中年の散歩道

来年は後期高齢者、、、そんな親父の街角ウオッチングetc..

小路と裏口

2007-11-30 12:40:17 | Weblog
下町散歩の良さの一つに小路がある。
私の少年時代に住んだ函館の家は、裏にも住まいがあったので、隣家との間に小路があり、近所には長屋もあった。従って、通り過ぎる車の無い小路で遊ぶことが出来た。

現在住んでいる札幌では、あり得ない環境だ。理由は積雪に尽きる。路面に積もる雪の他に、屋根から落下する雪への配慮も必要となる。加えて、寒いので防寒対策上から大きな開口部は少ない。従って、市街地に住む一般庶民の住宅には、裏口や縁側の無い家が多い。政令都市でもある大都会札幌の積雪は半端で無いのだ。

では郊外の邸宅はというと、降雪期には表通りまでの敷地内除雪作業がついてまわる。庭園のある広い敷地故に、体力の落ちた老夫婦ともなれば都会回帰が始まる。マンションに移りたくなるのである。しかし、マンションでは路地裏の生活は望めない。

などと、何やかんだに加えて年齢加算なのだろう?下町の風情が懐かしくなるのだ。
学校帰りのままで、裏口に回り軒先にぶら下がった「ミガキにしん」を口に咥えて、縁側にかばんを投げて遊びに出かけた・・裏口の水がめからトマトをつまみ、友と遊びに出かけた等々。

昨日も、狭い敷地の隙間と車庫で、全身に防寒対策をして工作をした。覗いたのは、町内のご同輩のみ・・・私の少年時代は、学校よりも大人の手仕事を覗くのが楽しかったのだが、こればかりは小路があっても駄目か!?

「小路と裏口」、普段着の仲での人生修行の空間と思うのだが、、、
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下町のこと

2007-11-29 09:42:56 | Weblog
灯台を見に佃公園へ向かう佃堀の近く・・住吉神社の裏手・・で、左手に三味線と思しき物を包んだ風呂敷を持ち、少し上げた右袖を振りながら歩く、着流しの和服を着た男性とすれ違った。
正面はマンションか何かの高層ビルである。このコントラストが堪らないので、佃っ子故のOKもありかな?と写真をお願いしようと一瞬思ったが、この時勢である。ややこしくなるのも如何かと断念した。

深川もそうだが、小路の様子や人の動きから生活感が伝わるのは、何かしら居心地が良い。霊巌寺向かいにあった、江戸みやげ屋の鬘を被ったご主人も、会話で楽しませてくれた。観光客に無理やり土産を勧める様子が無いのが良い。
いわゆるところの下町が、濃密な人間関係故にプライバシーが保てないとする見方もあろう。しかし、大人が多様に働く様子を知らずして子らが成長する環境に、他者への思いやりが容易に生まれるものだろうか?

イメージするは、川向こうのかっての武家屋敷群、対比として現代の役人公宅や大規模団地、根っ子は150年前と少しも変わってない。
藩の内所が苦しいからと年貢を増やした時代、大火の後に材木商が阿漕に儲けた時代、現在はと言えば、、、、、
永年の無策が故の増税、元禄もさりありなんと思える芸人とお笑いの跋扈、外へと目を転じると、偏った金余りの果ての原油高等々。

今回は、たまさかの駆け足下町散歩であったが、何やらほっとした時間ではあった。
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隅田川遡行Ⅱ

2007-11-28 07:46:44 | Weblog
日の出桟橋から水上バスに乗ったのだが、やはり川に入ってからの風景の方が好きだ。ビルのある風景一つとっても、現在の埋立地にあるビルと、河岸にあるビルとでは、趣が異なって感じるのだ。
写真は、小学生の頃から名前だけは知っていた勝鬨橋の一部。



釣り人の見える写真は、佃公園からの1カットである。後に尋ねたら「せいご」を釣り上げたところだった。「はぜ」が釣れた場合は食するとのこと。水が戻って来ているのだと、嬉しくなった。

改めて写真を見ていたら、滝廉太郎さんの「花」が、耳の奥に聞こえて来た。明治の方だから100年以上も前の歌とは思うが、来春には是非とも水上からのお花見をしたいものだ。
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江戸の下町Ⅴ

2007-11-27 20:53:43 | Weblog
写真は、「隅田川と両国西広小路」を想定した、江戸東京博物館の展示である。
両国西広小路付近には、「今小町」と呼ばれているの「おこんさん」の奉公先である今津屋も登場する「居眠り磐音」の舞台でもある。
私が、江戸の切り絵図と小説そのものからイメージした雰囲気とは少し異なるが、設定した年代のこともあるので、それなり眺めれば良い。無論、展示はその道の権威筋の時代考証なのであろう。

館内は、江戸と東京に分けての展示であり、昭和30年代の?昔遊びを楽しめるコーナーもあって、半日は楽しめると感じた。
それにしても、公共の場を訓練されていない小学生の群れは不愉快だ。「子供のやることに一々目くじらを立てない」などとする、知ったかぶりする輩に遠慮することは無い。「三つ子の魂、百まで」なのだから、叱らなければいけない。「○△小学校は、お断り」位をやっても良いと思うのが、、、。札幌は、電車・博物館等、何処でも日本猿以下だしなぁー。美術館見学のおばさん連も酷いがと、暗い気持ちになって来た。慨嘆しきりである。
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隅田川遡行Ⅰ

2007-11-27 20:50:49 | Weblog
写真は、時系列が前後しているが、先日上京した折の水上バスから眺めた「築地市場」である。偶々午後であったためか、人や車の動きも少なかったが、午前中の賑わいを眺めてみたいものだ。
「築地市場」の移転問題が取り沙汰されているが、情緒的にはこのままで在って欲しいと思う。単に賑わいの中に、身を置いてみたいからなだけなのだが、、、

小春日和であったことも大きいとは思うが、水面の在る風景は心が和む。
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江戸の下町Ⅳ・・・小名木川

2007-11-26 22:03:20 | Weblog
写真は、仙台堀川沿いに隅田川に出て右に折れ川沿いに歩き、清洲橋の中央付近でシャッターを押した、小名木川の河口に架かる万年ハシ(萬年橋)である。川の右岸・・写真では左側の護岸には、芭蕉庵史蹟展望庭園の文字が見受けられた。
この小名木川は、「居眠り磐音」の世界では、幸吉少年が鰻を取る川であり、行徳へも通じる川でもある。上流の直ぐ近くには水門があり、更に上流には高ハシ(高橋)が架かっている。
水上バスから見た時にも感じたが、各種の作業船の往来する風景は、東京が今でも運河の街であることを物語っている。
この写真の左奥方向・・切妻の建物の向こうに、磐音の住まいする金兵衛長屋が位置することになる。



街中の写真は、金兵衛長屋を探して?万年ハシを北方向へ進み、右折して間もなくの、六軒堀と思しき通りではあるが、自信は無い。この界隈は現代の地図では、常盤となっている。更に東へ進む道の両側には町工場が連なっていた。

「居眠り磐音」の作者である佐伯さんが、現代の風景からどのようにして小説をイメージしたかを知りたかったのだが、才の無い自分は通り過ぎるだけであった。

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江戸の下町Ⅲ

2007-11-25 08:28:40 | Weblog
大江戸線で羽田へ向かう途中の佃島で途中下車した。隅田川から眺めた灯台を確認したかったからである。
灯台は、佃公園のシンボルでもあり、基礎部分は公衆トイレとなっていた。川岸では釣り人が糸を垂れていて、大都会の喧騒とは別の時間の流れているような風景であった。
写真は、この公園に向かう途中で見つけた案内板であり、路地の奥に件の鳥居が見えた。この狭い軒先を、通りがかりの他人も通す寛容さが、下町の風情なのだろうか? 好きな風景ではある。

次の機会には是非とも、ゆったりと散歩し、西仲通りで「もんじゃ焼き」を食したい。
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江戸の下町Ⅱ

2007-11-24 18:38:35 | Weblog
帰路の出発まで、駆け足の深川散歩をした。
深川江戸資料館を見学したが、時代小説フアンには必見である。猪牙舟や長屋なども展示してあり、ある意味でタイムカプセルの世界でもあった。
特別展として「掘割が町を作る」-江東の400年が、25日まで開かれている。ボランティアのガイドの皆さん、ありがとうございました。
「傍を楽にする」「働き」の解説は、身に沁みました。

写真の出世観音は、資料館の近所にある。もはや出世と縁は無い年齢だが、家族の分として手を合わせて来た。気分ですよ、気分!

江戸東京博物館も見学して来たのだが、深川散歩の後だったので、町工場まで狙われた空襲関連の展示には、ことさら考えさせられたものだ。

江戸東京博物館 館長どのへ
3Fロッカーの奥行きが狭い。大きくて重いから預けるのだよ!
館内に大型ロッカーがあるとしたら、切符売り場の姉ちゃんの躾がなっていない。今回の旅で不愉快だったのは、この切符売り場の対応だけに、残念だった。「そこに在ります」とは、「いったい何処だよ?」、上下のバランスが取れているとまでは言うまい。
気分が良いと、否応なしに「受付のお嬢さんは、、、」となることは、当然である。
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江戸の下町Ⅰ

2007-11-23 15:18:35 | Weblog
所用のため上京したが、今回はついでの旅として下町散歩にウエイトを置いた。
羽田まで迎えに来てくれた友人と、水上バスに乗って浅草の吾妻橋まで遡行した。
本人は、しゃれ込んだ積もりである。
写真は、隅田川から眺めた佃公園である。ビルと町屋と水面のコントラストが何とも好きだ。写真中央付近に、「密命」巻之一などに登場する住吉神社がある。

浅草ではとぜうを食し、念願の神谷バーでビールと電気ブランを飲んだ。浅草寺もお参りしたが、此処は外人の街か?と見間違うだけ、異国の旅人が多かった。

吾妻橋の袂では、金色「うんこ」に見えた巨大オブジェが圧巻であったが、芸術というよりも、考え過ぎの無駄遣いとは言いすぎか?
敢えて写真は載せないが、泡の中にうんこ代も入っているかと思い出して、神谷バーで飲んだビールは、余計にほろ苦かった。
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初氷に思う

2007-11-09 18:30:27 | Weblog
今朝のこと、家の外に出ると歩道の水溜りが凍っていた。今冬の初氷である。夜半の雨が放射冷却で凍ったのだろうが、ちと早いのでは? 確かに昨日は、立冬ではあったが。

雪囲いは8割方終わったし、車のタイヤも冬タイヤに交換済みである。しかし、「さあ冬よ来い」とはならない。
投機による原油価格の上昇に、頭が痛い。我が家の暖房というか熱源は、灯油なのである。どうしても年間で2400L程度は消費するので、20円/Lのアップは痛い。
暖房手当てなどの無い生活者としては、何かを削るより方法は無いのだが、気持ちだけでも暖かくしようと、冬季間の目標を立てて、勉強本を求めて来た。何とか坊主だけは避けたい。

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