golden days

nonsense sentence contents and fictional experiments

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161202

2016-12-02 | Weblog
人は何故フィクショナル・ストーリーとしての物語を好むのか。生きていく上で機能的には殆ど必要ないものを、あえて小説・演劇・ドラマ・映画・マンガetc...として必要としているのだろうか。

重くのしかかる現実からの逃避のためであろうか。単調な日常生活への刺激を欲しているのであろうか。もしくは、絶え間なく渦巻く想像力・妄想力を表現したいという欲求のはけ口として。いずれにせよ、想像力・妄想力がその源泉となっていることには間違いない。

宗教は一つのフィクションである。一神教の世界で生まれ育った人たちよりも、八百万神の環境で生活している世界観の人たちの方が、想像力・妄想力においても、より飛躍・逸脱・曲折しているであろうことは疑いもない。更にいえば、その国の成り立ちが神話である国の人々の想像力・妄想力は、他の国の追随を許すわけがない。

一方では、現実的世界への政治的対処において完全に適応不能であったり、経済合理性の追求という効率優先の社会形成の中で起こる良くも悪くも過剰な反応というのも、他方ではその想像力・妄想力の飛躍という、文化的・歴史的に脈打つ土壌であるが故に起こり得ることなのではないかとまで、想像・妄想してしまうのだ。
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