AM0時27分 ガソリンスタンド洗車機付近
狂気の銃声と化け物の咆哮が、スタンド全体を震えさせる。
洗車機付近に居た健二と綾香にも、その音は聞こえた。
「今の音は何だ!?」
この台詞を言うのは今日何度目だろう。心の中でそう健二が呟きながら
強張る綾香の顔を見て、半ば興奮気味に綾香の手を強く摑む。
「ちょっと痛いわよ。一人で走れるから・・・離して」
「あ・・ああ、ごめん」
綾香が眉をひそめ振り払うように健二の手を離す
思わず強く握り締めてしまったことを謝る健二。
そんなことを気にすることもなく、綾香は再び張り詰めた表情を浮かべる。
健二には、綾香のとったその行動が少しショックだったのだろうか、
表情に恐怖とは違う呆然さが伺える。
以前の綾香ならいくら強く握り締めたとは言え健二の手を振り払う事も無く
手を握り返し、一緒に走り出していたはずだが、この数時間の間に起きた
『思わず目を背けたくなる現実』に綾香自身の心境の変化があったのだろうか?
健二は『こんな事が起きているのだ、無理もない』と自分に言い聞かせ
呆然としていた表情を直し、いつもの冷静さを取り戻そうとする。
「尾山さん達が心配だわ、早く行きましょう」
「え・・・?あ、うん」
自分を取り戻す事に必死な健二は綾香のいつもと違う積極的な言葉に
あっけにとられて綾香に手を握られ休憩所のほうへ走り出した。
AM0時28分 店内給油機材前
煌々としたスタンドのバックライトに照らされて
四つの影が料金所から走って出てくる。
尾山、貴美子、智弘、五郎。
貴美子と智弘の手にはポリタンクが一個ずつ握られている。
「健二と綾香はどこに・・・それに飛鳥さんたちも」
智弘が走りながら周りを見回し健二と綾香、飛鳥や恵が居ないか確認する。
「それより早くこの場所から離れることが先決だ!」
白衣を振り乱しながら先頭を突っ走る尾山に、後方から五郎が追いつく。
「・・・尾山さん!待ってくださいまだ他の人が!」
五郎が銃を肩からさげながら先頭の尾山のところまで追いつくと、尾山の腕を摑む。
「ハァハァ・・なにをするんだ!早く逃げなければ」
スタンドの出口付近で五郎に腕をつかまれ、
足をブレーキ代わりに進む勢いを殺し、その場に急停止する尾山。
久しぶりのダッシュに肩はあがり、息切れを起こしている。
周りに居た貴美子と智弘も同じように走るのをやめる。
「早く健二達を探さないと・・」
「飛鳥さん達にも早く知らせないと、心配だしね」
智弘と貴美子が周辺を見回し始める、まだ後方からは銃声が聞こえる。
「おい、あれは?」
尾山が指をさす方向には、二つの影がこちらに向かって走ってくるのが見える。
「・・・さっきの化け物か!」
五郎がMP5のセーフティレバーを解除し銃を構える。
「おーい!尾山さんー」
聞いた事のある声が、かすかだが聞こえる。
ライトが逆光して見えにくくなっているが、背格好から健二と綾香だと見える。
「健二!綾香!」
智弘が二人の姿を確認するや否や駆け出すと、尾山が周囲を見回す。
「やったわね!」
「感動の再開もいいが、どこから化け物が襲ってくるかわからんぞ」
二人と合流した嬉しさの余り貴美子がガッツポーズをするのを見て、
尾山がクギをさすように言い放つ。
たしかにまだあの化け物が、いつ襲ってくるかわからないのだ
油断は禁物と言えよう。
「さっきの銃声は何なんですか?」
健二が四人と合流した早々、口を開く。
「・・今まで見た化け物とは違う・・まるで二本足で歩くトカゲのような・・」
五郎が化け物の外見を端的に言っていく。
「とにかく今は飛鳥さん達を探しましょうよ!」
「化け物にやられてなければ良いが・・・」
綾香が口を開くと同時に尾山が不吉な言葉を漏らす。
「鬼が出るか蛇が出るかぁ・・・案外二人ともガソリンを手に入れてたりしてね」
尾山の台詞を聞かなかった事にしようと智弘が向きを変えて走り出す。
「あ、待ってよ智弘くん」
貴美子がバッグを片手に持ちながら智弘の後を追う。
ドンッ!
その時、出口付近で何か重いものが降り立った音が聞こえた。
「うっ」
音が聞こえたほうを尾山が見ると、体が一瞬凍る。
まるで蛇に睨まれたカエルのように、その場から動けない。
ガソリンスタンドのまぶしすぎるライトに照らされて出てきたのは
五郎の言っていた牙がギラギラしたトカゲの化け物だったからだ!
「ギャオオォォォオオオ!」
化け物の咆哮がスタンド中にこだますると、化け物は50mくらい先で話をする尾山たちを発見し、そっちに向かってドタドタと音を立てながら走ってくる。
不自然に伸びた牙からは、血液と唾液が入り交ざって地上にボタボタとたれる。
「キャアアアアアア」
「に、にげろッ!」
恐怖に引きつった貴美子の悲鳴と尾山の声と共に闇雲にスタンドの奥の方へ走り出す五人。
だが五郎だけは、その場に突っ立っていた。
「おい、早く逃げないか!」
まだ走る体勢にもなっていない五郎を走りながら確認した尾山が
五郎に向かって声を上げる。
「・・・自分が助けなきゃ・・やってやる!」
持っていたMP5をこちらに向かって走ってくるトカゲの化け物に向けると
発射をフルオートにしてトリガーを引く。
ブルルッ・・ドガガガガガガガッ!
玩具とは思えない音と反動に五郎は少し驚きながらも
直径9mmの改造された金属製弾が化け物に向かって
恐ろしい速度の元に無数に放たれる。
ドガガガガガガガッッ・・ブシュ!ブシュ!
「ギャッ!ギャッ!」
化け物の皮膚に金属弾が足から胸にかけて何十発も命中する。
化け物の走る勢いが少し止まると、そのままフルオート射撃をする五郎。
いくら玩具とは言え、貫通に特化した金属弾に加え、銃自体もより強い弾を発射できるように殺傷力を持つカスタマイズをされているのだ、化け物に利かないはずはない。
おびただしい緑の皮膚と青い血があたりに撒き散らかされ、化け物は一旦足を止める。
45発あった弾倉は空になり、五郎はマガジンを抜くとポケットから
次のマガジンを銃につめる。
カチャッと小気味いい音を立てて収納されるマガジン。
電動銃特有のうなる音が五郎の手に伝わると、五郎は
銃のトリガー近くについているセレクターをセミオート射撃に切り替える。
ドガガッドガガッ!
「・・ギャア・・・ギャア」
化け物に追い討ちをかけるように10発程度の弾があたると、
トカゲの化け物はその場に倒れるように仰向けに倒れた。
「・・・倒したか」
五郎がその場を立ち去ろうと体の向きを変え、尾山たちが居るほうへと
走り出す。
その時、五郎の後ろから何か嫌な予感がした。
ブゥン!ドガァーン!
「うおっ!?」
五郎はとっさに体を避けると、今まで五郎が立っていたコンクリートの場所には
大きな穴がぽっかりとあいている。
よく見るとコンクリート付近に緑色の皮膚がべシャっとくっついている。
「・・・くそったれ!」
横目で後方を確認すると、何かに気づいたらしく軽く舌打ちをする五郎。
そのコンクリートには、さっき倒したはずのトカゲの化け物の長い尻尾が刺さっていた。
「ギャッギャッ!ギャギャ!」
まだ化け物は生きているという現実に少し恐怖を覚えながらも
再び体勢をかえ、MP5のトリガーをひき、化け物めがけて撃つ五郎。
ドガガッドガガッ!
しかし金属弾は化け物の皮膚ではなく、コンクリートの床をはじく。
ビュン!ビュン!チュイン!チュイン!
トカゲの化け物は体勢を変え、手を床につけて足を二足から四足に切り替えて、まるで這いずるように銃を避けているのだ。
撃った弾の跳弾がカラカラと床に散らばる。
何より驚くのはその避ける化け物の速度が余りにも早いことだ。
動く的でも容易に当てられる五郎が、動きを予想して撃っているのだが
銃口が向いた瞬間には、化け物はもうそこにはいないのだ。
「くそっ、追いつかれる!」
どんどん距離を詰められる五郎の焦りは確実になっていく。
ドガガッ!ドガガッ!
化け物との距離が5mほどまで近づくと、五郎は狙いを付けて化け物の
頭部に向けて弾を放つ。
チュイン!チュン!
銃弾は化け物の皮膚をかすめる事もなく、むなしくコンクリートの床に散らばった。
「ギャギャギャッ!」
同時に化け物はさらに間合いを詰めると、五郎めがけて大きく床を蹴り
2mほどのジャンプをした。
「うっ!」
飛んだ化け物を目で追い、恐怖におののきながらも
五郎は再び狙いを頭部さだめ銃を放つ。
ドガガッドガガッ!
「ギャオオ!ギャォォア!」
弾は化け物の眉間から目の部分に当たり、青い血が空中で飛沫をあげる。
しかし、飛び上がった勢いのまま五郎を押し倒すように
その大きすぎる化け物の体が五郎の体の前にのしかかる。
カチッカチッ
「は、はなれろ!」
引き金を引く五郎であったが、マガジンの弾はもうない。
思いっきり力をいれて抵抗するが、化け物の体は重過ぎて
押しのけようとしても、まるで逃れる事が出来ない。
「ギャオオアアア!」
目をやられた化け物の右腕が五郎の肩を思いっきりつかむと
ギラギラした牙から唾液のようなものが床にだらしなくボタボタと落ちる。
「くそおおおお!」
死という言葉が五郎の脳裏をよぎる。
目をつぶって必死に化け物のあごを押さえる五郎。
ドガガッ!ドドドドドッ!
その時、五郎の後方から銃声が聞こえる。
「ギャオアオォォオァ!!!」
五郎が目を開くと、化け物が自分の体を離れ横で苦しそうにのた打ち回っている。
「へっ!俺の腕もたいしたもんだろ?」
「大丈夫か!五郎!」
もう何度も聞きなれた飛鳥の調子のいい声と共に、尾山が五郎に近寄ってくる。
「みんな、こっちだ!」
「早くしろ!」
尾山が五郎に肩をかし起こすと、健二と恵が出口を指して走り始める。
「これ、結構重たいよう」
「ちょっと智弘くん情けないわねぇかしてみなさいよ!」
ガソリンの入ったポリタンクを持って走っている智弘と貴美子。
智弘が重そうに抱えているのを見て、貴美子がしびれをきらして
智弘のポリタンクを奪うようにもち、走り始める。
「ギャ!ギャォォォ!」
「きゃあ!」
最後尾を走っていた綾香が後ろで再び息を吹き返した化け物の姿を
見て悲鳴をあげる。
「はやくいきな!」
銃を撃ちながら綾香に先に行くように指示する飛鳥。
ドガガッドガガッ!
綾香が走り出すのを確認すると、飛鳥の放った弾丸を無視するように助走をはじめ
再び高くジャンプする化け物。
恐ろしい跳躍力は飛鳥の頭上をかるく超え
先頭を走っていた健二と恵の前に現れる。
「くそっ、だめだこっちへ!」
健二の指差す方向に再び走り始める八人。
指し示した方向には洗車機が見える。
AM0時39分 洗車機前
洗車機前につくと、先頭の健二と恵を追いかけるように
トカゲの化け物が襲ってくる。
ブゥーン!ガァン!
「うおっ!」
トカゲの長い尻尾がまるで狙いすましたかのようにコンクリートの床を叩き
健二と恵の恐怖心を煽る。
「このままじゃ追いつかれるぞ!」
恵の声が聞こえると共に、洗車機の前に到着する二人。
「そうだ!あそこへ!」
健二が洗車機の中へ入るように恵に指図すると、二人の後ろには
化け物がすぐそこに迫っていた。
「ギャッギャッ!」
「うおおお!」
二人が洗車機の中を通り抜けると化け物の頭が丁度洗車機の中へ入り始めた。
「いまだ!」
健二が洗車機のスイッチを押す。
カチッという音と共に洗車機が轟音を上げながら動き始めると
化け物を体を包むように洗車機のブラシが恐ろしい力で化け物に襲い掛かる。
「ギャア!ギャア!」
今まで受けた銃弾のあとにブラシが激しい勢いで食い込むと、化け物は悲鳴をあげる。
「ポリタンクのふたを開けて投げて、こっちに投げるんだ!」
洗車機を横の通路から通りぬけながら、ガソリンを持っている貴美子に合図の声を送る健二。
「は、はーい!いきますよー」
貴美子がポリタンクのふたをあけ、まるで床にスライドさせるように
思いっきり洗車機めがけて投げる。
ボタボタと周囲にガソリンをまきちらしながら、洗車機にガンとあたるポリタンク。口からはまだガソリンがでていて、床に広がってゆく。
「だれかライターでもなんでもいいから火を!!」
それを見た健二は、全員に火をつけれるものを要求する。
「な、ないわ!」
「電動銃じゃ床に当てても、火はおこせないし」
だが、健二の言葉に反応してポケットなどを探すが、
誰しもがライターやマッチなど火をつけれるものを持っていなかった。
「グギャオオオ!」
バキバキと洗車用ブラシを内部から恐ろしい力で壊していくトカゲの化け物。
今にも突破されそうだ!
「あ・・そういや!」
何かを思い出したように飛鳥がポケットから何かを取り出す。
居酒屋で使えなくなったはずのライターだ。
「カミサマ!一生のお願いだぜ、ついてくれー!」
飛鳥がそう叫ぶとライターの火をつけ始める。
チッチッ・・・ボッ!
飛鳥の願いが通じたのかわからないが、ライターの火がつく。
「や、やったぜ!・・・ほらよ!」
ガソリンの導火線にライターをもってゆき、引火させる飛鳥。
火は撒き散らかされたガソリンを伝い、洗車機の下まで伸びてゆくと
ゆっくりと化け物の体を焼き始めた。
「ギャギャギャアアアアオオオ!!」
化け物の断末魔と共に洗車機が燃え盛る火炎に包まれる。
「へっ・・カミサマ・・・今度ばっかしは助かったぜぇ」
へナへナとその場に座り込む飛鳥に、八人が駆け寄ってくる。
乗り切れたことと危険が去った事によって全員に少しではあるが歓喜の声があがる。
居酒屋の事件から数時間、八人の心は少しずつだが連帯感を帯びていた。
シナリオ【変化】-終了-
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シナリオ【絶句】へ