交通事情

この前の土曜日、娘の悠ちんに雛人形を買ってやろうと、広島市南区皆実町の広島市産業会館へと向かっていた。(右上のオレンジの建物)

国道2号線を広島方面へと走り(太い道路を右下から左上へ)、交差点に差し掛かった。

斜め上方に伸びている道に進入するべく、交差点100m手前から伸びている右折専用車線に進路変更する。
そのまま、右折専用の停止線で止まり、前方の車が途切れるのを待つ。

しばらくして、信号が変わる間際に車が途切れたので、多少赤に変わったくらいのタイミングで右折して、上に伸びている道に進入して、産業会館の裏手にある有料駐車場の入り口に入った。


と、ここで後ろに白バイがいたのに気がついた。

邪魔してはなるまい、と、早めに駐車場に入ると、どうやらうちの車に用があったらしい。なにやらこっちに話しかけているようだ。

(そういえばちょっと信号が赤っぽかったもんな・・・)

そう思いつつ窓を開けると、その隊員は意外な言葉を口にした。

「右折禁止です。免許証持って降りてきて。」



な、なんじゃとぉ!!


先ほど書いたとおりの道筋でここまできました。

これのどこに違反事項があったというのか??



どうも、あの右折車線は、「路線バス専用」であったらしい。

わざわざ歩いてもときた道を確認しに行ったが、なるほど小さな字で「路線バス専用」と書いてある。


こちとら滅多に出ない広島市内を一生懸命場所を探してたくさんある車線におびえつつやっとの思いで右折車線にまでたどり着いたものを、

みえるかそんなもん。



「見落としも違反ですからね」と、その隊員はこともなげにのたまった。


「こんな取締りは納得いかん。」
と、かなりの時間粘ったが、権力の元には効果がなかった。

見ると、その間にも何も知らないほかの車がこちらに右折してくる。
一応、職務熱心なその隊員にそれを教えてあげて、納得いかない故を言い残してその場を後にした。


後日、うちの営業に聞いてみたところ、今まで知らなかった者一名、その場で取締りを受けたことがある者一名、と言う結果だった。



広島市南区皆実町一丁目交差点。


絶対問題あるぞ。



反則金7000円

「ゴールド免許なので2点の減点は3ヶ月で消えますので・・・」

別れ際の隊員の言葉が空しく響いた。












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弱る

今までの生き方からして、相当ユルい生活を送ってきたと自負している。
おそらくこれからもこんな生き方を送っていくと思う。
学校を出て、社会に入り、さすがにそれではまずいと思って公の場では自分なりに規律正しく業務をこなしてきたと思っている。
それでも、一歩会社を出たら、自分自身のペースで自分自身の生き方を送ってきたとおもう。
実際、松江にいる頃まではそうしてきた。
とにかく、私生活の中で決断を求められたり、無意味に白黒をつけることが大嫌い。
出来ることなら、ぬるま湯の中でぬめぬめとどっちつかずの生活を送っていきたい。
もちろん、仕事ではそれではやっていけないことは重々承知している。
でも、プライベートの中にまでずけずけ入ってこられて、無意味に段取りや決断や白黒を決めさせられることは、ぼくにとっては正直不快で仕方がない。
それが、いわゆる甘えだと言われるのであればそれで結構。
そんな甘えの中だけで生きていきたいと、心から願っている。
そして、そんなぼくの身勝手な甘えに付き合ってくれる友達や仲間だけと付き合っていけたらいいな、と思う。
くだらないわだかまりや気苦労やストレスは、会社の中だけで結構。
人間社会で生きていく以上、致し方ないことは十分分かってる。
ほんの少しだけ、そんなことで思い悩むことのなかった昔に戻りたい、と思った。

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物欲


物欲の伴わない満足感って何だろう??



社会に出て仕事をしている意味は、
1.生活していくため
2.何かの目的のため
3.借金のため
4.名声のため
5.自分自身の達成感のため

と、その他にもいろいろあると思う。


若いころは、自分自身の生活さえ確立できたら、あとは友人たちと飲んで騒いでいれば幸せだった。
金なんてなくても十分に充実していたし、おんぼろバイクさえあればそれで十分だった。

それが、社会に出てある程度の収入を得るようになってから、物欲に対する執着が徐々に増してきたような気がする。

程度問題にせよ、物欲に対する執着がそんなに悪いことではないと思うし、目標意識だと思えばそれはそれで立派なものかもしれない。

現に、ある目標を持って一生懸命に働き、そのものを入手できたとこの達成感って、結構うれしかったりする。


でも、自分の中では、なんか違うんだよなぁ、、、って感じている。


たとえば車を買うとか、ブランド物を買うとか、

たとえば脱サラするとか、旅に出るとか・・・


自分の中での、所謂目標というものが、気がつけばほとんどが物質的なもの(所謂物欲)に偏ってしまっていることに最近気がついた。


いつまでたっても豊かにならない自分自身の環境のせいなのか、それとも年のせいなのか?


そう感じてしまったとき、一抹の寂しさを感じてしまいました。



そう思って、ふと冒頭の、
“物欲の伴わない満足感って何だろう??”

ということを思い起こしてみた。


幸い(?)なことに、先出のブランドだの車だのにほとんど興味がない。
しいて言えばバイクに金がかかり、ツーリングに出るたびにまとまった金額が必要だということくらい。


物欲と必要な予算というものはもちろん違う、と思う。

が、これも立派な物欲だろうな・・・






いま、子供が一日ごとにしっかり成長している。

ちょっと前まで寝転がったままでニコニコしていたのに、ついこの間、彼女にとって生まれて初めて二本足で前に進んだ。


いろんなことに金がかかり、これからもっと学校だの習い事だのにお金がかかってくるかもしれないけど、今はそんなことを忘れてしまうほど純粋に子供の成長がうれしいと思う。



親友のこと、
そして家族のこと、

きっとこれだろうな、いまのところ。



あとは悟りでも啓くしか・・・




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8月15日

毎年毎年、この時期が来るたびに、毎年毎年同じ話題で盛り上がっている。

一国会議員の一挙手一投足が、アジア各地の注目を集める。


終戦記念日の靖国参拝。

かつて、国家のためという名目のもとに落とさなくても良い命を落としていった人々のための、祭られているところへの国民代表の参拝。

いったい、何が不自然なのか?


浄土真宗では、悪人正機説が唱えられている。
神の前では生前の行いの善悪までもが唱えられるのか?



毎年繰り広げられる、「勝てば官軍」的な論争には、正直うんざりしている。

英雄であるトルーマンは、敗戦国なら虐殺者だ。



どこの国にもそれなりの時代背景があり、他の国からは干渉できないはず。
国同士の見解の食い違いがあるなら、個人同士の見解の食い違いも当然生まれる。


小泉首相のすべての行動に諸手を挙げて賛成するつもりはないけど、あまりにも過剰反応しすぎるのではなかろうか?

周辺国もこの国も。



穏やかに過去の過ちを反省し、静かに恒久平和を誓うことができる8月15日を迎えたい。




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少子化対策

ちょっと前に、毎日新聞で少子化対策の政府の政策が報じられていた。



今の児童福祉関係の政策がイマイチなので、本当に採決されれば、とても歓迎すべきことだと思う。

これでも北欧諸国に比べればまだまだ追いつけないくらいだけど、そのかわりそれらの国々は目的税として日本とは比較にならないくらいの高い消費税率らしいね。

目に見えた目的と効果が現れる増税であれば、素直に応じてもいいかな、と思うけど、まだまだ日本には不透明な公的資金が多すぎるんだな。。。


以前は見過ごしていたような新聞記事が、最近やたら気になる今日この頃でした。
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