PM8時54分 居酒屋裏通路
ヒタヒタと近寄る恐怖と自我を戦わせながら
少し走るぐらいの早歩きで薄暗い居酒屋の裏通路を走る七人。
今まで居た休憩室のドアはガタガタと不思議な音を立てて揺れ
今にも化け物たちの群れが飛び込んできそうだった。
その音に恐怖を覚えながら、ひたすら声を押し殺すような沈黙を続ける。
地上の排気口から
ヒューっと冷たい風が独特の重苦しい臭いと共に吹いてきた。
裏通路は外の有料駐車場の近くの建物に繋がっている・・・。
「みんなどうしたんだ?急に暗い顔して黙っちまいやがってよ」
いつもどんなときでも会話が止まるのが嫌いな飛鳥が
その長い沈黙に耐え切れなかったのか、皆に聞こえるように言う。
「とんでもねえ事に巻き込まれちまってるのはわかるけどさ、明るくいこうぜ!」
続けて飛鳥が言い放つ、今度はさっきより大きな声で皆に言う。
こんな状況でも、表情は常に明るい感じだ。
しかし、皆の表情は少し暗い。むしろまだ現実の把握が出来てないようだ。
「おいおい、聞こえてねえのかよ。まったく必死すぎだぜ」
やれやれと思った飛鳥が手を上にあげ『わからない』と言いたげなポーズをし、
さらに大きな声で、周りに聞こえるように言う。
「人生楽しくいかなきゃな、なぁそうだろ?おい?」
いまだ無視され続けることを気にしていないように
今度は前を歩く恵に声をかける飛鳥。
「うるさい。少し黙ってろ」
恵が余りに騒々しい飛鳥に向かって、少し怒気をはらんだ声で言い放つ。
「・・・へっ、へいへい。黙ってればいいんでしょう」
少し残念そうに口を閉ざす飛鳥。
恵に言われたことが気に障ったのだろうか、表情は少し曇っている。
再び始まる沈黙。七人の足音と妙なうめき声だけが
わずかな電灯の明かりに照らされている薄暗い通路を埋め尽くす。
50mほど歩いただろうか、通路の端に横たわっている人影が見える。
薄暗い通路では確証はないが、この店の店員がつけているエプロンに似ている
胸に何かを抱えているらしく、腕はがっちりそのものを摑んで離さない。
「お、おいアレを・・・」
健二が指を指すと、人影がドサッと力なく
抱えていた腕をほどき、その場に崩れる。
ほどいた腕からは白い紙のようなものがパラパラと床に散らばり
通路にだらしなく広がると同時に薄暗い電灯に照らされる。
「また化け物かい?」
智弘が健二の指指す方向に人影を見て少しビクッとする。
「いや・・・どうやら『被害者』のほうらしい」
健二がその人影の近くに寄って、少し気味悪そうに声を上げる。
エプロンをつけた人間は、すでに右腕と足に噛み傷があり
どうやら血は止まったらしいが、すでに脈は無く呼吸も止まっている。
数枚血に染まった白い紙を握り締めて事切れている。
エプロンについたプラスチック製のネームプレートには
『居酒屋虚無僧店主 万田功』と書いてある。
散らばった白い紙をよそに、エプロンの周りを散策する健二。
「何かめぼしいものはあったかい?」
さっきまで曇った表情をしていた飛鳥が健二に近づいてくる。
走ると同時に散らばった白い紙の何枚かが宙に舞う。
「何かな?行ってみようよ」
「だめですよ。ただでさえ事件に巻き込まれてるんですから!」
なんだろうと近寄る貴美子を止めようとするマネージャー。
「健二、よしなさいよ。他人の死体なんて見たってしょうがないわよ」
死体の周りを散策していた健二に対して綾香が言い放つ。
たしかに最もなことだ。もし警察が来たら、
何か疑われることを聞かれるかもしれない。
その危険性を危惧する綾香の意見を聞かず、
健二と飛鳥は倒れた男の周辺を散策する。
「これは・・・株券?・・店の権利書?そうか持って逃げ出そうとしていたのか」
恵が散らばった白い紙のいくつかを手にして、読み上げる。
どうやら店の権利書や株券のようだ。
「逃げ出そうとして権利書を持っていっけど、外に出て殺されたということか・・・ということはこの先に繋がっている建物はすでに化け物に・・・」
冷静に推理する智弘。しかし、顔はあからさまに恐怖に歪んでいた。
小説やテレビでは、たしかに死体なんてザラに出てくるが
実際に見ることとは違う。多大な不快感と恐怖感、
嘔吐の感覚さえ出始めている。
「ちょっと?大丈夫?さっきから顔が青いけど」
貴美子が智弘の顔を見て、心配そうに声をかける。
「は、はい。貴美子さんがいるって言うのに。ダメだな僕は・・・」
智弘が心配されたことを気にしてだろうか
少し無理にでも明るい顔を作ろうとするが
実際に起きている事柄を見ると、やはり暗くうつむき
明るい言葉や表情など出るはずもなかった。
「これは・・・」
健二が死体の胸ポケットに入っている4枚のメモを発見した。
1枚目
『■前日の売り上げ 前前日より12万円売り上げが上がった。
今日から新メニュー『北海道風虚無僧ちゃんちゃん焼き』を発売した。
材料コストに対して売り上げは上場のようだ。相変わらず自家製醸造
ビールの売れ行きがいい。ガイドブックを信じる馬鹿な客のおかげだ。
普通のビールより高いだけでウマイと思えるなんて。いいカモだぜ』
2枚目
『くそっ、どういうことだ。肉屋の奴がもうウチには納入できないと
言ってきやがった。肉のコストを下げろと言っただけなのにまったく
融通の利かない奴だ。最近事件が多発している。従業員には関わるな
ときつく注意しよう。通路続きの店のガンショップ【千手】の店主の影響か?
最近、俺に逆らいやがる従業員が多い。シメなきゃいかんな』
3枚目
『ガンショップの栗木のヤロウが、また文句を言いにきやがった。
「この店から出てくる客がウチの店で暴れる」だぁ?へっ!
もともとおめえの店だったらしいが、そんな文句くらいでへこたれる
俺じゃねえんだよ。文句があるならてめえのガンショップもつぶして
虚無僧二号店を作ってやるよ。栗木よ!』
4枚目
『裏通路から外 出るドアと ン ップに出る アに
電子ロックを てやっ ぜ。ざまーみ がれ栗木 っ!
だが 俺も歳 からな 忘れ メモし おくぜ。
ガン ョップへの ワード 0820
通路から外への スワード 06 だぜ』
四枚目はところどころ血が滲んで読めない部分がある。
「血で汚れて見えないな」
飛鳥がメモを取ってみている。
見終わったようだ。手のひらからメモをその場に置き、立ち上がる。
「何かの役に立つかもしれないから持っていきます」
健二は少し気になったのか飛鳥が床に置いたメモを
ズボンのポケットの中に入れた。
「とにかく進もうか。ここにいても始まらないからな」
恵がメモを調べていた健二と飛鳥に声をかけ、
七人で固まりながら少し早めの速度で歩きながら通路の奥に向かう。
通路の奥は電灯の本数が多いのか、少し明るくなっている。
通路の奥にコンクリートの壁を挟んでドアが二つ見える。
一つからはうめき声が聞こえる。もう一つのドアからは地上からの
風が吹いているようだ。若干ドアを叩く音も聞こえる。
二つのドアには番号入力型の電子ロック錠がついている。
電子ロックの解除には四つの数字を打ち込んでいくようだ。
「おい見てみろ、電子ロックだ」
恵がドアの電子ロックを指差し、手に持っていたハンドバーナーを健二に渡し
少し焦ったように、数字の羅列を打ち込んでいく。
そのとき後ろの通路の休憩室のドアから通路全体に響く音が聞こえた。
ガァン!ズサッ・・ズサッ・・
何かが後ろから追いかけてくる音がする。
通路に響くようにうめき声が聞こえる。
「くそっ、後ろのドアを突破されちまったか!」
健二が声を張り上げる。その瞬間、その場にいる全員が顔を歪ませる。
「は、はやくロックを解除しろよ!」
焦りが沸点まで達したように飛鳥が声を上げる。
無理もない。今通ってきた通路には他に逃げ道らしきものは無く。
ここで解除できなければ化けモノから逃げる術はない。
持っていたガスバーナーを強く握り締めた。
「何か武器はないの?!」
綾香が回りを見渡した。
通路の棚のところに【木製の長い角材】を発見したようだ。
「どうしよう・・十字架もにんにくも利きそうにないし・・・」
貴美子が持ってきたバックから番組で使っている除霊道具を
取り出すが、使えそうなものはほとんどない。
「貴美子さん。ドアの近くまで下がっていてください」
マネージャーが綾香の見つけた角材を手に持ち、ぐっと力をいれて構える。
「無理よ!そんな棒きれでどうにかできる相手じゃないわ!」
貴美子がマネージャーの腕をつかんで止めようとする。
しかし、それを振り払うマネージャー。
「私は高校時代、甲子園に出たこともあるんですよ?大丈夫、心配しないでください。危なくなったら戻ってきます。下がっていてください・・・
怪我でもされたら事務所に怒られますから」
角材を持って貴美子を押しのけ、走り出すマネージャー。
「お、俺もいくよ。役に立たないかもしれないけど
じっとしてるのはニガテなんだよね・・・ガスバーナー貸しておくれ」
飛鳥の持っていたガスバーナーを自分が持っていた救急箱と交換してもらい
マネージャーの後に続く智弘。
「くっ、電子ロック・・電子ロックのパスワード・・」
プログラマーである健二の脳がフル回転している。
店の電話番号、住所、ありとあらゆる数字を打ち込んでいる恵に
言いながら、あたりを警戒している。
「くそ!人生最悪だよ!もういやだ!だめだ!」
飛鳥は悲鳴をあげている。開かないという現状にパニックしているようだ。
通路中間点
アアア・・アアアア!!
電灯の薄暗い明かりに照らされて、化け物どもが通路の奥へ奥へと移動してくる。
「も、もうここまで来てるのか」
角材を持って走ってきたマネージャーが少し息を整えながら
化け物たちのスピードに驚愕する。目測で化け物との距離は
約10m先といったところだろうか。
「ま、マネージャーさん。僕もやりますよ」
ガスバーナーの使い方を見ながら智弘も息を切らして到着する。
「す、すまないね君。今度、河野貴美子のコンサートがあったらチケットを優先して君にあげるよ」
冗談まじりに手に持った角材を再び握り締める。
「マネージャーさん。甲子園出場って、ほ、ほんとなんですか?」
冗談に対して質問で返す智弘。
震えの止まらない右腕にガスバーナーの点火スイッチがカチカチと
音を立ててぶつかっている。左手でそれを抑えるが左手も少し震えている。
「いちおね・・・・・・万年補欠だったけど」
少し照れ笑いながら、目の前に近づいてくる化け物に
目をやるマネージャー。
「ア”ア”ア”ア”!!」
化け物は手をマネージャーに振り上げ、ギラついた口と目で睨み
攻撃してくる!
「く、くるぞ!智弘君!」
角材を上段に構えて化け物に思いっきり振り下ろすマネージャー!
ブゥン!!ガンッガンッ!
「ウ”アアア・・」
叩かれた化け物は苦しそうにその場に崩れる
叩かれた部位の皮膚ははがれ、だらしなく血液が出ている。
「このっ!」
智弘がバーナーのスイッチトリガーを押す。
ボォォォォ!
水の沸点をゆうに超える温度の炎の塊が小さなバーナーから射出される。
「ウファアアアア”!ガアァァァ・・!!」
まるで油に引火するように化け物の髪の毛や皮膚に燃え移っていく炎。
ジタバタと動き回り、その場に倒れこみ静かになる化け物。
「いけますね!これは」
智弘がクロこげになり異臭を放つ化け物を見ながら
バーナーが有効であることを知ると、俄然強気になっている。
しかし奥からまたゾクゾクと群れがやってくる。
「まだまだ、来るみたいだ・・気をつけるんだぞ!」
マネージャーの声が通路中に響いた。
通路奥
後ろで物が倒れる音、人間が焦げた匂いなどが電子ロック前にいる
恵や飛鳥の恐怖を煽り立てる。
貴美子は、マネージャーのことが心配なのだろうか
通路の中間を覗いている。
綾香は周辺を見回し、何かないか見ている。
「セキュリティが高すぎて、非常用の解除プログラムじゃ
電子ロックが解けないみたいだ」
健二が携帯のメモリーを使って、自分で作ったプログラムを使い
電子ロックを解除しようとしている。
だが、どうやらセキュリティレベルが高くて携帯のメモリーでは
解析が追いつかないようだ。
「っ・・・どうすればいいの」
綾香が少しあきらめ気味に声を上げる。
「蹴飛ばして開くドアでもなさそうだな」
恵が電子ロックドアの材質を見て冷静に言う。
しかし表情に余裕などない。真剣そのものだ。
「くそっ!あの店主が生きてるうちにパスワードを教えてもらえば良かったんだ!」
飛鳥が少々あきらめが入ったような声で言い放つ。
「ん・・・?パスワード・・?そ、そうだメモだ!」
健二が何かをひらめいたようにポケットから
さっき拾ったメモを取り出す。
「ガ・・ンショップへの・・パス・・そうだこれだ!」
メモをパラパラめくりながら、血がにじんだ四枚目のメモに目をやり
パスワードがわかったようだ。
「恵さん!0820だ!」
大声でドアを隅々まで調べていた恵に合図を送る。
「わかった。打ち込むぞ・・・0・・・8・・・2・・・0・・!」
恵が確認するように打ち込んでいく。
ピーッ!
「やった開いたぞ!」
電子ロックの表示が赤から青へ変わった、どうやらドアが開いたらしい。
「はやく智弘たちを迎えにいかなければ・・・」
その時、言うより早くダッと駆け出した影があった。
貴美子である。
ガチャ
「と、とにかく俺達は早く中へ行こうぜ!」
飛鳥が、いの一番にドアを開け内部へいく。
通路奥手前
「だ、だいたい倒せましたけど・・まだ奥からきますね」
智弘が少し震える声でマネージャーに話しかける。
ガスバーナーの残量も少し不安になってきた。
「どこまで持つか・・・早くドアを開けてもらいたいね」
マネージャーがさっきにもまして角材を強く握り締める。
角材の先には赤黒い血らしきものがついており
それまであった戦闘の物凄さを語っている。
「みんな!ドアが開いたわ!早く来て」
貴美子の声が聞こえる。やっとかと安堵の表情を浮かべる二人。
「助かった!」
智弘が声を上げると、とっさに体を翻し通路奥に向かって走り出す。
マネージャーも一緒に走り出した。
「ア”!ア”!ア”!」
その時、マネージャーの後ろに倒れていた化け物が急にマネージャーの足に
噛み付いてきた!
「ぐわっ!」
ふくらはぎの部分から出血した血液が化け物の顔にシャワーのように降り注ぎ
智弘と貴美子の恐怖の色をよりいっそう際立たせる。
「ッ・・このやろう!」
手に持っていた角材で化け物の背部を思いっきり一突きするマネージャー。
化け物は噛むのを止めて、その場にぐったりする。
「は、はやく逃げてくれ・・」
足をずりながら後ろに振り返るマネージャー。
角材を化け物から引き抜き、足の痛みも気にすることなく
ゾロゾロと薄暗い通路から出てくる化け物に睨みをきかせる。
「そ・・そんなこといったって!」
貴美子が情けない声をあげる。マネージャーに駆け寄ろうとしたのを
智弘が止める。
「早く!今のうちに!!」
智弘は半ば強制的に貴美子の腕を取りドアまで走った。
「そ、それでいい。貴美子さんさえ無事なら・・」
踏ん切りがついたような表情を浮かべ、
角材を強く握り締め化け物に思いっきりぶつけるマネージャーだった。
血飛沫は壁、床、イロイロな場所にかかった。
化け物の咆哮がドアまで続いた。
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