中で行われた秋の天皇賞をヘヴンリーロマンスで制した。

また、地方競馬のG1レースとしては、第一回のJBCクラシックをレギュラーメンバーで制した他、カネツフルーヴが02年の帝王賞並びに、03年の川崎記念も制した。

ちなみに松永幹夫調教師は、山本調教師の勇退時期を「逆算」して調教師試験に挑み、見事一回で難関を突破。恐らく、山本調教師の管理する馬を何頭か譲り受けることになろう。

この他にも、JRA重賞勝ちは99年以降ないのに、地方交流重賞ばかり何と9勝も挙げているレマーズガールを管理している湯浅三郎調教師も勇退する。

ここに挙げた調教師の方々、お疲れ様でした。


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NAR、ついに解体へ

2007-02-21 13:54:08 | 競馬

地方競馬協会を共同法人化=馬券販売拡大へ法改正-農水省

2月21日13時1分配信 時事通信

 農水省は21日、赤字が続く地方競馬の経営立て直しを目指し、同省所管の特殊法人地方競馬全国協会を、地方自治体が運営主体の地方共同法人に移行させる方針を決めた。新法人は馬券販売拡大や開催日程の調整に当たる。競馬法改正案を今国会に提出する。
 地方競馬は現在、12の一部事務組合(52自治体で構成)と北海道など4道県市が主催。しかし、売り上げはピーク時の4割弱にまで減り、13団体が赤字を計上している。 

特殊法人等改革推進本部参与会議(政府参与会議)が一昨年に出した、地方競馬全国協会(NAR)を解体し、各地方競馬団体が出資して共同法人組織として運営するという案がついに今国会で提出されることになった。

つまるところ、「ゆるやかな」開催一元化が図られることになり、地方競馬全体の開催日数も現在よりも大幅に削減される見通し。また、こうすることによって各地方競馬団体の収益の改善を図り、ひいては地方競馬再生へと導くことを主眼に置かれたもの。

NARで行われている業務は下記の通り。

(1)馬主・競走馬の登録

(2)調教師、騎手等の免許

(3)開催執務委員の派遣及び研修

(4)競馬の公正化促進と運営改善

(5)競馬関係者の表彰

(6)企画・広報及び競馬振興策等の推進

(7)騎手等の養成

(8)畜産振興補助事業

上記の通り、現在のNARでは、直接競馬を運営する業務がないが、上記のニュースリリースによると、新共同法人では、馬券販売拡大や開催日程調整も加わることになり、積極的に運営業務に携わることになりそう。

具体的な方策についての詳細は今のところないが、少なくとも、1962年に設立されたNARは、共同法人化移行に伴い、その使命を終えることになる。

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有名調教師、相次ぎ勇退

2007-02-21 00:00:29 | 競馬

今週行われる開催(24・25日)をもって、70歳を迎えている調教師は定年となるが、実は今度定年になる調教師は有名な方が結構いる。

マックスビューティ、シャダイカグラ、ダイイチルビー、エアグルーヴ、ファインモーション、エアメサイアのG1ホースに加え、サニーフラワー、スカーレットブーケ、ワコーチカコ、マックスキャンドゥなどの重賞ウイナーを管理し、「名牝」はこの人から輩出されるとまで言われた伊藤雄二調教師。

「牝馬の伊藤」というイメージは今でも確かに強いが、牡馬でも、77年のハードバージで皐月賞、93年のウイニングチケットで日本ダービーを制覇しており、他にもサニーシプレー、ニホンピロブレイヴ、マチカネタンホイザ、エアダブリン、エアエミネムなどを輩出し、JRAの調教師として、常にトップクラスの管理力を発揮した。

過去にJRAリーディングトレーナーに3回(83・84・87)輝き、関西だけならばこの他にも5回リーディングに輝いた。

一時、関西では、「伊藤先生の馬に騎乗できればトップジョッキーの仲間入り」と言われたもので、過去にJRAの重賞制覇は77回あるが、ジョッキーの数といえばかなり限られてくる。

一番多いのは何と言っても武豊だが、他にも、岡部幸雄、田原成貴、河内洋、柴田政人といった面々にほとんど「限られており」、それだけ、伊藤調教師の管理馬で重賞勝ちができる騎手というのは、トップクラスの証ともいえるというわけ。

初めて師がクラシックを制覇した77年の皐月賞のハードバージは、福永洋一が「テン乗り」で勝利に導いたものだが、福永のハードバージの騎乗機会はこの1回限り。しかしこの一戦は皐月賞史上に残る名レースとして今も記憶にとどめるファンが少なくない。

また、ウイニングチケットについては、当時いまだ日本ダービーを勝っていなかった柴田政人に全幅の信頼を置き、見事柴田は念願のダービージョッキーに輝いたが、伊藤師もまた、念願のダービートレーナーとなった。

マックスビューティは前年、史上初の牝馬三冠馬に輝いたメジロラモーヌよりも勝ちっぷりが凄く、桜花賞は何と8馬身差の圧勝。牡馬相手の神戸新聞杯も1番人気に応えて勝ったし、オークスも含めて3歳時は8連勝を果たした。

シャダイカグラは、武豊がわざと出遅れさせたのではないか?とさえ言われたが、旧阪神1600のコースでスタートの出遅れは致命傷と言われるのに、それをモノともせせず桜花賞を制したし、ダイイチルビーは「華麗なる一族」といわれる抜群の血筋を誇ったが、3歳クラシック戦線では不運がつきまとったものの、短距離戦線でその素質を如何なく発揮し、91年の安田記念、スプリンターズステークスを制した。

エアグルーヴは、まさに名牝の名に相応しい名馬で、筋肉の盛り上がり方は男馬顔負け。一方で全体像を見れば実に女らしさをかもし出していた。

3歳クラシック時は熱発や骨折といったアクシデントもあり、不本意とも思えるシーズンであったが、オークスでは完勝の内容。そして翌年の秋の天皇賞では、バブルガムフェローとの叩き合いを制して牝馬としては同レース17年ぶりの優勝を果たした他、続くジャパンカップでも、敗れたとはいえ、ピルサドスキーとこれまた壮絶な叩き合いを見せて2着となり、この年の古馬中長距離戦線の主役を張った。また、これらの成績が評価され、71年のトウメイ以来、史上2頭目の牝馬年度代表馬に輝いた。

ファインモーションは長期休養明けとなった02年の8月の北海道シリーズで条件戦を2戦とも圧勝し、一躍秋華賞へ向けて脚光を浴びるようになったが、その秋華賞ばかりか、続くエリザベス女王杯も無敗で制し、有馬記念では何と1番人気に支持された。

エアメサイアはJRAのG1レースとしては師として最後の勝ち馬となった。

伊藤師最後の重賞挑戦は25日に行われる中山記念のメイショウオウテ。 

藤沢和雄調教師がJRAリーディングになる以前は伊藤師が実質、JRAのリーディングトレーナーの名をほしいままにしていた。

特に牝馬での実績が高かった伊藤師だが、1966年に開業して以来、41年に亘る調教師生活にピリオドを打つ。

お疲れ様でした。


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サテライト水戸がなくなる

2007-02-20 12:05:50 | 競輪

らしい。

先月31日付の茨城新聞ニュースより

サテライト水戸 競輪組合が撤退意向 3月末、雇用に影響も
2007/01/31(水) 本紙朝刊 総合1面 A版 1頁
 城里町上入野の場外車券売り場「サテライト水戸」で競輪の車券販売などの事業を行う東京都市収益事業組合(清瀬市など東京都内の八市で構成)が、同車券場から三月末で撤退する意向を示したことが三十日、分かった。同組合は既に従業員や町に通知したが、年間で約一億五千万円に上る町への交付金や、地域雇用に影響が出る可能性もあり、町内には「(撤退なら)経済的に打撃」と不安の声も上がっている。

 同組合は一九七一年に設立、主に立川競輪のレース事業を施行し、全国でサテライト水戸を含め三カ所の場外車券場を管理施行する。

 サテライト水戸は同組合が管理施行者となり九八年八月にオープン。これまでに合計約二千億円を売り上げている。車券発券や飲食店、警備など全体で従業員約二百八十人(組合雇用は約百二十人)が雇用されており、多くは地元採用。

 同組合は今月二十六日、従業員や町に三月末での撤退意向を通知。同組合事務局は「レースの主催事業などの売り上げが改善されず、全体の収支(赤字)の問題で撤退を決めた。組合議会の承認も得た」と理由を説明している。全体では八億円超の累積赤字があるといい、京王閣競輪からは昨年度に撤退している。

 町によると、競輪事業者から町に交付される地元対策費はオープンから九年目までで総額約二十億三千万円にも上る。町は「(交付金は)積み立てて教育や福祉に活用している貴重な財源」という。また地元の住民男性は「高齢者の雇用や地域対策費があり、撤退となれば大きな損失が出る。できれば続けてほしい」と不安を口にした。

 サテライト水戸の所有・管理会社(水戸市)の関係者は「組合から正式な説明がなくコメントできない」としたものの、「組合側の運営に問題があったのでは」との戸惑いの声も聞かれた。サテライト水戸では三月末までの競輪レース発売の予定は組まれている。

 競輪場は全国で取手を含め四十八カ所あり、場外車券場は三十二カ所(昨年一月現在)。近年は入場者減や売り上げ減などで撤退や民間委託する動きが出ている。

6年前、偕楽園の梅を見終わったあとサテライト水戸へ行ったことがあり、その日はヒラ開催だったのに大勢の客で埋まっていた。まるで都心にあるウインズの混雑ぶりを想像させたが、その後客が減ったのか。

一時は「優等生」とまで言われたサテライト水戸だし、昨年のグランプリは1億1千万円超、今年の競輪祭でも4日間で2億8千万円超の売上げがあることを考えると、惜しい気もするが。

売上げに比して経費があまりにもかかりすぎるんだろう。累積で8億もの赤字が出るというのは、どう考えても日ごろの運営に問題がありすぎる。

それにしても、水戸ぐらいの規模のサテライトが潰れるようなことがあると、他にも影響を及ぼしそう。

となると、「やっぱり」競輪については、例の「三点セット」は不可欠というしかないな。何よりも、経営の効率化が最優先課題。それに着手せねば、競輪は終わります。

(追記)

東京都市収益事業組合は立川競輪からの撤退も決めた。

立川競輪:来年度以降、多摩8市が撤退 累積赤字10億円 /東京

2月20日14時1分配信 毎日新聞


 競輪事業を行うため多摩地域の8市で構成する「東京都市収益事業組合」(管理者・星野繁清瀬市長)は、来年度以降に立川競輪場(立川市)で開催される主催レースから撤退する方針を決めた。累積赤字が約10億円に膨らみ、財政状況が厳しくなったため。同組合は清算が終わり次第解散する。

 同組合は、▽三鷹▽清瀬▽福生▽東久留米▽武蔵村山▽西東京▽東大和▽狛江――の8市で構成。70年に発足し、翌年から京王閣(調布市)で年2回、立川競輪場で年5回の主催レースを実施していた。

 ピーク時の90年度には、各市に3億3000万円を配当したが、その後は売り上げが落ち込み、03年度には初めて4億円余りの赤字を計上。赤字が続いたことから04年度に京王閣から撤退し、今年度から立川の主催レースを3回に減らした。それでも財政状況は好転せず、昨年12月に立川からの撤退も決めた。

 立川市は、同組合に撤退に伴う補償金を求める方針。同組合は今後、同市と協議する。【奥山智己】

茨城新聞の記事では8億円の累積赤字と書かれているが、Yahooの記事では10億円。2億も食い違っているが、いずれにせよ、この数字では競輪をやっていく意味は全くない。

というわけで、東京都市収益事業組合は競輪から完全に足を洗う。

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