田辺随筆クラブ会員による季刊随筆誌

第192号  目次

2010-02-02 13:16:58 | 「土」192号
      第192号  目  次


 冬の風 ……………………………………………… 久 本 洋 文 …… 1
 青春の森の宮界隈 ………………………………… 竹 中   正 …… 3
 私の花物語 ………………………………………… 小 西 茂 代 …… 5
 食について(その5) …………………………… 倉 本 孝 雄 …… 7
 勝手に人生相談 …………………………………… 松 本 愛 郎 …… 9
 私の青春譜 ………………………………………… 栗 山 晃 一 …… 11
 少年時代
   第一章 村を出る 2 …………………… いわもとまさなお …… 13
 自分流 ……………………………………………… 鈴 木 輝 重 …… 15
 中部ヨーロッパの旅 9 
  ―ウィーン市内へ― …………………………… 沖 水   邁 …… 17
 釣りに夢中(一) ………………………………… 三ツ木   望 …… 19
 椎の実 ……………………………………………… 中 本 八千子 …… 21
 除夜の鐘 …………………………………………… 楠 本 清 志 …… 23
 天の邪鬼的つれづれなるままに(四) ………… 玉 置 光 代 …… 25
 多田神社と天誅組 ………………………………… 水 本 忠 男 …… 27
 地に足がついた …………………………………… 飯 森 矩 子 …… 29
 山茶花 ……………………………………………… 嶋   清 治 …… 31
 美しい風景 ………………………………………… 中 田 美佐代 …… 33
 陰陽師安倍晴明を訪ねる
  ―堀川通、天王寺、信太へ― ………………… 吹 揚 克 之 …… 35
 大阪、神戸一巡り ………………………………… 国 本 多寿枝 …… 37
 年末にも笑う ……………………………………… 前 川 三千夫 …… 39
 絹の海 ……………………………………………… 上 原 俊 宏 …… 41
 まな板の上で ……………………………………… 加 藤 栄 子 …… 45
 油断大敵 …………………………………………… 竹 辺 八 枝 …… 48
 マオとジョリーとヨーダ ………………………… 橋 本   弘 …… 51
 新会員自己紹介 …………………………………… 三ツ木   望 …… 53
 お礼・あとがき ………………………………………………………………… 54
 賛助会員・会員 ………………………………………………… ……………… 55
 懇親会のご案内 ……………………………………………………… ………… 56
 広 告 …………………………………………………………… ………… 56・57




   192号                平成22年2月
                         (2010年)
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本文紹介 〜 冬の風 〜

2010-02-02 13:16:31 | 「土」192号
冬の風   久 本 洋 文


 昨年末から今年にかけて、ひどい季節風が吹いた。
 この冬一番と言えるだろうか、いつになく猛烈なもので最大風速二十メートルというから台風並、北に面している私の家はまともにあおりを受けた。
 物干し場の天井に設けてあったアクリル製の半畳ほどの板が吹き飛んでどこかへ持ち去られた。かなり重いもので、そう簡単には持ち上げられないはずだとあたりを探してみたが、見当たらなかった、そのかわり、どこからきたものか、毀れたバケツやビニール袋、植木鉢、網戸、無残に折れた太い木の枝が庭に運ばれてきた。それに海から飛んできたのか、大型の発泡スチロールの箱や漁具のロープの破片まで。
 毎年春になると赤い可愛い実をいっぱいにつける庭のユスラウメが、秋の突風いらい弱りはじめていたのに、この風でとうとう駄目になったらしく、小枝は煎餅を噛んだときのような乾いた音をたててあっさりと折れ、褐色の木質部をさらけ出した。
 白浜の冬は厳しい季節風の洗礼からはじまるといってよいかもしれない。
 十年ちかく住んでいるのに、今だにこの風には馴れることができないでいる。
 地底からわきあがってくる地鳴りのようなひびきが中空で唸りを立て、まるで生き物の呻きさながらで不気味な声を吹き散らす。
 夜になるとその音は一層厳しくなり、おどろおどろしい妖怪のように、硝子戸を執拗に叩きつづけるのだ。
 鳴門の渦潮を見たことがあるが、おそらくあんな大きな風の渦が空中をかきまわしているにちがいない。
 渦巻きの中心から湧き上がる響き、その中心もまた乱雑に移動するので音は微妙な屈折をみせる。
 そんな夜は一睡もできない。布団にもぐりこみ身体を丸くして、風の収まるのを待つしかない。それはちょうど、敵の襲来に身をひそめて、災難が去るのをただ待ちつづける小動物の姿に似ている。
 良寛に「天上大風」という言葉がある。
 越後の五合庵は日本海に面した風のきびしい地方にあり、この白浜よりも、もっと強い風が吹くところのはずだ。
 良寛にはいろいろな逸話があるが、間断なく窓を打ち続ける冬の風の音を聞きながら、じっと囲炉裏の前に座っている姿を彷彿させる漢詩もいくつか残っている。
 太平洋戦争の末期の大阪大空襲のとき、まちの中心から十数キロ離れた二階家の物干し台から、夜の空襲の模様を家族で眺めていた。
 遠い空に、硝子をつたい落ちる水滴の流れのようなぎざぎざした金色の光が、無数、みるみるうちに大地に落ち、ぱっと明るくなると急に西の空一面大きな炎になった。私たちはただぼんやりと眺めているしかなかった。
「この風では街がまる焼けになってしまう」と父が心配そうに息をのんだが、炎の下にはたくさんの人が住み、なかには親類の家族がいる。
 炎が広がるたびに夜空にむかって「風やめ」「風やめ」と弟と一緒に叫んだ記憶がある。深い夜、感じるはずがない距離を隔てて、焔で身体が熱くなり、風が吹き抜けるざわめきが聞こえていた。
 子供のころ、鬼だったか、風の神さまだったか、大きな袋の口を開けて、雲のうえから下界に向かって風を送っている絵本をみたことがあって、その袋が空になったらどうするのかと母に質問して笑われた。
 風の袋が空になると、鬼さんは倉庫へもう一つの風の袋をとりに出かけるからそのあいだは風は吹かないかもしれないと教えてくれたが、今でもそのことを思い出す。
 この数日ずっと吹き荒れていた風が今朝急に止んだ。
 それまでが嘘のように風は突然にやむ。
 風のない白浜の冬はじつに静かなのだ。それにやはり温かい。日射が溢れるばかりに照りはえる。
 近くの広場や庭・森陰に、コガネモチやピラカンサの赤い実が枝から落ちこぼれそうで、それらが日の光をうけて輝くと、あたりがパット明るくなり、いつのまにか風の日の憂鬱な気分が消えてしまいそうだ。
 垣根越しにアロエが、ガッツポーズの形で、細い茎のうえに橙赤色の花房をつける。
 浜辺にでると、汀の水は透き通っていて、網目模様の金色の波紋を海底の白砂のうえに描く。波は穏やかで、子猫がじゃれるような微かな潮騒が聴こえてくる。湖水のような静かさ、すでに海は春の気配だ。
 しかし、まだ一月の半ば、三月過ぎるまでは季節風はいっそう強くなり、もっときびしくなるはずだ。
 磯山の際にはたくさんの流木やごみが打ちあげられている。波が運んできた生活廃材、そのなかには海鳥の死骸がまじっていたりするのは悲しい。
 砂浜に出ると風紋が流れ、その上を犬の足跡がずっと遠くまでつづいている。付添うように人の足跡も……。
 スイセンが林の影に咲き誇っている。
 春まではまだ何層もの風の山を超えなくてはならないのだと思うと、なんとも複雑な気分にさせられてしまう。
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本文紹介 〜 釣りに夢中(一) 〜

2010-02-02 13:15:52 | 「土」192号
釣りに夢中(一)   三 ツ 木   望


 田辺に移住したわたしは、当初もっぱらドライブと、ときどき(おもに妻と)ゴルフを楽しんでいたが、二、三年もすると飽きてきた。さらに当時、大阪の府立高校に勤務していたわたしは、学校が完全週休二日制になると余暇がふえた。定年も近いことだし、このままでは人生が豊かにならないだろうとも考えて、もうひとつ何か趣味をもちたいと思った。
 そんなとき、思い浮かんだのが「釣り」だった。というのも、以前からわたしは、真夏のうだるような暑さのなかで、いかにも涼しげに川で鮎を釣る人の姿がうらやましく、いつかはわたしもと思っていたからだ。釣る姿だけではなく、鮎そのものもわたしにとっては憧れの魚だった。
 少年期わたしは、生まれ育った山陰地方の山村で、友だち数人とよく川で遊んだ。泳ぎに飽きると「チョンカケ」とわれわれが呼んでいたヒッカケで鮎を追ったが、すばしっこい鮎はめったにわれわれの手にははいらなかった。そうして、その美しい姿だけがわたしの目に焼きついたのだった。
 そんな鮎への思いから、わたしは鮎釣りにチャレンジしたくなったが、鮎の友釣りなんてどうすればいいのか、まったく雲をつかむような話だった。田辺に友人どころか、知り合いさえいないわたしは途方に暮れるばかりだったが、多少は知人もできつつあった妻が、幸いにも情報をつかんでくれた。
 それによると、同じマンションに「釣り名人」がいらっしゃるらしいとのこと。わたしたち夫婦は、さっそく訪ねることにした。「名人」は、齢七十ぐらいだが、とても元気で明るい人柄だった。わたしの願いを快くうけいれてくれた「名人」にわたしは弟子入りし、以降「名人」を「師匠」と呼ぶことになった。
 その夏、わたしは師匠に導かれて、はじめて富田川にはいった。滝尻の水本商店でオトリアユを購入し、滝尻橋の下で、慣れない手つきでそれをハナカンにとおして川に放った。その日、鮎が釣れたかどうか記憶はないが、おそらく釣れなかったのではないかと思う(師匠は十匹以上は釣られたと思う)。
 やがてわたしもなんとか釣ることができるようになったが、鮎釣りにはいまでもドキドキして緊張する。まず、無事オトリを川に放つことができるか(時々手がすべって逃げられる)、放ったオトリをうまく泳がせられるか(強引に引きずり回すとオトリは弱ってしまう)―いちばんの緊張は、鮎がかかったときだ。水中がキラリと光ったり目印が激しく動いたりすると、いっきに緊張感がたかまる。とくに大物はそこらへんを走り回るから、過去に何度か糸を切られたりもしたし、川を何十メートルも下ってやっとタモに収めたこともある。引き抜いた鮎を受け損なって逃がすこともある。
 無事にとりこんで引き舟に鮎を収めたときは、なんともいえない満足感にひたることができる。しかし、そんな満足感は、日に何回とない。わたしの鮎釣りは、すでに八年がたったが、わたしはこれまで、一日に十匹以上鮎を釣ったことがない(最高は八匹)。
 要するにわたしにとっては、友釣りはとても難しいのである。富田川には幾人かの「名人」がいて、日に二十匹とか三十匹とかをいとも簡単に釣ってくる人がいる。わたしはそれが不思議で仕方ない。どうしたらそんなに釣れるのか。
 そんなへたくそなわたしが、唯一自慢できることは、一昨年、三十センチの鮎を釣ったことだ。そろそろシーズンが終わろうとする十月三日のことだった。いきなり目印がとんで、上へ下へと走り回った鮎を、わたしは慎重に取り込んで、震える両の手で舟に入れたのだった。
 鮎を何十年もあつかってきた水本商店のご主人はこの年、富田川ではじめて三十センチの鮎をみたという。おそらく年々鮎の数が少なくなり、その分一匹の鮎がたくさんの苔を食むことができたのだろう。もちろん三十センチの鮎は魚拓をとって、額に入れて我が家に飾ってあることはいうまでもない。それを見上げては、ニンマリするわたしだが、しかし問題は数である。なかなか上達しない自分に愛想もつきかけてはいるが、釣りをやめようとは思わない。
 というような次第で、まだまだ未熟もいいところだが、そんなわたしを「川にたつ姿が美しい」等々とお世辞をいってくれるのは水本商店のご主人である。なにしろ夏になると、釣れようが釣れまいが、ほかに用事がなくよほど天候が悪くないかぎり、わたしはほぼ毎日のように富田川に通いつづけていて、わたしの鮎釣りは、単なる趣味の域をこえた生活そのものになっているのである。
 そんなひたむきな、あるいは愚直ともいえるようなわたしの釣行に、ご主人は「美しさ」をみいだしてくれたのかもしれない。「美」とは、「うつくしいこと」だけではなく「りっぱなこと」でもあり、さらには「知覚・感覚・情感を刺激して内的快感をひきおこすもの」(広辞苑)でもあるようである。わたしの鮎釣りは、だから「美」の追求といってもいいかもしれない。
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第191号  目次

2009-11-09 14:35:47 | 「土」191号
      第191号  目  次


 床屋の時計 ………………………………………… 前 川 三千夫 …… 1
 美しい国の文化 …………………………………… 竹 辺 八 枝 …… 3
 月下美人 …………………………………………… 久 本 洋 文 …… 5
 龍舌蘭の花 ………………………………………… 鈴 木 輝 重 …… 7
 白浜はどこへゆく ………………………………… 嶋   清 治 …… 9
 田辺移住記 ………………………………………… 三ツ木   望 …… 11
 中部ヨーロッパの旅 8 
  ―ザルツ・カンマーグートをゆく― ………… 沖 水   邁 …… 13
 「すこやかな老後の為に」
       その後・この後 …………………… 飯 森 矩 子 …… 15
 天の邪鬼的つれづれなるままに(三)…………… 玉 置 光 代 …… 17
 少年時代 第一章 村を出る 1 …………… いわもとまさなお …… 19
 高尾山 早く元気になーれ ……………………… 加 藤 栄 子 …… 21
 多田神社と天誅組 ………………………………… 水 本 忠 男 …… 23
 狐の嫁入り ………………………………………… 楠 本 清 志 …… 25
 或る回想 …………………………………………… 中 田 美佐代 …… 27
 辞める時 …………………………………………… 松 本 愛 郎 …… 29
 リフォーム大好き ………………………………… 小 西 茂 代 …… 31
 「片腕繁盛記」 …………………………………… 橋 本   弘 …… 33
 但馬、応挙寺で芦雪絵を見る …………………… 吹 揚 克 之 …… 35
 「恍惚の人」から ………………………………… 国 本 多寿枝 …… 37
 鬼橋岩と根上りの松
     (扇ヶ浜の思い出) …………………… 栗 山 晃 一 …… 39
 シルバーウィーク ………………………………… 中 本 八千子 …… 41
 食について(その4) …………………………… 倉 本 孝 雄 …… 43
 周辺談義(十四)―ユウウツ― ………………… 小 倉 喜久男 …… 45
 心の疼き……………………………………………… 上 原 俊 宏 …… 47
 人生ありのままに(七十三)
  ―長男を自衛隊員として(難病からの再起・平成十七年)
    自衛父兄会― ……………………………… 田 村 禎 章 …… 51
 人生ありのままに(七十四)
  ―県議会議員町田亘の応援(退職後)
    父の死(平成二年)― ……………………    〃    …… 55
 締めくくり号
 春一番(四十七)
  ―一寸先の事は、わからない― ……………… 薮 本   茂 …… 59
 「土」の変遷・あとがき ……………………………………………………… 63
 お 礼 …………………………………………………………………………… 64
 広 告 ……………………………………………………………………… 64・65




   191号                平成21年11月
                         (2009年)
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本文紹介 〜 月下美人 〜

2009-11-09 14:35:37 | 「土」191号
月下美人   久 本 洋 文


 月下美人の花が咲いたのは、この七月、それも知らないうちに八個咲いてしまった。そしてこの九月の中旬、まずは八つ次の日に七個咲いた。
 蕾に膨らみが増し、白い亀裂ができて、今夜にも花開くという夕方、友人にしらせる。かねて花を酒に漬けるから咲いたら連絡するようにと注文があったが、花は夜遅くなって開き次の朝にはもう凋んでしまう。できればその美しい花を観賞し、そのまま進呈したいとおもったので電話をしたのだった。
 早い夕食ですでにアルコールが入ってしまって訪ねることはできない。明日朝にはとりに行くから採っておいてほしい、という返事である。
 一晩でその華やかさを失うのだから、できれば盛りのままであげるほうがよい。そこで夜九時頃に、ほのかな香をたたえた大輪を切りとってビニール袋にいれ密封して冷蔵庫に入れておいた。花を冷蔵庫に入れることは初めての試みなので、かえって新鮮さを失うのではないか、そのまま茎に遺して、朝に萎んだものを採るほうがまだ鮮度がよいのではないかなどと迷ったすえに、せっかくだから花の盛りを切りとることにしたのだ。
 あくる朝、友人がきて、冷蔵庫から袋をとりだしたとき、おもわず目を疑った。
 ビニール袋のなかで、昨夜の白さ、まるで咲いた時そのままの姿を温存しているのだ。開けるとほのかなにおいを漂わせる。なんというか、新発見でもしたように大喜びをしたものである。
 大阪ではついぞ咲かなかった貧相なサボテン科の植物を白浜へ移住するとき鉢ごと運んできたのだが、その年の夏からこれが花を咲かせて家族を驚かせた。いらいその開花を楽しんで八年になる。
 最近花の数もだんだん増えてきて今年も七月、そしてこの九月にはたくさんの大輪を咲かせた。
 皇太子裕仁親王の地方巡察のおり、案内していた台湾総督がとっさに出た思いつきの言葉がこの「月下美人」だという逸話がのこっているが、その美しさを言い当ててまさしく妙であるといわざるをえないだろう。
 深夜、闇のなかでほんのりと花明りがともり強い香があたりに漂う。「追い風」という古い言葉があるが、通りすがりの女性の焚き物の香を想像してしまう。
 庭先の暗闇から玄関へ鉢を運んでくると、一年越しにしまっていた貴重な衣服をタンスの引き出しから出すときのような匂いがしてくる。
 燈りの下で花は蘇ったように華麗で幻想的な微光を放つ。はっとさせるような純白の花弁が、周囲の光を濾過し柔らかな明るさに浄化して、繊細な女性の掌のくぼみにそっと点火する、そんな感じだ。
 オシベの一本一本、その先の黄色い花粉のもりあがり、メシベの先端の十文字の襞、花冠の内部に広がる幽かな影、それらが発散する白い蒸気のような気配までも、透明な光のなかに開示される。
 この花に向かうと、私はいつも子供のときに聞かされたお化け狐の話を思い出す。
 真っ暗な夜道、月光に包まれて絶世の美人が急に姿をみせる。その姿の美しさ・あやしさに、月下美人の花の姿を重ねあわせてしまい、人はきっとその美しさに目を見張らざるをえないだろうと考えるのだ。繊細な表情や容をなぞるうちに、もはや抗いがたい魅惑に誘われ引き込まれてしまうに違いないと。
 またなぜか夜間に生まれたばかりのセミの幼虫の透明で白い羽の脈を思い起こす。これは少しきもちが悪いのだが、夜の闇の奥から生まれてきたみずみずしさや妖しい光にはどこか共通するものがあるような気がする。
 蝉はやがて体を堅くし生殖のために飛び立っていくが、月下美人は重い瞼のように花を閉じ、実を結ぶよすがもなく朝には凋んで醜い姿を露呈する。あまりの美しさに花粉を媒介する虫たちも近寄り難いにちがいない、美女の孤独、深窓の麗人ということなのだろう。
 友人が酒にこの花を漬けるという話は魅力的で、さっそく私も試みることにして、柄からきりとってガラス瓶に入れ、上から酒をそそいだ。
 満たされた酒のなかで、開花したばかりの月下美人はまた独特の色どりを演出してくれる。まさしく月下に輝く花一輪、水中花ならぬ酒中花である。
 日がたつにつれて白い花びらは透明になり、茗荷色をうっすらと帯びてくる。もう飲み頃ではと気色ばむ。
 ときあたかも仲秋、虫の声のすだく夜、さわやかな月光のもと、美女の白い手に口づけするように一献を傾ける幸福を味わうというのはどうであろう。
  ―いやなんとも、きざな気分になってしまって…。
《おいおい、いい加減にしないか、おキツネ殿のお世話になっているのじゃないの》とどこからか、ちゃちゃを入れる声が聞こえてきそうで面映ゆくなる。
 庭には花の咲き終えた月下美人の放埓な茂りが残される。薄黒い茎は野放図にのびて、枝のうえに枝が重なり、いびつになったりもつれたり。美女といえども夢さめた寝床の乱雑さはどれも同じというわけだ。
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本文紹介 〜 美しい国の文化 〜

2009-11-09 14:30:36 | 「土」191号
美しい国の文化   竹 辺 八 枝


 八月二十四日の夜、扇ヶ浜に近い法輪寺の境内では、地蔵盆の供養のあと、筑前琵琶の奉納があった。演目はわが街の生んだ豪傑、武蔵坊弁慶の生涯である。
 謡曲や歌舞伎でも有名な、悲劇の英雄源義経との出会い「五条の橋」から、尼崎大物ヶ浦で、平家の怨霊を祈り伏せる「舟弁慶」と、壮烈な最期の「衣川」までの三曲が演奏された。
 日没とともに、ようやく涼しくなった境内には、盆提灯が夜風にゆれて、序破急の撥さばきも鮮やかな弾き語りは、多くの人々を魅了した。
  眺むれば雲居の月 永遠の光りは変わらねど
  変わり果てたる世の相に 名残を惜しむ栄枯の夢
  高館山の松風に 風蕭々とわたるらん
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  ここ陸奥は初夏の 日も入相の鐘の音に
  やがて暮れ行く衣川

 朗々たる七五調の名吟は、静御前もかくやとばかりの美女である。人間国宝の故山崎旭萃師の直弟子、田中旭泉師(三七)で、岐阜県の人であるという。
 夜目にも鮮やかな水色の小袖に緑色の袴、白い薄絹の上着を風に靡かせて、正倉院の宝物のような、見事な琵琶を手に、真紅の毛氈に座した姿は、まさに一幅の名画であった。私は琵琶の演奏を、目の辺りにするのは初めてだったが、我が国の芸能の、素晴らしさ奥の深さに、また新しく開眼させられた思いである。まことに、日本の文化は世界にも誇るべきだと改めて思った。
 芸能ばかりではない。実戦に備えても、敵を悩ませるための、さまざまな仕掛けやからくりを、しっかりと保持しながらも、優雅な姿を見せて聳える、天守や城郭の美しさ、人を斬るための戦道具の刀剣でさえも、世界に比類なき美術品に、創り上げる高邁な技術は、日本人独特の美意識によるものであろう。それは、この四季美しい国に生まれ育てられた、魂の表現にほかならぬと思う。
 テレビなどで、油はあっても水の無い、中近東の砂漠や、草木も生えぬ荒涼たる、山岳地帯を見るにつけ、あのような風土や地域の人々は、精神的にも乾いて、潤いが無くなってしまうのだろうかと思うことがある。
 二十一世紀の現代にあっても、やたらと女性を目の敵にして、女の髪は男を惑わすとか、お尻の線が男を欲情させるからケシカランなどと、勝手な御託を並べては、女には目だけ出した、だぶだぶの袋のような服を着せ、一夫多妻ばかりか、女が浮気でもすれば、神に背いた大罪として、石打ちの刑で死刑にするなど、目茶苦茶な男尊女卑の国があったり、神の名においての、自爆テロでなんの罪科もない人々までを殺傷することを、名誉とする民族など、同じ人間としては、全く理解に苦しむような思想や宗教が存在する。他者への思いやりは全く無い。
 振り返って我が国の、武士道とは死ぬことと見つけたり、などと恐ろしげな言葉で有名な、「葉隠」の書は、戦後の占領政策で、時代劇さえも危険思想を招くと、封印された頃、禁断の書あつかいにされたが、読んでみれば武士道というよりは、人間としての思いやりと良識が、親切丁寧に語られていて、現代にも通じる教訓が多いことに感心させられる。
 例えば、他人の欠点を正すことについても、人に意見をしてその欠点を直すのは大切だが、その方法をよく考えよ、先ず、その人がそれを受け入れるか否かを見分けてから、相手と親しくなり、その人に心から信用されるようしてから、好機をとらえて言い方も工夫せよ、自分の失敗談などを話したりして、相手が自分で思い当たるようにせよ、決して相手に恥をかかせてはならぬ。人に意見をすることは、随分と難しいことである。誰にでも年来の悪癖というものが、身に染み込んでいて、そう簡単には直らないものだから、恥をかかせては直るものも直らないことになる。などと大変な気配りを求めているが、人を訪ねる時も無断で行くな、前以て知らせてからにせよ、先方にどのような都合があるかも知れぬ。とあり、子育てについても、やたらと叱ったり、面白半分に怖がらせたり、騙したりしてはならぬ、のびのびと育てながら、悪い癖は早く直してやること、物言い礼儀などは、そろそろと気をつけさせよ、子供というものは育て方が大切である。夫婦仲の悪い者の子は不幸であるが、母親が愚かでやたらと、わが子を溺愛するのもいけない、などと、全く現代人の教育書にもなり、約三百年昔の武士の書き残したものとは思えぬ新しさに驚く。
 また「武士道とは死ぬ事と見つけたり」の反面、「人間一生わずかの事なり、好いた事をして暮らすべきなり、夢の間の世の中に、すかぬ事ばかりして、苦を見て暮らすは愚かなることなり」ともあって、表裏一体、人は礼儀正しく生きながらも、己の人生は己の好む方向に生きよと教えていることも見逃せない。他にも恋愛論あり、武士の身だしなみあり、取捨選択の必要はあるが、人生の知恵と勇気を与えてくれる「葉隠」は、やはり美しいこの国の、見事な文化の一つであると私は思う。
                                    (平成二十一年九月記)
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第190号  目次

2009-08-04 14:52:29 | 「土」190号
      第190号  目  次


 落日 ………………………………………………… 楠 本 清 志 …… 1
 知足の蹲踞 ………………………………………… 竹 辺 八 枝 …… 3
 悲しい夏 …………………………………………… 久 本 洋 文 …… 5
 円月島があぶない ………………………………… 嶋   清 治 …… 7
 中部ヨーロッパの旅 7 
  ―ザルツ・カンマーグート― ………………… 沖 水   邁 …… 9
 血液型 ……………………………………………… 中 田 美佐代 …… 11
 天の邪鬼的つれづれなるままに(二) ………… 玉 置 光 代 …… 13
 多田神社と天誅組 ………………………………… 水 本 忠 男 …… 15
 春一番(四十六)
  ―五十年前の照明器具― ……………………… 薮 本   茂 …… 17
 周辺談義(十三)
  ―最近気になること― ………………………… 小 倉 喜久男 …… 19
 食について(その3) …………………………… 倉 本 孝 雄 …… 21
 四泊五日の入院(私の値はいくら) …………… 前 川 三千夫 …… 23
 メタボ退治(三―完) …………………………… 鈴 木 輝 重 …… 25
 八木 徹さんの思い出 …………………………… 橋 本   弘 …… 27
 さらば旧制高校寮歌 ……………………………… 竹 中   正 …… 29
 語り部シリーズ(十七)
 すばらしい技術 …………………………………… 那 須 正 治 …… 31
 今さらながら、目の不調 ……………………… いわもとまさなお …… 33
 大辺路の海、スケッチの旅 ……………………… 吹 揚 克 之 …… 35
 二〇〇九年・春 …………………………………… 中 本 八千子 …… 37
 海外旅行 その2
   オーストラリアへの旅 ……………………… 栗 山 晃 一 …… 39
 五十年目の大掃除 ………………………………… 国 本 多寿枝 …… 41
 ダイハードなターミネーター …………………… 松 本 愛 郎 …… 43
 やさしさ …………………………………………… 加 藤 栄 子 …… 45
 いとしき道具 ……………………………………… 小 西 茂 代 …… 47
 マッコウクジラ騒動記 …………………………… 飯 森 矩 子 …… 49
 クジラ騒動の教え ………………………………… 旗 嶋 一 夫 …… 52
 木 鶏………………………………………………… 上 原 俊 宏 …… 53
 人生ありのままに(七十)
  ―田辺警察署長(一年間だが思い出多い一九七九年) ―
                ………………… 田 村 禎 章 …… 57
 人生ありのままに(七十一)
  ―県警察本部防犯部長(一九八三年)
   警察を退職(三十七年間勤務)(一九八四年)
   セコム株式会社顧問となる―
                …………………    〃    …… 65
 人生ありのままに(七十二)
  ―セコム顧問として追いつけ、追い越せ
   自衛隊父兄会役員として― …………………    〃    …… 69
 お 礼・あとがき ……………………………………………………………… 73
 懇親会のご案内 ………………………………………………………………… 74
 広 告 …………………………………………………………………………… 75




   190号                平成21年8月
                         (2009年)

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本文紹介 〜 円月島があぶない 〜

2009-08-04 14:49:07 | 「土」190号
円月島があぶない   嶋   清 治


 ここ二、三年の間に、円月島の北面についていた瘤が崩落して、臨海の浜から見ると、白い砂岩のそぎ落ちたあとが見える。正面の瀬戸の海岸から見ると、右側の膨らみが無くなって、右も左も同じになった。私は、瘤のついた二十号の画を瀬戸の喫茶店にかけてあるので、ママに、「以前はこんな瘤があったのよ」って説明せなならんねと笑っていたら、今度は、正面から見て左側の横面が崩落して、白い砂岩の後傷が、痛々しく見えるようになった。
 そして今度は、円い穴の上の黒いブリッジの岩を支えていた下の岩が崩落して、右も左も表面が白い横長の崩落の跡が見えるようになった。円い穴の下にあった深い壷のような汐溜まりも崩落の白い砂岩に埋まってしまって、跡形もわからないという。
 ここ数年で、美しい島の顔面が細って痛々しい姿になってしまった。
 私は、この瀬戸地区に生まれ、若い頃二年程大阪に行っていた他は、この瀬戸に生きて来た。瀬戸に生まれた子にとって、物心ついた頃から、円月島は瀬戸地区の正面の海に浮かんでいた友達のようなものだった。
 学校へ通う頃は、行く時も帰る時も「行っておいで」「お帰り」といつも変わらず見詰めてくれていた。
 円月島は西の沖を背にして、正面は東側の瀬戸の地区を向いているので、朝は東から出た朝日に映えて、美しい顔をきらきら光らせ、色も太陽の光りに映えて薄い桃色の肌になって、「どう、私綺麗」と明るく言っているようで、見ている私も夢をみているように、明るく楽しくなったものだ。
 昼は太陽の光を上から受け、岩のゴツゴツが影なって、厳しい中年の働き盛りの精悍な顔つきになる。
 そして夕方は、落ちて行く夕陽を背に受けて、逆光に黒い影を顔一面に見せ、真赤な夕焼けを背景に闘い終わった老年のゆるぎない威厳と只一人海に残された悲哀の影というか、私は男の哀愁を感じて、見ほれる。
 円月島は朝は若い女性の色気、昼は働く中年の厳しい容貌に、そして、黄昏は、闘い終えた安らぎと、生きた経験と、身についた知識をあえて語らず、寡黙に座る男の哀愁を素晴らしい名優となって演じて見せる。
 それを見て、私は、人間の値打ちは、この晩年にあるなと思うことがある。
 背中を丸め肩を落とし、自分一人が不幸を背負って生きて来たような人、ちょっと声を掛ければ、社会への不満と運の悪かった愚痴が、せきを切って飛び出しそうだ。
 又、雀のようにかしましく、みんながそれぞれ勝手にしゃべっているような、黒髪に染めて飾ったご婦人の群れ。
 静かに寡黙に人のはなしを笑いながら聞いている老年の男。身勝手なプライドをひけらかす希薄で嫌な男。
 人は高齢になってその人の本地がでるんだなと、カラオケ喫茶などへ歌いに行ってせつに感じる。
 いろいろ思うと、私は円月島は、私のかけがえのない故郷で、いつか逝ってしまっていなくなった肉親のような気がする。
 そして老いたのか痩身になった円月島に、いつか、かならずこの世から消えていく大自然の法則がお前にもあったのかといった親しみも感じる。
 私は、この瀬戸に生まれ、瀬戸に生き、おそらく瀬戸で死んで逝く。そして、いつか生きていた跡形もなくなるだろう。
 人間はふっと消えて二度とこの世に姿をみせない、だから良いと思う。
 円月島は、いつか丸い穴の上が落ちたら、二つになった岩の断崖が残って、「昔はあそこが」などと言われる姿を想像すると、とても嫌になる。
 円月島は生きているんだ、だから容貌も変えるし、感情も感じるし、瀬戸の人の長い歴史の間を親のように見続けて来たと思う。
 悲しい話だが、昔、瀬戸に生まれて生きたお婆さんが認知症になって、徘徊しても、円月島を見ると自分の家を思い出してかえったと言う。そして、徘徊しながら、「円月島はどこにあるか、知らんかい」と聞いたと言う。
 円月島とは、詩人のつけた詩語で、「高嶋」というのが土地の島名であるが、瀬戸でも、もうわざわざ高嶋と言うのは聞かなくなった。円月島が美しいあの島にふさわしい合った名だと思うからだ。
 昔、死んだ人を送るのに、葬蓮道というのが瀬戸にあった。もともとの目的は、村の人は、分家するのに、畑をもらって家を建てたから、道は畦道のままで狭く、他人の家の前を通るので、村道を通るようにしたものだが、瀬戸では、必ず浜の道へ出て円月島を見せながらお寺の下まで行って、そこからお寺へ行った。チンチンと鉦を叩く澄んだ音が聞える葬式行列が今も見えるようだ。
 葬式行列は野辺の送りというが、瀬戸では、浜の送りであったのだ。子供達は浜へおりてそれを見送った。
 死ぬなよ 「円月島」 せめて私が、この世にいる間だけでも頑張ってよ、
 嵐が来ても、地震がきても、負けるなよ。
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本文紹介 〜 悲しい夏 〜

2009-08-04 14:48:27 | 「土」190号
悲しい夏   久 本 洋 文


 今年もまた夏がやってきた。
 だが、この感慨はいつもとは違い、なにかかったるい気がする。
 考えてみれば、若いころは、夏が来ると心がときめいて、期待に胸ふくらませていたようなところがあった。「灼熱の太陽のもと、思いきり自由を謳歌したい」などと、心も体も裸になって自然の真っただなかに飛び込んで、夏の日差しのもとで解放されたいというおもいがあったのではなかったか。
 高齢になったこの頃は、夏に対する気持ちはかなり変化してきたのは当然としても、逆にいろいろな危険感・危機感をともなった悲観的なものになってしまったようで、外出なども控えめになってしまう。
 地球の温暖化による気温の変化は勿論であるが、最近は特に紫外線被害のことを考えるようになったからだ。老齢には紫外線は禁物なのである。
 嘗ては直射日光のもとに身体を晒して健康を謳歌するのが夏の大きな楽しみの一つであったはずだ。今では、その被害は決しておろそかにはできない。
 元来、微量の紫外線でも人体に無害ではありえない。
 この紫外線の降り注ぐ量が最近は格段におおくなり、曝射被害の危険が警告されるようになったからだ。
 少しオーバーな表現を借りるならば、地球は四十六億年前に形成され、三十六億年前に生物が海のなかに発生した。地表は有害な紫外線に蔽い包まれて生活不可能な世界だったのだ。水生植物から吐き出された酸素、やがて地表にあらわれた植物群の吐き出す酸素、その酸素から造られたオゾンが地球上の紫外線を吸収し、地表の紫外線の被害を抑えたといわれる。こうして地球上に動物が生息することができたのだ。紫外線の被害を抑制するのに、三十二億年、いやもっと多くの歳月を要したかもしれない。
 植物が長い時間をかけて作り上げた地表環境に、現代人が壊滅的な被害をあたえたのは、このほんの数十年前からであることは記憶に新しい。フロンガスなどによって地球を囲むオゾン層に大きな穴をあけてしまったのだ。
 三十二億年、営々として積み上げられてきたものが、わずか数十年の歳月で破壊されつつあるということは、あまりにも驚異的なことであるはずだ。
 最近新型インフルエンザが蔓延のきざしをみせたが、それに対する、世界のものものしさを見るにつけ、オゾン層破壊という地球規模の大事件に対する世論はあまりにも貧弱ではないだろうかとおもえてくる。
 紫外線の曝射を防いで、厚着をし、顔や体にクリームを塗りこみ、深編みがさのような帽子をかぶり、濃いサングラスをつける…。なんとも鬱っとうしい。
 数日前、私の町の浜辺から山の中への道を登って行ったとき、驚くべき光景に直面して唖然とした。
 山間に入って、山の草木が全面にわたり切り倒されてしまって、山肌がむき出しになっているのを発見したのだ。頂上にかけて一面に無数の切り株の白さだけが目立ち、まるで皮膚炎のような無残な赤肌を晒している。
 はじめて目にする不思議な光景、ただただ胸がつまって言葉を失ってしまった。
 その周囲には赤や白の幟や旗が立てられて、新しい住宅を建てる用地に開発されるらしい。あまりにも大規模な破壊行為におもえて、尋ねてみると行政がそれを許可したというのである。
 眺望絶佳・快適な住居地…、なるほど、確かに山の木々を伐採してしまえば、眺望は開けて、田辺湾の美しい海を望める。しかし、そのために山一つが完全に機能を失ってしまう。…住宅を建てることで、町が財政的にうるおうということなのだろうか。
 しかし、樹木の茂った自然の環境は、おそらくはもう元にはもどらないだろう。それはちょうど植物が何億年のあいだ営々と築き上げたオゾン層が数十年であっというまに破壊されるのと同じ理屈にみえてくる。
 美しい自然の景観こそがこの町の財産ではなかったか。一次的な利得を求めて、大事な資産を破壊してしまう愚を悟ることはないのだろうか。
 古人の書にも「棟を並べ甍を争へる、高き、卑しき人の住まいは世々をへて尽きせぬ物なれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり」とある。
 住居などはまったく一時的なもので、今も多くの無駄な住宅が使用されないままでこの町のあちこちに遺されている。だが、一度破壊された自然は元にもどるまでにどれだけの時間を必要とするのか計り知れない。
 海と山の調和したこの町の夏、多くの人たちがその夏を愛し、夏の自然を求めてやってくる。
 その自然が無残につぶされていく。クジラが迷い込んであれだけ大騒ぎをしたのはいったい何であったのか。自然を愛するとはどういうことか。
 サングラスを外してもう一度、眺めなおしてほしい。
 この朝、今年はじめてのクマゼミの鳴き声を聞いた。あたりまえのことだが、自然は生きている。
 なんとも悲しいいやな夏になりそうである。
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第189号  目次

2009-05-08 15:12:12 | 「土」189号
      第189号  目  次


 山桜の季節 ………………………………………… 飯 森 矩 子 …… 1
 川原の鹿 …………………………………………… 前 川 三千夫 …… 3
 散歩 ………………………………………………… 久 本 洋 文 …… 5
 師の存在 …………………………………………… 小 西 茂 代 …… 7
 夢で逢いましょう ………………………………… 加 藤 栄 子 …… 9
 三月のおもい ……………………………………… 中 田 美佐代 …… 11
 メタボ退治(二) ………………………………… 鈴 木 輝 重 …… 13
 選挙の機微 ……………………………………… いわもとまさなお …… 15
 老後の不安 ………………………………………… 嶋   清 治 …… 17
 将軍さまのおかげ ………………………………… 竹 辺 八 枝 …… 19
 天の邪鬼的つれづれなるままに ………………… 玉 置 光 代 …… 21
 短詩二題 至福の時 ……………………………… 楠 本 清 志 …… 23
 友人の死を悼む …………………………………… 国 本 多寿枝 …… 25
 妄想、平成の桃太郎 ……………………………… 中 本 八千子 …… 27
 春一番(四十五)
   ―お見事、二人の若者― …………………… 薮 本   茂 …… 29
 ぎんなん・その4
   ―八軒家浜― ………………………………… 橋 本   弘 …… 31
 多田神社と天詠組 ………………………………… 水 本 忠 男 …… 33
 語り部シリーズ(十六)
  妙な講演依頼と余生 …………………………… 那 須 正 治 …… 35
 初めての海外旅行 ………………………………… 栗 山 晃 一 …… 37
 みんな悩んで大きくなった ……………………… 竹 中   正 …… 39
 旅のあかしは ……………………………………… 吹 揚 克 之 …… 41
 中部ヨーロッパの旅 6 
   ―モーツァルトの古里― …………………… 沖 水   邁 …… 43
 広告 誰も書かなかった田辺市 ………………… 松 本 愛 郎 …… 45
 食について(その2) …………………………… 倉 本 孝 雄 …… 47
 うそつき …………………………………………… 上 原 俊 宏 …… 49
 人生ありのままに(六十七)
   ―岩出警察署次長 新宮警察署次長
    県本部捜査第一課次席 刑事指導官―
                ………………… 田 村 禎 章 …… 53
 人生ありのままに(六十八)
   ―警察本部鑑識課長・
    警察本部外勤課長(地域課長) ―
                …………………    〃    …… 59
 人生ありのままに(六十九)
   ―橋本警察署長(一九七九年)
    県本部教養課長(一九八〇年)
    和歌山県警察学校長(一九八一年) ―
                …………………    〃    …… 63
 お 礼・あとがき ……………………………………………………………… 69
 広 告 ……………………………………………………………………… 70・71




   189号                平成21年5月
                         (2009年)

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