福岡・博多のおすすめスポット紹介~UZOU日記

花を中心にした写真や福岡周辺の見所スポットを紹介しています。

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もうすぐバレンタインデー~博多のチョコの始まりどころ

2008年02月12日 | グルメ
今日のニュースで、バレンタインデーのトピックスとして、明太ロシェなるチョコレートが紹介されていました。
作っているのは、こちらのお店です。↓
DSC02348
DSC02348 posted by (C)UZOU

博多のチョコの始まりどころ」というお店です。


ホームページからお店の紹介です。
hakatachoco
hakatachoco posted by (C)UZOU

「1942年博多の街で産声を上げた店の名は、チョコレートショップ。
業態をそのまま表した、 とても大胆な店名です。 その店を開いた人の名は佐野源作。
大戦を挟み混乱を極めた当時の日本で、 チョコレートにこだわり続け、チョコレート作りに自信と誇り持った人でした。
佐野源作とその意志を継いだ長男、隆との親子2代に渡る チョコレートショップの物語のはじまりは、 そこからさらに20数年の時をさかのぼります。
1902年生まれの佐野源作は、 その頃、東京の旧帝国ホテルで見習いコックとして働いていました。
当時14、15歳でした。 源作はそこで、将来を決定づける運命的なものに出会います。
それは一粒のトリュフチョコレート。」
「当時、ロシア革命で日本に亡命していたロシアの料理人が作ってくれた一粒のトリュフチョコレートを口にした源作は驚き、言葉を失いました。
「これは何なんだ。こんな美味しい食べ物があるのか ・・・ こんなチョコレートを作れる国へ行きたい」。
彼の瞳に、広い広い世界が映った瞬間でした。

チャンスが巡ってきたのは、それから数年後のこと。
外国航路の船のコックとして働きながら、彼はヨーロッパへと渡ります。
日本ではまだ海外旅行という概念すらなかった時代でした。
言葉も通じない遥か異国の地で、源作は苦労を重ねながら、誰もが認めるチョコレート職人へと成長するまで、 源作は思う存分腕を磨いたのです。」
「時は移り1930年代末。日中戦争が勃発し国は挙国一致をスローガンに戦争の準備を進めていた頃、帰国した源作は博多に立ち寄ります。
当時、博多で隆盛を極めていた繁華街、店屋町でのこと。
源作は、恋に落ちました。
富美子、それが博多生まれの妻の名でした。
1939年、店屋町に腰を落ち着けた源作は、その一角に店を開きます。

チョコレートの専門店、夢の“チョコレートショップ”は、こうして、この街に生まれたのです。」

そして、今回紹介するのが、「明太ロッシェ」です。
choco21
choco21 posted by (C)UZOU

厳選されたホワイトチョコレートに明太パウダーを練り込み、サクサクのフレークにからめた一品。
バレンタインデーの本命チョコにいかがですか?
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お菓子
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