中年の散歩道

後期高齢者世代、、、そんな親父の街角ウオッチングetc..

腰痛のこと

2010-09-30 07:22:58 | Weblog
整形外科へ行って、湿布と痛み止めを処方して貰った。それで、立ち上がりの動作はかなり楽にはなった。やれやれ、、、
整形のカルテによれば、三年前にも同じ頃に腰痛を訴えてリハビリもしていた。狭いところを潜ったと訴えていたらしいが、委託を受けている設備の、工事用の狭いゴンドラへの乗降で痛めていたことを、今朝になってようやく思い出した。今回も、足場鋼管で組んだ櫓を登ったり、無理な姿勢で狭い隙間を潜ったりしていたのだった。

朝はラジオ体操、就寝前には若干のストレッチをしていたのだが、腰痛が治ったら狭くなった可動域を何がしか拡げるべく、ストレッチの種類を増やすことにした。
四十代というよりも五十代の前半までは、若者に伍して動けたのだが、「情けない」の一言に尽きる。あと十年は、そこそこ動ける状態でありたいのだ、、、

不愉快ではあるが、間違いなしに老化が進んでいる。拙い、、、


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そこなんだ、、、

2010-09-29 07:07:28 | Weblog
下記は、ブログのコメントに対する友人の返事である。

<かっちゃん、朝日新聞で車屋長吉さんはご夫婦で貧乏暮しのほうがいいという人生観を持って、人生相談に答えていました。
日本はこの生き方がいいと思っても、世界の金融亡者に食い尽くされるに違いありません。世界が優しくなれればいいのですが>

現在の社会、良くも悪くも多くの人達が馬車馬のように働いて来た結果として出来上がった生活関連の基盤で成り立っている。医療や交通等の保障や利便さを享受はするが、積極的な納税はしたくない。一部の若い人たちの価値観ではあるが、それだけでは困る。ぼっとんトイレで用を足し、川水を飲む生活で我慢できるならば、話は別だが、、、

地下鉄に乗って出かけたクーラーの効いたビルで、エコだ自然だとのたまう偽物の流行文化。金の亡者とならないとする価値観は良いとしても、現在の社会を誰が維持するのか?
国家百年の計を必要とする所以でもある。

今となって身の回りを振り返ると、不要なものに囲まれている現実と思考していることとの矛盾。

医療費節減?で一週間以上我慢して来た腰痛、やはり医者に行くことにするか。今回もレントゲンと湿布で終わりそうではあるが、、、数年に一度巡って来る腰痛なのだ。
毎回、骨は褒められるのだが、むにゃむにゃと何となく痛みが引く困った持病である。若い頃の職業病でもあるのだが、、、
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貧すれば、、、

2010-09-27 08:38:01 | Weblog
領土問題、南の島の不始末で北方領土が更に遠くなってしまった。

道内でも、旅行業者や水産加工関係の業者は、中国のくしゃみに怯えた。ロシアからのカニの密輸取り締りを強化すると、食い上げだと関係者が騒いだことは、記憶に新しい。

国粋主義者では無いが、国家間交渉は筋を通して時間を要しても毅然とやって欲しいものだ。香港は、99年の歳月を経て返還されたのだ。
外遊だ、やれ国際会議だとはしゃぎ、金をバラ撒く。確かに貿易立国だが、発展途上国への援助だって、一貫した「百年の計の筋立て」が見えない。

一神教(一党独裁も)の民族との付き合いは、生半可では無いことも、国民こぞって改めて思い知る必要がある。
貧した時こそ、真価が問われる。苦が過ぎる教訓だった。
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尖閣諸島の後始末

2010-09-26 16:57:20 | Weblog
途中経過なのだろうが、「処分保留のまま」で釈放、、、
罰するだけの罪が無いのに逮捕したことになるのだから、相手は損害賠償の請求をするわなぁー、、、と、相手の立場になればそうなる。
海外旅行のガイドブックにも書いてあるではないか!「国内の調子で、ゴメンと言ったら賠償責任を負わされる」と。

国内的な立場としては、海保の関係者を昇格させ、大使を更迭しなければ悔いを残す。
早朝、深夜に呼び出されたからといって、すっかり縮こまってしまい、着陸点を見失ったまま打電したのか、はたまた能天気な内閣の措置か、主たる原因は分からないが、国益を見失った責任者がいる筈だ。

地球の裏側にある小さな島のために、かのサッチャー元首相は軍隊を派遣した。財政を圧迫してもだ。
今回の一件、せめて交渉する姿勢だけは毅然として欲しかった。

やれ旅行者だ、レアメタルだ等々、いっそのこと属国になればその心配は要らない。そうなれば、老いた母は置いたままにして、日本を脱出するだけだが、、、

海保の諸君、君らの行動は正しかったのだよ! めげないで欲しい。
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尖閣諸島のこと

2010-09-23 08:00:07 | Weblog
テレビも当地の新聞も、記事の扱いがおかしい。国権を侵されたことより、旅行のキャンセルや輸出業者の心配ばかりを扱っているようにさえ思える。アメリカのくしゃみの次は、中国の咳か?

侵略されて、「はい、新しいお殿様、御用を言いつけ下さい」と、まるで変わらないように見える。それでは、未だに閉じられている国の思惑通りではないか?
日本国民は、尖閣諸島(領土、主権)よりも、「目先の金」優先する人種として、、、

全ては、遺憾に思って経緯を見守って来た(何もしない)だけの、、、「日本は、押せば引くだけ」の、外交をやって来た付けでもあろう。
ことさらに、構える必要は無いが、政府は毅然として解決に当たって欲しい。

中国との貿易だって、国内の企業は自転車操業を凌いではいるのだろうが、果たして長期的に見た日本にとってのプラス・マイナスはどうなのか、冷静に検討する段階でもあろう。

今回の一件は、冷静にしかし断固とした対応を願うものだ。
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情けな過ぎて、、、

2010-09-21 20:46:16 | Weblog
司法よお前もか?が、極まった。
現職の判事や検事の盗撮やストーカー、そして事務官のちんまりとした情けない不祥事は過去にもあった。しかし今度は、特捜検事の証拠改ざん、、、情けな過ぎて、ため息すら出ない。

行政、立法、司法と、三権分立?ならず、まるで等しく不祥事を起こしているようでは、世紀末ではないか!

「三つ子の魂」を蔑ろにして、国家百年の計を見失った結果でもある。旧政権の罪は重いが、選んだ国民にも問題が少なくない筈だ。
貧しくても、拝金や出世を価値観としない社会は、望むべくもないのだろうか?

ふとした疑問;
最近、通信の秘密についての条文を読む機会があったのだが、有資格者の罪は、単なる取扱者の倍付けで重かった。司法関係者の場合は、3倍付け位の重さとなっているのだろうか?
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お土産の重さ

2010-09-18 09:48:30 | Weblog
遅い朝食を摂りながらテレビ旅番組を見ていたら、ジャムのお土産が重かったが、別送などは思いもつかずに運んで来たとは、スタジオでの若い女優さんの話である。

このことは、多くの人が体験していることであろう。旅先での感動が積まっているので、その感動が薄れないように、何としても自らの手で届けたいのだ。
私自身、研修や出先での作業などの場合は、肌着や資料の類はホテル気付けて送り、帰途も宅急便で送って身軽に移動するのだが、こと土産となると自ら運んでいることが多かったので、女優さんの話が微笑ましかった。

北海道でも、土産の類は広域化?してしまい、著名な物は道内どこの空港でも扱っているし、羽田空港や有楽町も然りで、土産の選択に困惑することが多い。
最近などは、「珍しくもありませんが、現地からの直送と言うことで、、」と、注釈を付ける始末だ。

なんでも平準化、小手先の便利さ、結果として何かを失っているように思えるのだが、、、

来週の準備で、旅行鞄を整理していたら、京都の「八つ橋」が出て来た。届けよう届けようと思いつつも、ついついタイミング逃がしていたのだが、賞味期限はとうに過ぎてしまっていた。どうかと思うが、致し方が無い、、、送れば好かったは、タラ・レバの類である。
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街を歩いた

2010-09-16 07:32:38 | Weblog
昨日は、午前中は車で街へ出て打ち合わせした後一旦帰宅し、夕方からは公共機関で街へ出かけた。別口の送別会絡みの軽い会食があったからだ。
当然だが、上がったり下りたりも面倒だし、公共機関の停留所の一つや二つは歩くことになるのだが、街は出かけるたびに景色が変わっている。

数年前までは、街の中心部に通勤していたのに、ウインドショッピングなどと縁の遠い人種としては、驚きばかりであり、新築のビルは、何だかんだと保険業の関係しているビルだった。いまのご時世、採算が合うのかとは、年寄りの余計な心配でもある。

枯れて行く一方の高齢者と次代を担う若者、絶えずこの繰り返しであったのだろうが、街の時の流れは、自宅の周辺とは異なる。
若者の就職も含めて、ある種の運と差別化が激しいことの象徴でもあろう。
給料は安いが、地方都市の福祉施設にようやく子弟の就職が決まったとの、知り合いの話の後だったので、ほろ酔いで機嫌で歩いた駅までの道が、何かしら切なかった。

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貯蓄の民?・・・遊牧と定住

2010-09-14 09:23:02 | Weblog
友人からメールが来た。貯蓄の民考についてである。

速い話が、食糧を求めて移動する民と定住して農耕を営む民の本質的な差であると、メールで返答したのだが、、、

広場に集まって薀蓄を垂れた結果が、科学だ芸術だ、やれ相場だとなったのであって、生きるために山野を駆け巡っていれば、そんな暇はない。
土地についてだって、里山的か遊牧的かで捉え方が変わる。神か仏かその融合かと、宗教もまた人々の生き様の中でその影響を受ける。

などと、やっていると今日の目の前の予定が狂うので、ここまで。
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貯蓄の民?

2010-09-13 09:09:10 | Weblog
政策銀行の破綻、貯蓄の民等々、、、

かっての庶民の生活は、どのようにして働いて1年を生きていくか、命を繋げるかの戦いだった。
例えば、耕作地等をもとめて春には山奥に入る。秋が深まると、収穫物や木炭を担いで里へ下りて冬を過ごす。かっては特別なことでは無かった。
田や畑での収穫が終われば、都会へ出稼ぎに行かなければ収入の途絶える生活。少し前というか、今でも何がしか続いている生活である。

どうしたって、蓄えと切り離した生活の考えられないことが、現実だった。社会構造の変化で都会労働者となっても、抜け切れないことは当然である。
マネーゲームなどは、汗を流して、体を動かしてい働いて者からみると、縁の無いことでもある。株価に一喜一憂するよりも、用水路の水や害虫に神経を使うことの方が忙しい、、、

額に汗して働く職業を嫌って、「勉強しないと、あのように暑い中を○△をして働くようになる」と、子弟の教育をした結果が、汗の重みを知らないつまらぬ官僚や学者を生んでいることを、教育ママには分かって欲しい。

政策銀行の破綻や金融ビックバンの責任者は?
金融理論とは縁の無い、貧乏な技術者としては「なんか変だな?」だったが、当時の有識者はどうする?これから後出しジャンケンか?
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