インド歴史文明館 7 (現代インド文明の特徴3)

2017-06-17 04:22:52 | 論文

現代インド文明について考えますと、インドは最大の民主主義国ではありますが、欧米型の個人主義(一部の人のための個人主義でなく、大衆のための)が発展するのは地主制度や、カースト文化の残存のため、おそらくは中国よりも時間がかかり(中国も擬制的血縁関係の残存の問題があるが、都市化はおそらくインドよりも進んでいるかと思われる)、経済発展が個人主義を許容することもあるかもしれないが、大衆を抑える制度として、この国の場合、軍や警察だけでなく、宗教的、精神的価値もあるわけです。大衆のはけ口を外部に向けようとして海外進出に力を入れることもあるかもしれませんが、三位一体(地主、財閥、官僚の協力体制)があるために制度内における抑制的な形になるのではないでしょうか。しかし、一方でかってのインド古典文明のように過度に精神的になって、内輪でもめることをさけるだけの歴史的教訓も生きているかと思われます。このため国内対立よりも外部との対立にエネルギーを割ける状況にあり、経済発展で国内対立が高まっても、異民族を仲介者に迎えることはないと考えられますし、外部に力をさけてもそれをあまり使う必要がないのが今のインドのように思われます。

 

よって現代インド文明はまさしくイスラム文明に対する防波堤であり、この観点からインドは東洋よりも西洋に結びつく可能性が高いかとも思われます。ヨーロッパ文明が歴史的なイスラム文明との闘争を続ける限り、インドはどうしてもヨーロッパにとって必要なパートナーであり、トルコがそうなろうとしたようにEUに向かっていくベクトルがあるのではないかとも思われます。またイギリスとの関係もあるでしょう。イギリスにインド人はたくさん暮らしていますし、イギリスがEUを離れてもやっていけると考える背景にはインドの可能性が大きくあるのでしょう。このことは現代中国文明との関係においてもいえることで、イギリスの位置にあたるのが、日本というわけで、インドに関わりの大きい国はアメリカ、イギリス、ロシア、日本ということになりますが、アメリカ、ロシアは大国外交の一方の相手方であり、インドとしてはイギリス、日本をうまく活用したいところでしょう。しかし国内外のムスリム問題もあり、イギリスとの関係はおそらく一番重要であり、それを牽制する意味において日本も重要ということになるかと思われます。

 

現在のところ、インドの三位一体体制と国家財政はうまく連動しているようですし、国内的な階層間の格差による摩擦を恐れるといった局面でもありません。どちらかといえば、かっての古典的インド文明とは異なり冷静であり、外国に警察官、仲介者になってもらう必要もないので、ほどほどに海外進出はするでしょう。つまりインドは20世紀のドイツになる可能性は低い。むしろロシアと共にヨーロッパに引き寄せられる可能性が高く※、それは将来の中国との競争を考えると合理性があり、ロシアと仲良くなる理由(歴史的にそうであるが)も見えてくるのであります。2017年の段階で、中国とロシアは蜜月といえますが、最終的にはインドとロシアはヨーロッパ文明もしくは西洋と持ちつ持たれつなのではないでしょうか(新疆を含む中央アジアにトルコが入ってきても困るし、中国が入ってきても困るので、ロシアとインドはその意味でも何らかの協力関係を維持しなければならないかと思われる)

※「イギリスが抜けたEU」とロシアが中央アジアあるいはシベリアをめぐり、イスラム、中国と話し合い、イギリスとインドが同じく主張する。AIIBもユーラシア構想もそうだが、中洋(シベリア、中央アジア、中近東)とよばれる地域、いずれも強権体質であり、それを強いられる環境をどのように克服して平和と経済の繁栄につなげるか という問題が残る。と同時に資源という問題で中国がイスラム文明圏(現在でいえばイラン)と結びつく要因もあるだろう。中国の政体はイスラムの政体とも近い。シベリア、中央アジア、中近東の三地域はEUとロシア、英米印(そして日本もか)、中国とイスラム(イラン系)の三勢力の力が交錯するところとなり、おそらくは三勢力が均衡する、そのためのバランサーがあるいは必要かもしれない。

 

 

したがって現代インド文明は現代中国文明と異なり、ブレーキがあるし、その地理的位置によって仲間も潜在的に多い。インドと中国の関係はこれから興味の絶えないところでありますが、貿易によって強く結びつく側面も多いでしょうが、総合的なパートナーにはなれないのではいかと思われます。現代インド文明においてもっとも重要である価値はイスラム文明(パキスタン)に対する側面が強く、この点ではヨーロッパ、ロシアと結びつく側面が強く、東南アジアやヨーロッパをめぐり、インドと中国は将来的には競争関係になる可能性があります。ただインドには価値があるし、三位一体によるブレーキもかかるし、潜在的な仲間も多いのでより安定感があるのではないかと考えられます。歴史はいくつかの力の合力であるので、5原則にたちかえってみると、インドは特に外部環境からの力はかからず、自然に成長していく可能性があるので、第1原理(価値の原理)の力、第2原理(生活向上の原理)の力、第3原理(共同体発展の原理)の力はそれを前提に規定されます。そうするとインドは世界の趨勢である価値、西洋的な民主主義に変更することを中国のように強く求められない(すでに長くインドはイギリス流の伝統にしたがいインド流民主主義でやってきている)。活性化されて日が浅い資本主義とカースト文化を伴った民主主義に基づき、第2原理(生活向上の原理)の力は進展していくが、インドの場合、その発展は現代中国文明ほど軍事的になる可能性は低い。資源配分もより民生に配分されるでしょう。カーストは文化なので残りますが、物質文明は発展させるというアプローチです。さまざまなカーストをパッチワークのように結合させて、結果として中産階級を形成させていくのではないでしょうか。インドはその爆発的な人口増殖力と共に価値が経済発展と結びついた時、多大な影響を及ぼすかもしれません※。そしてその多元的な考え方は日本とも似た文化という側面もあるといえるでしょう。また第3原理(共同体発展の原理)の力も中国ほど軍事を基礎に組み立てられることはないでしょう。階層格差間の摩擦も異民族との闘争もインドの場合、中国ほどにはならないかと思われます。

※第二次世界大戦後、ガンジー、ネルーの思想もあり、インドはそもそも露骨な物質主義を価値として持ってこなかった。それが冷戦の終了後、変わった。このことが経済成長の後にどのような公正な社会を作るか、それはどのような精神、モラルに基づくものかという点でインドの宗教に求められてくることだろう。そうした精神、モラルがどのような経済もしくは経済学を生み出すかについても興味の惹かれるところである。現代中国文明の不幸はその経済躍進期に言論の自由がほぼなかったことであるといえるだろう。経済は発展したが、精神、モラルにおいて今まで創造的な文化、宗教を生み出すことはなかった。これからインドは経済躍進期を迎えるが、中国と異なり言論の自由はあるので、コーサラ・マガダのような創造的な文化、宗教を生み出し、それが新しい経済、経済学を生み出すことを期待してもいいのかもしれない。

 

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