中年の散歩道

来年は後期高齢者、、、そんな親父の街角ウオッチングetc..

五百羅漢Ⅱ

2006-05-07 09:41:19 | Weblog
 札幌市東区の本覚寺の五百羅漢は、信者さんのご寄進によるものである。昨年だが、偶然お参りすることの出来た遠野の五百羅漢は、ご住職の祈願でもあった。

寺社・仏閣の境内を散策すると、何かしら落ち着いた良い気持ちとなることについて、ずーっと(時々だが)考えていたのだが、遅まきながら今朝になって私なりの結論が出た。
「色々な方の、魂や祈りのある空間だからである」と。
仏師然り、三門(山門)やお堂へのご寄進しかり、日々の祈り然り・・・。

そして又、ふと思ったのだが、札幌の寺社は神社と比較してどうも閉鎖的だな?と。
仏教の伝来と日本古来の神との戦いはさておくとして、強い閉鎖性は札幌の寺社だけなのか、興味が湧いた。

浅草寺の早朝、今流行りの服装をした娘が手を合わせてちょこんとお辞儀して、走り去る風景。善光寺の参道にあるお地蔵さまに、おしゃべりを中断して手を合わせてから、再び友と談笑しながら歩く女子高校生、、、
口の悪い同居人から「下町かぶれ」と揶揄されるのだが、私の住む札幌にも欲しい風景だ。「失われた日本の風景は札幌にあり」では、洒落にもならない。
 


写真は、本覚寺五百羅漢堂の内部
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羅漢様のこと

2006-05-07 08:15:22 | Weblog
昨日は、今年1番の陽気だった。前日、札幌市内それも比較的近い距離に五百羅漢堂があることを偶然知ったので、お参りして来た。
札幌は、未だ桜の開花宣言は出ていない(多分)が、お堂の傍らの桜は、三分咲き程度だった。今日は、天気予報が外れて昨日に続いて春めいた陽気なので、あちこちで咲くだろう。

ここからが本題
お堂の内部を拝観していたら、私の身内には似ていないが何となく気になる尊像を見つけた。施主の名には、○○京子さんとある。ご近所に住んでいて、私のミニ家庭菜園のお師匠でもあるご婦人と同姓同名であった。
帰宅してから、陽気に誘われてか庭先でご家族とジンギスカンパーティ真っ最中の京子さんに尋ねると、偶然にもビンゴであった。そして、大層喜んで頂いたので恐縮した。
私は、ベンツの坊主は軽蔑するが、若い頃から寺社・仏閣を見学するのが嫌いでは無かった。そして、この頃はその関心が増したようにも思える。年齢のせいなのか? それとも、一人離れて住む母親に孝行するようにとの、天の声なのだろうか?


写真は、札幌市東区北10条東11丁目にある、本覚寺の五百羅漢堂。

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