kirekoの末路

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第十三話『ノットイーブンアフェクション』

2008年08月10日 18時10分35秒 | 超能力バトル物
 灼熱の召使(サーペント)ロイとの激闘の後。
 海風の止まった闘技場(コロッセオ)と呼ばれた倉庫街の裏手では、精神力の多大な消耗に昏倒するアカネと、同じく戦いの反動で気絶していたダイスケを、必死に介抱するカレンの姿があった。

(ってゆーか、ありえない二人とも。精神も肉体も、短時間でこれだけ消耗するなんて。こりゃ本気でやらないと、マジでヤバイかもね)

 眼を瞑り、思念を集中し、両の手をダイスケとアカネの胸に置きながら、カレンは残っている自分の精神力を二人へ割譲してゆく。意識を失うほど疲弊した彼らの精神力を、唯一回復することが出来るヒーリングの能力を持つ彼女が、己の精神力の殆どを、二人に注ぎ込んでいるのだ。

(や、やばっ…今、一瞬、くらっとした)

 危険から一目散に逃げようとした自分を、体を張って守ってくれたダイスケとアカネ。
 ただの同僚、顔見知りの仕事仲間。そんな一定以上の距離になれない、冷たい関係だと思っていた、自分を命がけで守ってくれた仲間たち。

(でも、やるだけやってみなくちゃね。べ、別に頼んでないけど…皆、私を守ってくれたから。私を、私を守ろうとしてくれた大切な…てっ、な、何いっちゃってるんだろ私)

 ごく僅かな時間に、彼女の中に刷り込まれていた、仲間という言葉。
 彼女の心に留めておくには重く、彼女が意識するのを煩わしがっていたものが、今、皮肉にもカレンという人間を動かしている。ガラにもなく真面目に、ガラにもなく真剣に、他人を救うことに必死になる。

(…でも二人を…私がここで見捨てちゃ、だめなのよ!)

 カレンの心の中の解放。
 そしてそれが共鳴するように送り込む思念波の波を強大にしてゆく。命を救われたという思いが、彼らを助けたいと思う願いが、自分だけが助かりたいと思っていた彼女の心を少しずつ変えてゆく。

「…っ」

 そんな彼女の思いが通じたのか。
 死んだように気絶していたダイスケが、やや苦しそうな表情を眉に描きながら、意識を取り戻す。朦朧とする意識を徐々に回復させ、微かに視界を広げると、そこには「ガラじゃない」カレンの献身的な姿があった。そんなカレンに、自分の意識の復帰を伝えようと、声をかけようと思ったダイスケだったが、まだ全身が痺れるように重かったのもあり、微かな声をあげることも、微かな動きを示す事も出来なかった。
 しかし、ダイスケは次第に確かに見えてくる光景に、思わず口元を緩ませた。

(へえ、あのカレンが…へっ、こりゃあいいもん見せてもらったぜ)

 ダイスケが、口元をニヤケさせながら、薄目で覗いていた世界。そう、カレンは目の前の二人に精神力を注ぎ込む事だけに思念を集中させていたため、些細な動き、そのダイスケの微かな思念波の乱れには気付かなかったのだ。

「結構いいとこあるじゃねえか。カレンちゃんよ」
「えっ」
「けっ…この天下のダイスケさんとしたことが、流石に伸びちまってたか…面目ねえ。ったく、いい大人が、だらしねえ話だぜ」
「よ、良かった。ダイスケ、さん」
「おめえのおかげだぜ。カレン…って」

 無我夢中で二人の介抱を続けていたカレンだったが、意識の目覚めたダイスケの…彼の声を聞いて、思わず張り詰めた精神の緊張を解く。自分に残る精神力を注ぎ続けた彼女の体は、すでに自らの意思でとどまる事が出来ないほど疲労し、起き上がったばかりのダイスケの胸元へ、ただ力なく無意識に倒れこむ。

「おっ! おい! か、カレン!? だ、大丈夫か! おい!」

 倒れこんでくるカレンの細い体を抱きかかえるダイスケに委ねられた、カレンの余りにも細く、軽い肉体。そこから感じられる、血の気が引いたような体の冷たさ。顔を見れば、開くのを止めた眼が、苦しそうにジリジリと眉を動かし。筋力の抜けた肩が、ズッシリと重くダイスケの腕の中に沈む。

「おい、眼を開けろよカレン! なあ、起きてくれよカレン!」

 引っ張られる重力に身を任せるように、弱々しく倒れかかるカレンを見て、慌てて強く抱きかかえたダイスケは、彼女の急な異変に思わず彼女の肩と腕を掴み、アカネの時と同じように声を荒げた。
 倉庫街に響く彼の声は、その心配に比例するように、大きかった。

「起きろよ! カレン! 助けてくれて死ぬなんて、ガラにもなくカッコつけた事してんじゃねえよ!」

 カレンの細い体を揺さぶりながら、ダイスケが夜空に向かって大声をあげた。
 だが、それと同時に、違和感を感じさせる音がダイスケの耳に聞こえてきた。

「…クスクス」

 カレンの体を抱えるダイスケの耳に、篭る音で小さく聞こえた笑い声。
 人を騙す小悪魔のような、高音の微笑。その声の主は、ダイスケの腕の中に抱えられた、一人の少女のものだった。

「へぇ~、アカネちゃんじゃなくても、一応心配してくれるんだ。ダイスケさんは」
「カレン! お、お前意識が…」
「あーやだやだ。ってゆーか恥ずかしくて、ちょっと冗談でやった、こっちが聞いてられないよ。いつも思うけどダイスケさんは、いつも暑苦しいっていうかー。それだからそんな歳になっても女の子にモテないんだよ」
「わ、わざとかよ…」
「私があれくらいで、まいるわけないじゃん」
「誰だって仲間が目の前で倒れ掛かってきたら、心配するだろうが!」
「ってゆーか、正直うざいんだよねそういうの。じゃあさ、ほんとに私が今死んでたら、どうするつもりだったの? 結局ダイスケさんの後悔なんて口ばっかじゃん」
「…そ、それは」

 互いに顔一つ分の距離を保ちながら、ダイスケにやや高圧的な言葉を放つカレン。言い切る彼女の本当の心はどうであれ、確かに危機に巻き込ませたダイスケにとっては、耳の痛い話だった。視線をそらし、少し落ち込んだ様子で、苦々しさに奥歯を噛む顔は、抱きかかえられたカレンにも見えた。

「ってゆーか、もう大丈夫だから、手を離してよ」
「あ、ああ…すまん」

 落ち込み顔のダイスケに、カレンが一言放つ。
 機嫌の悪そうなカレンの視線が、彼女の体を支えるダイスケの手に向けられる。それに気付いたダイスケは、いかにもバツが悪そうな了承の声をあげながら、抱きとめていたカレンの腕と肩を離した。

「お、おい大丈夫か」

 ダイスケが、立とうとするカレンに手を貸そうとする。

「もう子どもじゃないんだから、一人で立てるわよ」

 だが、カレンは思いきりその手を払う。
 邪険、というより嫌悪に近い形で手を払われた事に、また苦い顔を浮かべるダイスケ。カレンは服にかかった塵やホコリに視線を移しながら、ぷいと体の向きを変え、ダイスケから背けた。

(私だって…私だって…)

 穏やかな波止場の海風が再び吹き始め、薄化粧のカレンの顔を冷たくなでる。
 普段なら性別的、能力的にいっても、守られること、助けられることが当然だと思っていた彼女が、初めてダイスケの助けを受けず、消耗した体に踏ん張りを利かせ、自力で立とうとする。

(一人で、大丈夫なんだから…)

 意思ではない、どちらかといえば、これは意地だ。
 無意識の中に芽生えていた彼女の独立意識が、一人で立つ事を選ばせたのだ。
 カレンは、ゆっくりと地に手をつくと、自力で立ち上がろうとした。

「あ…」

 が、しかし。
 二人のために精神力を消耗したカレンが、そう易々と立てるはずが無かった。

「おい! カレン!」

 まるで吊るした糸が切れた人形が、力なく、その場に崩れるように、立とうとしたカレンの体は、海風に煽られるようにバランスを崩す。
 それを見たダイスケが、すかさず倒れこむカレンを抱きかかえた。
 生きてはいるが、抱きかかえられたカレンの眉や口元は苦しみに歪み、感じる精神力は、驚くほど衰弱していた。
 ダイスケは、また不機嫌な顔をされるんじゃないか、と思いながらも、声をかけずにはいられなかった。二度三度、体を揺さぶり、必死に声をかけながら反応を見る。

「…まーた、騙された」

 抱きかかえられたカレンの意識は、確かにあった。
 苦しみに満ちた表情を浮かべながらも、その薄目でダイスケの心配そうな顔を見て、無理してハニカミながら言った言葉は、彼女なりの気遣い、大人への背伸びの感情だったのかもしれない。

「へっ、嘘つくんじゃねえよ」

 カレンのつくった様な表情の意味。彼女らしくない、大人への気遣い。
 それを感じ取ったダイスケは、全てを察した。
 そして、己の手に抱きかかえたカレンに、今度は視線をずらすことなく、優しく声をかける。

「意地なんて張らなくてもわかってるぜ。お前が、いつも頑張ってることぐらい」
「…って、てゆーか…今さら? 気付くの遅いんですけど」
「わりいな。しっかし、自力で立てないぐらい心削りやがって。…ったく、いつも人間関係サバサバしてるお前らしくねえな。何カッコつけてやがんだよ」
「…私だって、たまにはダイスケさんみたいに、格好つけても良いじゃん」

 ダイスケの優しい口調に続いて帰ってくるのは、総じて彼女らしくない、カレンの…何処にでも居る、等身大の女子高生の素直な声だった。

「他人の物真似なんてのは、能のねえ大人のやることだぜ。お前はお前のままでいろよ。それに、そんな真っ青な顔してちゃ、騙せるもんも、騙せないぜ」
「…ちぇっ、精一杯頑張ったふりして強がってるんだから…、だ…騙されてよね」
「やれやれ、そう何度も引っかかるのは癪だが、他ならぬカレンちゃんのためだ。仕方ねえ、騙されてやるかー」
「…ありがとうなんて言わないからね」
「んなこと、わかってらぁ。だけどあんまり、このダイスケさんを心配させるなよ」
「…そう思うなら、もう二度と、私に、こ…こういう事させないでくれるかなぁ?」
「はいはい、わかったわかった。二度とさせねえよ」
「じゃ、じゃあ…約束ついでに、私のワガママ聞いてくれる?」
「なんだ?」

 カレンは一呼吸置くと、つくったハニカミ顔を解いて、こう言った。

「…もう少し、…このままでいさせてよ」
「ちっ、仕方ねえな…」

 「大丈夫」と意思表示するように、言葉の後にダイスケの腕を強く掴みながら、強がり続けたカレンの、初めての本音だった。
 仲間意識を嫌い、他人に必要以上干渉しないこと、そして強がることで自分を作り出してきたカレンという少女は、ダイスケの腕の中で意識を失った。

 穏やかな海風が、黒い眼の狩人たちの背を通り過ぎてゆく。


―――――

 数分後。
 意識を取り戻したカレンは、アカネを負ぶさったダイスケと供に、瓦礫で埋まったコロッセオを去り、トオル達の待つ倉庫へと向かっていた。

「すまねえなカレン。本当ならアカネちゃんの回復も待って、もう少し休ませたいところなんだが」
「あーあ、ほんと。こんなか弱い女の子たちを危機に晒しといて、大の男が情けないってゆーか」
「ひでえ事言うなよ。俺が奴をあそこで奴を仕留められなきゃ、きっとお前もやられてたぜ」
「ってゆーか、関係ないしー。私は二人置いて逃げるつもりでしたからー」

 冷たい海風が建物の合間を縫うように吹く倉庫街に、ダイスケとカレン、二人のいつもの調子が聞こえてくる。言い慣れた悪態、聞きなれた言い訳、あれだけ心が素直になった数分前が嘘のように、いつも通りの感覚が二人を包む。
 だがそれも、今の二人にとっては都合の良い照れ隠しだった。

「おいおい、今のは俺の聞き間違いかぁ? 誰かが思念波で俺に『助けて』って叫んでたのが聞こえたんだがなぁ」
「え!? そ、そんなわけないじゃん」
「まっ、カレンだって女の子だもんな。怖けりゃ怖いって本音もでるって話だ」
「ダイスケさん! わ、私そんなこと言ってないって!」
「なあにそんな顔して心配すんな、誰にもバラしゃしねえよ。俺も男だ。ここだけの二人の秘密にしておいてやるよ」
「って、ってゆーかダイスケさんの聞き間違いだし。そう! あれよあれ、緊急時における幻聴ってやつ!」
「はいはい。そうですかっと」

 恥ずかしいのか、頬を少し赤らめながら、確かに言った事実に対して強く否定するカレン。
 それに突っかかりながらも、笑みを浮かべ、事実を受け流そうとするダイスケ。
 全ては戻りつつある、いつものように。

「ってゆーか、今思い出したんだけど。そういえばダイスケさんも、私やアカネちゃんに恥ずかしい事ばっか言ってくれたよねー」
「すいません。誰にもカレンさんの話はしませんから、言わないでください」
「どーしよーかなー、ってゆーか私、欲しい服あるんだけどー」
「ぐぐぐ…足元みやがって。ああ! ここから無事帰れたら買ってやるよ! いくらでもな!」
「冗談。ダイスケさんのお財布じゃ、一着買うのも、ちょっと厳しいからね」
「カレンお前!」

 動物のじゃれ合いにも似た、そのダイスケとの何気ない会話。
 その中に、本当に大事なものがある事を、まだカレンは気付いていなかった。
 強がりを受け止めてくれる相手、そして冗談を互いに言い合う仲間意識の強さ。
 それが、自分の想像以上に膨れ上がっている事を。

「そういやトオルに連絡は?」
「え、あっ」

 いつもの状況に安心しきっていたカレンは、ダイスケの言葉を聞いて思わず焦りとも驚きともとれる、突飛な声をあげた。
 そういえば、話すのに夢中で、別ルートから進入する手はずになっているトオル達に定期的に入れる連絡を怠っていた。慌てて精神感応の能力を展開し、あたりに思念波を飛ばせる環境を整えると、トオル達の居るだろうと思う場所へ飛ばすカレン。

 だが、カレンの飛ばした思念波は、カレンの目の前で、すぐさま消えた。
 いや、送り出した途端、かき消されたのだ。

「えっ…これって」
「どうしたカレン。トオル達に何かあったか?」
「ってゆーか…感応障壁(サイコジャミング)!?」
「何だって!? どういうことだカレン!」

 カレンは、向かう先にある薄暗い倉庫のほうを指差しながら呟いた。

「あの倉庫を中心として、この倉庫街一帯に、どんな思念波も、振動も、音も通さない…強力な感応障壁が出てるみたい。至近距離…相当近寄れば届くかもしれないけど、ここからじゃまったく意味ないよ」
「おいおい感応障壁だって!? ってことは、敵さんにも強力な精神感応の能力者が居るってことかよ…」
「こんな広域に、こんなに強力な感応障壁を敷き続けるなんて、少なくとも私と同じくらいのエキスパートかもね…」
「まてよ、ってことは、もしかするとトオル達の方にも奴等の手が回ってるって事かよ!」
「わかんない…けど。さっきの男とあれだけ激しい戦闘をしたのに、あのトオルさんがそれに気付かないはずないよ」
「ちっ、こりゃ厄介な事になりそうだぜ。急ぐぜカレン!」
「ちょ、ちょっと待ってよダイスケさん! 置いていかないでよ!」

 心に嫌な物を感じながら、アカネを背負う手に力を入れ、ダイスケは足を速める。
 彼の舌打ちと行動が、背を追いかけるカレンの不安を煽り、思わず不安げな声を心に響かせた。
 その足音も、不安の声も、目指す倉庫から敷かれた、思念波と音の振動を遮る強力な感応障壁により、かき消されてゆく。暗闇に立ち並ぶ倉庫の壁を、反響させることもなく消えてゆく、自分達がそこに居るという鼓動の消失は、急ぐ二人の心を、ただ不安に陥れるのだった。

 波止場に打ち付ける、音の聞こえなくなった波が高くなる。
 辺りは、塩の香りと供に、再び強烈な海風が吹き始めた。

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支援ありがとうございます。

2008年06月14日 00時44分40秒 | 超能力バトル物


■ヒロイン 反町アカネ

(クリックで大きくなります)



やっぱり絵の力は偉大だなぁ。
ややもすればくどい台詞が、こうまで映えるようになるとは…
絵師のドリム様ありがとうございます><
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第十二話『タイトロープ』

2008年05月24日 21時55分22秒 | 超能力バトル物


 「お、おまえ…ど、どんな体の作りしてやがるッ!!」

 ダイスケは、焦っていた。
前歯で下唇を噛みながら、たらりと額から流れる汗は、目の前の信じがたい光景に動揺を隠しきれない彼の気持ちを代弁する。

 恐怖という感情の引き金に押され、意識を失うほどの精神力の放出に動かされたサイコランチャーから放たれた莫大な衝撃エネルギーは、確かに迫り来る赤毛の男を捉えていたはずだ。たとえば能力者だとしても、身体に関して言えば普通の人間と同じ。理解と理論の範疇で考えるならば、骨という骨が折れ、肉という肉が裂け、その全身がバラバラになってもおかしくはない。

 だがロイは生きている…!
白煙の中から僅かに見える赤い瘴気を灯らせながら、立っているのだ。

 「ふ、ふふ…あ、あなた達と違って…元々、殺し殺されが常識のスラムで鍛えられた私の体は…非常に頑丈に出来てますからね…くく…く…グッ…ガハァッ…!」

 白煙の薄らぎと供に、ダイスケたちの目に見え始めたロイの姿。
だが、その様子もまた尋常ではなかった。
紳士たる彼が着けていた黒服は衝撃に削られるように吹き飛び、上半身は無数の擦り傷に滲む赤い鮮血と、青紫色に鈍く色を放つ打撲の跡が、ダイスケ達の位置からも、まじまじと見えた。

 「し、失礼…見苦しいところを…ゴポッ…カハッ…」

 ロイが一度喋れば、胃に溜まった血流が吐血となって口からこぼれ、赤い瘴気を灯らせた右腕は、かろうじて傷が数箇所付くだけで直線を保っているが、反対の左腕は、落下した衝撃で『あらぬ方向』を向き、地につけた足は、すでに足の機能を殆ど失い。二本の松葉杖のように、ただ直立に体を支えているだけであった。

 重症だ。
虫の息…吹けば飛ぶような絶望的なダメージを体に抱えながら、必死に立ち瘴気を灯らせるロイの心中を支える物とは何か…?

 そんなことを頭の中で考えながらダイスケは、怯えた表情で竦むカレンに意識を失っているアカネを任せると、右手を構えながら仁王立ちをするロイの前に出た。そして…思わぬ行動に出た。

 「へへっ…口から血まで垂らして強がるんじゃねえよ!こけおどしに瘴気を灯らせているが…てめえの体力も精神力も、もう底の底のはずだ!撃てんのかよ!その体で!」
 「…な、なに」
 「それとも、てめえの命を落としてまで俺達とやるかい?ええっ?」
 「…」

 あからさまなダイスケの挑発は、事実をロイの体に教えるのには十分だった。
ロイの口腔内に広がる血の匂いと、鉄を舐めるような嫌な味。全身を感覚的に駆け巡る激痛の嵐。喋る事すら苦痛になっているのは事実。そんな体で、右の掌に灯した瘴気を放てば、例えダイスケ達を倒しても死は間逃れきれない。

 「そこで相談だ。俺も余り好きじゃねえが、ここは痛み分けだ。一つ互いに命を惜しんでの取引といこうじゃねえか」

 ダイスケの思わぬ行動。
痛み分け…いや、立場からすれば命乞いと言うべきか。
自分が無法の能力者を狩る立場だというのに、狩られる側の能力者を見逃し、交渉する。それは、命賭しても戦うハンターという職務において、許されざる行為であった。だが、精神力も尽き果てたダイスケの胸中には、たとえ自分が裁かれようと、背後にたたずむアカネとカレンの命を助けようという思いしか浮かんでいなかった。

 だがロイは、そんなダイスケの胸中をあざ笑うかのように、唇から流れる血を震わせ、薄気味悪い笑みを浮かべて言った。

 「ふっ、ふふ…命を惜しんでの取引…?くだらないことを聞く人だ…」
 「なんだと?てめえ、命が惜しくねえのか…!?」

 ダイスケの言葉を待たずして、ロイは瘴気が灯る右手をダイスケの方へ向けた。
袖の千切れたスーツの先から伸びる右手に揺らめく陽炎が周囲のコンクリートを焦がす。ロイの掌は、目に見える巨大な赤光を放ち始め、それまでどんな熱にも衝撃にも破れなかった特殊な加工のされた白手袋が、炎熱の瘴気の増大に従って、焦げ臭い黒炭となって地に落ちてゆく。

 ダイスケは、その光景に再び唇を噛んだ。

 「…イカれてやがる…!」

 思わず発した言葉は、相対したロイの笑みを増徴させる。

 「い、イカれてる…?これが普通なのです。どんなに傷ついても…、私は支配者(マスター)が居る以上…私が雇われた召使(サーペント)である以上…その命令は絶対に守らなければならないッ!それが、たとえ命を失う結果だとしても!」
 「クレイジーすぎるぜ…あんたも!…あんたの支配者って奴も!」
 「い、命など軽いのですよ。と、特に、我々のような使い捨ての雇われ召使(サーペント)のはね!ぐぐ…さ、さあ、あなたが先ですか…そ、それとも、後ろのレディ達が先ですかね!に、逃げようとしても無駄ですよ。ヒートブースト一発分の力は、残してありますからね…!」
 「く、くそやろうが…命を粗末にしやがって…クレイジーすぎるぜ、あんた等はよ!」
 「こ、殺し殺されが常識のハンターにしては、随分と軟弱な思考をお持ちで…」
 「…そうかい?へっ、へへ…俺は良かったと思うぜ。あんたみたいにクレイジーに命を捨てれないだけでもな」
 「な、なんとでも言いなさい。わ、私はただ、あなた達を殺すだけです」

 ロイの執念は、ダイスケが閉口してしまうほど強い物だった。
恐ろしいほどの支配者に対する忠節…いや義務感と言ったほうが良いそれは、ロイを死の覚悟へと誘った。

 「(チッ…どうするんだよ。逃げる前に消し炭になっちまうぜ、ありゃ)」

 どうにかその場から逃亡しようと、思考を繰り返すダイスケの眼前には、ロイの右手に灯った赤光が見えた。ロイの確固たる信念を燃料にくべたように、さらに熱を帯び、輝いてゆく瘴気。自らの死を覚悟しながら、不敵に微笑むロイに、初めてダイスケの心がたじろぐ。

 「(…この俺をここまでビビらせるとはな…正直、稀に見る怖さだぜ…)
 
倉庫街に吹きつける嫌味のように塩を含んだ海風が、顔を垂れる一筋の汗を肌に張り付かせ、背筋を冷たくする。並々と注がれた恐怖の海に、一度焦燥という名の巨大な氷塊が落とされると、怯えという海水が心に広がってゆくのを感じていた。

 「(…けて…)」

 だが、その時。
後方で発せられた、小さな思念波の声がダイスケの心に入ってくる。
小動物が助けを求めるように鳴く声は、ダイスケが良く知る人間の声であった。

 「(助けてよ…!助けて…!ダイスケさん…)」

 そう、それは、恐怖を覚えたダイスケ以上に、眼前のロイに恐怖感を抱いていた、カレンの心の声だった。恐怖に零れ始めたカレンの思念波を受け取ると、ダイスケは汗の垂れる顔面を一度手で拭い、強張っていた表情を解き、軽く口元を緩ませて、心の中で呟いた。

 「(へっ…女にそこまで期待されちゃ…張るしかねえか!この命をよッ!)」

 ダイスケは、己を取り巻く怯えを振り切った!
目の前で命を賭して迫るロイと、対等の覚悟の炎が今ダイスケにも灯された。するとダイスケは、動揺と恐怖に満ちたカレンと、苦悶の表情で気絶したアカネに向けて、誰にでも聞こえるほど大きく強い思念波を送った。

 「…カレン!俺が失敗したら、うまく逃げろよ!これがダイスケさんの一世一代の大勝負だぜ!」

 「えっ?」とカレンが驚きの思念波を送る前に、ダイスケの足はロイに向かって走り出していた。全身に残された力を振り絞り、鍛え上げられた拳をグッと強く握ると、捨て身の攻撃に出ようと、ただがむしゃらにロイの前に突進した!

 「(…おそらく奴を倒すには…これしかねえ!奇跡って奴よ、今だけでいいから起きてくれよ!)」

 ロイとの距離を詰めながら、ダイスケは冷静な思考で最後の思念波を全身に行渡らせると、考え付くべき最後の切り札を胸に、ロイの燃え盛る瘴気の渦の中へ飛び込んだ。

 「く、くく…助かりますよ…そうやって近づいてもらうと…私の移動する手間が省けるというものですよ!」

 苦痛に歪み、狂気に満ちたロイの右手は掲げられ、突進してくるダイスケを今か今かと狙い済ました。膨らんだ熱の瘴気は、今や周囲を焦がすほど爆発的なエネルギーの塊となっており、普通の人間が触れれば、一瞬にして水蒸気になってしまうほどの炎熱を含むものだった。

 「何をするつもりなの、ダイスケさん!」

 ダイスケの行動は、殆ど自殺行為だった。だが、ダイスケは止まらない。背中から聞こえるカレンの悲鳴に似た声を振り切って、炎熱の瘴気を灯すロイの懐へと飛び込んでゆく。

 「うおおおおおおおりゃあああっ!」

 二人の距離。およそ目先2mの位置で、ダイスケはレビテーションを使って跳躍した!互いの腕先が伸びれば、顔に届くほどの至近距離に、音の出るほど強く握られた右の拳を空中から直角に飛び込ませるダイスケに対して、腕を掲げたまま、大きく弧を描きながら空中を裂くように流れる、熱エネルギーの塊と化したロイの右手の赤い閃光!

 「逃れられない空中からとは…愚かですね…!死になさい!」

 リーチは完全に瘴気を伴うロイのほうが上…!
例えば相打ち狙いの突撃でも、熱エネルギーに触れた瞬間に蒸発すると考えれば、まさにダイスケのとった行動は自殺行為以外の何物でもなかった。
 だが、空中に飛び上がったダイスケは、レビテーションする思念波すら切れたのか、重力に逆らわず、方向を変えることもせず、ただ一方方向に向かって…ロイの懐へと飛び込んでゆく!

 ブゥン!

 大きく弧を描きながら、辺りの空気を巻き込んだロイの灼熱の右手が、空中に踊るダイスケの体を今まさに捉えた!

 ズドォォォォォンッ!

 けたたましい爆発音と、海風を吹き上げる衝撃が、倉庫街を震撼させ、振り下ろしたロイの灼熱の右手が、地面に突き刺さると、地響きが波打ち際に入る波を打ち返し、地面を固めていたコンクリートが熱量に耐え切れずに蒸発する。

だが、その瞬間ロイは、何かに気付いたように声をあげる。

 「しっ、しまった…!」

ロイは、慌てて振り返った。
気付いていた。
物質に当たる手ごたえが無かった。
ダイスケの体を捉えたまさにその瞬間、空気を斬るような感覚を覚えていたのだ。
だが、気付いた時にはもう遅かった。
腕を地面から抜き、振り返った顔面に重なるように現れ、目の前に映り込んだ影。
そこには、握力の篭った屈強な拳が、強烈な回転を見せながら迫っていた。

 バゴォォォォン!

 「ぐごっっ…!」

 ロイは、振り向いた方から迫るダイスケの拳を止める事も出来ず、そのまま肉が削がれるほど強固なストレートパンチを、思い切り顔面に喰らって、右手に灯した瘴気が消えてゆくのを感じながら、自らが作った蒸発するコンクリートの池の中に二回、三回と横転して、消えていった。

 ドタッ…

 空中からロイの顔面に強烈な拳を当てたダイスケは、思念波を使い切ったのか、地上に降りると膝を屈するように、その場にうつ伏せで倒れた。そして、おそらく二度と立ち上がれないロイを消え行く意識の中で見ながら、呟いた。

 「へっ…ど、土壇場で成功しやがったぜ…。至近距離空間移動(ラピッドテレポート)、相手にバレてたら、今のは終わってたな…。しかし、き、奇跡ってのは、わりと起こりやすいもんだよなぁ…」

 満足気にダイスケは呟くと、後ろでわめくカレンの声を聞きながら気絶した。
気付けば辺りの海風は止み、波は落ち着き、場内を照らしているライトは落ち着きを取り戻した。静まり返った辺りには、破壊された闘技場(コロッセオ)と、肉と物質が焦げ臭い匂いを放つだけだった。

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第十一話『セイムタイム』

2008年03月21日 20時27分16秒 | 超能力バトル物


「高熱量加速(ヒートブースト)!」

キィィィィィン…

突如として飛びかかってくる能力者、灼熱の召使ロイとの距離25m。
コンクリートの大地を黒い革靴でカツンと蹴ったロイの体が浮き上がると、足元でボンと爆発するような音が聞こえ、ダイスケ達は真正面から流れる風を感じた。

「なっ!」

さして近くもない25m程の距離からの向かい風に、なぜかダイスケは緊張を覚える。
ロイの接近速度が余りにも速いのだ。浮上(ジャンプ)から能力を利用した加速まで、おおよそダイスケの感覚で予測されたスピードよりも、段違いに速い!その速度は、感覚と記憶の範疇を超えていた!

「ちっ…!しかたねえ!」
「ってゆーか、ちょ」
「えっ」

思わず出る舌打ちと同時に、ダイスケは走り出していた。二歩ずつ離れた両側に立つカレン、アカネの女子二人を軽々と腕で抱えた。

「空間移動(テレポート)ッ!」
「焦熱握撃(ヒートハング)ゥゥッ!」

同時に声を放つ、鉄のコンテナの上のダイスケと、空中のロイ。

ダイスケが思考するまでのおよそ数秒間に差し狭まる間隔8m。
ロイの右手が赤く輝きを増すのを確認して4m。
初動から女子を抱えるまでに10m。

ダイスケが二人を抱えながらテレポートする瞬間に、概ね近くもない25mという距離は殆ど詰められ、ロイの赤い閃光が三人の目と鼻の先に迫っていた。

ビュンッ!

間一髪!
ロイの手がダイスケの体を貫こうとするその瞬間!
ダイスケ達の体は残像を残してその場から消えた!

バゴォォォォォン!

消えたダイスケ達の残像の後を追うように、ロイの右手の閃光がコンテナに接触すると、巨大な熱のうねりが生み出した衝撃は、小さな爆発音と黒い煙を伴って耐久力の限界を迎えた鉄の外壁を貫いた!

「む。避けられたか…」

ロイは穏やかな口調で、コンテナに突き刺さった右手を抜く。
鉄製の外壁は引き裂かれ、耐え切れず吹っ飛んだコンテナの一部は焼きただれ、密閉されたコンテナの中に異国の酸素が吸引され、長い間放置されていた錆の匂いが燻る熱に誘き出されて外へと放出される。鉄の材質は固体から液体に変質しながら落下し、メッキされた染色部分は熱による溶解と、右手から吹き上がる強い上昇気流に吹き飛び、剥き出しとなった鉄色は、赤から段々と明るい橙色に変色し、マグマのような溶鉄へと姿を変えた。

ビュン!

「ったく危ねえなあ、お前ら!俺が気付かなかったらお前ら蒸発してたぞ!」
「す、すいません・・」
「って、てゆーかマジ笑えるんですけど…日焼けサロンも形無しつーか…」

別のコンテナの壁へと瞬間移動していたダイスケ達。
発生した巨大な熱量によって、コンテナから解き放たれた空気が、焦げ臭い匂いを海風に乗せて、フッと三人の鼻に届く。

「ブラボー。二回目も避けられましたか。ふふ、しかし、そんなに驚かせましたかね?狩人(ハンター)さん」

目測の距離にして50m程度。
まだ黒煙の昇るコンテナの合間から聞こえてくる、ロイの思念波。戦闘中だと言うのにロイは、こちらの思念波の波長に合わせてダイスケの思考に会話をしかけてくる。

「随分余裕じゃねえか…てめえ!」

怒りを露にして思念波を返すダイスケ。
その先に薄らと見える、向かい側の白手袋をつけた黒服姿。ロイは不適な笑みを浮かべながら革靴で一歩一歩、大地に落ちる溶鉄が大気に触れて冷えて固まり出来た道を、落ち着いた素振りで歩いてくる。

「余裕?いえ、余裕などではありません。毎回、この闘技場(コロッセオ)に招待した能力者へ私が行う、挨拶のようなものです。それにしてもブラボーです。あの位置から私の攻撃を避けるなんて」

「とんでもねえ野郎だ。空中浮遊(レビテーション)で作った浮力の足場に、全ての温度が一定の熱量の壁を発生させて、圧縮した大気を一方向に爆発させて、自分の体を弾丸のように加速するたぁな…正直、驚きだぜ…」

会話が聞こえない後ろの女子二人をチラチラ見ながら、ダイスケはロイの思念波を受け取り続けた。ダイスケとロイの二人の思念波での会話は続く。

「お褒め頂き、まことにありがとうございます。そして、あの一瞬で私の加速トリックを暴く観察力。人二人抱えて瞬時にテレポートを行う判断力。実にブラボーです。流石は、この国家の選んだ黒い眼の狩人というところですか」

「ったく、褒めるぐらいなら手加減してほしいな。あんたの能力、半端じゃねえからな」

ジリジリと差し迫る足音、浮き上がるロイのシルエット。

「私は何時でも全力です。手を抜く事など出来ません。少々の危険があっても、あなた達を消さなければ私が支配者(マスター)ロベルトに消されるのです。ここは奥の手など隠さず、私の全力で葬っておこうかと思いまして…」

彼の右手が赤く光ると、発生する強大な熱によって大気が逃げ出し、吹き上がり始めた海風が黒い煙を散らし、白手袋を胸の位置に掲げるロイの姿を鮮明に映す。

「次は避けられませんよ…!高熱量加速(ヒートブースト)!」

キィィィィィン…

ジェット機がエンジンを始動させたような、耳に響く音が辺りに鳴ると、ロイは三人めがけて再び弾丸のような速さで、その距離をつめる!

「ちっ!仲間内で相談くらいさせろよな!二人ともつかまってろ!」
「「えっ」」

再び二人の体を抱えるダイスケ。
そして、その喉元近くまで瞬時に大量の熱を帯びて、迫り来る黒い弾丸。

「空間移動(テレポート)ッ!」
「焦熱握撃(ヒートハング)ゥゥッ!」

ビュンッ!
バゴォォォォォン!

同時に発生する叫びと衝撃音!
瞬時に避けるダイスケ達!即座に追う赤毛のロイ!
響く凶音!唸る鉄腕!吹きぬけ、突き抜ける風!
そして互いに考える間を置かず繰り返される、いわば力比べのような持久戦!
連続的な空間移動!一方的な熱量破壊!

「6回目…!」
「また来るよ!今度は右から!」
「わかってる!ちくしょう、あいつの能力は無尽蔵かよ!」

ビュンッ!
バゴォォォォォン!

カレンの精神感応能力を借りながら、ロイの襲ってくる方角と今現在自分たちの居る位置を確認し、即座にテレポートを敢行するダイスケ!着実とは言わないが、ダイスケのテレポートは的確だった!長距離の空間移動には緻密で精密な現場のイメージが必要だが、目の前に見える範囲の短距離ならば話は別。コンテナや廃材の壁に囲まれた闘技場(コロッセオ)の視界100m圏内は全て、ダイスケたちの逃げ場だった。

「次!左!」
「ダイスケさん!来ますよ!」
「逃げ隠れて作戦会議と思ったが、こりゃ時間的に無理かーっ!?」

ビュンッ!
バゴォォォォォン!

消える狩人達の残像を追う、赤い熱の衝撃を含む黒い弾丸!

「ちっ…まったくもってキリがねえ!」

全て紙一重!
おそらく、能力者ロイが編み出した巧妙に仕掛けられた攻撃から移動までの完璧なパターン!その刹那の隙をカレンの精神感応能力と合わせて空間移動する!コンマ何秒という絶妙の瞬間を見切り、小規模な転移を繰り返して、攻撃を避けていく空間移動者(テレポーター)ダイスケ!

「かわされましたか。今度は何処ですかね!」

だが、弾丸は依然として止まらない!
目先、鼻先、口先を指一つの距離で捉えながら、目の前から消えてゆく残像に翻弄されても、余裕と真顔を崩さず、その勢いのまま接触するコンテナや鉄骨を次々に溶断して、全てを見るも無残な溶鉄へと変える灼熱の召使(サーペント)ロイ。

ビュンッ!
バゴォォォォォン!

おそらく、この連続的に行われる逃亡と追撃は、時間にしてみれば三分にも満たない短いものだろう。だが、その三分の間に、間髪入れずテレポートをし続けたダイスケの精神力は確実に疲弊していた。そこへ、疲労の色を見たロイから思念波が入る。

「どうやら疲れの色が見えてきたようですが。どうです?そろそろ諦められては」
「なぁぁにぃぃぃくそぉぉおおお…!」

ロイの思念波の挑発に、ダイスケが猛る!
精神力というエネルギーを奮い立たせて、底を付き始めた気力に鞭を入れる!
そしてまた、三人の前にロイという能力者の弾丸が迫る!

「空間移動(テレポート)ォォォッ!」


だが、その時だった。
唸るダイスケに異変が起こったのは。
ダイスケは、女子二人を抱えながら、その場にへたり込んだ。
そして、疲労に歪む顔で、カレンとアカネにこう言った。

「す、すまねえ皆。こりゃダメだ。燃料切れだわ」

その言葉に、流石に驚きが隠せなかったカレンは思わず慌てた。

「ダイスケさん!」
「えーっダイスケさん!?ってゆーか、もうアイツ来てるんですけどー!」
「くそっ!情けねえ!お前ら…せめて俺から離れて逃げろ!」

ダイスケの顔中に浮かぶ汗、青ざめた肌色。
そして、差し迫る目先18m先の距離から届くロイの思念波は、小さな絶望の歪みに打ち崩れるカレン達にも聞こえるように言い放たれた!

「おや、流石にもう飛ぶこともできませんか。無理も有りませんね。なるほど。では、名残惜しいですが、お付き合いありがとうございました!これで今晩のショータイムは終わりです!皆さん、さようなら!」

キィィィィィン…

飛び込むロイの思念波と供に、黒い弾丸の中に赤い右手が光る。

「ダイスケさん!ごめん!ってゆーか私逃げるねー!」

カレンは、倒れたダイスケを救う事もせず、その場を横へと駆け出した。

「おう!化けてでねえから心配すんな!」

焦燥感に歪む顔を、精一杯の笑顔に変えてダイスケの陽気な声がカレンに届く。

キィィィィィン…

「…!」

しかし、ただ一人。
アカネは、瞬間的な死という逆境がスイッチとなり悪い癖が出た。

数秒後に訪れる確実な死。
普通の人なら発狂してしまうであろうこの状況を見て、彼女は非常にも冷静だった。いわゆる優等生肌。目の前に度を越した逆境的なピンチが起こると、状況をなんとか打開するために熱くならず、冷静になってしまうタイプの人間だった。プライドという底があるからこそ、追い込まれれば追い込まれるほど、逃げ出さず、意固地になり、冷静になってしまうのだ。

だが、その癖は今現在最も不必要な物だった。
そう、彼女は、ロイの赤く輝く右手に関して、冷静に観察し思考してしまったのだ。

いくつもの鉄を切り裂いてきた、白手袋の周囲に沸く高熱の溶断機。おそらく思念波のスイッチさえ入れば、鉄を溶断する程の常時1500度以上の高熱を発する、ロイの焦熱握撃(ヒートハング)。人間という、大量の水保有物に触れれば、一瞬にして人体の皮膚を焼きただれさせ、血液は煮えたぎり、触れられた一部は痛覚を意識する前に蒸発し、溶断された部分だけの痛みだけが残る。

冷静に思考することによって恐怖の感覚は、漠然とした情報を羅列している時に比べて、より深く恐怖の連鎖を引き起こし、その感覚を倍増させる。おおよそ人間が最後に残している、理性の鍵が恐怖によって解放される。心の悲鳴は思念波となって、外へと放出される。


「うわあああああああぁぁぁぁっ!!!」

理性を失ったアカネは、手に握った思念変換銃(サイコランチャー)を前方に掲げると、迫るロイ目掛けてトリガーを思いっきり引いた!


ドォヒュゥゥゥゥゥゥゥンンッ!!!


幅16cmの小さな拳銃から撃ち放たれた恐るべき閃光!
衝撃エネルギーを含んだ光線のうねりが、中心点を境にして、まるで渦をまく竜巻のように風を食い、大気を食い、周辺に散る廃材の欠片を飲み込みながら眼前を飛ぶ!銃口から吐き出された、とてつもない長大な閃光は、闇夜を照らし、その場に居る全ての者の眼に光を飛び込ませた!

「な!なんとおおおおおおおおおおおおっ!!」

その光の渦を前にロイは勢いを止めて、両手にありったけのエネルギーを溜めた!渦を前にして、か細く伸びる赤い閃光。だが噴出した恐るべき衝撃エネルギーの前には、たとえロイの力が並外れた能力者だとしても、太刀打ちできるようなものでは無かった。

「うわああああああああぁぁぁっ!!」

冷静さゆえに増大された死の恐怖へのリアルなイメージが、思念波という形で銃に反応を起こさせ、アカネの精神力を極限まで吸い出したのだ。さもすれば感情という心の器の崩壊すら起こしかねない程の精神力の放出光は、まさに極大であった!


「こ、こ、こ、こんなもの…ぬわあああああああああ!!」

バアアアアアァァァァァァァァンンッ!!!!!!!!!


叫ぶロイだったが、流石にダイスケとの力比べに疲弊していた精神力では、その強大な衝撃エネルギーを止めることは勿論、すでに加速した体を、もう一度逆側に加速させて避けることなども出来なかった。ただ直線に放たれるエネルギーのままに、自分の体を痛めつけ、自分の放った熱エネルギーとのぶつかり合いで若干それた衝撃エネルギーの軌道に合わさって、ただ無碍にコンテナの上に叩きつけられた!

バンッ!バンッ!バンッ!

巻き上がる白煙。そして鈍く響く衝撃音。
腕、足、胸、衝撃エネルギーが当たって破かれた黒服を四散させながら、垂直に二つ並んだコンテナの天井外壁をひしゃげ突き破り、意識せず怯まぬ、まるで赤子のような態勢で落下するロイ。硬い鉄材を柔らかい人間の体が突き破るほどの衝撃。それを考えれば、おそらく衝撃エネルギー単体が与えた一次的ダメージと、落下の二次的なダメージは、通常の人間なら体がバラバラに崩壊するほどの即死クラスの損傷率だった。


「って、てゆーか。やっつけちゃいました系・・・?」
「お、おい。あ、アカネちゃん…?」

一瞬にして強大な光を撃ち放ったアカネと、コンテナを突き破って白い煙のあがるロイが居る場所を、横目で何度もチラチラと往復するカレンとダイスケ。

カラン!カツン…!カラカラ…

「…ぐっ!…うっ…!」

その時、プツッと糸が切れるようにアカネの全身の力が抜ける。力強く握っていたはずの思念変換銃(サイコランチャー)が音を立ててコンクリートの大地に落下し、勢いよく、そのまま道すべりに転がっていく。そう、彼女の全ての能力の大本、その精神力が切れたのだ。

「大丈夫かアカネちゃん!お、おい!まじかよ…顔から血の気がひいてやがる!ヤバイぞ!お、お前どんだけ思念をエネルギーに変換したんだ!」
「は、ははは…大丈夫です…だ、大丈夫…」

僅かに震えながら、足のほうからバランスを崩し倒れるアカネ。異変に気付いたダイスケが、滑り落ちそうになるアカネの手を引っ張り、その場に自分の黒いジャージの上を脱いで、丸めて枕代わりにして寝かせると、慌てるダイスケと反対にアカネは小さな笑顔を見せた。

「ばかやろう!新人が何頑張ってんだ!あんなに極大まで思念波を変換して、わかっているのか!全ての精神力の起伏である感情が消えちまうんだぞ!悪くすりゃ、精神が途切れて思念の固まりの脳が死んで、お前は体だけ残して死ぬんだぞ!」
「…はっ…はぁっ…はぁっ!」

過呼吸に近い呼吸の乱れ方をするアカネを抱きかかえながら、ダイスケは怒った。決してアカネにではない。土壇場で精神力が切れた、己自信の不甲斐なさに怒ったのだ。

「なんでだ!あの距離ならギリギリ逃げれたはずだ!カレンは置いて逃げるを選択していた!なのに、なんでだ!俺のヘマは、俺が責任をとってしかるべきだ!そうじゃねえのか!なんでお前が…お前のような、まだ年頃の女の子が!」
「…かはっ…はっ…はっ…」

ダイスケは、左手をググッと力一杯に握って、意識を失い、眼を閉じそうになるアカネを懸命に呼んだ。そして、その横で様子を見ていたカレンに近寄るようにアイコンタクトを送った。

「すまねえカレン!緊急感応回復(ヒーリング)頼む!すぐにだ!頼む!」
「は、はい」
「くはっ…はぁ…!はぁっ…!はっ…」

両の眼を閉じるアカネの口から、小さくなっていく微かな呼吸音。
ダイスケの声からは、いつもの陽気さが完全に抜けてしまっていた。

カレンは、いつもと違うダイスケの大声に驚き、得意の口癖を放つ事もせず、サッと素直に両手を出し、アカネの胸元へ置く。

瞬間、カレンの掌から太陽のような明るく暖かい光が浮き出す。眼を閉じてから、青ざめ続けていたアカネの顔が人間らしい赤みを帯びていく。これは精神感応のエキスパート、カレンだけが会得している、自分の精神力を他人に受け渡す緊急感応回復(ヒーリング)の能力だ。

「くそっ!リョウマの奴、とんでもねえ武器を作りやがった!思念変換銃だと!くそっ!たしかに俺達は狩人だ!だが人間の命を吸い取るマシンなんて作っちゃいけねえ!俺のような大人はともかく!命を賭けて戦うなんてのは、子どもが絶対しちゃいけねえんだ!」
「…」
「なあカレン!お前の力が足りなかったら俺の残ってる力も貸す!だから頼む!こいつを助けてくれ!」
「…」

アカネの胸に両手を置きながら、カレンは横目でダイスケを見ると、不思議な気持ちが沸いた。あの陽気なダイスケが、ここまで必死になったところを見たことがなかったからだ。

…まだショウとアカネの入る前。
トオル、リョウマ、ダイスケ、自分の四人メンバーだった時。
毎夜、命を賭けて戦っていたはずの毎日を思い出しながら、カレンの記憶には、陽気なダイスケ以外の姿は無かった。過ごしてきた長い間の中で、付かず離れずの仲間意識が沸いていたと感じていたカレンは、無性に孤独という単語を思い出した。そして、まだ知らないダイスケを見て、カレンは思った。


もし今のアカネが自分だったら、ダイスケは同じ声で私を叱ってくれるだろうか。と。


「死ぬなっ!絶対死ぬな!こんなことで女の子が死ぬんじゃねえっ!」


(ってゆーか、感傷的になっちゃって馬鹿じゃない。嫉妬?マジ、そんなジェラシーとかダサい。嫉妬じゃないよ。神様に誓ってもいい!私が感じてるのは、ただの意外性。そうよ。この子に対する嫉妬じゃない…そうだよ。きっとそうだよ!)

カレンは心の中で湧き上がる何かに、言い訳をしていた。
仲間意識という物を持っていながら、自分はダイスケを置き去りして逃げようとした。
その罪の意識が、苦い過去を思い出させる。孤独という名の小さな歪みを打ち消そうと思えば思うほど、今までの自分が塗りつぶせない気がした。

「ちっ…まるで好転しねえ…トオルに連絡して、一旦ラボまで帰るぜカレン!」
「え、あ。あ、はい」

若干虚ろな表情でアカネの精神力を回復していたカレンは、ダイスケの言葉に現実に戻された。カレンに言い放ったダイスケは、うな垂れるアカネの肩に自分のジャージをかぶせるように着させ、ヒョイと腕に抱えると、トオル達のところまで走ろうと足を踏み出した。

だが、その時。


ドゴォォォンッ!!


「逃がしませんよ…誰一人…この支配者(マスター)の闘技場(コロッセオ)からは…!」


鉄のコンテナを突き破って赤毛の男が、雄たけびをあげた。

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第十話『インサイドゲーム』

2008年03月17日 20時40分25秒 | 超能力バトル物

三つの影が貨物エリアの通路を走る。
トオル、ショウ、リョウマ。黒い眼の狩人たちが駆ける。
均等に配置された倉庫、雑然と並ぶコンテナ。闇の帳が完全に降り、波打ち際の音を耳に聞きながら、肩で風を切り、監視カメラと、それに付随した小さなライトが点々と均等に通路を照らす。コンテナという通路に作られた長くとも短い200m程度の曲がり道を全速力で駆けていくショウ達。

「はっ…!はっ…!」

目の前を行くトオルとリョウマに追いつこうと、ショウは酸素を取り込みながら、少しずつ速度を上げていく。だが一行に追いつけない。

「…ウスノロ」
「なーにやってんの。置いてくよショウ君!」

同じ距離、同じ道を走っているのにも関わらず、流石に場慣れしているトオルやリョウマは、走る速度も速く、またその足音もガツンガツンと音をたてて走るショウとは対照的に、気取られる心配が無いほど小さい。と、いうより音が出ていない。

「はぁっ…何で二人ともあんなに速いんだ・・!?ま、待ってくださいよ」

ショウは目線の先から消えかかる二人の後ろ姿を見て焦った。
空けられた距離は、目測だがほぼ15mを超えている。速い。速過ぎる。
辛い訓練をしてきたショウと彼らでは、これほどに体力の差があったのか?

「まったく世話のかかる問題児だね。リョウマ君。少しスピード落とそうか」
「…あんな奴…どうせ差し支えないです…置いていきましょうよ…トオルさん」
「そうは言っても、まだ新人じゃない。暖かい目で見守ってやらないと」
「…トオルさんは甘いです」

ニ、三会話をすると、トオルとリョウマのスピードが緩む。
全速力で走るショウが自分達の姿を見失わない程度のギリギリのスピードに落ち着かせると、やっとショウの姿が二人の目にも鮮明に見えてきた。

「二人がスピードを緩めてくれた…?ま、待ってくださいよトオルさん!」

白色のコンクリートの大地に、懸命にバタバタと足を叩きつけているショウが、まったく追いつけなかった二人の姿を確認する。フフンとチラッとこちらを見て微笑むトオル。若干不服そうな表情を見せるリョウマ。

この数ヶ月、顔を付き合せてきた二人を見てショウの脳裏に辛い訓練の日々が浮かぶ。だが、同時にショウは思い出した。最初にトオルから説明された『超能力者とはいえ、運動能力は普通の人間と一緒』だということを。

不思議に思ったショウは考えた。

(…俺の全速力がどんなに遅くても、息も切らさないでこんなに距離を離して、歩けば音が出そうな黒塗りの革靴と銀色の止め具のついたブーツを履いている二人の足音が聞こえないことはまずありえない。ということは…!能力!)

思考に結論を出したショウは次に観察した。
置いていかれないように足を激しく動かし走りながら、足音も立てずに素早く前進する二人の後姿を、その下の足元を、夜の帳に光る小さな照明を頼りに、よく眼を凝らして見た。

「あ…」

不思議と思えば小さな事も見逃さない、人間顕微鏡クラスの観察力を持つショウの観察の結果。ショウは二人の足元の異変に気付いて大きく声をあげた。

「ず、ズルイっすよ二人とも!空中浮遊能力(レビテーション)使うなんて!」

前を進む二人の足底は、地上から数cm程浮いていた。
トオル達は、集中させた自分の精神力と思念波一つで、囲う大気と体の一部を連動させて、一定の浮力を発生させ、肉体を縛る重力を開放する空中浮遊能力(レビテーション)を応用し、自由自在に速度と進行方向を操っていたのだ。

空中浮遊能力(レビテーション)。
この能力を既存の文明で判り易く説明するなら、自動車が近いだろう。能力者の精神力が、原動機であるエンジンと燃料となるガソリンの役割。脳を介して出される思念波が前進、後退、速度域の制御をする変速機(トランスミッション)兼、加速装置(スロットル)兼、制動拘束装置(ブレーキ)の役割。浮力は車体を動かすタイヤ兼推進力の役割。思念波によって出来た極大極少、前後部に発生する浮力を操作する両腕、足のつま先や踵(かかと)などが推進方向の制御をする操舵装置(ステアリング)…つまりハンドルの役割。

そんな能力を使っていたトオルは、必死に走るショウを後ろで感じながら、ニヤニヤと笑いながら言った。

「ズルイ?君も使えばいいじゃない。空中浮遊(レビテーション)」
「もー勘弁してくださいよ!俺が使えないのトオルさんも知ってるでしょ!」

ショウが二人に追いつけないのには、もう一つの理由があった。
この数ヶ月間、ショウは訓練の中でこの空中浮遊の能力を会得しようとしたが、一回も成功することは無かった。勉強嫌いな彼が、一つの事に集中することなど難しく。精神的なレベルでも低すぎる能力値では、空中浮遊能力など使える見込みがなかった。

「ふふ、ショウ君。君が真面目に訓練をやらないから悪いのさ」
「…努力不足!集中力不足!」
「相変わらず厳しいねえリョウマ君。おっと、そろそろ倉庫だ。着くまでにせいぜいバテないでくれよショウ君」

くるりと顔をショウに向けて、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった面持ちで答えるトオルとリョウマ。進行速度は変わらず早く。体を反転させながら、ずっと通路を進み続けている。

「ま、待ってくださーい!おいてかないでー!」

銀色に輝く思念変換銃(サイコランチャー)を左手に抱えながら、悔しくも己の足で駆けることしか出来ないショウは、全速力でトオル、リョウマの後姿を追った。

―――――――――――

一方その頃ダイスケ達は、カレンの指定した倉庫の裏側へと繋がる通路を進んでいた。

「裏道って言うには、ちぃっとばかし狭くねえか?カレンちゃんよ」
「ってゆーかダイスケさんがデカすぎるんじゃなーい?」
「本当にここを行くんですか・・?」

ダイスケ達が進む道。倉庫の裏手に繋がる道は予想以上に険しかった。
標的がいると思われる倉庫は、貨物エリアの中でも最も海沿いにある倉庫で、運搬用に作った表通路から行くには容易かったが、裏通路は一週間前に沖合いで打ち上げられた貿易船が、海にばら撒いた廃棄処分手前のコンテナや、壊れた機材が雑前と放置されており、まるでバリケードのように三人の行く手を塞いでいた。

「いてっ!この鉄骨めー!俺の高身長に恨みでもあんのかっての!」
「…潮と鉄の混ざった匂い…吐きそうだわ…」
「うっわー。ってゆーか、なにこの汚いの。マジありえねーって感じ」

ダイスケは大きな鉄骨が邪魔だと言わんばかりに背を丸めて先頭をきって移動し、アカネは思念変換銃(サイコランチャー)を手に持ちながら機材をどけながら進み、カレンは服につく汚れを気にしながら、敷き詰められた太いパイプをまたいでいく。夜風の運ぶ潮と、鉄の錆びた匂いのする狭い隙間の空間を、三人は通っていくしかなかった。

「おっ、エリアをぬけたみたいだぜ。やれやれ、やっとまともな道のご登場ってか」
「ここは…?」
「ってゆーか、この服マジ高かったんですけどー。これは福利厚生利くかなー」

バリケードのような廃物エリアを抜けた三人は、倉庫の裏手、貨物エリアの海側へと侵入する。ゆるやかな斜面に補整されたスリップ避けのついたデコボコのコンクリート。等間隔で並べられたライト、倉庫へと延びる白線。一見なんの変哲も無い貨物エリアの一区域だったが、そこにはなぜか異質な雰囲気が漂っていた。小荷物を運ぶフォークリフトが無残に転倒し、鉄製、木製のパレットと呼ばれる巨大な『すのこ』のような物が乱雑に放置され、強固なコンテナが倉庫の裏口を塞ぎ、周囲に円状に並べられ、ダイスケ達を囲んでいた。

意図的に壁になるように並べられたコンテナの囲い。
まるで逃げ場の無い中世の闘技場(コロッセオ)に似た、異質な雰囲気。
その異質な雰囲気を最初に感じ取ったのはアカネだった。

「ダイスケさん…不自然だと思いませんか。このコンテナの配置…」
「おいおいルーキーのアカネちゃん。そりゃどういう意味だよ?」

アカネは何となく不安を感じた。
何故だか理由はわからない。だが自分達を飲み込んでしまうような迫る巨大な危機感を、その時、心の中で予知していたのだ。

「や、やばいよ皆…」

そして、もう一人。その異質な危機を感じる者が居た。
小笠原カレン。精神感応のエキスパートは気付いたのだ。
闇の中に蠢く巨大な力の影…紛れ、隠れ、増幅を繰り返す能力への反応を。
カレンは思わず声をあげた。

「や、やばっ!皆、どうやら待ち伏せぽいよ!」
「えっ!?」
「何ぃ?どういうことだカレン!」

ブワァァァァッッッ!

カレンが瞬間的に思念波を送った直後、闇夜の隙間から、唐突に飛び込んでくる赤い閃光を帯びた巨大な矢のようなエネルギー体!目視30m程離れた場所から放たれた閃光の速度は、驚くべき速さで直進し、バリケードを抜けてきたダイスケ達を襲う!

「避けられねえ!お前ら俺の腕につかまれ!」
「は、はい!」
「はーい!」

気付いた時には、すでに10m付近まで接近してきた閃光を避けきれないと判断したダイスケは、アカネとカレンを手繰り寄せるように近づけると、精神を集中した。

「成功してくれよ…」

ビュンッ!

赤い閃光の迫る中、三人の姿が残像を残して消える。
そして、ダイスケ達を狙った赤い閃光は、後ろにあった廃材に接触すると大きな音を立てて爆発した!

ドォォォォォォォン!!

けたたましい発破音!
赤い閃光は鉄骨を削り取るように接触すると、爆炎と供に黒煙があがり、その場に残った太い鉄骨は、硬い鉄が吹き飛び、溶断された部分はマグマのように赤みを帯びて、みるみるうちに力なく千切れていく。ほとばしる高熱の跡から察するに、人体に当たっていれば一瞬にして肉と骨を蒸発させ黒い炭となり、その場で消し炭になった人体の形は、文字通り『人影』を作っていただろう。

ビュンッ!

「ひゅーう、間一髪…!危ないところだったぜ!」

瞬間的に海側のコンテナにテレポートしていたダイスケ達は、なんとか無事だった。
だが、その眼前には、焼け爛れたコンクリートと鉄骨の成れの果てがあり、ダイスケ達の心の動揺を誘った。

「て、鉄骨が…!」
成れの果てになった鉄骨を見て、アカネが思念変換銃(サイコランチャー)のグリップをギュッと握り締める。

「ってゆーか、マジやばー。もう少しで私達この世からオサラバしてたねー」
コンテナから敵の位置を探り出しつつ、若干お気楽な雰囲気で皆の顔を覗くカレン。

「こりゃ、久々に…腰をすえて戦わなきゃならん能力者かもな!」
緊張に額から吹き出る汗を拭いながら、グッと拳を握るダイスケ。

そしてパチパチと黒煙を出しながら燃える倉庫裏に聞こえる異質な音。

パンッパンパンパン…

燃える廃材の反対側の暗闇から、一人の男が現れた。

「あれを避けるとは。ブラボー。流石は国家が選んだ能力者ですね」

薄ら笑いを浮かべながら、ダイスケ達に向かって拍手をする男。
赤毛の短髪、高い身長、恵まれた体格。西欧人を思わせる高い鼻と、サングラスに隠れた堀の深い目尻。情熱的な赤を基調としたネクタイ。両手に着けた白く薄い手袋が、身を包んだ漆黒のスーツを際立たせる。

ダイスケ達のほうへ向かって、一歩一歩近づきながら、男は緩やかに口を開いた。

「黒い眼の狩人たち。歓迎しますよ。支配者(マスター)ロベルトの闘技場(コロッセオ)へようこそ」
「でやがったな能力者!悪党相手に言うのもなんだが、てめえ不意打ちなんて汚ぇぞ!もう少しで焼きすぎロースト人間が出来てたぜ!」

ダイスケがジョーク交じりに言い返す。
男は薄ら笑いを止め真顔になると、丁寧に話す。

「これは失礼。支配者(マスター)を喜ばすには、ショータイムを盛り上げなければなりません。そうなると、やはり強い相手が必要ですから。少しテストをさせてもらいましたよ。さしたる無礼は、この後闘技でお返しいたしましょう。どうか、そうお気になさら…」

男が話す途中で、カレンが男に人差し指をピッと立てて割り込む。

「ってゆーか、あんた誰よ。私がさっき感じたイメージと違うんだけど。ははーん、わかった。あんた標的のロベルト・マクラーレンの手先ね!」

「おお。これは失礼を、美しき娘子(ベラドンナ)。自己紹介が遅れましたね。私の名前はロイ。ロイ・ボールジャー。支配者(マスター)ロベルトに仕える、灼熱の召使(サーペント)。今日というショータイムに、あなた方のお相手をさせていただきます。以後、短い間ですが、お見知り置きを」

真顔をピクリとも変えずにロイは眼を瞑ると、左足のつま先を右足のほうへつけ、腕を胸の位置まで降ろし、会釈程度に頭を下げて、丁重に謝罪の態度を見せた。


ブァーーーンッ!!


ロイが会釈をする、その瞬間。
無防備になった彼を狙って、ダイスケとカレンの居た方向から眩い光線が放たれた!

バァァァァンッ!

「ムッ!!」

カッ!!

ロイは、瞬時にその光線を見切り、白い手袋を上空にかざすと、そこから湧き出る数本の赤い閃光は光線の軌道を這うように捉えた!エネルギー物体である二つの光がぶつかりあうと、次第に行き場を失ったエネルギーは大気中の水素を取り込み、その場で大爆発を起こした!

ドォォォォォン!!

大きく空中で爆発するエネルギーは重力に従って、次第にロイの方へ落下した。それを避けるためにロイは黒服を翻し、右方へ素早くジャンプすると、その場で数度、軽やかに受身をとった。

「はぁ…はぁ…!!」

コンテナの上で呼吸を乱すアカネ。
その手に握られたのは、流線型の銀色のアーマーにプラスチックグリップ、そして白い煙を放つ銃口だった。アカネが、思念変換銃(サイコランチャー)を使ったのだ。

「い、今撃ったの…アカネちゃん?」
「って、てゆーか、マジ凄い威力じゃねー。さ、さすがリョウマの作った銃」

驚くダイスケとカレン。
目の前で起こった巨大なエネルギー同士が起こした爆発には、流石の二人も度肝を抜かれた。しかもそれが狩人(ハンター)経験の無い、まったくの新人が放ったものであることに、尚更驚きを隠せなかった。恐るべき潜在能力である。

「ぐ…むう。不意打ちとは卑怯ですね。ま、まあ私が言えたことではありませんが…。しかし、とっさにあれだけのエネルギーを作り出すとは、とんでもない娘子(ベラドンナ)だ」

少々土に塗れ、ほこりを払いながら立つロイ。
爆発の反動で巻き上げ加速した小石が全身に当たり、衣服や皮を破って毛細血管を斬り、ロイの頬や足からは少量の血が流れていた。纏った黒服や顔の傷跡から、アカネの放った脅威の力が見受けられる。

だが、傷ついたロイは痛みなど如何でもよいといった態度だった。身についたホコリを払い、土を払いながら、後ろにある倉庫をチラチラと見ていた。


そして、汚れをあらかた落とすと、再び真顔で三人に言った。


「さあ、これで条件は同じ。そろそろ支配者(マスター)が開始を催促してきました。始めましょうか。能力者同士のショータイムを!」


ロイは、真っ赤な瞳と黒いスーツを闇夜に躍らせて、猛然と三人に飛びかかった!
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第九話『クライムポート』

2008年03月16日 21時43分32秒 | 超能力バトル物


「も、申し訳ありません支配者(マスター)ロベルト!狩人に我々の場所を知られました!」

東京湾の見える倉庫街の一角に男の声が響く。
辺りは、潮の香りを含んだ冷たい夜の海風が吹いていた。

小さく波打つ波止場には、鉄とアルミで出来た波状の縦皺のコンテナが積み上げられていた。形はどれもさほど変わらなかったが、薄く黄色の文字で刻まれた番号、どこから来たのかを如実に表す様々な外国語。茶色、赤色と同色の物もあれば、若干中身によって濃色の違う青、降ろし荷がわからないように黒色に塗りたくられた妖しげな物もあった。

他の区域との差別化を計るために白色に塗られたコンクリートの上には、輸入輸出品をチェックする巨大な倉庫。敷き詰められたコンテナに邪魔され、荷を運ぶトラックが進入できない少々雑然とした小道を進むためのフォークリフトが何台も並べられ、大小さまざまな船が入港している船着場には、動くのを止めた無人の大型クレーン。その先には荷を見守り、船に指示を出す管制塔。常時フラッシュライトを辺りにばらまく灯台を兼ねた監視塔が縦横無尽に立つ。

「それは本当かね?召使(サーペント)ロイ」

倉庫の中。
落ち着き払った態度で目の前で謝罪する男の声を迎える、ロベルトと呼ばれた男。
大量のコンテナの並ぶ庫内には、中央にポツンとテーブルが置かれていた。
テーブルの上には直径70cmはあろうかという大皿に、こんがりと焦げ目のついた骨付きの七面鳥が山盛りに置かれ、ロベルトの左手には、良く熟成した上質の葡萄酒が入った、樽のようなジョッキが一つ握られていた。

ギシッギシッ…

特製の木製椅子が軋む音。
ロイの眼に見える、短い腕に短い足。胴長の肥満体。額に大量の汗をかきながら、脂の滴る骨付きのローストターキーにムシャりとかぶり付き、程よく焦げた七面鳥の肉の繊維と滑らかな皮をパチンと音を立てて食いちぎる。滴る脂はボタンがはちきれそうなスーツの袖やネクタイに汚らしく滲みこむ。汚く醜く、ただ目の前の肉を喰らう、その男の名はロベルト。ロベルト・マクラーレン39歳。米国FBIの元始末屋だった男である。

ロベルトは、口に残る脂を拭わずにキッとロイを睨む。

「はっ、ははっ、申し訳有りません!どうやら部下が渋谷で奴隷(スレイブ)集めをする時に能力を解放してしまい…し、しくじったものかと」
「ロイ。幻滅だ。ワシがこの国で動ける兵隊が欲しかったとはいえ、召使の中でも有能だと思っていたお前が、ろくに統率も出来ない寄せ集めの能力者を使って、商品となる奴隷集めにしくじるとはな」
「…ま、支配者(マスター)ロベルト…!」
「これで今回の商談は無しだ。200万$が泡となった。その責任は重いぞ」
「と、とんだ醜態を晒しました…」

召使(サーペント)と呼ばれた男。本名ロイ・ボールジャー28歳。
上背があり、高い身長と豊かな体格に漆黒のスーツを纏った赤毛のロイは、目の前の支配者ロベルトの嫌悪を模した態度に全身が震えた。かけたサングラスの奥にある青色の目は湿気を帯び、確実に焦っていた。支配者(マスター)であるロベルトの『責任』という言葉に背筋が冷たくなっていくのを感じる。

「顧客用の脱出ルートは確保しておりますが…。どうなされますか支配者ロベルト」
「ここに来るのは誰だロイ」
「はっ…はっ?」
「この国の、どの超能力チームが動いているのかと聞いている」
「は、はっ。微々たる能力の発端に気付く過敏さから見て…おそらく相手は『黒い眼の狩人』かと思われます…」
「ほう。最近ご活躍の狩人か。これは面白い。どれ一つ、蹴った200万$分の余興をしようではないか。良かったなロイ。これでワシへの埋め合わせも出来るぞ」
「は、は?」
「召使ロイ。ワシの息のかかった全能力者をここに集めるのだ」
「は…はっ?」
「ワシの兵隊を黒い眼の狩人にぶつけ、ここを奴らの墓場(セメタリー)にするのだ」
「しかし支配者ロベルト…。残念ながら、そのような時間は…」

ピッ

「お前がその時間を稼ぐのだロイ。ワシの食事の時間を邪魔して、お前わかっているのだろうな。今回の不始末は、ワシの我慢を超えているのだ。責任もって、兵隊が集まるまで、お前が時間を稼げ。それがお前への制裁だ」

召使ロイを指す、支配者ロベルト。
その瞳孔はグワッと開かれ、口元はニヤリと不適な笑みを浮かべていた。
瞬間、ロイの額から、焦りが凝縮した一筋の汗がたらりと流れる。

「他の者が受けた制裁よりは容易かろう。有能な、お前の実力次第という所だ。せいぜい時間を稼げよ。お前の命をもってしてもな」

失敗。一度きりの失敗。それまで支配者ロベルトが囲う、他の者からも有能と言われていたロイがしてしまった、ただ一つの失敗。食事時の支配者を怒らせてしまった『責任』という名の重責は、召使である彼の『命』という対価で払われるのだ。それは半ば、支配と従属の間柄にあって暗黙の了解であった。

「わかりました支配者(マスター)ロベルト。み、見事に責任を果たしてみせます」

そう言うとロイは、倉庫を出て行った。
無論、断る事など出来なかった。支配者ロベルトが今まで非道に行ってきた事を思い出していたからだ。人身売買。町を歩く市民を拉致し、記憶と精神を消滅させて木偶人形を作る…奴隷(スレイブ)として国外に売る。

いや、それだけなら、まだいい。

抵抗し、支配者の怒りを買った商品は、例え買い手がついていても『制裁』を受ける。支配者を怒らせたという、その責任を取らされるのだ。

支配者が作った様々な刑罰。恐るべき制裁の内容。
全身の痛覚が残ったまま、薄皮、脂肪、最後は筋肉を裂き、それでも生きることを強制される肢体不自由の刑。五感全てを失ったまま、何もない砂漠や森へ放り出される感覚不全の刑。弱い塩酸の入った水槽に、重りと酸素ボンベをつけたまま裸で放り込まれ、焼けていく体を感じながら、酸素が無くなるか、痛覚にショック死するか、その時まで耐え抜く全身焼成の刑。

悦に至る支配者の横で。ロイの耳に確かに刻まれた阿鼻叫喚の声。
制裁を受けてきた何十人という人間が「いっそ殺してくれ」と悲痛の叫び声をあげても、ただニヤケ顔で、安全な位置から上等の肉を喰らい、上等の酒に酔い、ただケタケタと下品に笑い喜ぶ支配者。おぞましい…凄まじい…形容する単語の羅列だけで事足りる惨劇の数々。むごたらしい惨状の記憶。ひとたび思い出すだけで胸焼けを起こし、ストレスで大量に出る胃酸が、ロイの内膜を食い破ろうとする

断れない…。断れるはずがないのだ。

「クカカカ…せいぜい頑張れよ召使ロイ。能力者同士の対決は、激しければ激しいほど、長ければ長いほど、ワシを熱狂させる。満足してしまったはず…いや、今は不満足となってしまった料理が、熱狂という名の調味料でこれとない物に感じられる。自然と食事が美味くなるのだ。有能な、お前が『責任』を果たすのだ。さぞ料理も美味かろうなぁ…クカカカ…楽しみだ」

肉を喰らう陰惨な精神の支配者。
ロベルトの笑いが倉庫に響く。

―――――――――――――

「ふーい。やっとこさ着いたか。って、寒ぅぅぅぅ!」

ダイスケの安堵の声が、倉庫街に聞こえる。
たどり着いた六人の狩人たちを、肌寒い夜の海風が冷たく歓迎する。

「ラボを出てから16分…ダイスケ。本当に君はテレポーターなのかい?」
「ってゆーか、ダイスケさん今日好調?10回切るとか今までありえなかったし」
「…9回目で成功ですけど」

「うるへー!これでも気合入れて現場に近い所にアクセスしたんだ!文句言うな!」

見慣れた四人組の掛け合い。
その中にまだ溶け込めないショウとアカネは、気楽にジョークを飛ばしあう四人に対して、黙ったまま波止場のコンクリートの大地に降り立った。

「思ったより暗いわね。夜の海って。まるで飲み込まれてしまいそう」
「・・・アカネさん?」

海風にそよぐポニーテールの先に、ふと呟くアカネの目線の先をショウは見た。
見渡す夜の海は、賑やかな光に溢れた街の色とは違い、静寂という漆黒の渦中に静まりかえっていた。湾を抜けて、遠く見える地平線の彼方まで闇は帳を張り続け、薄暗い海は黒く染まった姿に映える照明の眩しさを、ショウの眼に感じさせた。

吹く風の肌寒さ。静かな黒い海に波打つ音。眩いライト。
鼻腔をくすぐる潮の匂い。舌にホンノリと流れる海の味。

「ってゆーか、海なんて久々ー♪」
「スゥーーーッ…ハァーーーッ…ちっと磯くせえけど、悪くねえな」
「…」
「僕は嫌だな。潮気が服についてしまうよ」

始末屋。超能力者。狩人という非日常の隙間だからこそ、この一瞬の情景が五感を忙しく満たしていく。訓練ずくめだった自分達の心を懐かしがらせる。この郷愁感、うっかりすれば、皆の頭から狩人という仕事を忘れさせてしまうほど、貴重で希少な時間の体験だった。

「さっ、皆。見学はここまで、仕事だよ」

一度眼鏡を直したトオルは、テキパキと皆に指示していく。

「カレン君。精神感応網(テレパスレーダー)よろしくね」
「ってゆーか、トオルさん。言われる前から張ってますよー」
「そのまま続行よろしく。何か異変があったら教えてくれ」
「はいはーい」

楽観的に笑うカレン。

「ダイスケ。ほかのチームへ連絡は?」
「抜かりないぜ。まっ、優秀なテレポーターの居る、俺等が一番のりだけどな」
「口が減らないね。今度は本当にフランス料理でも奢ってもらおうかな」
「ちぇっ、二度目は無いぜカツカツ野郎」

冗談めくダイスケ。

「ああ、そうだリョウマ君。頼んでおいた例の物は出来た?」
「…試作品ですけど…持ってきました。これです」
「いつもながら流石だね。リョウマ君は仕事が速い。じゃあもらっておくよ」
「…いえ」

褒められて、少し恥ずかしそうなリョウマ。

「アカネ君。ショウ君。」
「はい」
「お、オッス…」

まだ空気に慣れていないアカネとショウに、トオルが寄る。

「君たちは、まだ自分の意思で能力を効果的に使えないから。これを持つといい」
「こ、これは・・・?」
「じ、銃?」

トオルが二人に渡した物。
丸い銃口部分から伸びた流線型の銀色のボディアーマーが特徴的な幅16cm程の拳銃。トオルの手を離れ、もらった瞬間、まず驚いたのはその軽さだった。感覚でいえば1kgあるかどうかの物体。握るグリップ部分は完全プラスチック製。弾を入れる弾倉部分は何処を探してもなく。薬莢を排出するスライドも無い。ただ流線型の銀色のアーマーが、眩しいほど二人の目に入る。

「リョウマ君お手製の思念変換銃(サイコランチャー)。銃に直接思念波を流し込むだけで安全装置が外れて、君たちの精神力を変換して、大小念じた分だけ衝撃エネルギー光体を発射できるよ。最大射程は50m。照準は君たちのイメージで決まる。もし現場で能力者に襲われたら使うといい。ただ、試作品だから、壊れてしまうかもしれないし、どれだけパワーが出るかは未知数だがね」

「思念変換銃(サイコランチャー)…よし!」

アカネは、銃を見つめながらグリップを強く握った。

「よし…!これなら!俺だって…!」
「おやおやゲンキンだね。せいぜい僕らの足を引っ張らないでくれよ」
「…トオルさん!そりゃないすよ!」
「期待はしたいがね。あの能力数値じゃとても…」
「俺だって訓練やってきたんだ。やれば出来るって所を見せてやりますよ!」

トオルに強気で発言するショウ。
いつの間にか、実戦を怖い怖いと思っていたショウの心に、ふつふつと闘志が沸いていた。渡された思念変換銃をまだ一発も撃っていないというのに、なぜか勝てるという根拠の無い自信が沸いてきた。

数ヶ月の訓練の中、自分特有の能力を引き出す手解きは受けたが、どれも失敗し、成功した試しがなかったショウ。能力値を図っても毎回絶望していた。そんな普通の人間+1程度のショウが、簡単に己の能力を引き出す事のできる、この銃の説明を聞けば、何とかできるのではないかと思うのも飲み込める。少年の期待は銃一つで膨らんだ。これがあれば、アカネを守れるかもしれないと。

「アカネ君の前だからって格好つけるのもいいけど。無茶はしないでくれよ」
「はい!任してくださいトオルさん!」

トオルに心を読まれているのも忘れて、恥ずかしげもなく期待を口に出すショウ。たとえ打ち倒されても起き上がる、まさに雑草の心であった。


その時。


「ッッ…!ってゆーかトオルさん、いきなりビビッと来ちゃいましたケド!ひゃぁーっこりゃ大っきぃ能力波ねー!」

叫ぶようなカレンの声が全員に聞こえる。
精神感応(テレパシー)のエキスパート、カレンだけが使える精神感応網(テレパスレーダー)の能力。それは超能力者が放つ思念や、能力使用時の微々たる波動を察知する精神波の網を一帯に広げて、人間の耳で言えば、遠距離から針を落とすような、小さな音の起伏をも見つける事の出来る能力だ。

「精神感応!掴んだかカレン君、よくやった!」
「右の通路から13番目の倉庫!巨大な能力反応!ってゆーか、これ受信量ヤバイかも。ちょ、ちょっと一回、受信回線切るね」

カレンが倉庫街中に張り巡らせていた感応網(レーダー)に一つの大きな能力波が飛び込んだ。受信するカレンの、人間で言う耳の器官が壊れるほどに増幅するそれは、これから狩人たちが戦うであろう能力者の強大さを物語っていた。

「よし」

カレンの報告を聞いてトオルは、黒いロングコートをバサッと翻すと、皆に向けて、高らかにこう言った。

「ダイスケはアカネ君とカレン君を連れて左通路を回って倉庫の裏側!僕とリョウマ君とショウ君は正面から行くよ!皆、何かあったら互いに思念波を飛ばしあうの忘れずに!」

「おうよ任せな!さっさと片付けるぜー!」
「はーい」
「…はい」
「はい」
「はい!」

黒い眼の狩人たちは、それぞれ走り出した。
肌寒く吹く海風をきって、暗黒の帳の中へ。
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第八話『スタートミッション』

2008年03月14日 21時12分28秒 | 超能力バトル物

ラボで訓練が始まって一週間がたった。

その間、ショウは案外普通の学校生活を送っていた。ショウ自身、超能力者ということで毎日誰かに拘束されて監視されるものだと思っていた。だが、実際は違った。長い授業。短い休み時間。いつも通りくだらなくて面白い会話をする友人たち。どれも普遍的で、あの日から変わらない日常の延長線が引かれていた。超能力者という事を口外してはならないという事以外は、決して強制される事のない、自分の自由があった。もちろん上級生のアカネも同じだった。

事件のあった図書室は『KEEPOUT』と書かれた黄色のテープで閉鎖されていた。
無残に破壊された室内は『爆発事故』の調査という名目で閉鎖され、変死を遂げた警備員の死体は爆発事故に巻き込まれたということで片付けられた。校長や教頭は、上層部から命令されて黙認し、変だと気付いた警備会社の人や、騒ぎ立てたがるマスコミ、オカルト好きの教員、好奇心旺盛な生徒たちも数人居たが、時間が経つと同時に全員黙った。きっと『何か』を掴まされたのだろう。

ショウは、あの日から毎日ラボのプラクティスルームに通いつめた。いや、通いつめなければならなかった。毎日授業が終わると、表門から帰る生徒の影に隠れて、見慣れた巻き毛の上下黒ジャージ姿と、銀髪に眼鏡を直しながらニコリと笑う『彼ら』が、律儀にショウ達を迎えに来たからだ。

まじめな優等生アカネはともかく、ショウは三日目あたりからサボりたい衝動に駆られた。無理もない。見るからに軟弱で、運動嫌いな彼が、何を好き好んで毎日長い距離を走りこみ、バーベルを持ち上げて体力を作らなければならないのか。訓練の結果にも不満があった。超能力というのは、もっと簡単に…もっと簡易に手に入れられるとショウは思っていたが、この厳しい訓練の数日で覚えた数少ない超能力と言えば、他人の思念波を意識して受信するぐらいの事。覚えたところで日常生活が劇的に変わるわけでもない、何の役にも立たない能力。

思春期の少年の思考は、より打算的だった。これから毎日続くであろう厳しく辛い訓練と、その結果に見合わない地味な能力を計算式にして引く。そして、彼の心のソロバンから弾き出される答えは一つ。厳しい訓練からの逃亡だった。

この時から、学校の校舎という大きくも小さな閉鎖空間内で、逃亡という名の脱出劇が始まった。ホームルームが終わり、自由に動ける時間を見つけると、ショウは彼らの追跡を何度も振り切ろうと、その幼稚な脳で考えつく全ての方法を試した。体調が悪いと訴える仮病…顔も知らない親戚の法事…両親からの急用…。ダメだ!どれも見透かされる!

そういう類を何の計画もなく言えば、恐らくすぐに調べられて終わり。むしろ、相手がトオルだということを忘れていた。ショウも、ただの馬鹿ではない。考える馬鹿だ。ショウは悟った。自分の心が相手に読まれているのだから、そもそも弁舌の類は無意味だと。そうなると、やはり校舎を走って逃げ道を探すしかない。ショウは授業の合間に校舎の至る所を観察した。アカネに告白する時もそうだったが、こういう無駄な観察力と行動力に関して言えば、ショウは天才的だった。

表門、裏門、教室、警備員室、ボイラー室、職員室、体育館、校庭、食堂、屋上、窓、渡り廊下、花壇、ダストシュート。全ての仮想脱出ルートを想定し、全ルートの道筋を頭にインプットして、何とかして脱出できないものかと画策した。終了のチャイムと供に、ショウは鞄を肩にかけて逃げる。教室を、廊下を突き抜け、脳内で構成した脱出ルートに沿って逃げまくる。それこそ額に汗を流しながら、革靴に履き替える事もなく、上履きのまま走り出す。

「相変わらず良く逃げるねえ。ショウ君」
「その根性と努力を、少しは訓練に生かせるといいんだがなぁ」

だが、少年の逃走劇など大人から見れば、やはり幼稚。しかもそれが超能力者相手なら、殆ど抵抗など出来るはずがない。ショウは、いつも通りトオルに思考パターンを見抜かれて、足の速いダイスケに追いつめられて捕まった。ああ、今日も今日とて訓練が始まる。あのインナーとプロテクタースーツをつけて、恥ずかしさに耐えながら、精神、肉体の両方を絶え間なく鍛えさせられる。さながらそれは、放課後に残り、青春の汗を流す運動部の部活動のようだった。

――――――――――

訓練を始めて数ヶ月がたった。

ショウは、半ば諦めたようにプラクティスルームで今日も訓練に嫌々励んでいた。訓練は二週間目あたりからバージョンアップしていた。基礎体力、基礎知識を鍛える時間が少なくなり、今度は理論を実践に移した訓練が始まった。

重力の縛目を解いて自由自在に空を飛びまわる空中浮遊(レビテーション)。わずかな能力の作動にも過敏に反応する精神感応(テレパシー)。無限大に精神力を広げ、思考力を研ぎ澄まし、状況把握と動じない心を作る広大思考(メディテーション)。各自能力に合った攻撃と防御手段。そして、狩人として一番必要なチームワーク。数え切れない厳しい訓練の中でも、どれも抜群のセンスで切り抜けるアカネは、ここでも優等生だった。逆にショウは、失敗の連続の中で毎日トオルにため息をつかせ、ここでも劣等生だった。トオルから投げかけられる裂く様な罵倒に、ショウは悔し涙を何回も眼に浮かべた。なにくそと反骨心を出して、頑張ろうと何度も決心するが、沸き上がる心とは裏腹に結果は散々だった。

そんな苦難の続くある日の夜。

「ってゆうか、みんなー聞こえてる?久々のお仕事の時間だよー」

いつも通りプラクティスルームで訓練をしていたトオル達に、語りかけるような思念波で声が聞こえる。思念波の主はカレンだ。

「おっ、ついに来たか。カレン!今回の標的はどんな奴だ?」
「消去令状(ブラックリスト)ナンバー243。情報見る限り、久々の大物みたい。名前はロベルト・マクラーレン39歳。日系3世ブラジル人。150の罪状がある、元FBI執行部の精神操作のエキスパートで、同属(ハンター)よ。今は昔の『ツテ』でつるんだ仲間と、暗黒街で攫った人たちを売買する最低の人間ブローカーらしいけど…」

80kgのバーベルを軽々と抱えながらダイスケは、カレンからの情報に耳を貸す。

「カレン君。場所は?」
「精神感応接触第一ポイントは新宿区。第二ポイントは渋谷区。そこから一直線に港区へ向かっているわ。ってゆーか、海辺の倉庫街辺りで反応が消えたから、そこからはわかりませーん」

クイッと眼鏡を直しながら、情報を聞いて頷くトオル。
ショウは、思念波を耳に聞きながら、何となく不自然を感じた。なぜだか情報を聞いた後の二人の顔が、いつもの余裕さを失い、張り詰めた緊張感に包まれていたからだ。

「さて実戦だ。反町アカネ君、井沢ショウ君。君たちが数ヶ月間で、どれ程レベルがあがったか見させてもらう。さっ、更衣室で着替えてきたまえ。出発は10分後だ。頼むよ二人とも」

「は、はい」
「はい…」

トオルに言われるがまま、ショウとアカネは更衣室に向かった。
そして、急いで自分達の着てきた制服に着替えようとした。

―――――――――――――――

「…」

銀色のインナーを脱ぎながら、ショウは不安だった。
今まで練習練習と毎日嫌悪的に過ごしてきた長い時間が、ごく一瞬のように感じたからだ。実戦。一度きりの本番というものは、積み上げてきた今までの過程という名の壁を、結果という白色のペンキで全て真っ更に塗り替える。

脳裏に思い出される、数ヶ月前の記憶。
消えかけていた恐怖。忘れたいたはずの腕の痛み。蘇る。全て、あの時のまま蘇る。運が悪ければ…今度は死ぬかもしれない。いや、死ぬ。確実に殺される!殺されてしまう!前にトオルが言ったように、無残に!簡単に!

無意識の内に恐怖が増幅していく。Yシャツの袖を通す手が震える。指がボタンを上手く穴へ通さない。ショウは、実戦を前に軽いパニック状態に陥った。

「こんな時に…ビビってどうする…!俺は男だろ!?井沢ショウ!」

集合の時間まで後8分…刻一刻と近づく実戦へのカウントダウン。
与えられた自分の名前を心の中で連呼して、勇気を振り絞ろうとするショウ。手のひらで顔を叩き、拳に力を入れて何度も、何度も気合をいれようとする。
だが、震えが止まらない。増幅する恐怖に対して、小さすぎる勇気など無意味だった。

「怖い…怖いよ…助けて…父さん…母さん…」

自然とショウは、その心の先に両親の影を追っていた。
狩人志願への決心。あの時には声高に、あんなに頑なに決めていたはずなのに。いざ実戦の前となると、決心は揺らぎ、後悔すら感じてきている。無理もない。目の前に死という可能性が見えれば見えるほど、死を怖れ、生を慈しむのが生物の性。例外など無い…老若男女どんな人間でも、死は平等だった。

「井沢君?聞こえる?私。アカネだけど…」

そこへ、ショウの耳に飛び込んでくる一つの思念波。
その主は、隣の更衣室で着替えをしているはずのアカネであった。ショウは、若干面食らったようにアカネに問いかけた。

「え?アカネさん・・・?どうして」
「精神感応の上達のおかげかしらね。君の声が、ちょっと聞こえたから。話しかけてみたの。その…私も同じ気持ちだって伝えようと思って」
「同じ気持ち・・?」
「見た目は冷静に保って見えるけど、井沢君と同じよ。正直、怖くて震えてるわ」
「え…?」
「怖いの。怖いのよ。死ぬのが怖い」
「はは、アカネさんに限って…そんな事ないでしょう」

「そんな事ない。私だって君と同じ普通の中学生。もう何十回と訓練をやってるのに…全てが訓練通りに始まって終わると思うのに…どんなに自分の心で『安心』だと答えを出しても、まるで死なないという実感がないの。頑張ったけど不安なのよ。井沢君と同じように。だから、井沢君。一人だけで怖がらないで。一緒に頑張りましょう!」
「…」

なんだこの感覚は。憎しみ?先輩を?いや違う。そんな事はない。
ショウは、こんな時でも冷静に自分の心を分析し、他人の心を気遣って会話の出来るアカネに、心の隅に置いたはずの劣等感が噴出すような感じがした。

恐怖と不安に小さくなり続ける、矮小な自分の心に比べて、なんと冷静で大らかな心だろう。安心。いつもなら安息を意味するアカネの声が、今のショウにとっては被虐の声にしか聞こえない。不安で打ち震える心を隠せなくて恥ずかしい。好きな先輩の前で、少しでも良いから背伸びをして、格好をつけたい。でも隠そうと思っても、心の震えは隠せない。それに対して、アカネは自分と同じだと言う。

「不安なの。同じように」

なぜアカネは平気でそんな事を言えるのか。自分より優秀だから?余りにも低く自分が見られているから?沸き上がる思春期らしい劣等感の連鎖に、ショウの焦りと苛立ちは最高潮になった。答えは出ているのに、知っているのに…八つ当たる。そうしなければ、自分が余りにも寂しいのだ。

そしてショウは、普段なら言いたくもなかった、募った劣等感をアカネにぶつけた。

「う、嘘だ!同じじゃない!アカネさんは俺より上の存在です!この数ヶ月、訓練でも、実践でも優秀だったじゃないですか!信じられないよ!万年落ちこぼれの俺の気持ちと同じだなんて言われたって、俺には認められないよ!わからないよ!そうやって俺の心をなだめて、きっとアカネさんは優越感に浸りたいんだ!そうだ、そうに違いないよ!…優等生だから!…優秀だから!アカネさんは…!」

耳を劈(つんざ)くように弾ける、心の声。劣等感の叫び。
その思念波を聞き取り、感じ取ったアカネは、ショウに捨て去るように一言だけ返した。

「…好きで優等生になったわけじゃないわ。でも、それが君を傷つけていたなら…ごめん」

プツンッ

「あ…」

その言葉を最後に、切れる思念波の会話。
会話の切れた瞬間、ショウはとてつもない罪悪感に苛まれた。思念波同士の会話とはいえ、酷い事を言ってしまった。後悔した。何度も何度もアカネに謝罪の思念波を送る。

だが…届かない。届く筈がない。あんな失礼な事を言ったのだ。普通の感覚なら怒るなり、嫌いになって当然だ。アカネへと届かない声の反響を心で聞いて、次第にショウの胸には自虐の心が沸いた。ただ不安に駆り立てられ、自己抑制も出来ずに放った言葉。そしてアカネが言った最後の謝罪の言葉が、ナイフでえぐるように心を突く。なんでこんな事で、自分の好きな人を悲しませるのか。なぜこんなことで、自分は他人に八つ当たりをしてしまうのか。こんな人を傷つける矮小な心など、どこかへ飛んでしまえ!

集合の時間まで後1分。
ショウは思春期特有の心の葛藤に悩みながら、学生服(ガクラン)に着替えた。

――――――――――――

「遅ぇぞショウ!初めての実戦だからってビビってるのかぁ?今度から延長料金とっちゃうぞ!」

ショウが更衣室を出ると、そこにはすでに、それぞれ着替えを終えた五人が居た。
いつもの黒いロングコート姿のトオル。上下ジャージ姿のダイスケ。ギャル風ファッションのカレン。ピッチリ目の青いジャケットに袖を通したリョウマ。そして、制服姿のアカネ。

「み、皆さん。すいません…」
「へっ、仕方ねえ。ルーキー君には優しくしねえとな。一回目だからサービスしとくぜ。今度やったら置いてくからな!このダイスケさんが気長なテレポーターで良かったな!ショウよ!」

肩をポンポン叩かれながら、ダイスケが冗談交じりにショウを怒る。

「そうだね。ダイスケのテレポート時間も考えると、遅刻は、ちょっと不安だね」
「なんだとー!?このやろー見てろ!今度も一発で成功してやるよ!」
「ってゆーか。新人君なのに遅刻癖とか…まあ、そこまで行くと天才的だよねー」
「…置いてゆけば良かった」

ダイスケとじゃれるトオル。眼を閉じながら、感覚を広げているカレン。若干嫌悪感を見せるリョウマ。それぞれショウを見て、それぞれの言葉を投げかける。
ふと、ショウはアカネに眼をやる。

「…」

ああ、やはり怒っている。しかも目線は冷たくショウから逸らされ、顔はツンと真逆を向き、平静を装いつつも、あの顔は静かに怒っているのを隠せていない。確実に、許せないといった感じだ。

ショウは怖かった。
今目の前にある実戦への死の恐れとは別に、アカネの冷静な怒り、どこか自分を見て寂しがるような態度に、心が締め付けられるように痛み、消失感のまま、アカネが何処かへ行ってしまうのではないかと考えると怖かった。

今彼女に謝らなければ、二度と、その笑顔を取り戻せない気がした。
ショウは今、決心した。あの時と同じように。

ダッ…!

頭で考えるよりも早く、足を動かし、アカネの前に立つと、ショウは大きくこう言った。


「アカネさん!さっきはすいませんでした!!!」
「っ!?」

アカネは驚いた。近づくショウの大声が予想できなかった。
近寄りがたいと思っている人が、自分の意思とは真反対に自分に寄ってくる。想像も出来なかった。嫌われているのだと思っている人間から、謝罪される事。アカネは、目の前でグッと頭を下げるショウに何も言う事が出来なかった。

数秒後、クイッと頭を上げるショウ。
その顔は、どことなく満足気であった。

「おいおい、ショウよ。何したんだ?まっ、謝る時に謝っとくって気持ちは大事だが」
「君たち、僕が居ないところでケンカでもしたのか?チームワークを大切にしてくれよ」
「ってゆーか、まず新人君は私達にもっと謝るべきだしー」
「…無意味な謝罪」

ダイスケ達に変に見られても、ショウの満足気な顔が変わる事は無かった。
そして、数分後、場所を正確に把握したカレンが、座標をダイスケに伝えると、黒い眼の狩人たち六人は、ビュンという音と、残像を残してプラクティスルームを出発した。


「…気にしてないよ井沢君…」

テレポートの瞬間。
ショウの心に入ってきた小さな思念波。
か細く、小さく呟くような安息の声。
それは、ショウの胸を締め付けていた不安と恐怖を一瞬にして解いていった。
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第七話『プラクティス』―後編―

2008年03月13日 22時14分08秒 | 超能力バトル物

「はい、じゃあ着替えてね。着替え終わったら訓練するよ」

34階フロアのプラクティスルームと書かれた部屋につくとまず、男女用二つに別れた更衣室で衣服を着替えさせられた。超能力者用の訓練着。水泳選手が着るような競泳用のウェットスーツに似た、ボディラインをピッチリと浮き上がらせる上下対の銀色のインナー。そして、その上には、関節部に柔軟な素材を使った一対のプロテクター。プロテクターの接合部分にカチッカチッと音を立てて、肩、胸、腰、足を覆う電子機器のついたアーマー。まるで昔の映画に出てくる、近未来の世界を取り締まる警察ロボットにでもなったかのような姿に、ショウやアカネは顔から火が出るほど恥ずかしくなった。

恥ずかしさ極まるプロテクターとインナー。だが実際着てみると、ゴツゴツとした電子機器がつく見た目とは裏腹に、それほど重みは感じない。むしろ心がすっきりするような感じがする。これが超能力を引き出すスーツなのか。ショウは、更衣室を出ると、トオルに従って訓練を受けた。

始まったのは、超能力とはなんら関係がなさそうな基礎体力の向上訓練だった。
緩やかに広い場内マラソン100周、およそ2km。その後、休憩を入れて本気の50m走20回。100m走10回。腹筋、背筋を50回ずつ6セット。反復横とび8分間を5セット。途中合流したダイスケの指示で、ショウは20kgから50kgまでの重りをつけてのウェイトリフティング30分。運動嫌いで、ろくに体力も無いショウには、地獄とも思える時間だった。汗水を流しながら、指示するだけのダイスケとトオルのニヤニヤした笑いが憎たらしく見える。辛い。これほど辛い事は無かった。

だが、過酷なトレーニングにもアカネは文句を言わず。優等生らしく、悠々とやってのけた。何故そこまで一生懸命になれるのか。ショウは場内マラソンで三週遅れになりながら、基礎訓練中ずっとアカネを見続けていた。そして、反復横とび辺りから、唐突に幸せな気分になった。乱れたポニーテール、髪をかき上げるごとに落ちる美少女の汗、潤んだ瞳に、肩をあげてハァハァと乱れた呼吸の仕方。プロテクターの隙間、銀色のインナーからチラリと零れる、美しすぎる中学三年生のボディライン。

オゥ!イエス!イッツ、マニアックスタイル!マイスイートガールズルック!
ビューティーフォー&エキサイティング!
マイハート、イズ、バーニング&スパーキング!!

ショウは頭の中で、思い浮かぶだけの英語を羅列した。
訓練は物凄く辛い。でも、物凄く幸せ。

そして、午後2時頃。
遅い昼食を済ましたショウ達は、トオルから説明を受けて、汎用的な超能力の訓練に突入する。いつの間にかダイスケは居なくなっていたが、代わりにカレンが来た。カレンは、簡単な思念波の飛ばし方と、テレパシーの受け取り方を説明する。アカネは終始真面目に聞いていたが、ショウは基礎トレーニングの疲れからか、適当に聞き流した。空中浮遊、感知、認識、超能力に関する基礎知識。50分1コマの授業スタイルで、少々の休憩をしながら、4コマの受講が終わると、時刻は午後6時を周っていた。

「さてと。じゃあ今日の訓練はここまで。アカネ君、ショウ君。仕上げに君たちにやって欲しい事がある。まずはアカネ君からだな」

そう言うとトオルは、ショウを残し、アカネをプラクティスルームから連れ出し、エレベーターに乗せて何処かへ行った。授業の終わりと供に、開放感に包まれていたショウは、その光景を見て不思議に思った。

「ってゆーか楽しみ~。あの子素質良さそうだしー」
「へっ?アカネさんが?」

カレンの言葉が意味深に響く。
そして30分後、アカネが戻ってくると、今度はショウの順番が来る。
トオルに連れられてエレベーターに乗るショウ。何をされるのだろう?疑問に抱く気持ちを抑えることも出来ずに、少々の不安と、少々の期待を背にし、エレベーターは24階へと降りていった。

―――――――――――――



「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

室内に響き渡る、少年の咆哮。
声をあげる少年の目に見えるのは、真っ白な壁だけが永遠に続く広い部屋、そして数歩前に立つ銀髪の眼鏡の男が一人。

ショウは、白衣に着替えたトオルに従って、ラボと呼ばれた施設の24階の扉を潜ると、そこにある長い通路を進み、通路の先にある菱形のドアのついた妖しげな部屋に入った。

百人程度は軽く収容できそうな広い室内には、純白のウェディングドレスを思わせる真っ白な壁、床は銀色のステンレスの枠に、強固なアクリル板が網目状に並んでいた。半透明の外観から、薄らと見える床の下。電力を供給するための太く長いケーブルが、強く締められたボルトと、鋼色の金具で固定され、その先に伸びた様々な電子機器に繋がれている。

不思議な空間に若干の不安を覚えながらも、ショウはトオルに指図され、広い部屋の中にある、威圧感さえ漂う横広の楕円型が特徴的な、分厚いアクリル製の透明な球体の中に入った。球体の横には不可思議な単位の書かれた目盛り付きの計器と、まがまがしい鉄色が鈍く光る発電機。発電機の先からは数本のレバーが伸びている。

「…」

部屋の壁に響くショウの声を聞きながら、楕円型の球体の外にいたトオルは黙り、眉をひそめた。ショウが咆哮する度に、上がり下がりする計器の目盛りを見ながら、トオルは、抱えた手元の項目別に別れた書類に幾つかの数字と単位を書き込んでいった。
数字を書き込みながら、不機嫌そうにコンコンと数度、カルテに群青色の万年筆を打ちつけるトオル。調子でも悪いのか。その顔は、あまり優れない。

「ショウ君。お疲れさん。もういいよ」

トオルは発電機の先のレバーを上げた。
すると、微量の電流が流れていた球体から電気が抜け、ショウが今まで上げていた咆哮を止め、スゥ…ハァ…と静かに数度深呼吸して呼吸を整えると、球体のドアを開け、白衣姿のトオルの所までやってくる。ショウは、プロテクターを外した銀色のインナー姿で、額に浮かんだ汗を置かれた白いタオルで拭いながら、元気一杯の笑顔を浮かべて言う。

「トオルさん!俺の潜在能力値!どうですか!?」

潜在能力値。計器を見て単位を書類に書くトオル。
そう。ショウはトオルに導かれて、この部屋で自分の持っている潜在的な超能力の査定をしていたのだ。

「…まいったな。大幅な記録更新の新記録だよ。井沢ショウ君」

眉をひそめながら呟くトオル。ショウは、それを聞いてフフンと鼻で笑った。
ショウは心の中で思った。きっと自分の能力値が余りにも高すぎて、トオルが面食らっているのだろう、と。そして思わずニヤけた。なにせ今まで自分が、他の人と比べて得意な物など何も無かったからだ。運動ダメ、成績ダメ、恋愛ダメ、生活習慣ダメ、素行ダメ。何をやっても下の中あたり。ものによっては下の下もある。今までどの分野でも褒められたこともない、そんな思春期の少年が、初めて人と違う能力を聞かされ、自分から意識したのだ。嫌がっていたはずの『普通との別れ』。その感情は一変し、褒められるという期待に、少年の胸は高まり、小さな心は妄想に膨む。「俺の力、どんなものだ」と。

「うーん…そう期待されると…まあ、あんまり言いたくないんだけど」

しかし、ショウの膨らむ期待とは裏腹に、心を読んでいたトオルが放った言葉は冷酷だった。

「最低。史上最低の数値だよ。単位を入れ替えないと測定が不可なんて、こんなに微弱な数値は僕も見たことがない。こりゃ、誘ったの失敗だったかな。アカネ君があれだけの力を秘めていたんだから、ショウ君も、もう少し潜在能力があると思ったんだけど、とんだ期待外れだよ」

「ええええ!?そ、それじゃ僕の能力値って…」

「能力数値0、7。レベルH-9(エイチマイナスナイン)オーバー。そこら辺の人間よりかは、幾分かマシってところかな?まあ僕らの世界で言うと、蟻みたいなもんだけど」

「ええええええええええっ!そ、そんなぁ!ガーン!!!」

ショウは、膨らんだ期待との余りのギャップに、大きなショックを受けた。
汗を拭いていたタオルをポロッと落とし、その場に両手両膝をついて四つんばいに倒れた。床にぽつぽつと落ちる数滴の汗。そんなまさか!何一つ確証も無い自信に突き動かされていたショウは、トオルに心を読まれているのは、重々承知した上で質問した。

「ち、ちなみにアカネさんは?」

トオルは眼鏡を一度直し、書類をめくると、サディスティックとも思えるほどニヤッと微笑みかけ、ショウの質問に答えた。

「能力数値154。レベルC+4(シープラスフォー)。相当の潜在能力だよ。しかも今日始めたばかりの未訓練状態でこの数値は、まさに埋もれていた逸材だね。だから君にも期待したんだけどねぇ…」

能力値が倍どころか、桁三つほど違う。
比べれば天と地、いやそれ以上の物凄い数値の離れ方。届くはずもない。
優等生は、持つ能力まで優等生なのか!?ショウは不出来な自分を呪った。
そして次第に少年の心の中に生まれる、思春期らしい負の感情。

『どうせ数値だ、気にする事じゃない』
『本気じゃなかった。本番で本気を出せばいい』
『だいたい大人は汚い。数値だけで人の中身を見ようとする』
『僕は僕で誰かじゃない。僕は一人の人間だ!』
『授業の数学と同じだ。世間に出て超能力なんて何の役にも立たないさ!そうさ!』

事実を回避するため…認識したくないから妄想に逃げる。
自分は出来る。まだ本気じゃない。大人のルールなんかには従わない。と、落ち込む心を期待で慰める。これは病気。思春期特有の精神的疾病なのだ。自分を否定する大人を憎む。自分には力があると、カッコつけたがる。事実や理屈に対して反抗的になる。周りの実力が、努力の結果生み出されるということを知らない、愚かな病気。

「…」

トオルは、ショウの心を読んでいた。
そして、なんとなくゾクゾクと背中に走る、寒気がするほどの嫌悪の電流を感じた。思春期の少年の心の妄想を読めば読むほど、その事実への甘い逃げ口上に無性に腹が立つ。美意識の中に生きる彼の心を苛立たせる。努力の意味を良く知っているからだ。

そしてトオルは、心の中で言い訳をするショウに、よからぬサディストの一面を出した。ニィッと邪悪に微笑むと、倒れこむショウに手をポンと置き語りかけた。

「まあまあ、そう悲嘆することもないさ『能力数値1未満』君。微弱に感じられただけの、君の能力なんて最初から当てにしてないから、気にしないでくれ。君は甘いんだよ。現実を見なさ過ぎる。僕らは君にアカネ君のような数値は求めない。なぜなら、君のような心の持ち主では、絶対にたどり着けない数値だからね。基礎訓練の時も不真面目極まりない。僕の説明を一度でも真面目に聞いた事はあったかな?能力というのは、君の思うように一長一短じゃない。個人がどれだけ頑張ったか、そう。毎日の努力の結果なのだよ」

トオルの声が恐い。思わずショウは両の手で耳を塞いだ。
だがトオルの言葉は聞こえる、そして永遠に続く。

「あ、ちなみに天才的かつ優秀な僕の能力数値は301。レベルA+1(エープラスワン)。ざっと八階級上で、君の能力値の430倍だね。ダイスケがレベルBの233。カレン君がレベルBの244。君と同い年のリョウマ君でさえレベルBの246だね。どうだい?君の無力がわかったかい?これだけ優秀な人物居る中で、たった0,7の蟻のような…おっと失礼。思春期の少年に、不当に劣等感を感じさせちゃあマズイね。じゃあ、話を続けようか。次に一般的な能力者の能力数値は…」

そう。
トオルは、ショウの心に向けて直接話しをしているのだ。心の会話を遮断する方法はカレンが教えたはず。だがショウは、真面目に授業の内容を聞いていなかったため、思念波を遮断する方法を知らなかった。トオルのサディスティックな言葉責めに疲労し、顔を歪ませるショウ。

だがトオルは止めない。ショウが心から自分に許しを請う、その瞬間までトオルは止める気が無かった。お仕置き…。生意気な少年の心に、大人の余裕など微塵も感じさせないほどの、キツイお仕置きである。

「もうやめ…!やめろー!」

トオルが手を置いて語り始めてから10分くらい経っただろうか。
ショウは、言葉という残虐な凶器に、身悶えするほどの恐怖を味わった。声をあげて、眼に涙を浮かべて謝罪する。だが、トオルは再び冷酷に口を開く。

「え?なんだって?おやおや1未満君は、口の聞き方がなってないなあ。そうじゃないだろう?年上で、君のざっと430人分の数値を持つ僕に対して、能力数値1未満の君が使って良い言葉は?わかるだろう?さあ、いってごらん」

「すみませんでした…トオルさん。もう、二度と、二度とトオルさんの前で、言い訳なんてしませんから!授業もトレーニングも真面目に受けます!だから!だからお願いだから許してください!」

「そう、それでいいんだ。じゃ、今日はもう遅いから帰っていいよ。明日は午前9時からね」

さっと部屋を出るトオル。打ちひしがれながら、ショウは涙目を止めることが出来なかった。爽やかにニカッと笑うトオルの顔の奥にあるサディストの闇の深さは、少年ショウの心に恐怖を焼き付けたのだった。

「はぁ…俺、ほんとに狩人なんてやっていけるんだろうか…」

ショウは、小さく呟いた。
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第七話『プラクティス』―前編―

2008年03月13日 22時13分21秒 | 超能力バトル物

「色々あった一日だった…」

ファミレスでの決意の後、ショウはダイスケの車に連れられて家路に着いた。
明日…といっても今日だが、土曜日の朝の十時に、彼らはまた車で迎えに来るという。
先にアカネが車から降りるとき、ショウの心はやや重く感じられた。一度は決心したものの、老婆から受けた激痛の記憶が心を竦(すく)ませる。

ガチャッ

閑静な住宅街にある一軒家。自分の家。
玄関を開けると、不思議と中は明るかった。既に午前三時を迎えたというのに、まさか両親が起きているのだろうか。不思議に思ってダイニングまで行くと、珍しく両親が一緒にテーブルを囲って、座っていた。しかし、ショウの目に映る両親の顔は、余り優れなかった。ショウは、とりあえず帰ってきたことを報告しようと、気まずそうに目を背けながら、両親に小さな声で「ただいま」と呟いた。

「し、ショウ…」
「…ゴク」

ショウの姿と声を見て聞いて、一瞬ビクッとする母と父。
母は、ニコやかな顔を浮かべていたが、その笑顔は何故か浮ついている。父は、自分の息子の姿を見ることも無く、素っ気無く酒をゴクリと飲んだ。

「ショウ…!」

母がショウに近寄り、手を出す。
殴られる!と直感的に思ったショウは、手を頭の上にかざし身構えた。

ショウが殴られると思ったのには理由がある。自分の母が、異常なほど門限に厳しい人だからだ。そんな母が、無断で門限を破り、しかも学生服を着た中学生が、こんな夜中になって帰って来ようものなら、鬼のような形相で折檻…文字通り『体に覚えこませる』お説教が始まるのが当然であった。ショウは振り上げられた母親の手に、ビクッと体を震わせた。

「ショウ…もう。寝なさい。ほら、ちゃんとお父さんにも挨拶して」

だが今日は違った。いつもと違う、穏やかさの篭る静かな声で自分の名前を呼ぶ。やけに…というか不自然に近いぐらい優しい。何故?幸運なのか?疑惑に揺らぐショウだったが、母親の脅威が無い事がわかると、身構えを解き、今度はテーブルの父親に目をやった。

「親父…ただいま」
「あ、ああ。ショウ、おかえり」

しがない商社で毎日営業に汗を流し、薄くなった頭髪とスーツの色が哀愁を誘う。寡黙なサラリーマンの父が、視界に入ってくる自分の息子の姿を見て小さく呟く。

「え…?」

生きて今までショウの「ただいま」に答えたことのない父親が、苦みばしる40代のしかめっ面を背けながらではあるが、初めて「おかえり」と言ったことに、ショウは少なからず動揺した。父の手元には、ガラス製の透明なグラスに大きなロックアイスが一つ放り込まれ、高そうなウイスキーのボトルが開けられていた。この高級ウイスキーのボトル。記憶がある。会社のゴルフコンペの戦利品。腕前もそれほどの父が、このウイスキーを片手に満面の笑みで嬉しそうに帰ってきたことは、当時小学校に上がったばっかりだったショウも良く覚えている。大事に、大事に、戸棚の奥に閉まって、誰にも触れさせないようにしてきた、父の宝物。

「……」

ウイスキーをコポコポと少量ずつ手酌で注いでは、水で割りもせずストレートで一気に飲む。飲んだ瞬間、父は表情を歪ませる。喉を焼くようなキツイ後味。食道を通って胃袋に落ちる時には、体中が熱を帯びるほどの度数の強いアルコール。だが父は飲むのを止めない。異常な程に赤くなった顔の火照り方から言って、どう考えても体を壊すほど泥酔している。普段は酒も煙草も毛嫌いして、営業の時以外は、アルコールの匂いを嗅ぐのも嫌な父が何故?

普段とは違う、両親の会話をショウは見守った。
そして、何度も不思議な感覚に陥った。

「母さん、氷だ。氷を」
「お父さん、いけませんよそんなに飲んじゃ。ショウが見てますよ」
「…うぅ、うるさい。ショウ!お前はさっさと寝ろ!ええい、酒だ!酒!」
「はいはい…」

両親は、割と仲睦まじい関係だった。いつもは母が、寡黙な父に代わって団欒(だんらん)の主導権を握るのだが…今日は、その寡黙な父が、やけに母に当たる。不思議だ。普段冷静な父に何があったのだろう。だが、とりあえず明日の事もある。お腹も一杯になったし、眠気も程ほどに出てきたので、今日は寝ようと思ったショウは、目の前でチラチラと自分の姿を見る両親に「オヤスミ」と就寝の挨拶も言わず、無言でダイニングのドアを閉め、階段をゆっくり上ると、2階にある自室へ行った。

両親は、去る息子の後ろ姿を目で追った。
そして父が、背を向けながら母に呟く。

「…行ったか?」
「ええ。よく我慢しましたね。私は途中で事実を伝えてしまいそうでしたよ」
「ちくしょう…。ショウの奴、結局最後まで何も言わないで行っちまいやがった」
「あの子が居ないと私も寂しくなるわ。寂しく…」
「母さん。俺たちには息子が…一人。ショウという息子が今日まで居た。居たよな?」
「ええ、居ましたよ。お父さん。居ましたとも…」

ショウの父は、酒の注がれるグラスを手で震わせながら、テーブルに突っ伏すように泣いた。倒れそうになるグラス。揺れるつまみの入った器。テーブルに広がる薄ぼけたスーツの色。寡黙な夫の打ちひしがれるその姿を見て、必死に耐えていた母も、もらい泣きをした。


そして二人は、煽るように酒を喰らう。
何もかも忘れるように…忘れてしまうように。

その時、ショウは知らなかった。

…両親が帰宅してすぐ。
国家の保安員と呼ばれる黒服の能力者が数人家に訪れ、両親に詳細を説明した。能力者であるショウ、今後彼が国家の監視下にあること、状況によっては拘束に近い事もするということ、両親に不自由はさせない事。

出された一枚の契約書に提示された条件は、決して全てが両親にとって不利な物ではなかった。むしろ国家から月賦で法外な金が出る。一般的なサラリーマンでは稼ぐことも難しい金額。ただ金に狂い、欲に忠実な人間ならば、喉から手が出るほど欲しい金。だが、ショウの両親は頑なに黒服に反抗した。契約書の末尾に書かれた条件。絶対無条件で受け入れなければならない。その条件が両親を怒らせたのだ。

例え微弱でも力の芽生えが見える能力者の両親が健在していた時、当事者…つまりショウという『息子が居たという』部分に関しての記憶と物的証拠が、全て抹消される事、そしてそれを口外してはならない事を義務付けられていたのだ。

思い出の物。思い出の写真。思い出の記憶。
その全てを抹消される。そんな事を認めるわけにはいかなかった。

威圧的に話す黒服に、息子をとられまいと最初は両親も反抗した。置かれた薄っぺらな契約書一枚に書かれた突然の不自由。さもすれば一人息子の誘拐に近い形のそれは、両親を過度に怒らせた。何度も怒号を発し、何度も説き伏せようと反抗した。

だが国家という一部分に住む以上、承諾は両親の感情など無視して、半ば強行的に行われる。どんな反抗をもってしても、薄っぺらな一枚の契約書に、両親はサインをするしかなかった。巨大な国家権力、それは実に抗う事の出来ない事実だった。

契約書にサインをした後、黒服の能力者が両親の額に手を置くと、時限式の爆弾を体に埋め込まれる。朝になれば、部分的に記憶を消す時限爆弾。それを逃れる術など無い。記憶が消されるまでの猶予、夜が明けるまでの数時間。両親は苦悶の表情を浮かべた。14年間、大事に育ててきた息子の記憶を噛締めながら。


…ショウは暗闇の中、深いに眠りに落ちていった。
不自然な両親の態度が、何を意味するかも知らずに。



―――――――――――――


「ざわ…く…ん!い…わくん!井沢君!」

体を揺らす力強い振動。感じる、少し肌寒い空気。
ショウの耳には、優しい声が微かに聞こえた。

「起きなさい井沢君!」
「ムニャムニャ…ムフフ…あと五分だけ」

実りきった果実のような甘い匂いに誘われて、未だ夢の世界から覚めないショウは、寝言を呟きながら、優しい声のするほうに手を伸ばした。

バシィィィィィンッ!

デジャヴ。甘い匂いに起きてみれば、頬を伝わる一筋の痛覚。昨日、ラボと呼ばれた施設で、白いベッドで寝ていた自分が、夢から覚めるとき同じように起こされた気がする。ショウは、駆け抜けるような痛覚に目が覚めた。

「ふぁっ?い、痛っつつ…」

ショウは目が覚めると、周りを見た。隣で怒る私服姿のアカネ。どこかで見たことがあるような揺れる黒い天井。透明な朝日を通しながら道路の見える窓枠。昨日体験した、二度目のデジャヴ。昨日と同じままのYシャツに学生ズボン姿。自室のベッドで深い眠りについていたはずのショウは、いつの間にかダイスケのワゴン車に乗せられていた。

「よーう!ようやく、お目覚めかぁ?お寝坊さん!」
「まったく。昨日ラボであれほど寝たのに、異常な睡眠欲だね」
「ってゆーか、そろそろラボついちゃうしー。部屋で起こすとき、起きろっての。初日から遅刻とか、まじありえねーし。新人のくせに」
「…遅刻厳禁」

ショウは、四色の声に完全に起きた。
それぞれ違う口調で、言葉を投げかけるダイスケ、トオル、カレン、リョウマ。

「君が時間になっても起きないから。ダイスケに運んでもらったんだ」
「え!?」

黒いロングコートを着ながら、眼鏡の位置を直すトオル。

「ったく、お前育ち盛りの中坊(チューボー)にしちゃ、軽すぎだよ。青春してる男なら、もっと筋肉つけろよな。同じ男として、情けねえぞぉ。そんなんじゃ女子にモテねえしな!がっはっはっは!」
「え!?」

上下黒いジャージ姿で、眩しい朝日に目を細めて運転するダイスケ。

「はーあ。ってゆーか、そこの女子はともかく。こんなのが私らの仲間になるなんて、大丈夫かなぁー」
「え!?」

今時のギャル風、ヒラヒラした短いスカートが印象的なカレン。

「…不安」
「え!?ええっ!?」

ピチッとしたジャケットに華奢な体を包むリョウマ。

ショウは驚くしかなかった。そして車内のデジタル時計を見た。
午前10時32分。気付けば、昨日別れ際に約束した時間を完全に寝過ごしていた。

「さーて。今日のお勤めをしますかねっ…と」

ハンドルを切るダイスケ。ふと小さく揺れる車内の中で、ショウが外に眼をやると、大きく開かれたコンクリートの道の先に地下駐車場への入り口が見える。ゲートを通って地下へと向かう黒いワゴン車。昨日は夜の暗闇でよく見えなかったが、ラボと思われる場所には、およそ100mをゆうに超えるドーム型の巨大な建物があった。

―――――――――――――

地下駐車場を降り、ワゴンの鍵を閉めると、ショウとアカネは、ダイスケ、カレン、リョウマと別れて、トオルに導かれて駐車場の先にあるエレベーターに乗った。不思議に何も無い。四方には薄いブルーの壁、そしてただ階数を示す数字の書かれたボタンが直線状に二列並ぶ。ボタンの上には積載量15人と書かれた金属製のプレート。トオルが躊躇(ちゅうちょ)無く34Fのボタンを押す。すると、エレベーターはワイヤーを巻き上げる機械音と供に動き出す。34階まで止まる事の無い三十秒ほどの間。ショウは、若干の緊張を背筋に感じながら、隣に居るアカネに話しかけた。

「す、すいませんでした!」
「え?」
「寝坊してしまって!」
「あ、いや。私より謝る人が他に…」

アカネは、トオルに目をやる。

「そうだね。謝るのなら僕に謝って欲しいかな」
「み、三杉…トオル…さん…でしたっけ?」
「トオルでいいよ。これからは」
「あ、はい。どうも…ト、トオルさん」

エレベーターは20階を過ぎた。
階層を示す電光掲示板を見ながらトオルが、ショウを適当にあしらう。

「よ、よーし!頑張るぞ!あ、アカネさん。一緒に頑張りましょう!ねっ?ねっ!」
「えっ?ああ、そうね。頑張りましょうね井沢君」

緊張感を跳ね除け、気合を入れるように顔にパシンと平手打ちを入れると、急に意気込み出すショウ。そんなショウを見て、アカネは如何でも良いといった感じだ。

「ついたよ。君たちの訓練場だ」

たどり着いた34階。
グワッとエレベーターのドアが開くと、そこには眼を見張る機材の数々があった。

―――――――――――――

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第六話『ブレイクタイム』

2008年03月10日 20時17分33秒 | 超能力バトル物
「さてと、じゃあ出発しますかねっと。おっと、最近はうるさいからな。皆シートベルトよろしくー」

ラボと呼ばれた施設。その地下駐車場から、ダイスケの所有する黒いワゴン車のエンジン音が鳴る。乗車し終えた六人は、各自下がったシートベルトの銀色の金具をカチッと差込口に入れて締めると、排気の音と供に揺れる車体は走り出し、ワゴンは地下駐車場から発進した。

道中。

「快適快適ぃ。夜の道はやっぱいいなぁ、トオルよぉ。昼間のあれだけ居た邪魔な車が、まるで居やしねえ」
「ダイスケ。頼むから法定速度を守ってくれよ。スピード違反なんてナンセンスな罪で捕まるなんて、僕はゴメンだからね」
「ったく厳しいなぁお前は。これだから運転しないペーパードライバーって奴はぁ…。ってか、いつも思うんだが、何で日常生活でテレポーテーション使っちゃいけねえんだよ」
「規則を忘れたのか?使えば僕たちも狩人(ハンター)に狩られる立場だよ」
「そう細々と気にする事はねえよ。それに俺らは一応公務員だろ?」
「公務員だろうと何だろうと、罪を犯して人に裁かれるなんて、僕のプライドが許さない」

ダイスケとトオルは、運転席と助手席を挟んで、他愛のない会話を交わしていた。
慣れた手つきで、やや重く設定された黒いギアとハンドルを華麗にさばき、軽快にアクセルを吹かすダイスケ。トオルは、ダイスケに細々(こまごま)と注意を促しながらも、表題に『超能力は本当に存在する!?』と書かれた、如何(いかが)わしいゴシップ誌をパラパラとめくり、くだらない嘘の超能力が丁寧に合成写真付きで掲載されている記事を鼻で笑うように読んでいた。

「ってゆーか、このネイル。マジ可愛くて最高なんですけどー♪」
「…」
「フンフンフーン♪ねえ、リョウマもそう思うっしょ?っていうかマジ最高だよねー?」
「え?ああ…はい」

後部座席では、爪に描かれた煌(きら)びやかな蝶や花の模様を、満足げに見上げながら化粧を続けるカレン。ブレザーの千切れたボタンの所を触りながら下を向き、カレンの隣で、ひっそりと座っていたリョウマは、上機嫌に両手の爪を見せてくるカレンの質問に、「めんどくさい」と言った表情で、適当に答えた。

「…ふぁぁ…」

車内最後部に座っていたアカネは、今日の出来事に少し疲れたのか、車の窓枠に肘を乗せ、頬杖をつきながら顔をもたげ、声にならない小さな欠伸(あくび)を繰り返し、ウトウトと美人顔についた目蓋をパチパチと忙しく昇降させている。

「…」

ショウは、そんなアカネの隣に黙って座っていた。車内の雰囲気に緊張していたのだ。
ダイスケの放った『飯屋』『腹ごしらえ』と言う単語以外は何の情報も無く、行く先もわからない、ただ小さなライトが薄明るく全体を照らすだけの車内で、チラチラと周りの様子を見ながら、緊張していた。

車内の誰かに親しげに会話することなどは、もちろん出来なかった。お互いに一番の知り合いの…と、いっても名前を覚えられた程度だが…先輩のアカネは、見たとおり眠気眼だし、起きぬけに夢と勘違いしてキスを迫って、ショウに怒っているのは確実なこと。人の良さそうな大人で、唯一話の通じそうな運転席のダイスケは、雑誌を読むトオルの会話と運転に夢中だし、前の席の二人は、まだどんな性格なのかもわからない。

これと言って、他人の会話に首を突っ込むようなバイタリティーも無ければ、他人を喜ばせられるエンターテイナーでもないショウ。携帯でメールでもしようかと、おもむろに学生服(ガクラン)の外ポケットに手を入れたが、入っていたはずの携帯も無いし、まさに車内の状況は四面楚歌であった。

アカネに叩かれた頬に、涙の雫の跡がしみると、肌はヒリヒリと悲鳴をあげた。
ショウは表情を強張らせながら、ふと横にあった車の窓から、外を見た。

等間隔に並び道路を照らす、オレンジ色の暖かな光を出す街灯。シャッターの閉まった大型商店と隙間無くテナントの入った妖しげな雑居ビルがちらつく。どうやら寂れた繁華街の入り口のようだ。その道を数分進むと、すっかり深まった夜の街に光る一軒の店の広い駐車場に、ダイスケのワゴンは停車した。

「…ふぅううう、やっと着いたぜ。さあ降りてくれ。俺の腹ペコ具合も限界だ」

車についたデジタル時計を見ると、深夜2時をまわっていた。
ダイスケは、車のキーをくるっと回して抜き取ると、トオルやカレンに眼で合図して、ショウとアカネを車から降ろさせた。先に降りたリョウマは、店の入り口である、店のロゴの入った半透明のガラスドアについた銀色の手すりをクイッと外側に開くと、広い店内の暖かい風が、夜の冷たい風を押し出すように外へと放出される。

「いらっしゃいませー。六名様ですね。お煙草はお吸いになられますかー?」

店員の導きの声。その声に従うように、ショウ達は天井から禁煙席と書かれたプレートがぶら下がる区域に進み、四人掛けのテーブル二つに三人ずつ座った。片方にはダイスケ、リョウマ、カレン。もう片方にはショウ、アカネ、トオル。

午前2時の店内は、客も店員もまばらだった。
複数設置されたステレオ機材から流れる、最新の流行歌が一言一句逃さず聞こえるほど、店内は静かだった。


「よぉぉぉしっ皆ァ!好きなもの頼めよ。俺が奢ることなんて滅多にねえんだからな。さっ、遠慮しないでメニューの右から左まで、ズズズーイと頼んでやってくれよ。はっはっはっ!どうした?ほれほれ。頼みなさい餓えた子ども達よ!」

そんな静まりかえった店内に、席に着くや否やダイスケの大声。
透明のプラスチックスリーブに納められた、何枚かの冊子型のメニューを机に広げながら、ダイスケは勝ち誇ったように腕を組んで、チラッと片目で皆を見た。

「ダイスケさん…」
「ってゆーか、この店…」
「ファミリーレストラン…。通称ファミレスだね。それもかなり安めの」

ダイスケの勝ち誇った態度に反比例するように、皆の反応は散々だった。
リョウマ、カレン、トオル。皆、冷めた眼差しでダイスケを見る。

「な、なんだその目は!別にケチったわけじゃないぞ!一番近いのがここだったんだ!キチッと奢ってやるんだから、文句は言うなよ!」

「はーあ。頭脳だけでなく、天才かつ繊細な舌を持つ僕が、ファミレスなんかで食べる物は無いよ。ガッカリだな、ダイスケには」
「ってゆーか、夜=ファミレスの構図が安直だよねー。別に文句は言わないけどさー」
「…和食が良かったです」

「馬鹿野郎!午前二時にやってる飯屋なんてのは居酒屋か、ラーメン屋か、ファミレスぐらいしかねえよ!ラーメンは、カレンが嫌いだし。トオルはともかく、制服姿のお前等を居酒屋なんかに連れてってみろ!悪くすりゃ、明日の朝は全員鉄格子の中だぜ!」

「それにしてもファミレスとは、発想も財布の中身も貧困だね」
「ってゆーか、制服姿が駄目なら着替えすりゃ良かったじゃん」
「…居酒屋なら和食もありました」

「えええええええええええい!うるさい!これ以上言うと財布の紐閉じちゃうぞ!俺が怒らないうちに、好きなもの頼みやがれえええ!」

黙ったショウとアカネそっちのけで、この四人組のコントが続く。
狼狽し、静まったファミレスで堂々と大声を出すダイスケに、氷のように冷え冷えとした言葉を投げかける面々は、ダイスケの態度に渋々メニューを開き見る。どれもこれもありふれたメニュー、変わりばえの無い洋食、これといってオススメの無い中華と和食。残っている物といえば、パフェやアイスクリーム、パンケーキなどの甘味。メニューの中の写真は、さも美味しそうに撮影してあるが、実際出てくる物といえば、まあ想像の通りである。皆、冷めた態度でパラパラと見て、フンッと鼻で笑いながら、メニューを閉じるとダイスケに渡し、こう言った。

「ダイスケ、君が先に決めたらいい」
「ってゆーか、ダイスケさんがお金払うんだしー」
「…ダイスケさん、どうぞ」

「え、あ?あ、ああ。へへっ、じゃ、じゃあ、そうさせてもらおうかなー」

ダイスケはメニューを見た。しかし、メニューを見ながら悩んだ。
ありふれて変わりばえのない洋食、これといってオススメの無い中華と和食。甘い物も余り好きではないダイスケは、らしからぬ優柔不断さを見せて悩んだ。

「ぐぬぬぬぬ…!き、決まらん…!」

苦しみの汗。苦渋の表情。洋食、和食、中華のページを何度も何度も右往左往して、イライラが募り過ぎたのか、ダイスケは歯茎が見えるほど口を開いて、奇妙な唸り声を上げた。ショウ、アカネを除く他の三人は、それを見ながらニヤニヤする。知っているのだ。こういう場所に来て、いつも快活で気風(きっぷ)の良い彼が、人一倍悩む事を。逆に言えば、三人にとって、それが何よりのダイスケからのご馳走であった。

そして、ダイスケがメニューとの格闘をすること数分。
テーブルに近づく足音が一つ。
メニューに苦しむダイスケを見て、その口から、残酷にも、言葉が言い放たれた。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、いや。まだ決まってない…」

ダイスケは気まずそうに答えた。決まっているはずがない。めくられたメニューのページは、盛大にクリームが塗りたくられたプリンアラモードとフルーツパフェの写真。甘い物が嫌いな彼が、開く事のないページだった。女性店員は、メニューを持ちながら、あたふたとするダイスケの姿を見ながら、冷静に言った。

「はい。では、ご注文お決まりになりましたら、そこのお呼び出しボタンを押していただけますでしょうか」
「は、は。す、すいません。ははは、この店は人を迷わせるのが上手いなぁ。どうも毎回来るたびにメニューが多くて目移りしてしまうよ、はっはっははは…」

後頭部を右手で掻きながら、吹き出る汗を止めることも出来ずに、ダイスケは乾いた苦笑いと、時間稼ぎのせめてもの冗談を、店員に言った。店員は冷静で、顔にも出さなかったが、ダイスケの表情と態度を見て、なんとなくその優柔不断さを、心で微笑んだ。

だがその時、テーブルから聞こえる耳慣れた声が三つ。

「リオン風ステーキ。ああ、もちろんパンで。食前にビシソワーズスープ」
「えーっと。アップルジュースに、シーザーサラダとミニサイズカルボナーラ。あ、食後にチョコレートパフェもつけちゃおーっと♪」
「…卵雑炊と…田舎風ぜんざい…」

「ええええええっ!?お前らもう決めてたのかよっ!」

三人の注文にメニューをひっくり返して驚くダイスケ。
その拍子に落ちそうになるテーブルの水の入ったコップを、落ちる前にすかさずリョウマとカレンが止める。そしてトオルは、ピッピと注文を打ち込む店員に向けて、続けて言った。

「アカネ君は海老マカロニグラタン、ショウ君は和風ハンバーグのライスセット。ああ、言わないでもわかるよ。心を読んだからね。で、ダイスケは?」
「え、ええっと、そうだなぁ…」
「すいません店員さん、地中海ピラフの大盛りで」
「お、おいトオル!勝手に決めんな!」
「フッ、君は決めるのが遅いんだよ!待ってたら、夜が明けてしまうよ」
「くそー…」

ダイスケはコップの水をグイッと飲むと。トオルに言い返すこともせず、その場にドスンと座った。頼まれた注文を復唱し、メニューを下げて厨房へ向かう女性店員の顔が、ダイスケの目には、一瞬にやけたように見えた。

数十分後。頼んだメニューが大体そろうと、六人は置かれたナイフ、フォーク、箸、スプーンを手に持って、だいぶ遅い夕食をとり始めた。



――――――――――――――――――



「俺の心、本当にわかるんですね」

突然、ショウはトオルに問いかけた。
目の前には付け合せの野菜と、180g程の俵型のハンバーグが一つ置かれた鉄皿。その横には適度にご飯の盛られた白い平皿。ハンバーグは、大根おろしの和風ソースがかけられ、食欲をそそる青じその匂いに、空腹を駆り立てられたショウは、別皿に盛られた御飯を平らげ、ハンバーグも程なく胃袋に消えていた。

「少し待ってくれたまえ」

ジリジリと鉄板皿の上に焼かれた牛肉のステーキを、ナイフとフォークを巧みに使って、一口サイズの小切りの肉片を口に運んでいたトオルは、口内の牛肉を数度早めに噛んで飲み込むと、ナイフとフォークを横に置き、口に付いた肉汁を紙ナプキンで拭いた。

そしてショウに向かって、少し幻滅したように、こう答えた。

「参ったな。和風ハンバーグぐらいで能力を認めるなんて。まあ、認めるのは癪だけど、ダイスケの言った事が本当だったようだね。一杯の極上のコーヒーより、一食の腹ごしらえ。こんなに簡単なら、部屋に爆発する時計を置くなんていう大仕掛けは必要なかったかな?」
「その超能力…、本当に俺にもあるんですか?」
「さっきも言ったろ。『微弱』だけどあるって。僕たちのような黒い眼の者だけが許された特権。いや、君の言葉で言えば『普通じゃない者』って所かな」
「すいません…さっきから、生意気言って」

目線をそらして、気持ち申し訳なさそうに謝るショウ。トオルは、その謝罪の態度に若干不服だったが、ダイスケがさっき言った『大人の余裕』を見せようと、優しげに微笑みながらショウに言った。

「なあに君が謝ることはないよ。僕も最初は偶然気付いたんだ。それから訓練をして、こういう風に、世間に対して悪さをする同属達を狩っているんだ」
「か、狩る?」

ショウの疑問の声に、トオルは一度眼鏡を指でクイッと上げると、少し時間を置いて冷静な口調で答えた。

「ああ、君にはまだ言ってなかったね。僕達の仕事さ。狩人(ハンター)って居るだろ?猟銃や武器を持って害獣を退治したり、狩猟する人たち。僕たちチームの正式名称は『黒い眼の狩人』。現代世界に生きる、能力を使って犯罪を起こす輩を消す、現代の始末屋。世間一般で言うところの警察?治安を守るための保安隊というか…。まあ、ようするに国の機関に雇われた超能力チームの一つだね」
「超能力チーム…そ、それで俺は、これからどうすればいいんですか」

「さっきとは打って変わって、君も随分察しがいいね。じゃあ、さっき言えなかった本題を話すかな。アカネ君も聞いてくれ」
「…はい」

一口だけ食べて、そのままになっていた海老マカロニグラタン。外の暗闇にポツポツと映る、車のライトの光をボーっと見ていたアカネは、トオルの声に振り向いた。そして、ショウと供にトオルの話を聞いた。

「ここまで仕事の内情を話しておいてなんだけど。君たちには自由に選べる選択肢が二つある。冷静に僕の言葉を聞いて欲しい」

ゴクリ。トオルの言葉に生唾を飲むショウ。

「一つ。君たちの潜在的な能力を存分に開花させて僕たちの…つまり狩人の仲間になるか。もう一つは、今日一日の記憶を消されて普通の現代社会に戻るか。まっ、後者の場合は国家からの半永久的な監視付きだけどね」

危険の伴う能力者相手の始末屋仲間か、私生活を覗かれる監視付きの日常か。
選択肢という割には、随分と極端な条件の提示だった。ショウは普通の生活に戻りたかったが、国家の監視という言葉に少し動揺した。

「…」

隣に座ったアカネは、どうするのだろう。ショウはアカネを横目で見た。
だがショウが見たアカネは、提示された選択肢に動揺もせず、トオルから少し目線をそらして、ただ黙っているだけだった。

「井沢ショウ君。君の心は非常にわかりやすいね。精神感応は余り得意じゃないんだが、君の心は手に取るようにわかるよ。まっ、僕としては、前者をオススメするよ。そうすれば、君の好きなアカネ君とも別れないで済むし」
「え!?どういうことですか」
「…」

アカネは、ただ黙っている。
黙るアカネを見て、トオルはショウに向けて言った。

「アカネ君はもう決めたのさ。普通の生活を捨てて、僕たちの仲間になることをね」
「!?」

ショウは驚いた。そしてアカネの姿をもう一度見た。
白い肌の美人顔は、トオルの話しも程ほどに、遠いほうを見つめている。
群を抜く美人ではあるが、心は何処にでも居る普通の女の子であり、一番傷ついて欲しくない自分の憧れの先輩が、自由に選べる二つの選択肢から、危険な始末屋家業に手を貸すほうを選ぶ。通常の中学生の思考から言えば、わざわざ降りかかる未知数の危険に飛び込むより、どちらかというと保守的に、監視付きでも良いから普通の日常生活を選ぶはず。

それなのに何故?ショウは、予想と違う先輩の心中に疑問の念を抱いた。

「まあ彼女は彼女なりに考えがあるのさ。で、どうする君は?井沢ショウ君」

さっきからトオルに自分の心を覗かれていることを認知しながら、それでも疑問に対して思考することをやめないショウ。当然だ。あの老婆に襲われた図書室の絶望の中で、たとえ自分が犠牲になって死のうと、命を懸けて守り抜こうとした女性が、自らその絶望の中に飛び込んでいく。これほど不可解な事はない。

そして、沈黙を打ち破るようにアカネが静かに口を開いた。

「…井沢君。別に私の選択に君がかまう事はないわ。私に遠慮せず後者を選択して。私は君の心に応えられないし、自由な君の心を奪う権利なんてない。そのうち時がたてば、私の事なんて忘れるわ。君は普通の生活に戻るのよ。いいえ、戻りなさい。それが普通でありたいと思う君の最高の選択のはずよ。そうよね?そして、普通の生活に戻ったら、どんなに小さくてもいいから幸せを手にして。これから失ってしまうかもしれない私の分まで。お願いよ」

彼女は笑っていた。さっきまで暗い表情だったのに、ショウに投げかける微笑み。
誰が見ても作り笑顔…いや、精一杯の優しさの欠片が散りばめられた、彼女の最高の笑顔の演技。ショウは、優しい口調から放たれる、彼女の切実な言葉の数々に耳を塞ぎたくなった。

数日前には、学級は違えど同じ学校、同じ学生、同じ人間という、ごく近くに感じていたアカネとの距離が、どんどん離れていく。これほどアカネを遠くに感じたことが、今まであっただろうか。寂しい。悲しい。なぜこんなにも彼女の優しい言葉と、黒い眼に浮かんだ輝く笑顔が、自分の心には痛いのか。

ショウは、決心した。
たとえ、その気持ちが彼女に報われない結果だとしても、溢れ出、沸き上がる自分の心に嘘をつけるほど、彼は器用な少年ではなかった。


「お願いします!俺を仲間にしてください!」


少年は、覚悟を決めて大人になる。
ただ内に秘めた、その思春期の心の滾(たぎ)りに従って。
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キャラ設定と頂き物の絵

2008年03月08日 17時44分05秒 | 超能力バトル物
やっと第一編\(^o^)/
まさか最後の話が、1万文字超えてgooブログ規定にひっかかるとは思わなかったので、とりあえず前、後編にしました。お察しください。

で、今週の月曜日くらいに、

ブログ界の張遼文遠

こと、絵師であり、小説描きであり、ライバルであり、宿敵であり、盟友であるドリム様からもらった、ありがたーいキャラ絵(自分の小説)を晒してもいいという事を聞いたので、とりあえず、最初に書いたプロット的な暫定設定を載せながら、筆者の感想も交えて一つ。
画像はgooブログの規定通りに圧縮してます。

(なんかこれだけは載せちゃ駄目みたいな絵を聞いたような気がしましたが、駄目な絵がどれだったか忘れたので、あとでドリム様に垂直落下式焼き土下座しながら謝っておきます)




井沢ショウ(14歳)
・浸透念力(サイ・ウェーブ)の能力者
・黒髪。貧弱。運動嫌い。
・思春期、夢見がち、妄想癖あり。変態。
・異性にもてない。性欲をもてあます。
・何度ふられても諦めない雑草の異名を持つ
(思春期ってこんなもんだよね。いやそうに違いない)



反町アカネ(15歳)
・物質念動(サイコキネシス)の能力者
・黒毛ポニーテール。制服。
・先輩キャラ、何でもできる優等生。
・ショウに言い寄られている。
・が、本人はまったく感知せず。
(しっかり者にしたてようとしたら、いつの間にか正当ヒロイン空気キャラぽくなった)




三杉トオル(21歳)
・空間消滅(ディラック)の能力者。リーダー格。
・短い銀髪、銀縁眼鏡。黒いコート。
・クールでキレるが、少々ナルシスト。たまにくどい。
・カツカツ野郎。年上のダイスケとは良い友達。
・眼の紋章を敵に刻んで、周囲の暗黒空間に飲み込ませる『ノワール・ド・フィナーレ』
(動かしやすいというか、いつもお馴染みの二枚目クールキャラ的な感じ)




石崎ダイスケ(26歳)
・空間移動(テレポーテーション)の能力者
・赤毛、天然パーマ、上下黒いジャージ
・武道の経験あり。
・子どもの性格をもつ良い大人。元気。
・たまに理想屋、ムードメーカー、教育者。
(例えばこんな大人が居るとすると。みたいな感じ)



小笠原カレン(16歳)
・精神感応(テレパシー)予知、その関連の能力者
・茶髪、抜群のプロポーション。
・現役高校生、制服。
・楽観的。ギャル語、ギャル的思考回路
(まさかの第一週で空気キャラ確定ぽいのは俺のせいじゃないんだぜ)




岬リョウマ(14歳)
・物体変質(マテリアル・エクスチェンジ)の能力者
・蒼髪。華奢だが力はある。
・現役中学生、ブレザー姿。
・寡黙、人間嫌い。ダイスケ、トオルを支持。
(寡黙と書いたけど、割と寡黙じゃないというか突っ込み役になってるな)
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第五話『モラトリアム』-後編-

2008年03月08日 17時17分46秒 | 超能力バトル物
――――――――――――――――

奥の小部屋には、異常とも思える高級感が漂っていた。
床は、大統領でも呼ぶのかとでも思う美しい模様と肌さわりの良いペルシャ絨毯(じゅうたん)が敷かれ、壁は輝く大理石に美しいルネサンス調の絵画が数点、高い天井にはダイヤモンドを散りばめたシャンデリア風の蛍光機、二人が一歩進んで見えてくるのは、黒を基調とした柔らかそうな皮のソファーが二つに、木目から見ても高級そうな椅子や机といった家具、高そうな古書が並んだ本棚、見れば見るほど、それは豪華の極みであった。

「やあ。井沢ショウ君。さっきはすまなかったね。さあアカネ君も。そこのソファーにかけてくれたまえ」

眼鏡の青年が、価値のありそうなアンティーク物の分厚いカップを銀のトレイに並べると、まばゆい金製のポットを傾け、カップに中に入った黒い液体を注いでいく。ショウは言われるがまま、アカネと供にソファーに座ると、そのソファーの心地よい沈みぶりに思わず「ひゃっ」と情けない声をだした。無理もない。およそ毎日勉学のために座る家や学校の椅子とは、素材も何も次元のレベルが違うのだ。

「さっ、熱いうちにやりたまえ。冷厳なキリマンジャロの山の風と土が育てた、僕自慢のブルマンコーヒーだ」

ショウは、何ともいえない部屋から出る緊張感に襲われ、カップが置かれると即座に手をつけ、ビクビクと手を震わせながら、心を落ち着かせるために口へと運んだ。
カップ越しに指に伝わる熱の温かみ、湯気に混ざる見事な香り。コーヒーの匂いなのか、これは。ショウ少年の鼻腔は、湯気を吸ったその瞬間から不思議な幸福感に包まれた。その香りを一言で言えば厳格、それでいて豊満。およそ一般的なインスタントコーヒーとは比べ物にならないほどの澱(よど)みの無い香りの純真さ。ふいに立ち消える匂いでさえ、勿体無い気がするような高級さであった。

グイッ

豊穣な香りを鼻腔に震わせながら、ショウはコーヒーを一口飲んだ。

「~~~~~~~~ッ!!」

ショウは、何ともいえない恐ろしい苦味に顔を歪めた。
無類のコーヒー好きでさえ、香り以外の味に関しては余り関心が無い。そもそもコーヒーという物は、香りが一番で、味は二の次。軟水か硬水、香りを邪魔しない水の相性が味よりも優先される。ショウはむせる。充満するコーヒーの香りを味わいながら、存分にむせる。

「ゲホッ!!ケホォッッ!ケホォッッ!」

そう、コーヒーというのは人生に似ている。
少々の甘味を入れねば実に苦い物なのだ。

「ははは。中学生にはまだ早かったかな、この味は。なんたって水出しから始めた本格派だからね」

カップをすすりながら、少し曇る青年の眼鏡。
先ほど青年がカップに湯を注いだ場所には長い机があり、その端にはボール状の器に水が入った木製の長い物体があった。水の入った器の名前はウォーターボール。それは時間のかかる水出し用の本格的なコーヒーマシンであった。

「コホッ…コホッ…」

大きくむせるショウの隣で、手を口元に置き、青年から目線と顔をそらし、小さく咳(せき)をするアカネ。流石の優等生の彼女でも、この大人の味はキツかった。バレないように凛としてはいたが、内心は舌に残る苦味に嫌気すら感じていた。

「さてさて、ちょっとブレイクしたところで。早速本題なんだけど」
「は、はい」

ショウの顔は、むせすぎて真っ赤になっていたが、十分に会話が出来るようだったので、眼鏡の青年は構わず続けた。

「自己紹介が遅れたね。僕の名前は三杉トオル。君たちの世界で言う超能力者だ」
「え」

気でも触れたのか、この人は。とショウは思った。
顔立ちも悪くなく女子にモテそうな雰囲気、だが、まったくもって言動で損をするタイプというか…超能力者?そんな突拍子もない事を打ち明けられて、ショウは面食らった。

「気でも触れたのか、か。そりゃそうかもしれないね」
「!?」

ショウは動転した。今思ったことを、口に出してもいない事を悟られた!?
フフッと笑いコーヒーを飲んでトオルが浮かべる『理解している』という表情が、また不気味だった。

「井沢君、トオルさんの言っていることは本当よ。彼は能力者。そして私も」
「!?」

ショウは再び動転した。何!?アカネ先輩も超能力者!?
いったい何時まで自分は夢を見ているんだ。とショウは痛む頬に二本指を伸ばして頬をつねった。

ヒリヒリして痛い。

「夢の続きじゃないよ。これは現実さ」

また心を読まれた。本当に超能力者なのかこの人は。
いや、デタラメだ!デタラメに決まっている!きっと表情や動作から心を読み取る、読心術のような物を使っているのだと、額に汗を滲ませながらショウは思った。

「超能力者さ。このコーヒーのように本物のね」
「う、嘘だ!」
「ふーん。なかなか意固地だね君も」
「信じられるわけ無いじゃないか!」
「じゃあ君の腕は何で治ってるの?」

ショウは腕を見た、たしかに感じたあの時の激痛が治っている。

「そ、そうだ!保健の教科書に乗ってたぞ!人間の持つ再生能力のおかげさ!きっと」
「ふうん。じゃあこれはどうかな」

トオルはショウの態度に少し苛立ちを覚えながら、机の上に置かれたリモコンに手を取ると、おもむろにスイッチを押した。

ビィン

ソファーの斜め横に置かれた液晶画面が電子音を立てると、そこに白いベッドの置かれた部屋が映る。

「あ…」
「君の寝ていたベッドが見えるだろう。このテレビは受信機であり発信機なのさ」
「そ、それがなんだ!」
「少しの間、目と耳を集中させてね」

ポチッとリモコンのスイッチを押すトオル。
その瞬間、部屋にあったアナログ時計が沸き立つ火炎と黒煙を噴出しながら爆発した。粉々になった時計の部品は、壁、床にあたり転がり、ベッドには計器が四散していた。爆発はあった、だがショウの耳には音が聞こえなかった。

「どうだい?爆発する時計の音が聞こえたかい?」
「き、聞こえなかったけど…」
「じゃ、さっきの事を思い出して聞いてほしい」
「え?」

「僕はどうやって君の声を聞いていたと思う?この音が拾えない場所で」
「そ、それは何処かに集音機が…」
「君も随分観察して知ってるだろう。音を拾う集音機なんて無かったのを」
「で、でも。おかしいじゃないですか!」
「何が?」
「じゃあどうやって僕に声を届けたんですか!」


「君の心に直接、この眼で語りかけたからさ」


深く刻むような言葉と供に、シャンデリアからの偏光でキラリとトオルの眼鏡が光ると、その中から見える黒い眼に、ショウは心を奪われた。心を奪われたといっても、隣に座るアカネのように容姿や格好などの『単純なときめき』から来るものではなく、どこか同じ…黒く沈んだ色を浮かべる眼から感じる『複雑な懐古心』から来るものだった。

「フッ、やはり君も能力者。まさに、眼は口ほどに物を言う、だね」
「え…?」
「君も微弱ではあるが能力者だよ。僕らと同じね」
「う、嘘だ!」

否定する態度を続けるショウに、髪をかきあげて苛立ちを露(あらわ)にするトオルは、銀縁の眼鏡をとり、テーブルに置くと、その沈む黒い眼がついた素顔をグイッと少年に近づけて話を続けた。

「君の黒い眼。普段は気付かないだろうけど、普通の人とは違うんだ」
「ま、マインドコントロールとか言う奴か!?騙されないぞ!俺は普通だ!」

「アカネ君に聞いたよ。色々と」
「何を!」

「君はお婆さんに追われながら、鍵のかかった図書室の扉を開けたそうじゃないか。これは立派な能力の開花だよ」
「き、きっと扉の立て付けが悪かったんだ!あの図書室は校舎の中でも古いから!」

「じゃあ本棚は?」
「本棚…?」

「右腕の激痛に耐えながら、君が左手一本で倒した本棚だよ。どう考えても不自然じゃないか。あの巨大な本棚を、運動部でもなければ、たいして力も強くない君が、左手一本で倒す事が果たしてできるだろうか。いやァ、出来やしないはずだ。君に能力が無ければね!」
「違う!そんなんじゃ…違う!俺は超能力者なんかじゃない!普通の人間だ!」

「君が普通の人間ならあの場で死んでいたよ!」
「そ、そんなこと判らないじゃないですか!」

自分自身、薄々感じてきている。ショウは、その納得の根拠を認めたくなかった。
ショウの態度に、トオルは顔面に力を入れると、静かにその語気を荒げ始めた。

「あの老婆は、僕たちのブラックリストにも載るほどの瘴気の能力者だった。破壊の瘴気に触れた物を自由自在に溶かしたり、心で念じた分だけ破裂させたりできる悪辣(あくらつ)な能力だ。君も見ていたはずだ。右腕が溶解し、本棚が微塵に発破されて、老婆の手に無残な警備員の膨れ上がった体が握られていたのを!」
「…!」

「君が能力者で無ければ、僕たちが救援に行くまで持たなかった。君の両腕はおろか、足は煮出したスープのようにとろけ、胸はポップコーンのようにはちきれ、腰は仕掛けた火薬のように爆発し、首は世界が逆さに見えるぐらいに折れて、頭や顔は膨らんで崩れる。無残に噴出す自分の血に抵抗も出来ずに、骨という骨、体の全ての組織を破壊されて、最後まで激痛に顔を歪めながら、意識のなくなるその時まで、君は悲鳴をあげて死んでたはずだ!」
「うっ…うっ…そっ…そんなこと…そんなこと…」

トオルの眼を見るたび沸き上がる不思議な懐かしさから、強情にも逃げるショウ。
黒い眼、昔から普通だと感じて他人と過ごしていた自分の黒い眼が、まさか超能力者の証だったなんて。脳裏に浮かぶ、ヒッヒッと下卑た笑いをする異能の老婆。本当に、殺されていたかもしれない、アカネまで巻き込んで。…少年の脳はトオルの言葉を想像し、怯える記憶を呼び覚ました。

普通でいたい。
ただ普通に友達と戯れて、ただ普通に恋をして、ただ普通に学生生活を過ごして、自分だけの青春を感じたかった彼は、その事実に眼を背けた。ついさっきまで過ごしていた普通の生活の中へ、逃げたかった。

「井沢君。もうやめなさい。何も私達は悪いことをしたわけじゃないわ。ただちょっと普通の人とは違う事が出来るだけ。運動が出来るとか、勉強が出来るとか、そういうのと、なんら変わらないわ。私達は普通なのよ」
「でも…でも…」
「私もトオルさんの目を見て同じ物を感じた。だから素直に事実を認めるのよ…」
「お、おかしなこと言わないでくださいよ先輩!」
「…おかしな事じゃないわ!事実、さっきまで私も信じられなかったんだもん」
「おかしいよ、こんなことって!どう信じればいいんだ!そ、そんなこと!」
「信じなくてもいい。今は信じなくてもいいから…」

隣に座っていたアカネが思わず声をかける。
ショウは、いつの間にか顔を紅潮させ、黒い眼は涙目になっていた。普通でいたい、と思う感受性の強い思春期の幼い心が、人を傷つけ、物を破壊する、あの醜い老婆と同じ超能力者という、その事実を否定したがる。その拒否反応から出た涙の雫は、かけるアカネの言葉を詰まらせる。

純真さ。そう、普通に純真なのだ彼の心は。

言葉に詰まる二人、そこへ些(いささ)か場違いな声が飛び込む。

「おいいいいいいいいいいいいッ!いい加減、話がなげえぞ!リョウマもカレンも腹すかせて待ってんだ!そろそろ晩飯の内容決めねえと、夜が明ける前に俺たちの腹が、背中とドッキングしちまうぜぇ!そこの二人も連れてきていいから、さっさと準備していくぞトオル!」

どこか冗談めいた遠吠えを放つ声の主、石崎ダイスケ26歳。
特技、自分でムードを作るor壊す。

「ダイスケ!今大事な話をしてるんだから静かにしないか!」
「うるせーな。今日の今日で事実打ち明けられても、認めたくねえ思春期の心ってのがわかんないかね、自称天才カツカツ野郎には!何もかも知ってる優等生の話を、すきっ腹に苦いコーヒー飲みながら聞いたって仕方ねえだろうが!まずは飯だ。美味い飯を食って、は・ら・ご・し・ら・え!」

「君は本当に馬鹿だな。少年のようなナイーブな心を知らないで、良くそんな事を言えるもんだ。彼を見たまえ!泣いてるじゃないか」
「はぁ?何言ってんだトオルよぉ。こりゃ泣いてるんじゃなくて嬉しいんだよ。人と違う能力の目覚めってのは、俺も感じたが、そういうもんだろ」

ショウを見ながらダイスケの大声を遮ろうとするトオルの声。
だがダイスケは自重することもせず、ショウに近づくと、耳元でこう言った。

「おいいいいいいいいい!男なら女の前で泣くなぁ!泣くなら一人で泣けえ!こっちには腹をすかせた欠食児童どもが二人もいるんだぞ、お前が泣き止むまで待ってるわけには、いかねえんだよおおおおおお!」
「ヒッ!」

「今から俺の車で夜でも開いてる食い物屋に行くんだからな!お前も車内で頼むもの決めとけよ!わかったか?わかったよな?わかったなら、ちゃっちゃと動けええええええ!」
「は、はいーっ!」

ショウは突然耳元で聞こえる大声に、零れ落ちる涙の雫を停めた。

「おい!リョウマ!キー渡しとくから先行って鍵あけとけ!それとカレン!いつまでパタパタと粉叩いて化粧やってんだ。お前は皆を先導して、地下の俺の車の所まで行くんだよ!わかったな!?」

「…はい」
「はいはい。はい、じゃー私についてきてねー。ってゆーか、ついてこなかったら置いてくよー」

ダイスケは、ショウとアカネを小部屋の外へと出すと、ジャージのポケットから、ジャラジャラと五月蝿いキーホルダーを出し、それをそのまま待っていたリョウマに渡した。そして、カレンを先頭に、ショウとアカネを連れ出し、部屋を出て、地下にある自分の車の駐車場へと向かわせた。

―――――――――――――――――――

そして、静まり返った小部屋には、ダイスケとトオルが残った。

「ったく。世話のかかるガキんちょどもだぜ…」
「ダイスケ助かったよ。あのショウという少年。なかなか気難しいタイプのようだ」
「気難しい?へっ、お前にもあっただろう、あのくらいの頃」
「思春期か…もう遠く感じるな…」

「実際あんなもんだよ、子どもってのはな。大人の世界に夢見る割には、いつも目の前の事実に反抗するんだ。信じた期待を裏切られりゃ、妄想に逃げたがる。それでいて理屈と道理を言われりゃ、打たれ弱いガラスの心だ。だから俺達が必死になって口説いちゃいけねえのさ。程ほどの余裕を、な?わかるだろ」
「大人の余裕か。そうだな…まだ僕も若いのかもしれない」
「若いさ。俺だって若い。だから悩んで大人になるのさ。それが青春ってもんだろ?」

「そうだな…」

遠くを見るダイスケの優しい眼差しに、トオルは眼鏡をかけながら、ただ小さく呟いた。
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第五話『モラトリアム』-前編-

2008年03月08日 17時16分35秒 | 超能力バトル物
自分を呼ぶ声を聞き、ベッドから起きたショウは、ふと自分の体を見た。汗に濡れた真っ赤なティーシャツ、青い柄(ガラ)のついたトランクス、少し汚れた黒い学生ズボン。夢から覚めた自分を現実に引き戻す、どれも紛れも無い自分の物だった。

「い、いてて…ら、ラボ?…い、一体…そ、それにあなたは誰ですか!?」

ショウ少年は痛む頬をさすりながら、銀髪の青年が映る画面に顔を近づけ、大きな声で質問した。だが青年は答えない。ショウは、もう一度問いかけた。

「い、いったい僕をどうするつもりなんですか!は、早く家に帰してください!」

だが青年が、その問いに答える事は無かった。ショウ少年は、何度も画面に大声で叫んだ。叫ぶ内に繰り返される大小の呼吸は、少年の頭の中の眠気をすっかり覚まし、酸素の運搬は脳の機能を活発にさせる。人間という者は、前後に極度のストレス状態を味うと、急激に頭が冴える。寝ている間に止まっていた記憶力や思考力などの機能がフル回転し、不安や好奇心などといった感情が封を切ったように一度に噴出すのだ。

噴出し始めた感情、目に焼きついた恐怖の記憶。見知らぬものだらけの不確定情報に怯える矮小(わいしょう)な自分の心。これで何度目だろう。ショウは、ただ画面の青年が質問に答えるのを期待して、声をかけ続けた。そうする事で沸き上がる不安が少しでも和らぐと思ったからだ。

「聞こえているんでしょう!答えてくださいよ!ねえ!」

だが画面の中の青年は答えなかった。
眼鏡の内に沈む黒い眼でショウを覗き込みながら、ただ小さくニッコリと、それでいて悪戯めいた、まるで弱者をいたぶる様なサディスティックな微笑みを浮かべて押し黙った。

ショウ少年は、画面の中の青年の微笑みと、いつまで経っても返答しない態度を見て、フル回転する思考力が導き出した、ある小さな疑問を脳裏に浮かべた。『まさか自分の声が聞こえていないのでは?』と。

たしかに液晶の画面の四隅には特別にステレオ機材などなく、くまなく室内に目を泳がせるが集音機らしきものは無い。ある物といえば、白い天上にぶら下がる薄いテレビ画面と、眩い光を放つ数本の蛍光灯。クリーム色の壁伝いには、さっきアカネが怒って出て行った黒いドアと、灰色のロッカーがポツンと一つ。部屋の縦、横、高さ、どれもショウの目測でしかないが、距離にして同じくらいの長さを持つ立方体の不思議な部屋。ショウ少年の怯える心と連動した思考力は、少しでも多くの情報を得るために各機関に指令を出し、部屋の観察を続けさせた。

不思議な立方体の部屋。クリーム色の壁を、舐めるようにくまなく探すショウ少年。
すると、壁に突起する一つの異物に気付いた。それは、壁と同じ色で備え付けられた、小さなアナログ時計だった。身を乗り出し、薄目で時計の長い針と短い針を覗くと、時間は午前1時26分を指していた。

ショウ少年は記憶を引き出した。老婆に襲われて学校に逃げ込んだのが午後6時頃、時計の時間は午前1時26分。そう、気付けば不可解な事象に巻き込まれてから、7時間ほどが立っていたのだ。ショウ少年は、眼に焼きついた明確な記憶を思い出した。屈強な警備員達、図書室の本棚、そして自分の腕をいとも簡単に破壊した異能の老婆。一瞬にして校舎に現れた能力者…老婆から狩人と呼ばれた四人組。黒いコートの銀髪、ジャージ姿のナイスガイ、ギャル風の女子、華奢な少年。爆発するブレザーのボタン。人質に取られて気絶するアカネ。独りでに浮かび老婆を襲う本。闇に飲まれる老婆。気絶するほどの激痛があった自分の腕。…腕?

ショウ少年は腕を見た。
…直っている。味わった激痛が嘘のように無い。意識をすれば両方とも簡単に動く。少年の目にもわかるような、皮一枚を残して内出血に膨らみ、筋肉繊維がズタズタになった右腕、本棚にぶつけ脱臼し、痛々しく血を流していたはずの左腕には、傷一つ、血痕一つ無い。

ショウ少年の脳は、疑問と思考の連鎖に小さな結論を添えながら、活発に動き出した。たかだか14歳の少年が、ここまで思考できるものなのか。それほど極度の緊張感を味わった結果だろうか。いつもの思い込みと、妄想の激しさが際立つ少年の影がまるでない。

「ぷっ…プワッハハハ!」

その時、噴出すような大きな笑い声が聞こえる。
静まっていた空間に、突然響き始めた笑い声に驚くショウ。

「やっぱり聞こえていたんですね!」
「いやいや、すまない。僕の悪い癖だ。謝るよ」

猛るショウ。
だが画面の青年は、怒りの篭ったショウの声と顔に驚く事もなく、ゆっくりと手を動かし、体をゆすぶるほど笑ったことでズレた眼鏡の位置を直すために、鼻に置かれた細い銀縁の支えをクイッと中指で押し上げると、悪びれることもなくショウに言った。

「フッ、試して悪かったね。君は実に思考力豊かな人間のようだ。いや何、悪気は無いんだ。本当に。少し君の心の中を見てみたかったのさ」
「え!?」
「周りを見てくれ…と言っても観察済みかな?ロッカーに君の着替えが入っているから、それに着替えてドアの外に居るアカネ君に従って、ラボの中枢まで来てくれたまえ。歓迎するよ」
「え、ちょっと待っ」

プツン。

声を遮る小さな電子音と供に、画面から青年が消えた。

「心の中を見る…?あの人は何を言っているんだ…?」

青年の言葉は不可解、不思議というか、むしろ冷静に見れば、おかしい類(たぐい)の発言だ。だがショウは青年の言葉に従った。言われるがままにしておけば何とかなる、この状況を打破できるような選択肢は少年には無かった。

ガチャンと部屋に一つしかないロッカーの扉を開けると、自分のYシャツと学生服(ガクラン)が下がっていた。ショウは袖に手を通して着ると、スプリンクラーの放水に濡れていたはずのガクランとYシャツは、すっかり乾いていた。

ショウは、部屋に一つしかない黒いドアを、警戒しながら小さく押して開けると外に出た。そこには茶色の薄いマットが敷かれ、それが横に続く長く広い通路があった。長い通路の対面の壁には、鞄を持ち、顔を赤くして怒っていたアカネが居た。

「え、えっと。そ、その。せ、先輩…怒ってますか?」
「準備できたのね、さっさと行くわよ」

美人顔に沈む黒い眼が、氷のような冷徹な眼差しでショウを冷たく睨むと、プイッと反対側を向いて歩き出す。それに追随して通路を歩くショウの内心は、決して穏やかなものではなかった。

(はあ、絶対怒ってるよ……でも怒ったアカネ先輩も可愛いなぁ。なんかこう、何やってもグッと来るものがあるよなぁ。アカネ先輩は…)

ショウは、前を歩きながら揺れる黒いポニーテールからチラッと見えるアカネのうなじを見て、さっきまでの思考は何処吹く風。いつの間にか、彼の脳は思春期真っ只中の桃色に戻っていた。

――――――――――――――――――

トントントン…。

不思議に静まった通路を革靴で歩く音が聞こえる。
長い通路の両側の壁には、やたら長い長方形、小さな正方形、いびつなひし形、星のマークのような三角形、なんともデザインセンスに溢れているというか、ドアとして考えれば不思議な形状の扉がいくつも並んでいた。

コンコン…

長い通路の突き当たり、黒色のドアの前でアカネは立ち止まると、他のドアと比べれば比較的まともな形状のドアを軽く二、三度ノックした。

「反町アカネです。入ります」

ガチャ

アカネの声が放たれた瞬間、自動的に開くドア。
最近の流行の音声認識のドアか、ショウは疑問を浮かべることもなく、アカネに導かれて室内へ入っていった。


「ジャジャーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!14歳、思春期真っ只中の井沢ショウ君ーーーー!能力者から逃れて、青春への奇跡の復活おめでとうーーーーーー!」

パン!パンッ!

「きゃあ!」
「うわっ!?」

アカネとショウは音に驚いた。
野太く響く男の大声と供に、大きく弾ける音が二つ。
室内に入ったショウとアカネが見たのは、膝を床に突いて、クラッカーを持って満面の笑顔を浮かべるジャージ姿のナイスガイと、その横で赤面し、恥ずかしそうにクラッカーをもった、ブレザー姿の華奢な少年が居た。

「いやーはっはっはっ!復帰おめでとう!この石崎ダイスケ!心から君の無事をお祝いするぞぉー!はっはっは!安心してくれ!ここは世界にたった一つの砂漠のオアシス的ユートピア!言うならば能力者たちのパラダイス!皆がローラースケートを履いてハッピネスに走り出すパラダイス銀河さ!」

カールのかかった天然パーマにジャージ姿のナイスガイが拍手をしながら大声で言う。
声と音に心臓が飛び出るほど驚いたショウ、それに対してアカネは、冷徹な眼差しをダイスケに浴びせる。

「あ、あれ。その顔は…さ、流石にネタが古すぎたか」
「…いえダイスケさん。違うと思います…」
「うーん、今のウケなかったのか?」
「…大失敗です」
「そ、そうか!ま、ままままままあ、ムード作りに関しては天才的な、この石崎ダイスケ26歳にも失敗ぐらいあるわな!はっはっは!」
「…だから僕は反対したんですよ!」
「リョウマ!グチグチ言うのは男らしくないぞ!はっはははははっ!笑え笑え!はっはははっ!」
「…」

ダイスケは髪の毛をかきあげながら、目線をそらすように上を向き高らかに笑った。隣の華奢な少年リョウマは、ダイスケに肩を叩かれながら、顔を埋(うず)めるように下を向き、未だ恥ずかしさに紅潮する赤面を隠した。

「ってゆーか、駄々すべりってやつー?ははは、マジうけんだけどダイスケさん。ダイスケさんの新人への『つかみ』っていつも失敗するよねー。ギャグも古すぎるし」
「う、うるさいカレン!俺はなあ!二人の緊張を少しでも解こうとしてだな…」
「…ダイスケさん。悲しいからやめましょうよ」
「く、くぬう、物分りが良すぎるぞリョウマ!」
「ってゆーか、物分りが悪いってのも一つの才能ってやつ?」
「こ、このお!カレン!」
「キャハハッ」

ダイスケとリョウマの後ろから声。
奥の灰色のデスクに化粧道具を並べて、手製の鏡を見ながら眉毛を整え、椅子に座っていた今時のギャル風の口調で話す女子。カレンと呼ばれた制服姿の彼女に冗談交じりになじられながら、怒り食い下がろうとするダイスケ。それを必死に止めるリョウマに連れられて、二人は渋々、近くにあった椅子に座った。

「…ふふふ」
ショウは冷徹な眼差しで二人を見るアカネとは反対に、目の前で起こっているコントに、なんとなく不思議な安堵感を得ていた。

「お、来たか。おやおや、なんだいこの散らかりようは。またダイスケか。うちの馬鹿テレポーターがすまないね。二人とも、馬鹿は放っといて、こっちに来たまえ」
「馬鹿とはなんだ!馬鹿とは!」

室内の奥の小部屋からヒョイと顔を出す青年。

「あ…」

ショウは青年の顔に見覚えがあった。
そう、先ほど画面に映っていた銀髪に銀縁眼鏡の青年だ。

「いくわよ井沢君」
「は、はい」

ショウは、先を行くアカネと一緒に奥の小部屋に行った。

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第四話『グッドナイト』

2008年03月06日 14時35分16秒 | 超能力バトル物



「土壇場勝利…」
「ってゆーか、波長を感じて私も驚いたよ。マジで人質が能力者だったなんてね」
「はっはっ、まあ幸運。日ごろの行いが良かったって所だな。あと俺の機転が…」
「君の機転じゃないだろダイスケ。それに、まず君がすることは反省だ」

シャァァァァ…ジリリリリリッ!

スプリンクラーからの放水、けたたましく鳴る火災報知器の音。破壊を操る異能の老婆を倒した四人組は、倒れたアカネに目線を送りながらツラツラと会話をする。

「さて、警備の増援が来るとまずい。反省の誠意として、さっさとこの五月蝿い報知器とスプリンクラーの水を止めてきてくれないかダイスケ」
「反省って…。まあいいか。俺も寒いのは苦手だからな。じゃトオル、後始末よろしく」

ビュン!

老婆を倒して間もなくして。耳障りな火災報知器の音にトオルがダイスケに指図する。ダイスケはトオルや他の二人に手を振りながら、残像を残して、再びその場から消えた。残された三人は、放水とベルが収まるのを待って、図書室の濡れた床に、ただ静かに目を瞑(つむ)りながら気絶するアカネを担ぎ上げると、図書室から廊下へ出ようとする。

「せっ、せん…ぱい…!」

老婆がトオルの放った紋章の闇に飲まれるまで、ただ呆然とその場にへたり込み、何もすることが出来なかったショウは、見ず知らずの数人に運ばれていくアカネの姿を見て焦った。そして後を追うように、左手で首から提げた鞄を捨てて、その場から動こうとした。

「…つッ、がぁッ!痛ッッッ!」

大きく声を漏らすショウ。
立てない。立てていない。立てるはずなのに、立つことが出来ない。
立とうと思って手を動かそうと頭で考える瞬間、およそ耐える事の出来ない果てしない激痛が、波状のリズムになってショウを襲うのだ。
ギリギリ意識が飛ばないように、強く心で痛みを堪えながら、ショウは自分自身に何度も言い聞かせた。「立て、立て」と。

だが、動くための稼動機関である筋肉にまるで応答がない。ショウがどんなに動こうと脳や心で思っても、各所が微塵に震えるだけで動けない。

ふと、自分の両腕を見てショウは絶句した。

少年の両腕。パンパンに膨らんだ右腕は、皮一枚を残して筋肉の繊維が全て断絶し、ドス黒く変色した内出血が腕の中一杯に広がっていた。緊張状態による痛覚の麻痺によって、残された最後の力で鞄を投げた左手でさえ、先ほど図書室の硬い本棚を力の限り思い切り倒した結果、たいして鍛えられてもいない柔らかな幼年の拳の皮は裂けて、反動で肩の骨が脱臼し、ぷらんと下がった腕の先から、ドグドグと血が流れると床に落ち、水溜りの色を赤く染めた。

「ぐッ、ぐ、あ、ぐ、がァァァァァァァァァッ…!」

ショウは、激痛に目に涙を浮かべた。情けなく我慢も出来ず声をあげた。
痛覚。そう、さもすればショックで気を失うほど…14年間生きてきて味わった事の無い痛覚。それは、ショウ少年のまだ発達途中の小さな体と心を止め、その動きを止めるのには、十分すぎるほどの激痛であった。

ドタッ!

床に両膝(ひざ)をつくショウ。放射される水を吸って重くなる黒のガクラン。首、背筋、胸、足、手、頭、感覚の残る部分は、滲む冷気を敏感に感じた。平凡な学生生活を脅かす、今日という日に連続的に起こった不自然の連鎖。ショウは脳裏に不可解な理不尽さを感じながら頭が真っ白になっていった、治まらない激痛に、ついに気絶したのだ。

「…!」
「ちょ、ちょっと…トオルさん。あれ」

廊下に出ようとした制服姿のカレンとリョウマは、ジリリとけたたましく鳴る報知器の音に混ざる、少年の倒れる音と姿に気付いた。二人は倒れた少年をチラチラと見ながら、黒いコートにかかった水を払っていたトオルに近寄る。

「どうした君たち。何か」
「…ってゆーか、あの子ヤバくないですか?」
「…どうします?」

二人の指差す方向に倒れるショウ少年を見て、トオルは全てを悟った。

「あのねえ、どうするって君たち。僕が優秀なリーダーだからって、そういうのは誰かに言われてやることじゃないよ。今倒れたのなら選択の余地も無いだろう?じゃ。リョウマ君。いつもの通り頼むよ。その内にカレン君は、こっちの子の意識の回復を頼む」

トオルは二人に指図した。するとブレザー姿の華奢な少年リョウマが廊下から図書室へ戻り、床の水溜りを跳ねながら、ショウに近寄っていく。

グッ!

「…C4、A3、F12、T6、S77。右腕部完全欠損、これはひどい…」

リョウマは腕を掴んだ。そして青ざめるショウの顔を見ながら、腕の状態を見て驚いた。
医療的に言うならショウの症状は奇病の類。脱臼程度の左手はまだしも、内出血と筋肉組織の崩壊に膨れ上がった右腕を直すとなると、これはまさに医療の先の領域。

例えば直すためにメスで右腕の皮を深く裂けば、大量の血液が飛び出し、出血多量で死に至る。かといって体内での止血を待てば、破れた血管が詰まって心臓が止まる。右腕の機能の回復は、現代の医療では不可能であった。右腕を切断して延命できれば良いほう。その延命治療でさえ、画期的な医療器具と大量の輸血、熟知熟練の医師が数十人、そして神がかり的な奇跡が無ければ無理であった。

しかし、リョウマ少年は違った。

「配合組成(コンポジッション)…!」

シュワワワワッ…

唸るリョウマ少年の髪が一瞬逆立つと、掌から放たれた緑の膜にショウの崩壊した左右の腕が包まれると、腕は見る見るうちにその形を直し、その色を戻していった。不可能、死しても当然と思われた人間の組織の回復が、まるで機械のパーツの交換を行うように簡単に直る。驚くべき光景だった。

リョウマ少年により、神がかり的な奇跡は起こったのだ。いや、その光景は現世に生きる者であれば、むしろ間違う事のない神の領域であった…!彼には、それが可能だったのだ。物体変質(マテリアルエクスチェンジ)の能力を持つ彼には。

「いつもながら見事だね。リョウマ君」
「いえ…」
「とりあえず彼も一度ラボに連れて行こう。このまま放置してもマズイし」
「はい…」

波状に削られたコンクリートの壁。散らばる本棚であった木片。数冊の本が無残に四散し、バラバラになった上質の紙の切れ端が水溜りに沈む。ジリリと鳴る火災報知器のけたたましいベル音はいつの間にか止んでいた。それに伴って際限なく辺りに放水し続けていたスプリンクラーがその息を止める。そして帰ってきたダイスケの手に引き連れられて、図書室から人気は消えた。

夜の闇に沈む校舎には、いつも通りの静寂が訪れた。

――――――――――――

「…ぇ…ぇ…ねぇ…ねえ井沢君!どうしたの!」

ショウは、誰かに呼びかけられる声に起きた。

「…え?え!?…こ、ここは!?」

グワッと体を起こすと、勢いが伝わって足場が揺れる。ショウは揺れる足場に少々たじろぎながら、腕を見た。痛みも無い、完全に直っている。
そして、老婆に襲われた記憶の緊張感の解けないまま周りを見た。灰色の格子に全天を見渡せる小窓が幾つか、天候は晴れ、しかも地平線にそびえるビルが、ゆっくりと沈む夕焼けに彩られて美しい。

「…!?」

ショウは窓の下を見る。そこには高層ビルや車の走る道路、どれも日常見たことのある風景が自然に続き、道路と柵を挟んだ内側にはアトラクションの数々があった。乗客の絶叫が窓越しからかすかに聞こえるジェットコースター。左右に振り子のように動く海賊船。家族や恋人達が並んで食事を注文するスタンド。オレンジ色と白色の混ざった長方形のベンチが数列。

ショウは、どうやらここが遊園地であることを理解した。

だとすれば、この小窓から全てを見下ろす事の出来る高さにある物は何だと考える。
そう、ショウが居るのは高みから全てを覗ける観覧車の一室だった。

「井沢君?大丈夫?」

ショウの耳に入る、若さの残る甲高く透き通る声。耳に覚えがあり、何処となくショウの心が弾む声。ショウは声の聞こえる方に眼をやった。夕焼けの逆光に照らされて、椅子に座る影の顔が確認できないが、その風体から言って間違いは無い。憧れの彼女だ。

「せ、先輩!?反町アカネ先輩!?無事だったんですか」
「無事って…?さっき観覧車に乗ってから井沢君と、ここに座っていたよ?」

ショウは、夕焼けの影に見えなかったアカネの姿を間近で見た。さっきまで図書室の床に倒れ気絶していたはずの彼女、なぜこんなところに?いや、それよりも何故、遊園地などに?ショウの疑問は顔へと現れていった。

「ぷっ、ぷくっはっはっはっ…やだ井沢君、なにその顔」
「え?」
「か~お。そんなに顔に汗かいて、どうしたの?」
「い、いや、その。ははははははっ」
「ふふっ、変なの」

ショウは、目の前で軽く口を塞ぎながら屈託無く微笑む黒毛のポニーテールのアカネを見て頭の中が真っ白になるような気がした。ぷっくりと艶やかな唇には、普段化粧も余りしない優等生の彼女からは想像もできないほど妖艶に見える淡いピンクのルージュが二筋。見事なアイシャドーを引いた眼をそらし、窓を見ながらサラッと髪をかき上げる仕草をすると、観覧車という逃げ場の無い密室に漂い始めた爽やかで青さの残る彼女の良い匂いは、ショウ少年の思春期の心を、ほのかに、そして大胆にくすぐる。

「あ、アカネ先輩!そ、その格好は!?」
「え?これ?あはは、いーでしょー、私のお気に入りなんだー」

ショウは、微笑みながら自慢をするアカネの姿を見て思わず目をそらした。
変だ、格好も変だ。普段の制服姿からは、およそ考えもつかないほど、ボディラインがピッチリと出た服。そこから見える一つ上とは思えないほどの色香。白い柔肌を見ろといわんばかりの余りにもラフすぎる彼女の格好。スカートの下に見える、膝まで隠した黒いニーソックスと見える生の柔肌が、また思春期の少年の熱情をそそる。

(はぁ…可愛い…可愛すぎるよアカネ先輩!…犯罪的な可愛さだ…!)

我慢できず、思わず心の中で深いため息を漏らすショウ。アカネの声、姿格好、仕草、全てが自分の中で見たことの無いアカネの姿だった。ショウはアカネの姿をチラチラと見れば見るほど、自分の想像を超える結果に、その息を荒げた。

「フンフンフーン~」

観覧車の窓枠の下のスペースに頬杖をつきながら、窓を見て鼻歌交じりに足を動かすアカネ。そして、まるで狙ったかのように足が動くとアカネの上着が揺れ、そこからチラリと見える彼女の胸元は、ショウを熱情の渦に放り込んだ。湧き出る泉の如く出始めた唾液を理性で抑えることも出来ず、ただただゴクンと喉音をたてて飲み込んだ。ショウはジッと見た、アカネの胸元を。

見えるのは手の平一つ分、大きくも無ければ小さくも無い、形の整った小さな谷間がくびれた腰の上に存在した。いつもは優等生ぶって、そんなことを億尾(おくび)にも出さないが、彼女もまた思春期。そう、背伸びをしたがる中学生らしく、少し見栄をはって胸を強調して、大き目に見せようとする。そのいじらしささえ見える格好がまた、少年の唾液を分泌させる。

マイスイートガール!パーフェクト!ビューティフォー!オーハッピーデイズ!

ショウ少年にとって、これほどの至上の極楽、至福の時は無かった。
そして見惚れるショウを尻目に、アカネが言う。

「ねえ、井沢君。聞いていい?」
「は、はい」
「何で私なんかをデートに誘ってくれたの?」
「え、ええ!?デート!?」

ショウ少年は驚いた。たしかにデートの画策はあった。だが、実際にはまだ誘ってもいないし、ショウ自身、確率の低い博打のようなものだと思っていた。だが、ここは遊園地で、目の前の彼女は本物だ。

「理由は~?」
「うっ…」

少し子悪魔めいた質問に、思わずショウ少年は脳内を桃色に染める。落ち着き払った上品な物腰、光に沈んだ黒い眼。なんだこの満ち溢れる幸福感は。なんだこの美味しすぎる状況は。アカネに声をかけられながら、美人顔にチラリと見える胸元と、黒いニーソックスの似合う長い足に、いつの間にかショウの内にあった小さな疑問など、どうでもよくなった。ただ目の前に憧れの先輩が居て、その人が自分を見ている。アカネの質問に対して、興奮の余り曖昧な答えしか返せないショウ。

ガラガラ…

長くて短いような一周。その時間を観覧車の中で、沈む夕焼けを見ながらたそがれる二人。ショウはアカネを見ながら、心臓の高鳴りを抑えられないほど、ドキドキした。今、このときめきを抑える鎖など無い。

「ねえ井沢君。今度またデートに誘ってくれる?」
「え?え!?どういうことですか先輩!?」
「私を呼ぶときはアカネでいいわよ。井沢君」
「は、はい…アカネさん」
「ねえ落ち着いて聞いてね?私、もしかしたら井沢君…いえ、ショウ君のこと好きかもしれないの。いいえ、きっと好きなんだわ」

「ええええええええええええっ!?」

好き、という言葉にショウは絶叫した。
思わぬアカネの声に驚いて、天井の壁にガンッと頭をぶつけるほど飛び上がるショウ。
襲ってくる痛みから守るために頭を抑えるショウだったが、何故だか幸せな心が一杯で、痛みを感じない。この幸福感。達成感。ショウは心の中で言葉を爆発させた。

嘘だ!いや嘘だ!嘘かな?嘘かも。いやいや嘘だろ。え、本当?本当なの?本当か?本当だろうか?本当ッ!?でも本当であって欲しい!これは本当だ!本当!

めまぐるしく変わるショウの桃色の脳内、妄想と現実のなれの果ての葛藤は、観覧車という密室に、ただ立ちすくむショウを動転させる。それを断ち切るようにアカネが一言呟く。

「ねえ…ゥ…しよ?」
「え?」

聞こえなかった。大事な部分が。

「キ…ゥ…しよ?」
「え…?」

言葉につまりながら頬を赤らめるアカネ。だが、恥ずかしさなのか?その声は小さすぎて聞こえない。

「ィ…スゥ…ね?」
「…ッ!」

もう少しで聞こえる!声を耳に集中させろ!とショウは全神経を集中させた。

「き、キスしよ!」

アカネの声がやっと聞こえた。

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

ショウは絶叫をあげた。
頭の中の桃色の爆弾は、ついにその『キス』という名の発火装置に火をつけられて、最後の安全装置を外した。今やショウの体中を右から左から上から下まで、ダイナマイトのような爆風が駆け巡った。

「ン…」

夕焼けの落ちる光がアカネの顔を包む。
頬を赤らめながら目をとじて、ピンクのルージュに濡れた唇をスッと前に出し、ただショウの勇気を待つアカネの顔は、およそショウの考える女子像の中で最高の芸術であった。ショウは覚悟を決めた。やり方も知らない、情報も無い、上手い下手も知らない。だが、ショウ少年は慌しく震える指をアカネの肩に置くと、強く、アカネを自分の方へ抱き寄せた。

「アカネさん!!!!」

ショウが目をとじ、アカネと唇が触れる。
まさに、その瞬間であった。

バシーン!!!!

――――――――――――

「…ふが…」

ショウ少年は頬を伝わる違和感に目覚めた。先ほどの、およそ味わった事の無い痛覚に比べれば微々たるものだが、せっかくの夢を邪魔されたのだ。その心の痛みは増幅した。あれ…?夢?

「なにすんのよ、この変態ッ!!!!」

さっきまで聞いていた声と同じ音。だが今度の声は優しくない。どちらかというと怒りや憎しみ、恥ずかしさに震えるといった声であった。ショウの目に見えたのは、見知らぬ白い天上、クリーム色の壁、そしてキスの瞬間に迫ったはずの憧れの先輩。

「え?…アカネさん?…キスの続きし」

バシーンッ!

「痛ァッッ!」

アカネから繰り出される恐ろしい速度の平手の一撃。ショウの顔面の左頬を滑るように強く音の出る流し打ち。

「変態!今度やったら確実に殺すわよ!」

プイッとそっぽを向いて、怒りを露にしたアカネは外へ出て行った。ショウはやっと状況を理解した。なんとなく、出てくるアカネがおかしいと思った。やはり夢だったのか。夢だったのか。ショウは、期待にココまで膨らんだものを一瞬にしてげんなりとさせた。
そして叫んだ。

「夢なら夢で、もう少し遅ければ良かったのにー!」

白いベッドの上で、ショウは青春の儚い夢に嘆いた。

ビィン。

耳に入る電子音。すると室内の天井近くから下ろされた、テレビにスイッチが入り映像が流れる。そこには銀縁の眼鏡をかけた、銀髪の青年の顔があった。

「やっとお目覚めかい?まあとにかく私たちのラボへようこそ、井沢ショウ君」


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第三話『ハンターズ』

2008年03月04日 16時59分51秒 | 超能力バトル物



「やぁっと見つけたぜぇっ!能力者さんよ」

木材の散らばる図書室、常軌を逸した老婆の姿に怯えるショウとアカネの前に、忽然(こつぜん)と現れたのは、姿格好もバラバラな四人組だった。

「の、能力者…?」
「今、何もない所から…」

驚くショウとアカネを尻目に、今まで憎悪に満ちた笑顔を浮かべていた老婆の顔には焦りが見えた。

「あの眼は…!は、狩人(ハンター)…!」

老婆は怯えるように眼を開き、口をカチカチと音を立てて震わすと、流血に滲む顔を焦りと恐怖の色に染めていった。

「うっわ、てゆーか部屋めちゃくちゃ…。ありえないっしょ、この状況」
「こりゃどうやら、間一髪でヒーローご登場ってところか?」
「…」
「ダイスケ…!間一髪どころか手遅れだ!もう死人が出てるじゃないか!」

リボンのついた制服姿の茶髪のギャル風女子、上下黒ジャージ姿にウェーブのかかった短い黒髪とヒゲが似合う背丈の高いナイスガイ、濃い黄土色のブレザーの蒼髪の華奢な少年、黒のロングコートに銀髪と銀縁眼鏡がキラッと光る男。狩人と呼ばれた四人組は、慌てる老婆もそっちのけで雑談を始めた。

「おいおいトオル、そりゃねぇよ。これでも急いだんだぜ?俺の腕だから少ない情報でもココまで来れたんだ。他の能力者(テレポーター)じゃ、こうは上手くいかねえよ」
「ダイスケッ!キミのその腕が問題なんだよ!カレンが一帯の精神感応(テレパシー)波を最初に受けてから、ここまで何回テレポートしたと思ってるんだ!」
「へ?そうさなあ…4回くらいじゃない?そうだよなあ、リョウマ?」

「…124回です」

トオルと呼ばれた銀髪の男がピクッと眉を動かしながら、その怒りを露にしてナイスガイを攻める。ダイスケと呼ばれたナイスガイは、なんとなくバツが悪そうにトボけながら、リョウマと呼んだ蒼髪の少年の肩をポンポンと叩き、目線で助けを求めるが、老婆の姿を目で追っていたリョウマの口からボソッと呟かれたのは、ダイスケの提示からは、余りにもかけ離れた数字だった。ダイスケはリョウマ少年の呟きを聞くと、手を後ろに回して首のうなじ辺りに置いた。

ダイスケは、チラッと目線をずらしてトオルの方を見る。ひえええ、彼の苛立ちはどうやら今ので最高潮を迎えたみたいだ。睨むトオルの目線を避けるように、トボけ顔に引きつる笑みを浮かべて、ダイスケは言った。

「うっはっはっ、はっははっ。そそそっ、そんなに移動したっけなー?おじさん最近物覚えが悪いから、忘れちまったよー。はっは、はっははは…」

ギロッ

「ご、ごめんなさい」

研ぎ澄まされた刃物のようなトオルの睨む目が光ると、乾いた笑いを浮かべていたダイスケは真顔になり、条件反射的に頭を深く下げて謝った。謝罪を受け入れたトオルは、呆れた風に一度ため息をつき、眼鏡の端にそっと中指を添えると、クイッと小さく上に動かして、ズレた眼鏡を正位置に戻すと、ダイスケに向かって、鼻を高くして見下すような上目線で語り始めた。

「フッ、まったく!毎回言うのも嫌なんだがね、仕事中はもう少し集中してくれないかな。いくら僕が優秀なリーダーで、かつ華麗で、かつ美麗で、かつ頭脳明晰で、かつ天才的で、かつ美的センスに溢れて、かつ海のように深い父性に満ちた暖かで優しい心の持ち主で、かつ山々の高みから流れる一筋の清水のように心が澄んでいて非の打ち所のない完璧で理想的な存在だとしても、キミの失敗ぶりは酷いよ」

「…ぬぬぬ!」

「まっ、百歩譲って僕が優秀すぎてキミの駄目さが引き立つのもわかるけど、カレン君の敏感かつ素晴らしい精神感応と、リョウマ君の俊敏かつ有能な物質転換能力があるのに、現場に行くのがキミのような、頼りない、かつ失敗の多いテレポーターとはね。これじゃまさに、僕たちという宝の持ち腐れだよね?腕の良いテレポーターのダ・イ・ス・ケ・君!」

ダイスケは余りに嫌味が過ぎるトオルの言葉に怒りを覚えた。そして、我慢ならないと思ったダイスケは、人差し指をビュッと真っ直ぐトオルに向けると大声で言い返した。

「かぁーっ!そこまで言うかナルシスト!いちいち、カツカツうるせー奴だぜ!このカツカツ野郎!ちくしょう見てろ、今度は一発で成功してやるからな!」
「フン、そんな事を言ってまた失敗するんだろ?君には何度も騙されたからな~」
「ってゆーか、ダイスケさんのテレポートが一発で成功したことなんて、今まであったっけ?全然記憶にないんだけどー」
「コラッ!何てこと言うんだカレン!この場の空気を読め!空気を!」
「じゃあ失敗したら、何か奢ってくださいよー」
「ああわかったよ!もし俺が今度テレポートに成功しなかったら、大枚はたいて皆を豪華な晩飯にご招待だ!」

張り上げたダイスケの声。その声は図書室の壁を響き渡った。

「ラッキー♪あ、私スペイン料理がいいなー。イベリコ豚って美容にも良いらしいしー」
「今から三ツ星フランス料理店に予約するとなると、少し時間がかかるかな」
「…懐石がいいです」

「お、お前ら、少しは俺の腕を信頼しろ!っていうか晩飯の注文が容赦ねえよ!俺の財布の中身知ってんだろ!」

ダイスケは、三者三様に高い注文内容に内心ゾッとした。
老婆に破壊されて無残な姿を辺りに見せる図書室で、不自然な和気藹々(わきあいあい)さが増す四人組。

「井沢君、あの人たち、何…?」
「さ、さあ」

さっきまで恐ろしい力を秘めた老婆を相手に、生きるか死ぬかの駆け引きをしていたショウとアカネは、四人組の緊張感の無い雑談に呆然とした。

ビュンッ…バァン!

「こ、国家の猟犬どもが…私を前にふぬけた会話などして…なめおって!老いたりとはいえ、この青き破壊の光体を操る私を甘く見るなよォ!」

四人組の前で老婆は手に持った警備員の死体を壁へ放り投げ、未だ他愛の無い雑談を繰り返す黒い眼の四人組に襲い掛かった。

バアッッ!

「まずはそこの女からだぁッ!死ねぇぇぇぃッ!!」

老婆の手に浮かぶ青色の光体。ショウ少年の右腕の組織をズタズタに破壊し、警備員数人の命を奪い、触れただけで分厚い本棚を溶断、発破させる見えざる凶器。それはただ真っ直ぐに伸び、制服姿のカレンを捉えていた!

「!」
「カレン!危ねえっ!」

老婆の行動にいち早く気付いたリョウマとダイスケは、それぞれカレンを守るように老婆の前へと躍り出た。ダイスケが背中を向けてカレンを庇うと、リョウマはダイスケの前に出て、とっさに自分のブレザーの袖についたボタンの一つを捻り切り離すと、それを老婆に向けて投げた!

ドゴォォォォン!

一瞬、何が起きたのかわからなかった。ただ耳を劈(つんざ)く大きな爆発音とともに、辺りに広がる黒がかった灰色の爆煙と、燻る火薬のような硝煙の匂い。四人組の中の紅一点、カレンに襲い掛かったはずの老婆は、爆風によって図書室のコンクリートの壁まで吹き飛ばされ、力なく床にドタッと音をたてて倒れた。

ジリリリリリリッ!…シャアァァァッ…!

室内の広がる煙に反応した火災報知器がけたたましく鳴ると、図書室のスプリンクラーが消火のために水を扇情に放射して、自動的に煙を外へ吐き出す空調システムが動く。突然の放水に図書室に居る人間全てが濡れた。

「あわわっ!水!?てゆーかメイクが落ちちゃう!まじ、ありえないんですけどー!」
「ひっ、冷たっ…リョウマよぉ!もちっと軽めで良かったんじゃねーのか?」
「突然の事だったので、つい配合を間違えました…」
「やれやれ、気に入りの黒いコートが。これじゃ台無しだよ」

放射される水に顔のメイクが落ちるか心配なカレン、冷たい水をジャージにしみこませながら寒がるダイスケ、濡れながら下を向いて謝るリョウマ、両手をあげて黒いコートにかかる水をはたくトオル。

四人組は水に濡れはじめた図書室で、それぞれの声をあげた。

「ぐ…がぁ…ぬ…や、やってくれる…じゃ…ないか」

一方、壁に打ち付けられ倒れこんだ老婆のほうは、所々上物の着物が焼きただれ。無残に破れた布の隙間からは、老婆の赤黒い血が流れているのが見える。老婆の後ろの壁と倒れた床には、まるで削ったような後があった。

「…!」
「マジ!?てっ、てゆーか、リョウマの一撃受けて生きてる!?」
「婆さんの成りしてる割には、随分と頑丈な体のつくりだな」
「へえ、流石ブラックリストに載るくらいの物質破壊系能力者。吹き飛ぶ寸前に壁を弾いて直撃を防いだのね。よく頭の回る奴」

少なからず動揺するリョウマ、カレン、ダイスケの三人を前に、水に濡れた銀縁の眼鏡をクイッと動かして冷静な分析を述べるトオル。その黒い眼の狩人たちを前に、傷ついた体を立たせながら老婆は、不適な笑みを浮かべる。

「ヒッ…ヒッ…驚いたよ。ま、まさか物体変質(マテリアル・エクスチェンジ)系の能力者が狩人にいるとはねえ…。抑え目に使っていた私の力に気付く、精神感応(テレパシー)の使い手…それに空間移動者(テレポーター)まで居るとなりゃ、私は遠くへ逃げれるはずもないね…ヒッ…ヒッ…こうなれば、残された道は一つ…!」

バアッッ!!

「キャアアーッ!!」

老婆は窓側の壁に倒れていたアカネを見つけると、その場所まで一瞬で飛び、どす黒い血の流れる老いた細腕でアカネを拘束した。アカネは、首を絞められるように老婆に抱き抱えられると、眼前に見えるドス黒い流血と老婆に触れられた余りの恐怖で気絶してしまった。

「や、やめろ!先輩に何するんだ!」

アカネの近くに居たショウは、老婆に向かって飛び掛った。
しかし、ビュッ!と空を斬る音が聞こえると、ショウはその歩みを止めた。

「ヒッ、ヒッ…学生さぁん。う、動くとこの娘の命は無いよ。もし私の手が狂えば、この娘の美しい顔を一瞬にして破裂させることも可能なんだ。それは余りにも惨いだろう?」

老婆はアカネを拘束した細腕の反対の左手の掌で、青い破壊の光体を作り、アカネの美しい顔に近づけると、流血に滲んだ顔を引きつらせ、下卑た笑いを浮かべた。

「ヒッ…ヒッ…狩人!お前たちも、むやみに動くなよ。動けばこの娘を殺す!若い娘が『はちきれる』音は聞きたくあるまい?」

ぐるんとアカネを掴んだ手を反転させて、今度は四人組に見せ付ける老婆。

「チッ、やけっぱちの人質かよ!トオル!さっさとノワールなんとかで倒しちまえよ!」
「無理だ。黒眼の紋章が一度どこかにつけば、周囲1mは暗黒空間の海に吸い込まれる。標的はおろか、暗黒空間にあの娘も吸い込まれるぞ。不可抗力とは言え、俺達が意図的に能力者以外の殺人を犯すわけにはいかん」
「…ッ」

「ヒッヒッ…さ、さあ、そこをどくんだよ。狩人。道をあけるんだ…」

老婆に人質をとられ、何をすることも出来ない三人は、ただ要求どおりに道をあけるしか出来なかった。通り過ぎる老婆のニタリと笑った顔が、狩人たちの顔を憎悪に染める。

(…トオル、なんとかならねえのかよ)
(ここは、成り行きを見守るしかないね)
(ちくしょう、俺にテレポート以外に何か能力がありゃ…)

ダイスケとトオルは、老婆に気付かれないように独自の思念波で会話を続けた。
そこへ、リョウマの思念波が二人の頭に飛んでくる。

(…一か八か、僕が奴の懐に飛び込んで…奴を…)
(リョウマ君、危険な発想をするんじゃないよ。相手はブラックリストに載るほどの使い手だ。この思念波の会話さえ察知されているかもしれないのに、今むやみに飛び込んだら、人質ごと殺されるのがオチさ)
(……ッ)

その時、黙っていたカレンが思念波の会話に混ざる。

(あのー。必死に雑談してるところ悪いってゆーか。あの子、わりと全然大丈夫みたいですよ?なんか能力者ぽいし)

「「「え!?」」」

カレンの突然の思念波の内容に、思わず声をあげる三人。
そして次の瞬間、

ガララッ!ドッッ!ガッガッガッガッ!!

「うがっ!!!」

図書室の壁にあるロッカーが勢い良く開くと、そこに入っていた図書室で一番重く分厚い歴史辞書が数冊空中に躍り出て、老婆の死角の後頭部に降り注いだ。

「…このう!邪魔だ!」

バァンッ!

老婆は降り注ぐ数冊の本に、掌に浮かべた青い光体を当てて破壊していく。
それを見たトオルは、ダイスケに一筋の思念波を送る。ダイスケはトオルの顔を見て、思念波の狙いを理解すると、グッと足に力をいれて、五歩程度先にいる老婆に向かって、水溜りのできる床を強く蹴り、走り出した。

「頼むぞダイスケ!」
「おうよッ!」

パシャン、パシャンと水溜りを蹴り上げながら、老婆の眼前、一歩手前まで走り抜けると、ダイスケは手を伸ばし、少し濡れたアカネの肩をギュッと掴んだ。

ビュンッ!

「う!」

一瞬にしてアカネとダイスケの体が老婆の手を逃れ消える。襲い掛かる本を撃退するのに我を忘れていた老婆は、その状況に狼狽を隠せなかった。


「良かったぜ神様。こういう能力しか与えてくれなくて」


空間移動(テレポーテーション)。能力者、ダイスケに許された唯一の能力。
フッとダイスケの姿が空中に残像を残して浮かび上がると、トオルの後方、水に濡れた床にダイスケは、パシャンと軽やかな足音を立てて颯爽と着地した。老婆の細腕に抱えられ気絶していたアカネは、いつの間にかダイスケのたくましい腕に抱えられていた。

「フン、良いコントロールだダイスケ」
「だろぉ?これで晩飯の奢りは無しだぜトオル」

二人で交わした思念波、その予想通りに事が運び、いつもは褒めないトオルが自分の事を褒めた。それに、なんとなくムズ痒い物を心に感じたダイスケは、気絶したアカネを床にそっと置き、トオルたちにフフンと得意気な顔を見せる。

「どうせ次は失敗するだろうから、フランス料理はまた今度にするよダイスケ」
「あーあ、マジ残念。イベリコの生ハム、食べたかったのになーダイスケさん」
「…本場京懐石…」

「うっ…!お、お前ら!俺のテレポート一発大成功を、そんな人を呪うような目で見るな!わかった、わかったよ!今までのお詫びの意味で晩飯はおごるから、その目はやめろ!ただし俺の財布が悲鳴をあげない程度の晩飯な!わかったら、さっさとそいつを片付けてくれよ!」

「…和食」
「じゃあトオルさん。お願いしますー」
「言われるまでもないが、それじゃあやりますか」

まるで欠食児童のように餓えた瞳で晩御飯の奢りを要求する三人に、ダイスケは得意気な顔を、再び慌て顔に戻した。三人はそれを見て、それぞれフフッと口元を緩めて笑うと、今度は振り向いて、血を流す老婆に睨みを利かせた。

「さて…お婆さん。いや、罪深き能力者。そろそろ消えてもらおうか」

ズリッ…

「く、くそ!その娘も潜在能力者だったとは…!くそ!くそうーッ!!」

トオルの声に音を立てて後ずさる老婆。


老婆は知っていたのだ、眼前に立つ黒い眼を輝かしたトオルという男の能力を。
ブラックリストに載った自分達能力者の中でも一際上の存在。銀髪で黒いロングコートを駆る始末屋、三杉トオル。眼の紋章が指定した空間に暗黒空間を作り、圧縮と縮退を繰り返し能力者を空間ごと消滅させる、空間消滅(ディラック)の能力者。


「闇夜の黒眼(ノワール・ド・フィナーレ)!!」


老婆は、なす術も無く闇に吸い込まれて消滅した。
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