kirekoの末路

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英雄百傑外伝スワト編ー2

2008年03月31日 21時27分35秒 | 『英雄百傑』設定

英雄百傑外伝 ―英傑達の休息―
第二夜『凶児と呼ばれた豪傑、戦火の凶兆に大義を示す』



 「…!」

 シュクラの死の後。
丁重にシュクラを葬ったスワトは、その死に際に言っていた書を取って見て驚いた。
凶児ということで、赤子の自分を捨てたのも同じと考えていた両親が残した、その筆跡には、スワトの大よその家計図と、代々受け継がれてきた、その役目が書いてあった。

スワトは知った。
己が成すべき役目と、己がこれから進むべき道を。

 およそ100年前。
時の宰相ゴーロギーン達の専横から皇帝を救った時の英雄ガムダにつき従う、歴戦の豪傑スオウの血を引くスワト一族に課された役目。それは、もし天下の乱れが見えたとき、どのような事があっても自ら立ち上がって、大儀の下に信帝国とその一族を助けるという大役であった。
 書の巻末には、義を重んじるスワト一族の系譜と、その誇るべき死に様が詳細に書いてあった。多勢に囲まれながらも諦めず、英雄に付き従って、武運拙く散って行った一族の者たちの末路の数々。
 忠義、役人でもない一平民の一族達が残した、その呆れるほど強い愛国心の現れは武人としてのスワトの心を打った。見ず知らぬの皇帝や民のため、信帝国の治世の平和のために戦い、死んでいった一族の名前を見て、スワトは目頭が熱くなるのを感じた。

 「おおお…!それがしが豪傑の系譜の末裔…!叔父上…お任せくだされ!それがしが、この国を平和にしてみせまする!」

 スワトは、思わず書を握りつぶすほど力強く腕を震わせた。
そしてスワトは、シュクラの残した家財を金に替えて、大陸にはびこる悪を退治しに旅に出た。

 今、信帝国に抗う全ての悪に対して、スワトは裸一貫、腕一つで立ち向かっていった。
役人も手こずる100人の山賊を相手を一晩で捕らえたり、河を根城に暴れまわる軍隊崩れの江賊団を小船一つで壊滅させたり、街の者に嫌がらせをする役人をこらしめたり、旅人や百姓を襲う盗賊たちを、その類まれなる腕力と身体能力の数々で次々と伸していった。
方々で噂される、その力を聞いて、役人や賊を問わず用心棒にと誘われたが、スワトはその全てを断った。彼の先祖、英雄に付き従ったスオウもそうであったように、あくまで平民として、人の成し得ぬ悪を退治する生活を送った。
 帝国という太陽の影に増え続ける賊退治の旅は、3年にも及んだ。


――――――――――

 そして、帝国暦201年、冬。
スワトは旅人や商人達から、天下にはびこり始めた頂天教という邪教の者たちの噂を聞き、事前にその事を知らせようと、南郡の太守へと直訴に向かった。血気盛んな彼は、今帝国内がどうなっているのかも知らず、後先の事も考えずに、ただ駆けた。

 スワトは、少ない情報を基に昼夜を問わず走り、大よそまともな武器も持たず、素手で南郡の治安の悪い都市を駆け抜けた。だが流石に各地の賊退治をしながら、武器も馬も無く走るのは、脅威の身体能力を持つスワトでも難しかった。

 その間に南郡は頂天教の魔の手が忍び寄り、言葉巧みに太守と結託した頂天教軍が、今や今かと帝国に叛旗を翻そうと居城を取り巻いていた。

 そんなことも知らずにスワトは駆け抜け、ついに南郡の太守の住む居城へと付いた。
そして、城から太守が出てくるのを見計らうため、城の近くの森へ住み着いた。一度、太守の居城の衛兵に掛け合ったが、まるで相手にされなかったため、太守が外へ出かけるのを見計らって、直談判をしようと思ったからである。

 三日三晩の後、待ちに待ったスワトに絶好の機会が訪れる。
硬く閉ざされた城門から、太守を乗せた馬車の一団が出るのが見えたのである。
木々の影から見えた馬車の一団を追って路上を走りながら、その一団に飛び込んだスワトは、両膝を大地につけて屈み、手を大きく広げて馬車を止めた。

 「頼もう!馬車をお止めくだされ!かかる無礼はご容赦くだされ!」
 「う、何だ貴様は!全車とまれー!」

 馬車の一団は、進路を遮るように入ってきたスワトを前に足を止めると、馬の手綱を握っていた鎧をつけた衛兵達が、いきなり鉄色に輝く剣を抜くと、およそ20人ほどの兵士がスワトを囲む。

 「その衣服、賊か!物乞いか!それとも人間の言葉を話す物の怪の類か!いずれにしても、太守様のお乗りになる馬車の一団を止めて、ただですむと思うなよ!」
 「なんと?!それがしが賊でござると申すか!」

 兵士が思うのも無理は無い。
三日三晩着込んで汚れた衣服を着けて、熊のような風体の大男のスワトを見れば、どう考えても賊に連なる不審者以外の何者でもなかった。ジリジリとスワトとの間合いをつめていく衛兵達の後ろ、最後列に止まった馬車からは、白と黄の二色に分かれた冠をかぶった南郡の太守の顔がチラチラと見え隠れし、何か何かと覗き込んでいた。
 スワトは、太守の顔と、囲う兵士達を見て一度平伏すると、こう言った。

 「それがしは信帝国への忠義を忘れぬ者!京東郡のスワトにござる!物の怪や賊の類などでは決してござらぬ!太守殿に良い情報を持ってまいったでござる!是非とも馬車をお降りになり、それがしの話をお聞きなされ!」
 「黙れ!太守様の馬車を止めて何をするかと思えば、貴様のような下賎の平民が良い情報だと!?そんなことに太守様が耳をお貸しになるはずが…」

スワトの顔の横で剣をちらつかせながら喋る兵士の後ろで、野太い声が聞こえる。

 「ほっほっほ、よいよい。この馬車の一団に一人で飛び込むとは余程の覚悟。それにその身なりは、どこぞで待っていた証ではないか。どれ、話を聞こう。スワトとやら」

兵士を割って入ってくる、小太りの太守の姿。
スワトは太守に、南郡に迫る頂天教軍の危機を伝えようと、自分なりの言葉で精一杯に説明した。街の噂程度の話から、行商人、旅人に教えてもらった話、役人から聞いた確たる情報筋、近年起こり始めた天変地異の類を利用して、即位したばかりの新帝を倒そうと目論む頂天教軍の事まで。

 「…という次第でござりまする…」

スワトは剣をちらつかせる兵士の横で、悠々と太守に語りかけた。

 「ううむむむむ…そ、そそ、それは、うむ…うむ…まことに、うむ。良い情報じゃ、うむ」

 しかし、話を聞いた太守の様子はおかしかった。
髪を縛り、冠をかぶった額からはダラダラと汗が流れ、顔は不思議とキツい程の苦味を走らせていた。一直線に見つめるスワトの真面目な視線を太守が感じれば感じるほど、その顔の苦味は増していった。

 「太守様、どうされました、その汗」
 「い、いやなんでもない。なんでもないのじゃ」

 剣をスワトの方に向けながら、いつもと違うおかしな態度と、太守の顔から流れる異常な量の汗を見て、さして暑くもない日だというのに何故?と思う周りの兵士達。太守は焦っていた。

 そう、なぜならこの時すでに太守は、頂天教軍と密約を交わし、帝国に叛旗を翻す事を心に決めていたからだ。今日もその算段をしようと、郊外の砦へと出かける途中であった。
 だが、警備をする兵士達はその時、太守の思惑を知らされていなかった。忠義に厚い信帝国の兵士ならば、謀反と知れば例え太守であろうと、帝国への反逆の罪で殺さねばならなかった。そうしなければ今度は法律によって自分達まで殺されてしまうからだ。

 太守は、兵士達の顔色を伺いつつ、スワトにこう言った。

 「の、のうスワトとやら。頂天教というのは聞いた事はないが。そなたが言うように、まさか帝国に弓引くような者ではあるまい。わしは決して彼らを庇うわけではないが、その、なんだ。不確定な知らせにわしが動くというのも、のう…」
 「何を申すでござるか!遅くなってから動いても駄目でござる!」
 「し、しかしのう。わしも帝国の一郡を預かる太守の身じゃ。攻められ、降伏し、その外的やらに懐柔されることもあるまい。そ、そうじゃ。急いて今すぐ滅ぼさずとも、危ないと判れば、その内に帝が軍をお使いになろう。なにより我が郡の兵とて、もとはと言えば帝の兵。易々とは動かせぬぞ」
 「何を仰られるか太守殿!それがしは国を思う一存で言ってるでござる!死をいとわぬ烈士を前にしてそのような態度!無礼ではありませぬか!そのように日和見では…ま、まさか太守殿は、もうすでに頂天教軍に丸め込まれておるのではござるまいな!」

スワトの言葉に一瞬ビクッと震える太守。
にこやかに見せていた不自然な笑顔は、一瞬崩れて焦りの表情に変わった。

 「ま!まっまま、まあまあ待たれい。そのように大声で言うでない…兵士に聞こえてしまうじゃろうが。そ、そうじゃこれをやろう」

太守は着物の懐に手を伸ばすと、その手に麻袋のような何かを握って、スワトの目の前に差し出した。

 「なんでござるか、これは」
 「ほっほっほ、ほれ、どうじゃ。金じゃぞ。見れば長旅の様子ではないか。これで美味い物でも食って英気を養われよ。だから今日ここであった事は黙っておいてくれ。ワシも何かと噂を立てられるのは嫌だからのう。さっ、ささっ、忘れよ忘れよ。そして受け取られよ」
 「…ッ!?」
 「ほれほれ遠慮するな。そなたとて嫌いではあるまい?ほれ金じゃ。金じゃ。金は天下の回り物。ここでもらっておいて損は無いぞ。それにこれは賄賂ではない。お主の情報をわしが買ったのじゃ。成功報酬じゃ。気にするでない」
 「…太守!」
 「よいよい。わしは心が広い。それにその金も平民を襲う賊から巻き上げたものじゃ。帝の金ではない。わしの金じゃ」
 「ぐぬ…!!!!」

 余りの無礼さにスワトは頭の先からつま先まで怒りに怒った。ズイズイとスワトの前に大量の金の入った麻袋を差し出して、ついにはポイと大地に投げ捨てる太守。手元から落ちた瞬間、ジャラジャラと金貨の当たる猥雑な音がスワトの耳を通っていく。スワトは、金の音と太守の態度に震え始めた全身を押さえることが出来なかった。

 沸々と怒るスワトに対して、いそいそとその場から逃げるように太守は兵士達を下がらせて馬車に騎乗させると、ただその場に平伏するスワトをチラチラと眼で確認しながら、小さく呟いた。

 「馬鹿めが。政治を知らぬ田舎者め。何が忠義じゃ。何が烈士じゃ。信帝国はもう終わりじゃ。わしの野望が、ああいう忠義ぶった奴に邪魔されるのは、実に迷惑なものじゃのう」

太守の放った言葉がスワトの耳に聞こえる瞬間。

ブンッ!!

 「ぎやあああああ!」

スワトは平伏した態勢から一気に詰め寄り、太守の頬と腹に強烈な拳の一撃を放ったのだ!
 賊退治に鍛えられた拳は、唸るような音をたてて空を裂き、小太りの太守の体を虚空に踊らす。放物線を描くように飛ぶ太守の体は、血が飛び、骨は折れ、壊れかけた人形のように大地へと落ちていった。

 「ああ、太守様!」
 「なんてことをするんだこの獣め!」
 「おのれ!全員で奴をひっとらえろ!」

再び馬車を降りてきた兵士達に取り囲まれて、スワトは無抵抗にその場に跪くと、兵士たちの藁を油に浸して出来た丈夫な縄を首や胸、足に巻かれ、巨大なスワトの体の顔以外の部分は、何重もの太い縄で縛り上げられた。

 「ひ、ひぃひぃ。いでで、いだいいだい!」
 「太守様!大丈夫でございますか!」

太守は激痛に声をあげたが、すでに殴られた頬の部分は皮が破け、血が噴出し、唇は痛みに震えて、とても喋れる状況ではなかった。兵士を纏める兵士長は、太守の容態の余りの悪さに動転し、半数の兵士と供に太守を馬車に乗せると、城へと向かわせた。そして、太守を殴ったスワトに対して、剣をちらつかせながらこう言った。

 「ええい、こやつめ!なぜあのように太守様を殴った!」

縄に縛られながら顔だけ出ていたスワトは、兵士長の質問に大声で答えた。

 「あの太守には三つの罪がある!」
 「なんだと!」

 「今、天下が賊のために乱れようとしているときに、あの者はそれがしの言葉も聞かず!そればかりか口封じのために麻袋に金を包んで賄賂をよこしたでござる!武家の自尊に対して余りにも無礼ではないか!」
 「む…」

 「もう一つ!あの者は平民を襲う賊から奪った金だから賄賂ではないなどと言ったでござるが!元を正せば汗水を流した平民の金!平民の金を太守が巻き上げたのも同じこと!それで私腹を肥やすなど言語道断ではないか!」
 「た、たしかに」

 「そして最後の一つ!あの者は最後に忠義と信帝国を蔑んだ!帝国の禄を食みながら、そのように恩義を忘れたような態度!帝国に組せず、ただ大義のために動く平民のそれがしが一番許せぬのは、受けた恩義を仇で返すような、あの者の腐った心でござる!」
 「む、む。なんという忠義の心じゃ」

 兵士長は帝国に対する愛国心と忠義溢れるスワトの言葉の数々を聞いて、段々太守のほうが悪いように感じてきてしまった。今は兵士をやっている彼も平民出で、元々は賊に襲われる百姓の生まれであった。だからこそスワトの言葉が身近に感じられたのかもしれない。

 「さあ斬られよ!それがしは義に生きる者!不義に生きるぐらいなら死を選ぶぞ!」

 兵士長は迷った。
愛国心満ち溢れるこの者を今すぐ処刑する事も出来た。だが、帝国に仕えて幾数年。近年まれに見るこの忠義の者を殺すには忍びない人物でもあると感じていた。そして兵士長は考えると、他の兵士に向かってスワトを馬車の荷台に乗せさせ、こう言った。

 「この者は罪を犯したが、太守も喋れず、我々が罪を裁くのも難しい。よって、こやつは京東郡の出身だと言うのだから、罪は京東で裁かれるのがよろしい!太守には後で知らせをしておく。我らは早速、京東に向けて出発するのじゃ!」
 「ははーっ!」

荷台に乗せられたスワトは、ちらりと見える兵士長の穏やかな顔を見て、叫ぶようにこう言った。

 「兵士長殿!命を救ってもらったこの恩義、それがしスワト、一生忘れませぬぞ!それがしの恩義をもって、いつかお返しするでござる!」
 「黙れ大罪人が!忠義は忠義!罪は罪じゃ!お前のような罪人に、信帝国の兵である、わしが恩義など与えるものか!黙って牢に行くがよろしい!」

そう言う兵士長の表情は、罪人を憎む怒りに満ちたようで、どこか誇らしげであった。
スワトに投げかけられた兵士長の口ぶりは、まるで彼を育ててくれた亡き叔父シュクラの臨終の言葉にも似ているようにスワトには感じられた。

 こうしてスワトは、大義の言葉に呼応した愛国心に溢れる兵士長のおかげで殺される事も無く、馬車の一団に連れられながら京東の牢に向かった。

――――――――

 五日の後、牢に入れられたスワトは、汚く冷たい獄中に入れられると、一心不乱に眼をとじて瞑想し、沙汰を待ちながら硬い石畳の上で、何ヶ月も居座った。その間に体力が衰えぬように、牢の石壁を相手に体を動かしながら、スワトは脱獄の機会を狙っていた。

 そんなある日、牢番たちの世間話を聞いたスワトは、その内容に思わず愕然とした。
南郡の数郡が結託し、大きな勢力を築き、頂天教軍教祖アカシラの下、その後ろ盾となって帝国に叛旗を翻した事。そしてその中で数百の郡兵を纏め上げて、立派に戦った兵士長が武運拙く殺された事を。

 スワトは、寒さも明けた牢の外の夜の星空を見て一言呟いた。

 「まだ死ねぬ。あの兵士長の恩義に答えるために。そして叔父上に言われたように、それがしは強く生きねばならぬ。この世に信帝国に逆らう悪がある限り、大義と忠義をもってして、この力を帝へ捧げるのだ!」


信帝国暦202年春。
今ここに凶児と呼ばれた希代の豪傑が、恩義を受けた者たちの忠義と大義を背負い、信帝国にかかる巨大な暗雲を前に、時を待ち、静かに立ち上がろうとしていた。
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英雄百傑外伝スワト編-1

2008年03月31日 21時25分54秒 | 『英雄百傑』設定

英雄百傑外伝 ―英傑達の休息―
第二夜『凶児と呼ばれた豪傑、戦火の凶兆に大義を示す』


 信帝国暦181年。
関州は京東郡、文興(ブンコウ)の街。

 「オギャーオギャーッ!」

 雲の陰りのない明けた青空の中、瓦葺きの小屋の中で、絹を裂くような女の一声と供に、一人の赤子が大きな産声をあげる。日輪を透くような小麦の色肌を持つ男の子、その赤子の名はスワト。
 後に監獄破り、賊兵3百人斬りなどを行い、天下希代の豪傑と言われるまでになる信帝国官軍ミレム軍の中核を成す人物である。

 「これは…奇児じゃあ!人に在らざる異形じゃ!」

 赤子を取り出した途端、思わず仰天して転びそうになる産婆。
両親が産婆の声に驚いて自分達の赤子を見ると、そこには異形の赤子が居た。生まれたばかりの赤子は普通の赤子と違い、人間の腹から出てきたとは思えないほど手足が異常に長く発達し、体の肉付きも赤子の物とは思えないほど肥大だった。
 特に驚くべき点は、後頭部が大人の物のように大きく育ち、すでに頭髪が生え揃いつつあったことだ。

 「な、なんという奇児じゃ!ご両親、この赤子は凶児(きょうじ)じゃ!今の内に捨てるか、殺したほうが良い!そうしなければ後に災いをお二人に投げかけましょう!」

 老婆はズッシリと重い感覚を腕に感じながら産声をあげ続ける赤子を抱え、両親の前に突き出した。赤子の両親は凶児という言葉に驚いた。
 スワトは、いわゆる赤子の中でも特に成長の早い特殊な過熟児の類であった。
だが太古の昔、この信帝国の治める時代では、こういう体つきが普通ではない赤子を、後々に両親に受けた恩を仇で返し、様々な災いを振り掛けると言う『凶児』と呼び、たとえ無事に生まれたとしても、その場で殺害されたり、人目の付かない場所に置き去りにされる習慣があり、法治国家であるはずの信帝国にも『帰して災いをもたらす凶児、生かすべからず』という法令があるほどだった。

 産婆の出て行った後、両親は話し合った。
最初は両親も、凶児という言葉に生まれたばかりの我が子を殺害する意思を固めていた。
しかし、竹細工のゆりかごの中で、穏やかな風に包まれながらスヤスヤと眠る赤子の寝顔が決心を鈍らせた。たとえ凶児と言われても、腹を痛め、身を削って生まれた実の子。決して裕福ではない家計ではあったが、普通の子どもであれば満足に育てる事も、その成長を見守ることも出来た。両親は互いに悩んだ。

 そして、凶児と呼ばれた赤子の処置に悩みぬいた三日三晩の後。
両親は殺すのは忍びないと、近くにある小高い山地、人目につかない我牛山(ガギュウサン)に住む、子どもの居ない叔父に預ける事にした。両親はその日の内に、竹細工のゆりかごに一枚の書を挟み、山を登って赤子を叔父シュクラの家へと預けた。

――――――――――――――

 時は経ち、スワトはシュクラの家に迎えられて4年目を迎えた。

 「わーい!わーい!高い!高い!」
 「これスワト!そのように屋根の上をドタドタと走って、この家を壊すつもりか!静かにせんか、この阿呆め!」
 「あっはははー!」

 スワトは、3歳児とは思えぬほどの巨体に成長していた。
すでに身長は4尺(130cm強)を数え、その体の節々には、すでに子どもの柔らかな肌は存在せず、硬くしなやかな大人の筋肉が付き始めていた。

 「むう…」

 育て親であるシュクラは困った。
長い山暮らしで、妻も子も居ないという寂しさを紛らわすために凶児を預かったのはいいが、実際に育ててみると、なかなか厄介な代物だったからだ。
 まず朝晩の飯は、麦や米などを人の三倍食べる。食べる量に並行して成長も人の三倍。となれば、すぐに着るものが小さくなり、3ヶ月に一つ新しい着物をこしらえてやらねばならないほどだった。シュクラの家は酒造を営んでいたが、それほど裕福では無かったため、金銭面での負担は厳しいものがあった。
 それに加えて好奇心旺盛な子どもの心を持つスワトの力は大人顔負け。
家の支柱に掴まってぶらさがれば支柱が折れかかり、家を走れば廊下がミシミシと悲鳴をあげ、屋根に上れば梁がギシギシと震える。シュクラは、いつ自分の家が、この凶児に壊されてしまうのではないかと気が気ではなかった。

 「そうじゃ。凶児をただ生かすのは勿体無い。あれだけの力を持つ子じゃ。わしの手伝いをさせてみよう。だが、ただでは納得せまい。どれ昔取った杵柄じゃ、あの方法でいくか」

 シュクラは一計を案じた。
シュクラは今でこそ山暮らしに身をやつしているが、元は地方役人を取り仕切る長であり、武家の習いなどに詳しく、頭が良くまわる人物であった。この時、シュクラの案じた一計とは、武家の習いにかこつけて、スワトを自分の手足として、こき使おうという寸法であった。

 その日の夕方、シュクラはスワトを呼びだすと、横長の木製の机に一巻の書を広げて、会話を始めた。

 「スワト。そこへ座るのじゃ」
 「はい」
 「黙っていたが、お前の先祖は武門の家系じゃ」
 「ぶ、ぶもん?武門とはなんですか」
 「武門というのは、この大陸を占める信帝国に仕える武士の一族の事じゃ。帝(みかど)をお守りし、この国の平和を守る、帝国が家だとすれば、言わばそこに住む番犬のようなものじゃ」
 「信帝国?帝…?」
 「やはり、今のお前には難しかったか。じゃあ難しい事は辞めじゃ。痩せても枯れてもお前は武士だということを言いたかった」
 「?」
 「武士には武士の習いがある。日ごろから腕白なお前が成長して、武家の一員となった時、恥ずかしい思いをせぬように、今から武士の節義というものを教えてやろう。良いな、この書を毎朝毎晩読み返し、武士の習いを心に刻み込むのだ」
 「は、はい」

 不思議がるスワトを前に、シュクラは一巻の書の文字を最初から最後まで読んでいった。
中に書いてあったのは、武士としての気構え、礼節、作法、自尊、帝への忠義など、およそ三百に及ぶ訓示と回訓が書いてあった。まだ幼いスワトは、シュクラの言っていることが理解できるはずもなく、ただ退屈そうに言葉を聞いていた。

 そしてシュクラが全てを読み終わる頃には、あたりは夜になっていた。
シュクラのお経のような言葉の連続に、スワトはすっかり眠くなり、こくりこくりと目蓋と首を、下へ下へと落としていた。

 「こらスワト!ちゃんと聞いておったのか!」
 「わわわ!すいません!」

 シュクラの突然の怒声に驚くスワト。
スワトは何もわからないまま、反射的にその場所で両手をついて平伏した。

 「出来ておるではないか。うむ。それでよい」
 「え?」
 「非礼の詫びは礼によって行う。形は悪いが、それは土下座という最上の謝り方じゃ。お前は武家として、まず礼儀を学ばねばならん」
 「は、はい」
 「まずワシのことは叔父上と呼べ。そして口調も丁寧に武家の言葉に直せ。次は恩義じゃ」
 「お、恩義?」
 「誰かに親切にしてもらったことを恩義というのじゃ。それはいつか親切で返さねばならん。だからお前は恩義をわしに返さねばならん」
 「どういうことですか?」
 「お前の両親に代わってお前を育てているのだ。その受けた恩義は恩義で返さねばならんのだ」
 「叔父上に恩義を返す・・・?自分は何をすればよいのでしょうか…」
 「お前は明日から、わしの指示する雑用の全てをやるのじゃ。辛く苦しくても、それは今まで与えた恩義への恩義返し。決して不平不満を口にしてはならぬ。なぜならお前は武門の生まれ。守らねばならぬことは、どのようなことがあっても守らねばならぬのじゃ。強くなるのじゃ、お前は。武家の一人として」

叔父シュクラの言葉に、スワトは再び平伏して答えた。

 「ははっ。おまかせくだされ!」

こうしてシュクラの思惑通り、次の日からスワトの過酷な雑務の時間が始まった。


――――――――――――――


 「わっはっはっ!どんなもんじゃーいっ!それっ!次だ!」

 我牛山(ガギュウサン)に住む叔父、酒造を営むシュクラの家に預けられてから12年後。
スワトは若干12歳にして、もう大人と見間違えるような体格になっていた。
切り株の上で、重い鉄製の斧を軽々と振り下ろして、膨大な量の薪を割るスワト。長い山暮らしの中で友人は殆ど居なかったが、根が明るく豪胆な性格のスワトは、そんなことを気にも留めなかった。

 「スワト、今日も精が出るのう」
 「はっはっは!叔父上には、育ててもらった恩がござりまするからな!このくらいのこと朝飯前でござるよ!これが終わったら、それがしは野ウサギでも捕まえて参りましょう。今日は叔父上の好きなウサギ鍋でも作るでござるよ」
 「そうか、それは良い。うむ。お前も立派な男になったのう」
 「わっはっは!なあに、叔父上の教えを守っているだけのこと!受けた恩義は恩義を以って返す!それだけの事でござるよ」

 酒造に使う大きな木製の研ぎ棒を持ちながら、斧を振り下ろし薪を割り、汗を流すスワトを笑顔で見つめる初老を迎えたシュクラ。

「ふふふ。あの凶児がのう…。いや、凶児などではなかったのかもしれないのう。むしろ、今思えば、あれは天の落とし子かもしれん。そう、麒麟児じゃ。あのように子どもとは思えぬ精悍な顔立ちに、真面目で、らしからぬ怪力の数々。老いたわしには、勿体無いほどじゃて」

 シュクラは、顎に蓄えた白ヒゲを指で触りながら、感慨深そうにウンウンと頷いた。そして一生懸命に薪を割り続けるスワトを見ながら酒造りへと戻っていった。

 今でこそ温厚になった老シュクラではあったが、武家の手習いを教えた日からのスワトへの扱いは酷いものであった。大小すべからく面倒を押し付け、泣いてわめいても強制的に働かせて、家を逃げ出すまで扱き使う。毎日休む間もなく長時間に渡って、子どもだろうと辛く苦しい下働きをやらせて、他人の子だからと思って邪険に扱った。

 だが、スワトはそれに対して、文句一つ言わなかった。
むしろ喜んで下働きをやっていた。スワトは誇り高き武家の一員として、両親の変わりに育ててくれているという叔父シュクラの恩義を恩義で返そうと、歯を食いしばって頑張っていた。

 熊の様に粗暴そうな見た目と違い、義に厚い孝行者で、率先して叔父シュクラの酒造の仕事を手伝い、ワガママの一つも言いたいだろうとシュクラが思う時も、スワトは一切不平不満を口にしなかった。ただ生かしてもらっているという恩義に対して、付き従うように真面目で一本気な気風は、子どもの居ない叔父シュクラを大いに喜ばせた。

 献身的とも思えるスワトとの生活は、次第に老シュクラの父性を目覚めさせていった。その内にシュクラは、スワトに対して『叔父と甥』という関係以上の特別な感情を抱いていた。長い間山に篭り、独り身であった孤独な生活は今、長い人生の中で喜ぶべき至高のものへと変わっていったのだ。

 「さあて、そろそろ良いでござるかな。わっはっは、それにしても今日は気持ちが良いほど天気でござるなぁ!山の生き物も、さぞ元気でござろう!」

 スワトは薪を縛り上げると、道具を持って山へと駆けた。
葉が色づき始めた秋の山道は、落ちた木の実を求めて歩く動物も多く、木々の隙間から流れ込む、肌をくすぐる風は、労働に汗を流したスワトの火照った体を冷やし爽快にさせた。山道を駆ける足を速めれば、落ちた枯れ葉布団がズムッズムッと沈む小気味の良い音と供に、肩口から流れるような強い風がなびく。澄んだ山の空気を吸いながら風を受けて走る。スワトは、この瞬間が何より好きだった。

 「おい!待て!そこのウサギ!それがしのために今晩のおかずになるでござるよ!わっはっは、逃げるか!だが鬼ごっこで、それがしは負けんぞ!そのように素早しっこく逃げるても無駄でござる!おとなしくせい!わははははっ!」

山を駆け回るスワトの顔は、同世代の少年のように笑顔に満ち溢れていた。

 長い山暮らしで過ぎてゆく、穏やかな毎日が心から楽しかった。
ある時は燃料の薪を割り、ある時は年老いた叔父の身の回りの世話をし、またある時には山を一日中駆けまわって遊びながら食材を探した。記憶の中にぼんやりと浮かぶ、顔も見たことのない両親の事など忘れて。ただ一人と思う、肉親である叔父シュクラとの充実した毎日を送っていた。


――――――――――――――――

 ある頃になると、スワトはシュクラから算術と文字を教わり、老シュクラに連れられて山を降り、酒を問屋に卸すために山から何度も街に出るようになった。

ガヤガヤ…ザワザワ…

 山とは違う文化の匂い、その目新しい物の数々にスワトは興奮を覚えた。
そして何度も登山と下山を繰り返すたびに、様々な人と出会った。
汗水たらして農産物を運ぶ百姓、杖をつきながら行商を続ける旅人、鎧をつけて剣を携え見回りをする役人、町人の生計をたてながら物を売る商人、キャッキャッと笑う子ども達、その子ども達の面倒を見る大人。親子という関係の薄いスワトには、理解しがたい光景であった。だが、スワトの心に一番に残ったのは、はにかみながら高い声で笑い街を歩く、同じくらいの年頃の娘達であった。

 「お、叔父上、それがし何か胸が苦しいでござる」
 「何?熱でもあるのか。丈夫なお前が珍しい。何か悪いものでも食べたか」
 「い、いえ。なんというか。あの。街の娘達のことを思い出すと、なんとなく胸が、こう。締め付けられるように苦しくなるでござる。これは病気でござろうか?」

顔を真っ赤にして苦しそうなスワトの発言に、シュクラは白い眉をなぞりながら、こぼれる笑みを隠そうとして照れくさそうに、こう答えた。

 「そうかスワト。それは大変な病気にかかったな」
 「な、なんですと!叔父上!本当の事でござりましょうか!」
 「そうじゃのう。その病は命に別状はないが、惜しい事に不治の病じゃ」
 「おおお…なんということでござろうか…それがしが…」
 「大丈夫じゃ。わしも若い頃は、良くその病にかかったもの。生きとし生ける者ならば誰でもかかる病じゃ。病名は恋というらしいぞ。なかなか直らぬ事で有名な病じゃ」
 「こ、恋!むむむ…恐ろしい病気にかかってしまいました…」
 「わっはっは。そう落ち込むこともなかろうスワト」
 「し、しかして叔父上は、どのようにしてこの病気を治したのでござるか?それがしは毎晩、この締め付けと戦っておりますが、まるで直る見込みがありませぬ…娘達がこちらを見て笑うだけで、それがしの喉からは生唾が絶えず、頭がカーッとして、クラクラしまする。何か直すコツのようなものがあるでござろうか…」
 
 「ぶわっはっはっはっ!」

スワトの真面目すぎる言葉の数々に、老シュクラは大きなスワトの頭に手をポンポンと数度置いて、腹の底から笑った。

 「良いのじゃ。それで良いのじゃスワト。そうでなければ男でない。お主も大人になったのう。そうじゃ。わしも老いたので疲れるから。今度から週に一度の街に行っての酒の売買はお前がやれ。わしの手を離れ、他の者と触れ合って色々と学ぶのじゃ。今日は祝いじゃ。お主が大人になった祝いじゃ」

 その日から、スワトは街へ一人で出かける事が多くなった。
山暮らしの中では味わえなかった、叔父以外の人間との会話は、スワトの好奇心を誘った。だが相変わらず娘子との会話には、胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

スワトが15になる頃には、街で評判の者になっていた。
 時には賊に怯えるお得意様の商家へ用心棒を買って出たり、時には山に入って行き倒れた行商人を助け、時には虎や熊に襲われそうになった旅人を救った。叔父シュクラとの生活で教えてもらった『義』と『仁愛』の心は、彼を色々な意味で成長させた。義に厚く、困っている人を見ると助けずには居られない彼の性格は、街の人に歓迎された。


――――――――――――――


 雄々しく腕白に成長するスワトと供に、年月はゆっくりと重ねられていった。

だが、天命というのは、時に残酷に、時に無碍に思えるほど、人の命を脆くも奪うものである。スワトが17歳になる頃、ついに叔父シュクラは二度と直らぬ重い病にかかった。

 「スワトよ。わしはもう駄目じゃ。見よ、もう伏せた床(とこ)から動くのも適わぬ…」
 「何を言うでござるか!叔父上!気弱になってはいかんでござる!」
 「もう良い。死は誰にでもある。たとえわしが、どんなにお前と居たいと思っても、それは逃れられぬ。天命なのじゃ。最初は煩わしくも思えた、お前との18年間、実に楽しかったぞ…」
 「叔父上!!」

スワトの瞳から、一筋、二筋と、あふれ出す涙の行列。
シュクラは、閉じ行く目に薄らと見えたスワトの涙を見ながら、強くスワトにこう言った。

 「泣くなスワト。男たるもの人前で簡単に泣くものではない。なに。わしの死は、お前を成長させる、切欠(きっかけ)のようなもの。お前は十分にわしに尽した。わしの死を乗り越えて、体だけではなく心も強くなれスワト。強く。そして天下に正しい事を成し、お前の中の仁愛と義を信じて、雄々しくなれ。お前に十分な施しも出来なかったわしだが、この言葉、わしの最後の言葉として、どうか聞いておくれ…」
 「叔父上!スワトこの心に刻みました!ですから死なないでくだされ!」
 「馬鹿者。そのように女々しく泣いては、わしの死の意味が薄くなろう。耐えよ。お前のように雄々しき者が泣いては、わしも浮かばれぬ…」
 「ぐぐ…」

スワトは、眼をとじて喋るシュクラの言葉に従って、顔面に力を入れて涙を我慢した。
だが我慢できなかった。出来るはずがない。17年間、顔も知らぬ両親に代わって付き従ってきた、ただ一人の肉親。早とちりや失敗で罵倒されることもあったが、互いに助け合って親子以上の絆を築きあげた、目の前に横たわる小さな老人との別れ。

 「叔父上ぇ!それがしは男でござりますればッ!泣いてなどおりませぬッ!泣いてなどおりませぬゆえッ!安心してくだされ…!」
 「そうか…。それでよいのじゃ…」

言葉とは裏腹に、我慢すれど、我慢すれど、スワトの目は涙を流さずには居られなかった。
溢れる水滴が床にポツポツと落ちる音を出さないために、自分の両手で涙を受け止めながら、必死にシュクラの安らかな死を看取ろうとした。

 「スワトよ…。わしが死んだら机の書を読むのじゃ…。必ず読め…。そこに、おぬしの生きる道が書いてあろう…」
 「ははっ…」
 「…スワトよ。最後に頼みがある…」
 「ははっ…」

シュクラは言った。

 「…わ、わしを叔父ではなく、父と呼んでくれないか…」

シュクラの震える最後の声に、顔面に広がる涙の海を拭い去って、スワトは涙に濡れた手で叔父の手を握り、強く、大きな声で、家屋に響く叫びに似た声をあげた。

 「ち…父上ぇ。父上ぇぇぇっ…!!」

薄れ行く意識の中で、スワトの声と、ヌルリと涙に濡れた手に握られた感覚を覚えたシュクラは、どこか安堵に満ちた声でスワトに最後の声を投げかけた。

 「…ふ、ふふ。我慢したなど…最後の最後に嘘をついたな。だが優しい嘘じゃ…。その心を忘れるな…。ふ…ふふ…本当に楽しかったぞ。…子の居ないわしが、お前のような者に会えて本当に…よかっ……」

スッ…

 「叔父上ぇぇぇぇーーーーーッ!!!」

 春の終わりと夏の息吹が織り交ざる風が吹く中、シュクラは息を引き取った。
最後の安堵に満ちた表情は、成長した我が子を見る父のように誇らしくあり、また実に満足気なものであった。
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英雄百傑外伝キレイ編-3

2008年02月23日 23時31分29秒 | 『英雄百傑』設定
英雄百傑外伝 ―英傑達の休息―
第一夜『野望の恐将、龍となり天下を望む』


 キレイは秋の残り香の風が吹く中、城中を真っ直ぐに駆けた。
自分を待つ母の下へ。暖かく、優しく、自分を理解をしてくれる母の待つ場所へ。
庵での苦行の二年間、幼心の心中はもっと言葉を交わすべき友人を、くつわを並べて夢を語る仲間を作りたかった。だがキレイは出来なかった。その余りある才能と、若さゆえの傲慢さが彼に孤独を味わせた。余りに辛い苦行に逃げたい時もあった。誰も居ない星空の夜に声を殺して泣く事もあった。兵書を読みながら灯火に揺らぐ影を見て、何度母の顔を思い出したことだろう。歩みを速め、石の廊下に音を立てて歩く彼の心は、孤独に耐え達観し強く生きてきた二年間の強い縛めを解き、いつの間にか泣き虫と言われたあの日の夜のように、童心に返っていた。

「母上!母上っ!キレイ、ただいまこのように無事に戻りました!母上!」

 キレイは笑っていた、整った顔が崩れるような満面の笑みで。…庵での苦行の間、目一つ、眉一つ動かさず、決して感情的に物を言うことのなかった少年が、母の部屋で母の姿を必死に追いながら、周囲に聞こえる恥ずかしさなどとうに忘れ、声を大きくした。若干十二歳の小さな、小さな少年の心は、郷愁と安堵に沸き立つその心の迸(ほとばし)りを抑えきれなかったのだ。

「ふうむ、これだけ城を探しても母上がおられぬとは。…それに母上の部屋のこの雑然とした様はどういうことだ?」
「兄上ぇ……」
「うっ、そのように暗い顔を浮かべてどうしたのだキイ?」
「母上は……」

いつの間にかキイは兄の後ろに下を向いて立っていた。目を泳がせ落ち着かず、体を震わせながら、キイは何度も唇に強く指を這わせて喋ろうとした。キレイは、何か喋ろうと必死になる弟の姿を見ると、察したように弟に向けてこう言った。

「はっはっは、そうか思い出したぞ、お前の癖を。そのように指を唇に這わせて震える癖。そういう時は決まって何か隠し事をしているのをな。長い間が経っているとはいえ、この兄がその癖を忘れるとでも思っていたか?」
「い、いえ…違うのです兄上!母上は…」
「ははん、さては母上め。この私を驚かせようと城の何処かに隠れているのだな。私が帰ってくるのを知って、このように慌てて部屋を片付けさせて、我が子の喜び勇む顔をどこかで見て笑っていらっしゃるのだな。母上も素直でないお方だ。それならば私も本気になって探すしかあるまい!」
「兄上!違うのです兄上ぇ…!」

キイの叫ぶ声は、勇み足で城の探索を始める兄には届かなかった。

――――――

 辺りはすっかり夜になっていた。夜空には反り返った三日月や、輝く星たちが煌く光を放ち、静まり返った夜の街には少し吹き始めた寒い風と、蟋蟀(こおろぎ)の鳴く声が聞こえていた。

「月夜の晩に虫の声と寒い風…このように伸び伸びと聞けるのは何年ぶりだろうな。おっと、いかんいかん。情緒に浸っている場合ではなかった。しかし、いったい母上は何処へ行ってしまったのだ。私がこれほど探しても見つからないとは、なかなか隠れる才能が御ありだ。もしかしたら城に帰っているのかもしれん。一度戻るか!」

呟きながら、キレイは再び勇み足で城へと帰っていった。
衛兵に城の門を開かせ、官庁である御殿をかけると、自分の部屋へと向かった。そして、いそいそと夕食(ゆうげ)を済ませると、また母の姿を探しに母の部屋へ行った。しかし、そこへ待っていたのはいつものように酒を飲む父キレツと、泣きはらしたように目を赤くして下をうつむく弟のキイであった。

「おうキレイ。…やはりここへ来たか。何も言わずこっちへ来い」
「兄上ぇ、兄上…グスッ…」

父キレツの顔は驚くほど紅潮しており、自棄(やけ)酒を食らうように、何度も杯を口に運び、その目はうな垂れ、とても機嫌が悪そうだった。まさか帰ってきて早々、母を捜して城や街中を彷徨っていたことを咎められるのかと思ったキレイは、怒られては母に慰められていた昔の自分を思い出し、強く緊張した面持ちでキレツの前へと歩いた。

「父上、何でございましょうか?」
「すまぬキレイ…お前に謝らなければならないことがある」
「えっ!?」

緊張は一瞬にして解かれた。過去、何度も逆鱗に触れて味わったあの怒涛の癇癪の嵐、一度怒れば誰もが手をつけられない程になる父キレツが、紅潮した顔で自分に謝ったのだ。キレツは手元にある空の杯に酒を注いでこう言った。

「お前の母は…母は死んだのだ。お前が庵へ旅立って間もなくして重病の発作が起こり、どんな大病も治せるという希代の名医が隣郡におってな。馬車を走らせて向かったが…。その途中…その辺を根城にする賊に馬車を襲われて、無残に死んだのだ」

キレイは言葉を疑った。

「は、はっは…。父上!いくら父上とはいえ冗談にも程がありますぞ!!」
「…キレイ…信じたくないのは分かるが本当なのだ、本当のことなのだ」
「父上ッ!!」
「わしも最初は信じられなかった。領外とはいえ…賊に襲われるなど…!」
「う、嘘だ!信じぬ!信じぬぞ!父上は嘘をもうしているのだ!」
「気をしっかり持てキレイ!お前の母、我が妻の死を認めるのだ…!」
「いやだ、いやだ…いやだ…ッ!母上ッ!何処におられるのですか!母上ぇ!」
「キレイ!聞き分けの無い子だ!いつまでもそのように女々しくして…」
「いやだ!いやだーーーーーーーーーーーッ!!!」

 キレイは父の言葉が聞こえなかった。いや、聞こえないようにしたかったのだ。声を荒げ泣き叫び、壷や屏風に手や足を伸ばし乱暴に当り散らす。そうする事で耳に入る父の非情な声を…音を…ただ塞ぎたかった。内心勘付き始めた、その事実を認めたくなかった。庵に入り才能を伸ばしながら孤独に耐え抜き、まだ未発達なキレイの幼心には余りにも辛い現実であった。

 キレイは泣いた。悲しみにうち震える本物の涙を流して。強く生きねばならぬと父に諭されながらも、余りにも身近すぎる人の命の儚さに泣いた。父キレツは目を瞑り酒を煽り、弟キイは再び泣きはらした顔に浮かぶ涙を浮かべながら、ただ黙って感情を荒げるキレイのその姿を眺めることしか出来なかった。

「死しても業の深い女よ…このように我が子らを泣きぬらすとは…」

キレツは目を瞑り、酒を煽りながら月夜に向けて呟いた。

――――――

 泣き疲れてキレイは、キイに負ぶさる様にとぼとぼと寝所へ向かっていた。
悲しみに暮れる兄を見てキイは、ふと肩にかかる兄の体の重みを感じていた。数年来会っていなかった兄のあのスラリとした肢体は、ゴワゴワと硬い筋肉で覆われ、張るような胸、骨太な腕や足、見違えるほど逞(たくま)しくなったその兄の体は、キイの思い出の中の彼と、まったく違っていた。

「兄上がこれほど強くなるためには…さぞ辛い苦行を耐えたのでしょうな…」
「母…上…ぇ…母…上ぇ…」
「ささ兄上、寝所に付きました。今日はどうかゆっくりお休みください」

ドサッと重い音で倒れ、ただただ泣き崩れていくキレイの背中を見て、気を使ってキイは戸をゆっくり閉めると寝所を後にしようとした。しかし戸を閉める音を聞いて、キレイはとっさに静かな泣き声をあげた。

「…ま…待て…キイ!待ってくれ…キイ!」
「どうしました兄上…?」
「寂しい…一人は寂しい…。頼む…今日一晩でいい…!一緒に居てくれ…なっ?」
「…」
「キイ…私に残された家族は父上とお前だけ…孤独は恐い。恐いのだキイ」
「兄上…」

 キイは閉めた戸を開けると、黙ってキレイの寝所の近くにいった。暗い寝所にある四つの燈台に灯火をつけるとキイは、少年キレイの傍に椅子を置きスッと座った。キレイは左腕で泣き顔を隠しながら、キイにボソボソと二年間の庵での話しを話し始めた。キイはそれを黙って聞いた。キレイの右手を握り、まるで亡き母のように話のそれぞれに頷きながら、兄を優しく慰めた。キレイは弟に打ち明ける度に、心の曇りがだんだんと晴れていくような思いがした。

 長い時間がたった。暗闇の帳(とばり)の降りた夜も、その深みを増した頃。
キレイとキイは、兄弟水入らずの会話を続けていた。しかしキレイの顔を隠していた腕は解け、表情や口調はすっかり平静を取り戻していた。

「なあキイ。母上は賊に討たれたというが、それは本当なのか?」
「はい。兄上が出てすぐの事でした」
「その賊は、もう捕らえられたのか?」
「いいえ…それがまだ…隣郡の小高い丘を根城にしているとか…」
「そうか、ならば討たねばならんな…!」

キレイは起き上がると、スッと前へ手を伸ばした。

「兄上何を…!?」
「キイよ。賊が憎いか」
「はっ…?」
「母上を討った賊が憎いかと聞いておる」
「そ、それは勿論憎うございます!」
「そうか…」
「?」
「…キイよ。私は今、とんでもない事を考えたぞ!」

少年キレイはキイの顔を見ると、手を握り、その黒く沈んだ眼で夜空を見上げた。

「私はこの大陸に…信帝国に変わって新しい帝国を築く!天下をとるのだ!」
「えっ!」
「そのために協力しろキイ!お前が我が配下第一人目だ!」
「あ、兄上!まだ錯乱しておられるのですか!?」

キイは仰天した。元々傲慢で、突拍子もないことを言ったりする兄であったが、今や天下を七代に渡って統べる信帝国の代わりに、高々十二歳を数えた少年が自分の帝国を築きたいなどと宣言する、まさに狂ったとしか思えない言動であった。しかし、キレイは親兄弟の前で嘘などつく卑怯な男では無かった。それはたとえ何年離れていても、キイの脳裏に焼きついていた物だった。

「錯乱などしておらん!私は天下をとる!天下をとって帝国を作り、この世に賊の居ない真の秩序の国を造るのだ!誰一人として親兄弟を失って悲しむことない世にするためには優れた国家が必要だ!優れた国家にするためには、優れた王が必要だ!だから私がなるのだ!世が乱れぬことのない覇を唱える王に!」

 御歳十二歳の少年、キレイが野心を抱いたその瞬間であった。
キイは、灯火に揺らぎ映る兄の影と、その黒く沈む眼の輝きの強さに、兄キレイの心の中に天を駆ける龍を見た。大河に潜んだ龍が羽ばたいたのだ。傲慢な天才が孤独を知り、絶望の淵に気付いた夢。それは乱れ始めた世の流れに大望を抱き、この世を統べらんとする小さな、小さな英雄の影であった。

信帝国暦192年、冬。
ここから、弟キイと伴に始まった若きキレイの天下取りの野望が、純白の白紙に黒墨を撒くように天を滲ませ、野心が地を走らせ、彼は信帝国の中で確実に出世していった。人は悪に対して厳しすぎる彼の裁きを見て、畏怖と蔑視を込めて『天下の恐将』と呼んだ。天下を動かす恐将と、その余りに余る才気は、今まさに天下に放たれていくのであった。
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英雄百傑外伝キレイ編-2

2008年02月22日 20時27分46秒 | 『英雄百傑』設定
英雄百傑外伝―英雄達の休息―
第一夜『野望の恐将、龍となり天下を望む』


 穏やかな雪の降る中、新年と伴に十歳を迎えた少年キレイは、相変わらず無謀な事ばかりやって両親を困らせていた。岩壁に馬を駆けて滑り落ちてみたり、雨が降って水量の増した河川に飛び込んで溺れかかったり、城の天守閣の屋根の上に登って余りの高さに降りられなくなったり、時には賊の根城に出かけて日が落ちるまで狩りをしたり…唯一の理解者である弟のキイでさえ、兄の突拍子もないその行動に幼心ながら不安を覚えていた。

 大小の怪我、悪戯、その天然自然の破天荒さは父キレツだけでなく、城の重臣たちをも唖然とさせる根っからの悪餓鬼であった。ほとほと困り果てたキレツは重臣たちと話し合い、キレイの外出を禁じるために京東郡一の武術と学問の老師リョウボウの庵にいれた。リョウボウの庵で開かれている塾は大変厳しい事で有名で、一度入塾させれば、たとえ親や子どもがその厳しさに泣き喚こうと、向う三年間は脱出する事の出来ない寄宿制の庵であった。

「それでは行ってまいります父上。しばしの別れになりますが、母上にもよろしくとお伝えください」
「おう、キレイ。少しはその鼻っ柱を鍛えなおされてこい」
「兄上、お気をつけて…」

 父や弟に見守られながらキレイは城を出て庵へと出立した。
その見送りに母の姿は無かった。キレイは少し寂しく感じた心を見送る二人に見透かされまいと、音をたてる勇み足で庵へと向かった。持っているのは旅立ちのための少々の路銀と、少々の食料だけであった。

「母上、どうかご無事で…」

遠くなっていく城を見守りながら、遠くに落ちていく夕日を見てキレイは呟いた。あの日、馬を駆けて弟キイと見た地平線に映る夕焼けには遠く及ばないほど、その夕日は何処か寂しげに暗く沈んでいた。

――――――

 こうしてキレイの庵での生活は始まった。
リョウボウの塾門を叩くと、寄宿舎で年齢の違う何人もの見知らぬ学徒と一緒に共同生活を始めた。嫌々入れられた者。脛に傷を持つ者。頭を剃った坊主志願の者。学問を志し学者になりたい者。政治や法律を知り官吏になりたい者。武術を極めて将軍になりたい者。大小様々な人間と伴にキレイは、リョウボウの厳しい庵に入塾した。

 異常なほどの学問方法は、まず朝から始まる。
鶏の鳴く朝よりも早く起き、身の回りの整理をしながら机を並べ、夜が白み始めた明かりで兵法、政治、法律書の暗唱を始める。暗唱に一度失敗すれば足を叩かれ、二度失敗すれば手を叩かれ、三度失敗すれば背中を叩かれ、四度失敗すれば頬を叩かれる。数えて幾許も無い幼い子ども達は、叩かれる痛みに怯え必死に勉学をした。毎朝が体の痛みと予習復習の連続であった。

 暗唱が終わると朝の食事の時間である。しかし食事の時間も気が抜けない。
終始にわたる食事の礼儀、作法の学習。私語は基本的に許されていたが、一度でも言葉遣いを誤ると食事を抜かれる。次第に私語をする者も少なくなっていった。

 食事が終わる頃には武術の鍛錬が始まる。
学徒たちは庵の外に出ると、大小さまざまな木製の棒に数枚の布をつけ、手足には甲冑の代わりに砂の入った重り袋をくくりつける。そしてリョウボウの指揮の下、打ち筋、間合い、打ち込み方、多勢に囲まれた時の対処法など、ありとあらゆる技術を休み無くみっちりと教えられる。

武術鍛錬の時間の最後の締めくくりには、学徒たちの息抜きと称して、学徒同士の木刀、木槍による対戦があった。だが、息抜きと格好つけてはいるが、学徒たちの誰もが暗い表情でこの時間を迎える。なぜなら、これが武術鍛錬で一番恐ろしい課目であったからだ。この対戦試合、学徒の数にもよるのだが、疲れ果てた体で、年齢も体格も違う最低40人程度の学徒と休み無く打ち合わねばならない。しかも、この中で最も負け越した数の多い十名は居残り、庵の周囲を百周しなければならない決まりであった。そのため学徒たちは皆本気で打ち合いをする。対戦の時には必ず防具をつけて参加が義務付けられていたが、これは本気の打ち合いで怪我をする学徒が多くなるからだ。

 日が沈み鴉の泣く声が遠くに聞こえる頃、武術の鍛錬は終わり夜の食事の時間である。学徒たちは私語をするのもやめて、疲れと空腹から黙々と食べる。そして食事が終わると皆黒布で目隠しをする。最後の訓練、度胸の時間である。リョウボウの庵の庭には池があり、そこには手すりの無い数本の細長い丸太橋が架けられており、学徒たちは目隠しをしながらそれを渡るというものであった。

真っ暗な夜に足元の微妙な平衡感覚と、音だけで進む。運悪く池に落ちればもう一度やり直し。水の温かくなる夏は良かったが、冷たくなる冬の時期に池に落ちると悲惨であった。学徒たちは手に足に汗を滲ませながら、一歩一歩丸太の上を歩いた。

 夜、就寝前の一時だけが学徒たちの安心の出来る時間である。
厳しい学問と修行に泣く者。横暴な習得方法に怒る者。隠し持っていた食料を分け合う者。宿舎を抜け出す相談をする者。自殺を図ろうとする者を止める者。そんな、さまざまな声が寄宿舎に細々と聞こえる中、キレイはただ一人蝋に火を灯し史書、兵法書を読み漁っていた。城に残してきた弟と母の事を思い、ジッと耐える生活を送ったのだ。だがキレイは、その真面目さと裏腹に学徒の中で友と呼べる者が居なかった。度胸や才覚はあったが、少々狭量で傲慢な所があり、他人を見下す態度をチラホラと見せるところなどは悪い評判の最たるところであった。

 庵での毎日の荒行がニ年ほど続いた頃。
十二歳になったキレイは塾内でめきめきとその頭角を表していた。学問においては史書兵法書を軽々とそらんじ、武術においても一等級。なにより他の者と比べ物にならなかったのは度胸であった。二年間に及ぶ庵の荒行に耐え、まだその才を伸ばそうとする奇才は、塾長である老師リョウボウを始め、その門下の年上の学徒たちまで一目置く存在となっていた。しかしキレイは内心、学問漬けの生活に嫌気がさしていた。才能の余りに特別視する周りの人間の言葉を鵜呑みにし、頭の良さを鼻にかけて、人を見下すようになった。

――――――

 そんなある日、キレイは老師リュウボウに呼び止められる。
老師リュウボウはキレイに言った。

「わしは、お主を本当の神童だと思っている。それゆえにこのように目をかけている。だが最近、お主は学問も武術も怠けているように見える。それはどうしてなのじゃ?」

キレイは答えた。

「老師。いくら読んでも政治書や兵法書などは所詮、実戦の結果を踏まえて誰かが書いた死んだ書です。体験の前においてはまさに机上の空論。他の能無しの学徒ならまだしも、全ての兵書をそらんじられる私が、なぜこのような生活を続けなければならないのですか?それを頑なに守る老師の教えはすでに白骨。私は死んだものを学ぶほど愚かではありません。時が…時が惜しい…惜しいのです。私には、この無駄な時間が惜しいのです。老師が懸命に教えていると思っている、この無駄な時間に、実戦や政治を体験出来ないことが惜しいのです」

少年キレイの言葉の数々に老師は唖然とし内なる怒りに身を震わせた。若さゆえの傲慢とはいえ、このような少年が自分の師に向かって、その学問の学び方を否定する。学問を教える立場として、この言葉の数々は老体の心に深く響き、それは堰を切った様な怒りとなってキレイにぶつけられた。

「うぬぬ、この青二才めが!少々おだてられたからといって自惚れおって!師に向かってなんという言葉の聞き方をするのじゃ!わしの教える学問が白骨じゃと!死んでいるじゃと!おのれキレイ…!」
「はははっ。老体がそのようにお怒りになるところを見ると図星ですかな」
「なにっ!?」
「薄々死んでいる学問だということをご自分で認めていたという事でしょう?」
「お、おのれ…無礼な!出てゆけ!貴様など破門じゃ!破門!二度とわしの下へ現れるな!」
「そうですか。それではお暇を頂きます。ご老体に鞭打ち、二年もの間ありがとうございました。せいぜいその老体がご無事であるよう、このキレイ心から願っておりまする。では!」

こうしてキレイは神童と謳われながらも、半ば破門という形で老師リュウボウの庵を去り、キレツの城へと戻った。帰ってきたキレイの姿を見て弟のキイは嬉顔で涙を流して出迎えたが、父キレツや城の重臣たちは事情を聞くなり口をあんぐりとあけて、ただ呆然としていた。

「母上、母上…!キレイが帰りましたぞ!」

キレイは父親や重臣たちへの挨拶も程ほどに城を駆けると、母の影を追った。
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英雄百傑外伝キレイ編-1

2008年02月21日 22時19分33秒 | 『英雄百傑』設定
英雄百傑外伝―英傑達の休息―
第一夜『野望の恐将、龍となり天下を望む』


 その日、大陸全土を覆うような長い黒雲を浮かべた夜空は、天が破けたような悪天候であった。幾度と無く続く稲光と雷鳴は大地に向かって恐々と鳴り響き、貫くような大きな雨粒が、家に野に強く降り注いでいた。

「………」

信帝国東国、関州京東郡太守のキレツは居城の門の上に立つ天守閣から、酒を飲み瓦屋根の雨樋から流れる水の流れを眺めて、ふと物思いに耽っていた。雷鳴と雨音の絶えない夜空、そこへ一人の急使が駆け込む。キレツの臣の一人エスディである。

「御太守!太守は何れにあるか!吉報にございます!キレツ様!」
「夜更けに何事か。うん?エスディではないか。ずぶ濡れでどうした」
「お喜びくだされ!ご子息が…キレツ様のご子息がお生まれなされましたぞ」
「まっ、まことかエスディ!お、おおお…ついに、わしにも息子が!」

その夜、一人の赤ん坊が産声を上げた。

「我が子…本当に我が子なのか…?これが赤子か…ほほっ…小さい…小さいのう…だがなんと神々しいことだろう…うぅ…うぅ…神々しい…実に神々しい…のう!」
「…はい…私も…お役目が果たせて喜ばしい限り…」

小さな、そのあまりにも小さな…生まれたばかりの小さな命、我が子との対面を果たしたキレツは、胸にこみ上げる感動の余り重臣達の目もはばからず思わず泣いた。泣き震え、妻の手を強く握り、満面の歓喜に笑うキレツの顔は、すでに父親のそれであった。キレツとの間に三度の流産を経験した妻は、気の遠くなるような出産の痛みが残っていたが、目の前で喜び崩れるキレツを優しくなだめた。

 赤ん坊の名はキレイ。
産湯につかり、両親がその命の誕生の喜びを一晩中かみ締めていたその間もずっと、大きく泣き叫んでいた赤子が疲れて泣き止む頃には、夜空の雲はすっかり晴れ、外から聞こえる激しい雷鳴は止んでいた。

―――――――――

「あっ、兄上ー!あにうえー!すこしは手綱を緩めてくだされー!」
「はっはっはっ!遅いぞキイ!もっとしっかり馬の手綱を握らねば振り落とされるぞ!それに私の秘密の場所を見たいと言ったのは、お主ではないか!」
「まっ、まさか城の外に出るとは聞いてませんでしたからー!そっ、それに、わっ、私は馬に乗るのは、にっニ度目…とっ、とても兄上のようにはいきません!」
「ふっふっふっ!俺の弟なら泣き言を言うな!それに、そのような馬の走らせ方では、いざ戦に出るときに何かと困るぞ!それっ!置いていくぞ!」
「ま、ままっ、まってくだされあにうえー!置いていかないでー!」

 あの破天の夜から八年後。
小さな赤ん坊は成長し、少年となった。たなびく赤い肩掛けに包んだ身は、赤子の頃の貧弱さとは見違えるほど強く、しなやかな肢体に恵まれ、太く力強く跳ねキリッと整った切れ長の眉の下に映る眼は、まだ穢(けが)れを知らぬ澄んだ黒に染まっていた。黒い眼で草原の先を見ながら手綱を握るキレイは、弟キイと供に黙って城を抜け出して馬を走らせ、広い草原を駆け抜けた。少しするとキレイ達は大草原の中にある小高い丘にたどり着く。

「はぁ…はぁ…やっと追いついた…」
「フッ、我が弟ながらそのように馬によたってバテるとは情けないぞ…。それ、ここだ。草原の先を…あの地平線に落ちる陽に燃えるように輝く夕焼けの草原を見よ。どうだ、ここが私の気に入りの場所だ」
「はぁはぁ…ここが…あ、兄上の!」

小高い丘を見下ろす二人の前には、たどり着けないほど遠くに続く、空と地を隔てる地平線、沈む夕日に照らされて彩られた草原が風に揺らめき、見事な夕焼けの様相を表していた。純真な眼はその美しい風景に奪われ、しばらくの間、互いに言葉をかわさず、ただ目の前に広がる自然の雄大さを体に感じていた。

「あ、兄上…す、すごい…これは…本当に…凄い!」
「ふふふ、父上には内緒だぞ?キイ。お前と私との絶対の秘密だぞ」
「は、はい!兄上!ぜっ、ぜったいに!ぜ、絶対に言いません!」
「はっはっはっ、そんなに喜んでもらうと、なんだか私も鼻が高いな。お前には特に見せたかったのだ。たった一人、天の下に生まれた同じ兄弟として…この雄大な大陸に見える自然の奇跡を…」

 キレイは微笑みながら恥ずかしそうに弟にそう言うと、暗くなり始めたあたりを見て、再び城へと戻っていった。父であり、城の主でもあるキレツは帰ってきた二人を見て猛烈に怒った。城を無断で護衛もつけずに出た我が子の無謀さに、怒りに怒り、声を荒げてついには癇癪の発作を起こした。キレイは庇うように弟キイを下がらせると、父親の怒りの弁舌に何も答えることなく耐え、ただ黙って下を向きながら震え、怖くて流れる涙を父親に見せまいとした。

「兄上ぇ…」

庇われたキイは、涙を流しながらも耐える兄の姿と、怒り狂う父親の姿を扉の後ろに息を潜んで隠れて、ただ眺める事しか出来なかった。自分の願いから城外に出た事を言えば、兄は救われるが自分が怒られる…。少年キイには、その恐怖を打ち消す兄のような勇気がなかった。


―――――――


「えっ…えぐっ…母上ぇ…母上ぇっ…父上がぁ…父上がぁ…」
「よしよし…。キレイ、弟を庇って父上のあの癇癪に耐えて涙を堪えて…そう…よく頑張りましたね」
「キレイは…キレイはッ…頑張りました…キイを…キイを助けたくて…でも父上は…わかってくれなくて…うっ…うぐ…うわあああん!」
「よしよし…いい子。でも、いつまでも泣き虫ではいけませんよ。お前ももう八歳。泣くのは止めなさい」
「えぐっ…わっ、わかっています…わかっています…ですが…うう」

何度も鼻をすすり、涙を拭い、黒く眼を赤く腫れさせたキレイは、母親の寝所へと逃げるように駆け込んだ。キレイの母は父親キレツとは違い、非常に温厚な女性であった。悔しさを吐き出すキレイは不条理に泣かされる度、キイや衛兵に人知れず寝所を抜け出し、夜な夜な母の下へと向かった。普段は強気で、平気な顔をして大小さまざまな悪戯をし、何にでも動じないと立ち振る舞っていたキレイ。だが泣きじゃくる顔には、まだあどけない少年の心が住んでいた。こういった風に母親に全てを告白し、優しく頭をなでられながら慰められると、キレイは赤子のように泣き疲れて、寝所へ帰り良く眠る。そして翌朝から再び好奇心の渦中へと飛び込んでいく。

「…コホッ…あの子が成人する時まで…私は生きていられるでしょうか…」

母は戸を閉じるキレイの後姿を見ながら、小さく咳をして呟いた。
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英雄百傑人物列伝(仮)

2007年12月13日 20時56分56秒 | 『英雄百傑』設定
架空大河小説『英雄百傑』に登場する人物の列伝(あらすじ)設定集。
現在進んでいる第一回~第三十四回までに登場した人物と国の歴史、
これから出るであろう関連の重要人物の設定を
コーエー三国志パラメーター付き列伝風にまとめてみる。


■楽花郡盛草村義勇軍

・ミレム 信暦182年~
統率83 武力72 知力70 政治66 魅力86

関州京東郡世谷(ヨコク)の平民の生まれ。親を早くに亡くし、親戚を頼ったが、生来の天邪鬼、悪戯好きが祟って、どの家からも嫌われ、裸一貫で人を騙して金をとったり、無銭飲食をしながら彷徨い歩く札付きの小悪党。
小手先の口八丁手八丁で人を騙すが、ついに街の牢にぶち込まれる。
しかしそこで出会った囚われの豪傑、スワトと出会い、逃げ出した盛草村でポウロに出会い、刺激されて義勇軍を設立した。黄州四谷郡の鏃門橋の戦いでは、ミケイの策とポウロの進言で、100人の決死隊を率いて城壁を登り、焼き討ちを仕掛け、運悪くも猛将ズビッグ隊とでくわしたが、酒に酔った勢いで、猛将ズビッグを後ろからなで斬りにし、平然とその場で眠りこけた。
その後も賊軍の征伐で活躍し、500人の兵を預かる将となり、妖元山の戦いでは、ポウロの進言により敵本陣を奪取し、敵兵に囲まれ危機に陥るも、功名に見せられたミレムは機知を働かせ、兵に火を焚かせ大軍に見せかけ、陣頭に立って戦い鼓舞し、本陣を守りきった。
その後、都で宰相パシオンと論戦を繰り広げ帝郡忠三位の位を得た。
器が小さく、矮小な人物と思われたが、スワトやポウロを口説かせたことや、場面場面で見せる、その豪放さと際立った才覚を見るに、計り知れない大器を感じさせる。


・スワト 信暦181年~
統率54 武力120 知力18 政治13 魅力65

関州京東郡文興(ブンコウ)の生まれ。身の丈7尺(2m強)の大男。
真っ正直な性格で、深い部分で考え込むことを嫌い、全てにおいて無頓着なところがあり、よくポウロに嫌味を言われている。
10尺(3m)もの鉄製の大薙刀を軽々と振るう類まれなる屈強な力や、驚くべき身体能力を持ち、鉄の牢柵を破ったり、武装した番兵数十人を素手だけでのしたり、頂天教軍の猛将ズビッグの大斧を軽々と受け流し手玉にとり、ルブー率いる賊兵300を怒りの余りに一人で全滅させるほど強い、まさに希代の豪傑。
大熊のような風貌から粗暴と思われてしまう一面があるが、スワト自身は礼儀にも正しく、忠節と君臣の間柄を最も崇高なものだと思っている。
そのことから、妖元山の戦いで、窮地に陥ったキレイ軍を救おうと援軍使者として訪れ死をもって忠節を説くタクエンを助け、官軍として仲間意識の持てないジャデリンをその場で一喝している。
余りに個人武力に優れているためか、周りをあまり見ないところがあり、兵にあわせた行動をとるのが苦手で、集団と集団で戦うといったことは不得意。

かつては、英雄ガムダを支えた名高い武人スオウの家系だったが、ガムダが官職をとらなかったため、同じように官職をとらなかった。頑なにそれを貫いたため家は没落し、スワト自身も我牛山(ガギュウサン)にひっそりと暮らしていた。
しかし、頂天教による天下の乱れを予見したスワトは、駆けること三日三晩、南郡に向かい太守に直訴したが受け入れられず、頭に血が昇ったスワトは思わず太守を殴ってしまい京東郡の牢に幽閉された。スワトはそこで、世を救ってくれる英雄が世に出てくることを願い、その時が来るまで牢で静かに待っていた。


・ポウロ 信暦179年~
統率69 武力21 知力75 政治81 魅力74

関州楽花郡盛草村の豪商の生まれ。
育ちの良さと社交性があったため、人から愛される事に長けたが、常に上を目指したがる性分で、功名心の強い男。
幼少の頃から政治書、法書を読み漁り、その聡明さを買われ、将来は国の律法家として目をかけられていたが、一生を一律法家として終わりたくないという、功名心の強さが災いして、官吏試験も受けずに村に残り、史書や法書を漁る毎日を送っていた。
そんな時、牢から逃げ出したミレム達と出会い、気運を見るにこれ幸いと一念発起して、財を投げ打って義勇軍を募り、官軍に仲間入りすると賊軍征伐にあたった。
大富豪の息子の割には肝が据わっており、進言や献策も周りを見ずに軽々と放ち、史書や政書に詳しいことから知性も高く、弁論にも優れ、妖元山の戦いの際には、ミケイの手紙で相手の心理を見抜いたり、文面を読んで奥を知ることなど、その知性の高さを披露した。初陣の恐怖に慄くミレムに蒸留酒を特効薬と称して飲ませ、鼓舞させる機転などは、ミレムが頼りにする知恵の懐刀である事の証拠である。
だが、功名心が強いため大局を見据えられず、褒賞のためには、主君であるミレムをも危険に晒してしまうことのような失敗も多い。


■『信』帝国軍

■南軍八騎督

・ジャデリン 信暦167年~
統率86 武力95 知力57 政治38 魅力52

大陸の南部。黄州官軍の将。南軍八騎督の一人にして総括者。獅子将軍。
獅子をモチーフとした兜と、黒い甲冑を身につける猛将で、戦に出れば勇猛果敢、自らの危険を顧みないことから「将軍は獅子体言の如く」と将兵達に一目置かれる存在。元々は皇帝に組する譜代の重臣ジャボウの息子だったが、元来の戦好きがたたってか、帝府で政治を行う官吏を蹴り、自ら治安の優れない南部地方へと迎い、その実力を発揮して度々賊征伐へ迎い、輝かしい功績を打ちたてると、7代皇帝ホウケンから『獅子将軍』の名で呼ばれる。後に帝国の南部地方で優秀な人材を自ら尋ね集め、南軍八騎督という将軍直轄の役職を作ると、ミケイなどの優秀な将軍を取り立てた。少々、粗暴で気性の荒い部分があるが、将兵達の進言を良く取り入れることから、その信任が厚いことを見受けられる。妖元山の戦いにおいては三方から押し寄せる伏兵に物怖じせず、陣形を立て直すと敵へ猛然と突撃し、単騎駆けを行い、賊将クピン、イエロを討ち取った。


・ミケイ 信暦182年~
統率92 武力51 知力89 政治?? 魅力98

黄州官軍の将、南軍八騎督の一人、忠郡信三位。
元々は黄州の書庫を預かる文弱の徒であったが、南部の賊征伐の際に郡太守から推挙され、その素晴らしい兵の統率法や奥深い策知に優れる聡明さをジャデリンが買い、優秀な将の証、南軍八騎督とした。
平素から白い生地に黒い線の入った衣服を纏い、美しい白銀の甲冑に、一際細い華奢な体と剣を携え、美しい星をあしらった装飾が施された兜を被り、戦場において見事な兵法と策知を見せる、その容姿端麗さや、知友兼備の行いを見せる将軍であることから『併華(ヘイケ)将軍』の異名をもつ。


■関州京東郡

・キレイ 信暦180年~
統率95 武力70 知力94 政治88 魅力27

関州京東郡太守キレツの息子。赤い甲冑の天下の恐将、忠郡信一位。
幼き頃は生粋の悪戯者で、破天荒なことばかりしてきたため、郡一の愚者と呼ばれ、弟のキイや、父キレツを困らせたが、15の時、元服した際にキレツの臣として宮城へ参内するや否や、キレツの前で、逆臣の名前を高らかに叫び、声をあげ、その臣の前にいくと郡の金や武器を横領し、賊へ横流ししていたその臣の罪を読み上げ、自ら引っ立て、裁判にかけ、その一族を根絶やしにした。
キレツやキイが驚く間もなく、その時、郡内の村々を秘密裏に牛耳っていた地方の悪代官や、たちの悪い盗賊団や、他人を貶め讒言(嘘をついて相手を貶める)を繰り返すような奸臣を見つけては、残忍な公開処刑をしたり、釜にいれて煮殺したり、大穴をほって生き埋めにするなど、人々が見て恐ろしく思うほどの非道な行為をし、どのような身分であれ厳しく処罰した。
この処刑方法や、法の処罰が普通に比べて情け容赦なく厳しかったため、非道ぶりを見た帝国の人々から『天下の恐将』の名で呼ばれるようになる。
そんな噂からキレイが指揮訓練する兵達は、恐怖感と規律で纏め上げられ、戦うことを恐れない兵は、実数以上の勇猛さと士気を持ち、キレイ自身の兵法、兵を鼓舞させる巧みな心理を動かす行為と相まって、キレイの率いる兵は抜群の力を持っている。
しかし、兵法や戦略眼に長けるキレイだが、その余りの若さのためか自論に絶対の自信を持ち、決めれば曲がる事は無い非常の頑固さであるため、ときどきタクエンや家臣と激突し、そのたびにオウセイに諌められることもしばしば。
汰馬城七日合戦では、策を用いて見事に五倍の兵力差をはねかえし大勝利を物にしている。


・オウセイ 信暦180年~
統率81 武力113 知力58 政治60 魅力76

関州京東郡太守キレツの臣。
騎馬戦にあっては州随一の名も高く、8尺ほどの双尖刀(上下に太刀のある槍)を持って、生まれて今まで馬上での一騎打ちでは負けた事のない猛将である。
人に好かれる豪胆さと質実剛健を兼ね備えた生き方は、将兵関わらず人気があり
彼の部下や指揮する兵は、死をも恐れない義をもった兵が多く、妖元山の戦いでは守るオウセイと大将キレイのために、多くの部下達が絶体絶命の危機を前に突撃し斬り死にした。体格は恵まれては居ないが、威風堂々とした立派なヒゲを持ち風格はキレツ軍の中でも輝かしいものがある。君主キレツの元で頭角を現し、キレイと同郷で幼馴染だったことからキレイが最も信頼する将軍であり、キレイやタクエンの策知の元、黄州、阪州の頂天教攻略にも一役買った。
汰馬城七日合戦では、汰馬河南岸からの敵陣の攻め手になるも、ジケイの死守に押され雨のような矢を人の盾と槍で避けながら、弱気になる重装歩兵隊を鼓舞してジケイの陣を攻めた。
腕力だけではなく周知の礼節に尊び、機知も優れ、才能の余り突出しがちのキレイを良く諌め、臣と臣の和を守ることが大事だと考えて行動している。
キレイに心酔し、心から臣従する将軍の一人。


・タクエン 信暦177年~
統率50 武力20 知力97 政治91 魅力62

関州京東郡太守キレツの臣。参謀従事。
軍略、智謀、どれも際立った才略と策知を見せることから、キレツからも信任の厚いことから、キレイのお目付け役をおっている参謀格。元々は京東郡の名士の家の生まれだったが、自分の才能と、その志を遂げる君を求めてキレツ軍へ出仕した。
ミケイやキレイのように自分から先頭に立って戦をするのは得意ではないが、その戦略眼は実に的確で妖元山の戦い以降は、目付けのキレイでさえ一目おいている。しかし、タクエンは物事において慎重にあるべきと思い、大局を見据えた策を進言することから、しばしば速攻を望むキレイと衝突することも多い。


・ゲユマ 信暦175年~
統率87 武力92 知力68 政治23 魅力65

関州京東郡太守キレツの臣。関州一の弓取りの名を持つ猛将。
弓を張り、矢を操っては天下に右になるもの無しとまで言われた弓の名手で、汰馬河七日合戦では、襲い掛かるトウゲン騎馬隊を前に、陣で味方兵を潜ませ近づいたところで弓を乱射、続く汰馬城内から出陣したキレイ隊、ミレム隊と協力して進撃すると、思わぬところで被害をおった敵は大混乱をおこし、見事敵の勢いをそぎ押しなおす事に成功した。そして、敵味方入り乱れる乱戦の最中、小弓をもって突撃してくる敵の将トウゲンを見事一矢で討ち取り、キレイ軍の士気を盛り上げた。


・ドルア 信暦182年~
統率84 武力80 知力40 政治53 魅力56

関州京東郡太守キレツの臣。
キレツ官軍に仕官すると、メキメキと手腕を発揮し、腕力、兵の統率、どれをとっても将としてまかりなると判断されたが、元々の身分が平民ということもあり、名声も官職も無かったことから、長く兵糧を管理する役目を負わされていた。
そのことに文句を言わず、粛々と真面目に勤め上げたことから、後にキレイ官軍の兵糧総督に抜擢され、その才を見抜いたタクエンの策知によって、500人の兵を見事に統率してみせた。


・エスディ 信暦156年~
統率70 武力63 知力81 政治69 魅力76

関州京東郡太守キレツの臣。京東郡食料総督。
25年間に及び、キレツの右腕として活躍、癇癪持ちのキレツのよい諌め役で、キレツから絶大な信頼を得ており、老いてもなお一郡の食料総督の地位に任じられている。戦よりも数字や算術に強く、一を聞くだけで三の答えを用意するほど聡明であったという。


・キイ 信暦181年~
統率64 武力42 知力74 政治83 魅力89

関州京東郡太守キレツの息子。キレイの弟。
温和で、優しい性格の持ち主で、タクエンやその他の郡臣にも好かれている将で、苛烈な兄キレイより戦の面で才は劣っているが、持って生まれた人徳の才能をもっており、人々からは比べて同じ親の子とは思えないと言われるほどである。
兄キレイの行動に、いつも頭を悩ませている一人だが、キレイのことは誰よりも良く知っており、また一番理解をしている一人である。

・クエセル 信暦176年~
統率45 武力89 知力7 政治3 魅力46

キレイに傭兵として雇われた汰馬河水域と森林地帯に住む野盗賊の長。
身の丈6尺(約180cm)、その類まれなる筋骨隆々の肉体を持ち、殺した獣の皮を中身を全部くりぬいて兜や甲冑にし、血なまぐさい匂いをふりまきながら、勇猛果敢な自慢の野賊団と、その腕力を頼みにして人々から金をせしめ、斧を片手に地域を荒らしまくったが、ジケイを捕らえた功により、キレイから野賊集団ごと重用されるようになる。

■その他官軍の将達

・チョウデン 信暦168年~
統率83 武力98 知力52 政治45 魅力70

・メルビ 信暦163年~
統率93 武力80 知力91 政治72 魅力67

・ヒゴウ 信暦177年~
統率33 武力12 知力70 政治75 魅力60




■頂天教軍

・アカシラ 信暦156年~202年
統率95 武力31 知力95 政治84 魅力75

頂天教の教祖。阪州の賊頭であったが時期をみて挙兵。
巧みな兵術と、不平不満を抱く官軍の将の調略(抱き込み)によって
官軍に対して大規模な反乱、頂天教の乱を起こした。
長く戦乱に加わってなかった官軍兵を次々に飲み込んでいき
北、西、南の郡で同時多発的に蜂起させ抵抗を進めていった。
賊であるにもかかわらず、心理学や天地文科学に精通しており、
避雷針を使った落雷戦法や、山に道を作り不意をつく奇襲戦法や、
黒い甲冑を揃えて敵の心理を煽る心理戦法を行い、それを妖術のように見せた。
202年、妖元山の戦いで捕らえられ、帝都信京で処刑される。


・レツド 信暦171年~202年
統率72 武力52 知力63 政治12 魅力70

頂天教軍の将。赤い甲冑をつけ、賊出身ながら統率に優れたことから
アカシラの部下の将を取りまとめ、妖元山の守備兵を総督する役目をおっていた。
キレイ官軍が妖元山を攻めた時は、ブラツクと共にアカシラの命によって
伏兵部隊を預かり、混乱するキレイ官軍を散々に痛めつけた。
しかし、救援に来たジャデリン官軍を抜け道を使い三方の伏兵で攻めたが
ジャデリンの獅子奮迅の働きにより、頂天教の将クピン、イエロを
討ち取られたのを見て退却。
その後、ブラツクと共にミレムが死守する妖元山本陣を囲ったが、
攻めあがってきたジャデリン本隊に後ろを攻められ捕らえられた。


・ブラツク 信暦168年~202年
統率50 武力70 知力32 政治23 魅力53

頂天教軍の将。
元農民で頂天教を崇拝し、よく付き従ってアカシラに尽くしたため
目をかけられ、その武の才を見込まれ武将となった。
黒い甲冑を身に付け、黒で統括された兵を操りアカシラの命で妖元山に入った
キレイ官軍を奇襲し、落雷戦法と心理作戦で一度は官軍を撃退するが、
その後、本陣攻めの最中に進軍してきたジャデリンに斬られる。


・ルブー 信暦182年~202年
統率53 武力55 知力25 政治4 魅力85

頂天教軍の将。長身細身、顔造りの美しい美男子。
賊出身で、いつも青い甲冑をつけてアカシラに従軍し戦果を挙げる。
妖元山の戦いでは、林道に隠れ、伏兵部隊として兵を預かるが
逃げる足軽隊を皆殺しにしたため、スワトの逆鱗にふれ
修羅と化したスワトにまたたくまに詰め寄られ、一合で斬られる。


・イエロ 信暦175年~202年
統率51 武力78 知力18 政治16 魅力18

頂天教軍の将。
平素から黄色に染めた甲冑をつけて、頂天教の反乱に参加する。
武に優れる将で、妖元山の戦いでは三方からの伏兵部隊の一翼を担って
ジャデリンの官軍を攻めたが、獅子奮迅のジャデリンの突撃により
クピンと組んで刀を交えるも、馬上の一撃であえなく突き殺された。


・クピン 信暦174年~202年
統率46 武力79 知力15 政治29 魅力72

頂天教軍の将。
滲んだ桃色の甲冑をつけて、頂天教の反乱に参加する。
イエロと共に武に優れた将だったが、ジャデリンの突撃を防げず
イエロと共にジャデリンと何合か打ち合うも適わず、ジャデリンの槍をうけて
馬上から突き落とされ絶命した。


・アガル 信暦162年~202年
統率69 武力75 知力39 政治44 魅力50

頂天教の将。
元々は大重郡の官軍城守りの武将だったが、信帝国に反旗を翻し
兵を続々と集めていた頂天教に城を明け渡した。
官軍が阪州に進軍した時には大重郡の候武城、清城、円城を守っていたが
キレイ官軍一万と戦い、その初戦の敗北の後、清城の頂天教の兵をまとめ
円城で篭城していたが、キレイの兵糧攻めにより兵の士気が下がり
キレイ官軍の城攻めの際、オウセイと一騎打ちをするもただの一合で斬られた。

・エウッジ 信暦172年~
統率90 武力70 知力83 政治59 魅力49 

・ズビッグ 信暦173年~
統率73 武力89 知力39 政治12 魅力56



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信帝国設定

2007年10月11日 14時53分16秒 | 『英雄百傑』設定
■大陸を統一した帝国『信(シン)』

広大な大陸の地方をバラバラに収める豪族の集合体であった国を、
初めて法と秩序の平和の名の下に一つに統一、統治し、
王の上である皇帝という身分を作り出した最初の統一王朝。
大陸を12の州と70の郡に分け、それを法で統治する法治国家。
以後12代に渡って202年間の統治を続ける。
初代皇帝は『信』という国の王であった樹幹帝(ジュカンテイ)ホウガツ、
14才で受け継いだ8代目現皇帝は新嚇帝(シンカクテイ)ホウショウ。

■12州 70郡

■西国三州十九郡

・西洲
皇安郡 天応郡 地応郡 人応郡 智応郡 武応郡 金応郡 銀応郡 将応郡
・近王州
遠笠郡 十二宝英郡 名常郡 近千華郡 栄雅郡 万士宝郡 大丈郡 江厳郡 
・西清奥羽州
豊行郡 巳鞍郡

■東国三州二十郡

・関州
京東郡 楽花郡 木津郡 原小騨郡 城茨郡 河金郡
・北清奥羽州
大仙郡 森呷郡 藍津郡 舞岩郡 意福郡 潟荒郡 陸静郡 沢香郡
・府甲州
野永郡 冠馬郡 賀詩郡 阜山郡 藍地郡 隆蒙郡


■北国三州十五郡

・北大近州
路釧郡 幌札郡 館箱郡 江近郡 稲国郡 北兵舞郡 氷霊郡 太屯郡 
・馬青州
英星郡 壬武郡 竹千郡 森飯郡 峰邦郡
・内稚州
栄采郡 邦漣郡


■南国三州十六郡

・黄州
国中郡 四谷郡
・阪州
大重郡 島広郡 南安利郡 興堺郡 紀来郡
・九渓州
岡福鳴郡 分大郡 咲長郡 鹿栗郡 崎美郡 佐保郡 熊火郡 縄沖郡 国那郡



■信帝国の官職一覧

・皇帝位
信帝国皇帝(皇帝職)

・帝国縁位
帝国士王従(皇帝の兄弟で官職のある者)
帝国士王候(皇帝の親戚で官職のある者)

・帝国忠軍大功位(帝府最高級官位)
忠軍大信将位 帝府天宰相(内外全ての是非を取り仕切り帝に奏上できる位)
忠軍大信将位 帝府空執政(政務、帝国法案を取り仕切り帝へ奏上できる位)
忠軍大信将位 帝府地大夫(外征や討伐の軍を取り仕切り帝へ奏上できる位)
忠軍大信将位 帝府信大将軍(外征、討伐を指揮し各軍を動かす総大将の位)
忠軍大信将位 帝府信将軍(一地方の軍を統括し、乱があれば兵を動かす位)

・帝国忠郡位(高級官吏)
忠郡上弦近衛位 
忠郡中弦近衛位
忠郡下弦近衛位(京東郡太守キレツなど)
忠郡近衛信将位(麒火将軍メルビ、雷将軍チョウデン、獅子将軍ジャデリン)
忠郡近衛信兵位

・帝国帝郡位(中級官吏)
帝郡信一位(キレイ、キイなど)
帝郡信二位
帝郡信三位(ミケイ及びジャデリンを除く八騎督など)

帝郡忠一位
帝郡忠二位
帝郡忠三位(ミレムなど)

帝郡義一位
帝郡義二位
帝郡義三位

・帝国帝和位(下級官吏)
帝和上礼位 (ヒゴウなど)
帝和下礼位


■事件

『宰相ゴーロギーンの専横』

信暦(帝国年代の呼び名)100年に、時の大臣、宰相ゴーロギーンの専横を受け、憤慨した4代目皇帝ホウエツが挙兵するも倒され、クーデターの首謀者として蟄居(監禁隠居)の処分になった。宰相ゴーロギーンは、帝国での権力を手に入れようと、自分に叛意を見せない息のかかった皇帝一族の中で、最も暗愚なホウランに5代目皇帝を無理矢理襲名させ、国を憂い皇帝へ進言する家臣達を讒言によって謀殺し、兵士達を取りまとめる才能ある将軍の官職を自らの一族に全て受け渡し、将軍達を辺境へと押しやると、帝国はやがて宰相ゴーロギーンの権力を高め、専横は極まった。

しかし、これに奮起した平民出身の英雄ガムダは、帝国に忠誠心を持つ知恵者と秘密裏に結託し、辺境に送られた将軍達を巧みに呼び寄せると、郡都の少ない手勢を持って、各郡を電撃的な速度で解放し、都へと上洛すると、信暦102年麦耶(バクヤ)の戦いでゴーロギーンの大部隊を寡兵をもって打ち破り、皇帝を救出すると
翌年の信暦103年、宰相ゴーロギーンは専横の罪で処刑され、一族は二度と官職に就けぬようになり専横は終わりを告げた。

この専横にいち早く気づき、他の将軍の誰もができなかったことを、平民出の者がやったとホウランが聞くと、官職につくように強く進められたガムダだったが、勅使を丁重に断ると故郷に戻り、元の平民へと返っていった。


『5代皇帝ホウラン毒殺事件』

信暦104年、暗愚な5代皇帝ホウランを廃して、4代皇帝ホウエツの復権を願う周辺の将軍達の動きがあったが、皇帝を臣下が勝手に廃することは法に触れるものであり、ゴーロギーンの専横を目の当たりにし、二の舞を踏むわけにもいかない将軍達は、ホウランを酒宴に招き入れ禁制の毒薬を用いて、病死という形で秘密裏にホウランを毒殺してしまった。

喜び勇んでホウエツを迎えにいった将軍達だったが、法に明るく厳格な性格のホウエツは、報を聞いて将軍達の行いを理解し、法を破るようなマネをした将軍達に激怒した。

暗愚とはいえ皇帝を毒殺した将軍達を不義不忠の逆臣として全員打ち首とし、自分も不本意ながらこのような行いを臣下にやらせてしまった責任を感じ命を絶った。
ホウランは例外として、元来世襲制であった皇帝の役職だったが、ホウエツの実子が居ないことから、次の皇帝に一族の誰がなるかで宮中で多くの血なまぐさい政争が起こり、一族と家臣はそれぞれ反目しあって派閥を築いた。
これが後に皇族同士の争いに禍根を残す結果となった。

こうして血なまぐさい宮中を取り仕切ったのが関州の王族、6代目皇帝、家臣団の忠節の礎を築いた名君と謳われる信元帝(シンゲンテイ)ホウリュウである。


『頂天教の乱』

信暦202年、7代目皇帝ホウケンが崩御し、8代目皇帝ホウショウが即位すると
何かを予見させるように大陸は暗雲に覆われ、各地に大雪や大雨などの
天変地異や異常な事件など不吉な前兆が次々に起き始めていた。
これに不安を覚えた民衆を見て宗教を崇めさせた黄州の賊長アカシラは、
天(天候や気運)を頂く(自由に動かす)神の教え『頂天教』の教祖となって
大陸を信者で増やし、ついには南北の数郡を抱え込み皇帝に反旗を翻した。
信者の軍の中には官軍から寝返った良将も多く、郡に隣接する
都市や要害は次々に落とされていった。
事態に焦った官軍は皇帝に逆らう逆賊に対し、各州、各郡に討伐の命令を仕向け
将と兵を反乱各郡へと派遣したのであった。
膠着状態に陥った各群だったが、黄州歴戦の猛将ジャデリンを筆頭に
西国に派遣した帝国きっての名将、西征都督雷将軍チョウデンや、
北征都督麒火将軍メルビなどの活躍によって頂天教軍は撲滅された。
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