のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

昭和生まれの夏休み

2014年07月22日 21時45分20秒 | 日常生活
夏休みがやってきました。
学生時代というものから遠ざかること、はや幾年なのですが
(むしろ、「ウン十年」に近付きつつあるのですが・・・)
「学校の先生」をしている友人が複数名いるせいか、
いまだにうっかり「夏休み!!」とわくわくしてしまう季節です。
「夏休み」というイベントなんて関係なくなって久しい割に、
「夏休みだし!」という理由で遊ぶ日々。

そんなこんなで7月から8月にかけての夏休みシーズンは大好きです。
義務教育期間より休み(と思っている期間)は長くなってます。
だって大人だもん。

というわけで、夏休み前半の7月は

・数年ぶりに東京から帰ってきた同期と呑み
(うっかり振り返ったら、6年ぶりぐらいでした。
 6年前のことをついこの間のように思ってました。時の流れって恐ろしい・・・。)

・入社以来初めてと言っても過言ではない組み合わせで同期と集い
(まさかこの組み合わせで呑む日が来るなんてね、としみじみ語り合いました。
 (私も含めて)3人とも変わってないけど、変わってた。
 しっかり年月の経過があちらこちら(主に目尻とかお腹)に見え隠れしてるんだけれど、
 でも、やっぱり喋るとこれっぽっちも変わってませんでした。安心。)

・最後の女性同期として寄り添いあっている同期たちと1年半ぶりに再会し、
 「私たち頑張ってるよね?」と自画自賛しあい、
 (でもって、「顔のハリが・・・」とか「エステに行くべき?」とか
  「やっぱり下着はかわいいのを買った方がいいよね!」とかお互いに励まし合いました。ジョシ力補充。)

・福岡トモダチといつものごとく某ファミレスで集い、延期に延期を重ねている旅行計画を立て直し、
 (もはや1年越しの計画となりつつあるハウステンボス旅行を今年こそ実現させるのです。
  念願のキラキライルミネーション!)

・高校時代の同級生とご飯を食べつつ、夏休みの旅行の計画を立て
 (てくれる友人にすっかり甘えて、「ここ行きたい!」とか「これ食べたい!」とか
 「この地域にも興味あるかも。」とか気になるところを伝えました。
 そろそろ本気でお中元を贈ることを考えたほうがいいと思う・・・。)

・高校時代の同級生とスカパラのライブを楽しみ
 (これが初めてのライブ!という彼女から、ライブ前日に「あのー、洋服って、どんなのを着ていけば?」
  というメールが来て、おもわず抱きしめたくなりました。
  いつもはしっかり者過ぎるぐらいしっかり者さんのキャラだけにギャップがかわいすぎる。)

・これまた高校時代の同級生とアンジェラ・アキさんのライブを楽しみ
 (通常仕様のうっかり具合で定期を忘れてしまったため、帰りの電車は久しぶりの鈍行列車でした。
  もうね、驚きもしないし、呆れもしません。
  「ほらね。やっぱりね。なんか忘れてると思った!」と平然と電車に乗りました。
  ・・・ホントなんなの?馬鹿なの?と自分のことながら問いただしたい。
  でもって、友人に「ごめんね。定期忘れちゃって・・・帰るのに時間がかかるから、今日はご飯一緒に食べられないや。」
  と伝えたところ、きょとんとした顔で「え?私も食べる気なかったよ?」と言われました。
  よかった!なのに、ちょっと寂しい。人間の感情というのはメンドクサイものです。)

・妹さんと夏バーゲンでうっかりお揃いのショートパンツとタンクトップを購入し
 (なんかものすごく仲良さそうに見えますが、売り場のお姉さんがとても私好みに美人さんで、
  私好みに「え?兄弟なんですか?美人姉妹じゃないですか!どちらがお姉さん?」などと
  親切な声かけをしてくれたので買わずにはいられなかったのです。でも、後悔はない。
  だって、前々から目をつけていたショートパンツなんだもん。ふっふふーん。)

などなど、遊んでばかりの7月(前半)でした。
今更ながらにカレンダー見返して、ホントに遊んでばかりいた自分にびっくりしました。

でも!これからが夏本番なのです。
8月も遊ぶ!(宣言)
夏休みに入ったばかりのちびっこたちには負けません。(負けず嫌い)

とりあえず、キタキュウシュウが誇る花火大会と
盆踊り(できればイナカの盆踊り)、それに校区の夏祭り。
これだけは外せません。外しません。
これさえ抑えれば、私の夏休みは完成です。

・・・小学校のころから夏休みの過ごし方に変わりなし、なのです。
勿論、ビールとか枝豆とか水羊羹など、大人になって増えた夏アイテムもあるけれど
バケイションとか海外旅行とかビキニの水着、とかそんなものは私のジショにはアリマセン。
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[ドラマ]闇金ウシジマ君 Season2

2014年07月12日 01時59分55秒 | 日常生活
■闇金ウシジマくん Season2
■2014年春クール
■出演
 山田孝之、崎本大海、やべきょうすけ、久保寺瑞紀、綾野剛、武田航平、紗倉まな、入江甚儀、
 佐々木麻衣、永野宗典、金谷マサヨシ、三澤亮介、

■感想 ☆☆☆
今回、最初から最後まで見ることができたのは、まさかの「闇金ウシジマくん」でした。本当に「まさかの」です。「うっかり」見始めちゃったら、登場人物たちの今後が気になって気になって気になって、途中でやめられなくなってしまったのです。
眉間に皺を寄せながら「え?彼らはちゃんと救われるんですよね?正義は勝つんですよね?悪は成敗されるんですよね?」とハラハラしながら見ていたのですが、なんとも言えない結末に「はぁ・・・・。」という気持ちになったのでした。
全っ然!救われなかった・・・・。

 でも、考えてみれば、このドラマには「正義」なんて存在していませんでした。「悪」は存在したような気もするけれど、圧倒的多数を占めていたのは「弱さ」だった気がします。「自己責任」(という言葉は苦手ですが。もっと言うならば「キライ」ですが。)と糾弾されると、反論のしようもない人たち。
ここに(闇金に)助けを求めても根本的解決にはならないとわかっているのに頼らざるをえない弱さ。何度も同じところでつまづいて失敗して、それでも「懲りる」ということができない弱さ。誘惑に負けて、自分の欲望を優先させてしまう弱さ。根拠がまったくないにも関わらず「俺は大丈夫」と強がってしまう弱さ。「今がちょっと悪いだけ。ちゃんとがんばれば抜け出せる。」と安易に考えてしまう弱さ。

 そんな弱さを抱えた彼らが闇金に手をだし、右往左往する姿を見ていると、私と彼らの間にたいした違いはないように思えてきて、画面の向こう側で困っている彼らを見続けるのが怖くてたまりませんでした。
 きっと私もちょっとした誘惑に簡単に負けてしまう。簡単に道を踏み外してしまう。私が彼らと違うのは、たまたまそういった危ないものに縁がなかっただけ。おしゃれなもの、華やかなものと縁がなかったから、そのまわりに渦巻く闇にも縁がなかっただけなんだろうな、ということをしみじみ思いながら、あぁ、私、地味に生きることができて(地味にしか生きられなくて)よかったな、とため息をつきながら見終えました。

それにしても山田君。芸達者だなぁ、としみじみ思いました。無表情で何を考えているのかよく分からないウシジマ君が見事にはまってました。
そして、ウシジマ君の小学校の同級生役を演じた綾野さん。最近、「イケメン枠」に進出しつつあるけれど、そういえば彼はずっとダークゾーンサイドの人だったよね・・と懐かしい気持ちになりました。黒スーツとか薄ら笑いとか無表情とか、すごく似合う人だったっけ。
そんな彼らが駄菓子屋の前で昔懐かしい駄菓子をむさぼりながら殺伐とした会話をひょうひょうと交わす場面は、このドラマの中で(私にとって)唯一、和める場面でした。
 ふたりが並ぶ画面を見ながら、精神的に安定している人たちの存在って大事だなぁ、としみじみと思いました。たとえ彼らが立つ場所がまったく安定していなくても。殺伐とした場所で「安定」とはほど遠い場所に経っているはずの彼らは、何があっても動揺を外に見せず、変わらぬテンションで飄々とし続けてくれたので、彼らが出てくるたびにほっと一息つけた気がします。

 面白かったのかと問われると、面白くはなかったのだけれど、こんな世界が絵空事ではなく、実際にある(に違いない)と知れたので見てよかったな、と思っています。見るたびに「トウキョウ怖い、トウキョウこわい。」と呟いていたのですが、一緒に見ていた地元友達からは「いや、北九州にもあるから。こういう世界。」とたしなめられたのも、私にとっては大きな衝撃でした。・・・ホントに?

おそらく「うっかり」じゃなかったら、絶対に見なかったジャンルのドラマです。そして、このドラマを見なければ、絶対に知ることのなかった世界なので、改めてドラマって、フィクションってすごいな、と思いました。そして、フィクションと分かって楽しんでいたにも関わらず、ちょっとしたトラウマになりそうな怖さでした。改めて借金はダメ!と肝に銘じました。あと、身の程知らずのオシャレもダメ!絶対!
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[映画]もののけ姫/1997年日本

2014年07月11日 00時07分37秒 | 映画鑑賞
■もののけ姫/1997年日本

■監督・脚本:宮崎駿
■音楽:久石譲
■声の出演:
 松田洋治、石田ゆり子、田中裕子、小林薫、美輪明宏、森繁久彌、西村雅彦、上條恒彦、島本須美

■感想 ☆☆☆☆
久々に「もののけ姫」を鑑賞。
久々も何もおそらく2回目の鑑賞です。
決して嫌いな作品ではないし、好きか嫌いかと問われると「とても好き」なのですが、「好き」と言い切るには、作品のラストが私にとって哀し過ぎて、見返したい、という気持ちにはなれずにいたのです。今回、満を持しての2回目の鑑賞です。

あれからもう10年も経ったし・・・と書き出したところで「ん?10年?」と思い、うぃきぺでぃあ大先生に「本当に10年でしたっけ?」と確認したところ、「ばーか。そんなわけないだろ。もう17年前の作品だぜ?」と嘲笑われました。じゅ、じゅうななねんっ?!と驚愕。そっかー。17年も経つのかー。・・・驚愕。(しみじみと。)

そんなわけで、あれからもう17年も経ったことだし、人の感性って、年月を経て変わるものだから、今回の鑑賞で私の「もののけ姫」に対しているイメージもがらりと変わるかもしれないなあ、と思っていたのですが。
見終えて「胸にズシンとくるこの感覚、変わりないな。」と思いました。中盤以降、話が展開すればするほどに辛く重い気持ちになり、眉間にしわを寄せながら鑑賞しました。
キツかった。すごく好きな作品なのに、見終えた時にはズシンと地に落ちていました。作品世界に随分とひっぱられてしまったなー。

キツイと思うこの感覚は、おそらく私にとってこの映画が「フィクション」とは思えないからだろうと思うのです。勿論、フィクションだとわかってはいるんだけれど、どうしても「まったくの絵空事」とは思えない。今の世の中にある様々な問題を多少デフォルメしながらもしっかり忠実に捉えているから、そして、その問題は私自身の関わり方、心の持ちようも問われるものだから、逃げ場のない気持ちになるんだろうな、と思いました。何より、私が私の軸をしっかりとどちらかに置くことができないでいるから、スタンスを定められないでいるから、だからこんなにもどっちつかずのきつい気持ちになるんだろうな、と思いました。
例えば、アシタカが懸命に森と人間が共存する道を探そうと走り回る姿や、サンが「人間はキライ」と人間に背を向ける姿、人間に追いやられ、荒れ狂い始めるおっことぬし様の姿。どのキャラクターにも一様に共感できてしまう。
その一方で今まで差別を受けていたらい病患者を迎え入れ、春をひさぐしかなかった女性たちを引き取り、仕事を与えたエボシ様の持つカリスマ性、リーダーシップにも魅力を感じてしまう。

エボシ様はラストで「私が間違っていた。これからは新しい国づくりを始めよう」と言い、今までのようながむしゃらな森林破壊、周囲の国々を利用するような取り引きは控えるのではないか、というような未来の可能性を見せて映画は終わりを迎えます。

けれど。
けれど、思うのです。きっと私は、私だったら、一度手に入れた「便利なもの」を手放すことができないだろうな、と。森を破壊してしまう、私たちより先に森に住んでいた森の住民たちを追いやってしまう、住むところを奪ってしまう、とわかっていても、きっと私はたたら場の再建のために働いてしまう。たたら場のなかった時代には戻れない。
そして、それは責められることでもないはずだ、とも思うのです。今まで虐げられていた彼らがたたら場によって「未来」を信じ、「明日」を待ち望むことができるようになったのは、喜ぶべきこと。彼らに「昔の暮らしに戻りなさい」と言う資格は私にはない。
だとしたら、アシタカの言うところの「みんなが共存し、共に生きる世界」はどこにあるんだろう、どんな世界なんだろう。今の私はまだその未来を具体的にイメージできません。だから、彼らの「これから」を思うと、やりきれない気持ちになるんだろうな、と思いました。

もうひとつ。彼らが森と共に生きることを放棄したこと。「人間じゃないもの」への敬意を放棄したこと。たくさんの「不思議」や「神秘」を内包する森や山を人が支配しようとしたこと、これらもすごく哀しかったように思います。
私は日本人の持つ、人じゃないもの、木や石や海、草に命を見出すところ、古いものに敬意を払うところ、人じゃないものに寄り添って生きるところ、そういった性質がとても好きなんだ、ということに改めて気付かされた気がします。
人間が山を、大いなる自然を、制御できるわけがないのです。そこに軸を置いて謙虚に生きれる人間でありたい、そう強く思いました。
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神頼みより八つ当たりが得意です。

2014年06月30日 23時42分26秒 | 日常生活
ウォーキング練習に参加してきました。
今回は「若松のジェラート楽しんじゃおうぜ」コース!
なんでも練習の途中で、ジェラートのおいしいお店に立ち寄るんだとか。
ちょう楽しみっ!!

あふれんばかりの期待を胸に午前7時20分ウォーキング開始。
陣の原駅を出発し、まずは若松の汐入の里を目指します。

わたくし、決して方向音痴ではない、という自己認識でいるのですが
(地図は読める!読もうと思えば。
 最終的に目的地にも到着できる!時間をかけてもよければ。)
基本的に誰かと一緒に行動するときはその人任せのスタンスなので
地図とか道とか、土地勘とか距離感覚とか、お店の名前とか場所とか
何ひとつ正確に覚えていないのです。(覚える気がない、とも言う。)
そして、あまり冒険心がないため、自宅近辺でばかり遊んでおり
(地元友達と呑むときも、呑むからこそ!呑んでも歩いて帰れる場所をセレクト。)
基本的に自宅から車で30分程度(そして、そのうちの8割程度は、歩いて30分程度)の距離を
うろうろと生息しており、普段は「知っている場所」(つまりご近所さん)でばかり遊んでいるのです。

そんな私がウォーキング練習のおかげで、北九州市を縦横無尽に歩き回るように!
八幡西区、若松区という未踏エリアをどんどん新規開拓している自分に
「ふふふーん。」と誇らしい気持ちを隠さずにいられません。

というわけで、陣の原駅からコストコに向かう道も「私、この道、見覚えありますからね。ふふふん!」とほくそ笑み
コストコ周辺では、「あの道がここに繋がってるのかー!」と感嘆しつつ、頭の中でつながった地図にほくそ笑み、
汐入の里では、「こんなスポットが!今度、ゆっくり来るぜ。」と決意しつつ、増えた若松地区の知識にほくそ笑み
汐入の里から芦屋あたりの街並みでも
「ここ!!見たことある!!確か以前の練習で通ったことある!・・・はず。ちゃんと覚えてるっ・・・と思う。」
と若干、自信ないながらも見覚えある光景にほくそ笑み、
名前だけは聞いたことがあった青葉町の街並みに
「こんなにも閑静な住宅街だったのね。街の名前にぴったり!」と見とれ、「来たぜ!青葉に!」とほくそ笑み
再び戻ってきた陣の原駅に向かう道すがら
「おー。見覚えがちゃんとあるー。朝も通ったー!私、八幡西区の街並みに親近感を持つようになってますぜー。」
とほくそ笑み、胸を張ってゴールにたどり着いたのでした。

楽しかった!
暑かったけれど、風が吹いていたせいか、当初危惧していたよりは過ごしやすく、気持ちよく歩けました。
(寒いのは苦手ですが、暑いのは得意なのです。)
芦屋から若松にかけての風景が2月に歩いていたときからがらっと変わっていて
思わず「夏休みだ!」とにこにこしてしまうような光景だったのも面白く、その変化を見るのが楽しい練習コースでした。
そこかしこに見える木々が力強く枝を伸ばしていたり
木々の緑が力強く色付き、輝いていたり
空が私たちに近く、抜けるような青空という言葉がぴったりのが色鮮やか具合だったり、
そういう「いつか経験した夏休み(を思い出させる光景)」を見るだけで、
あの頃の楽しかった記憶がよみがえってきて、未だに楽しくなるのです。
夏休みの何もかも(宿題もラジオ体操もうだるような暑さも何もかも!)が大好きだったなー。

途中、汐入の里から有毛までは、ひとりずつのスピードウォーク練習を体験。
30秒から1分程度、間をおいて、ひとりずつ歩きました。
前後に誰もいない状況、誰の話し声も聞こえない中で歩く時間はとても新鮮でしたが
「誰かの話し声が聞こえる」ほうが落ち着いて歩けるんだな、ということを実感。
意外と寂しがりやさんなのね、私も。と思わぬところで自分のオトメ部分(と思ってます。)を発見しました。
すぐ前を歩く方を道しるべにがんばって歩きましたが、
すぐ前を歩く方が後半、どんどこ遠ざかっていくので
心折れた私のペースは、すぐ前の方と反比例を描いて、どんどこ落ちていきました。
なんていうか・・・自分の心折れる瞬間を如実に味わっちゃったな。

スピードウォーク練習のゴールでうっかり「到着ー!」と思ってしまったため、
そこがまだ本日の練習コースの半分にも満たない場所だと知って、思わず暴動を起こしそうになりましたが、
私が「きっと天使の生まれ変わりに違いない!」と信じてやまないウォーキング仲間の先輩が穏やかに
「抑えて!抑えて!」となだめてくれたため、すんでのところで、暴動中止指示を出すことができました。
(そして、「君は勝手に勘違いをして勝手に怒るくせがあるよね。」とウォーキング仲間から冷静に忠告されました。
 当たっているだけに痛い・・・。)

とはいえ、その後には念願のジェラートも待っていて
すごくすごくすごーーーーーーーーーく美味しいジェラートを満喫。
再び元気を取り戻し、ゴールを目指してさくさく歩けました。
美味しいものの威力って絶大。

ジェラートを楽しんだお店は、美味しいもの情報に詳しい妹さんも知っていて
「あらー。私、そんな有名店を訪れちゃったのね!」
と、帰宅後に私のテンションはさらに上がりました。ふふふん♪
「タルトも美味しいんよ!」という情報を仕入れたため、
もう一度、あのお店を探し出さねば。(既にお店の位置はうろ覚えです。)

しかしながら。
ジェラート後は、本日の目的を達成してしまったせいか、またもや心の余裕をすっかりなくし、
いつの間にかマイペース(=協調性のかけらも見られない)ウォーキングに。
なんだかなー・・・。
「疲れたときには誰かと一緒に会話しながら歩いたほうが気がまぎれるよ。」とアドバイスを受けて、
「そうですよねー。」と深くうなずいたっていうのに。
スピードウォーキング練習の際、誰の声も聞こえない中で歩いて、
「誰かの声が聞こえる中で歩きたいなー。」と思ったっていうのに。
私のジョシ力の枯渇具合ときたら!と心底落ち込んだのでした。
魅力的な女子というものは、総じて空気を読む能力、周囲の人の様子を見る能力、
周囲の人を(あくまでもそれとなく)サポートする能力に長けていると思うのです。
こんなね、「自分が疲れちゃったら、自分のことで精いっぱいになっちゃう。」
なんて有様は私の中で「ジョシの風上にもおけないやつ」です。
今後の私の要課題!(そして、おそらく長期的課題。)

次の練習はいよいよ夜間ウォーキングです。
徹夜なんてしたことない私は、眠たい中、歩くってどんな感じなんだろう、
眠くても歩き続けなければいけない状況って、どんなだろう、と今からどきどきしています。
周囲の方に八つ当たりしないことを祈るばかり。
自制できる自信はさらさらないため、神頼みを試みるのです。
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知らぬ間に旅に出てました。

2014年06月20日 14時54分48秒 | 日常生活
通勤途中、定期を落としました。絶望。

電車を降りた瞬間、「あ!お手洗いの鏡のところに定期を置いたまま!」と気付いたけれど、
気付いて振り返ったときには、電車のドアはしまっていたのです。
無情にも走り出す電車。

大慌てで駅員さんに「今!走り去った!あの電車の中に!」と訴えましたが、
ローカル線故に終着駅まで到着しないかぎり、車掌さんは運転席を離れられず、
場所が分かっていても、そこまで見に行けないんですよ・・・と、申し訳なさそうに説明されたのでした。

終着駅到着後、改めて連絡をいただきましたが、その連絡内容は
「見てみましたが、ないですねぇ・・・。」というツレナイものでした。
「お手洗いなんです!お手洗いの手を洗うところに置いたんです!」
と、なおも食い下がる私に
「んじゃ、もう一回見てきましょうかねぇ。」
と優しく付き合ってくれましたが、やはり見つからず。

私には今年のボーナスなんてものはないんだわ・・・と軽く打ちのめされたのでした。

しかも定期だけならまだしも、定期ケースには会社のIDカードも入れており。
セキュリティ事故に該当するため、朝から報告書を書いたり、書いた報告書を全幹部社員に送ってもらったり、
関係各所に連絡して、今後の対応を確認したり、と大忙し。
ゆっくり落ち込んでる暇なんて、全然ナイヨー。(と言い聞かせてました。)


にも関わらず、折りに触れ、ちらりとよぎる落とした定期。の金額。
そのうえ、会社IDカードの再発行手数料も自己負担と聞き、思わずさめざめと泣きまねをしてみせたのでした。


ところが!
すべて終わってようやく一息着いた頃、駅から一本の電話が入り、
「定期が見つかったよー。」と告げられたのです。奇跡!

世の中が光りを取り戻す瞬間というものをとくと味わったですよー。
私のボーナスが!めでたく戻って来たですよー!
と、思わず周囲の方々の業務を止め、満面の笑顔で喜びの共有を強要しました。(迷惑。)

とはいえ、定期は駅で見つかったわけではなく、中津警察署に届けられているんだとか。
本人確認できるものを持って取りに行く必要があるわけです。
しかも、警察の受付は平日の9時から5時半のみ。
定期も会社IDカードもどちらも早急に必要なわけで・・・。
急遽、お休みをいただいて、ぶらり中津ひとり旅に出ました。

「中津駅を出たら、まずはまっすぐ歩いてください。」と警察署の方に言われていたものの、
中津駅前ののどかな様子と久しく見たことのない昔懐かしいパチンコやの姿、
あと、見渡す限り目印がなさそうな風景に恐れをなした私は、
通り掛かりのおじ様に中津警察署の場所を尋ねます。
迷子にならない秘訣は迷子になる前に道を尋ねることなのです。

案の定、親切丁寧なおじ様からは
「こっちじゃないよ。こっちは反対方向。」
と指摘され、(やっぱりね!嫌な予感はしてたのです。本能に従ってよかった!)
「いいよ、いいよ。一緒に行っちゃる!」
と頼もしい提案を受けました。
旅は、ぶらりひとり旅からぶらりふたり旅へ。

思いがけず、地元の人と触れ合い、最近の中津の様子を伺い(官兵衛効果で盛り上がってるんだとか。)
無事に定期と会社IDカードを取り戻し、会社へのお土産を購入して旅は終了!
のどかなよい一日だったなー。



と、思っていたのに。
何気なく乗った(わけじゃないんだけど。ちゃんと確認して乗ったのです。確認して乗ったのに!)
電車は大分行きで、愛しの小倉はどんどん遠ざかって行くわけです。
旅がちっとも終わらない・・・。

しかしながら、幸いなことに、歳を重ねて今や立派に「オトナ」となった私は、
反対方向の電車に乗ったことにもすぐ気付き、次の駅でスマートに降車。
ふふん。伊達に歳だけ重ねてるわけじゃないのです。

さて、小倉行きの電車は・・・と見渡した駅は
改札もない。
売店もない。
電光掲示板なんてあるわけもない。
なんなら、駅員さんの姿も見えない。
そんな駅で、ひとつ前の駅に戻る電車が来るのが1時間半後。


思いがけず、本格的にぶらり中津ひとり旅を楽しむことになりました。
のどかな休日です。
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「一緒」の定義

2014年06月11日 18時32分33秒 | 日常生活
夜、素直に寝るのがとても苦手な甥っ子君は、我が家に来て以来、毎晩毎晩毎晩、
「ねむれん・・・。」とか
「まだ、ねらん!」とか
「うんち!まま!うんちいく!」とか(←とりあえず布団から脱出したいらしい。)
無駄な抵抗を続けています。
我が家の血筋を色濃く継ぐ妹さんは、横になるとすぐに睡魔が押し寄せてくるため、
睡魔と戦いながら、そんな甥っ子君をなだめすかし、寝かしつける日々です。

今週、「寝たくない。」という気持ちが募りすぎた甥っ子くんは、とうとう私にまで助けを求め始めました。

「ねえね!ねえね!ねえねもいっしょにねてー。」

なになに?
私にも一緒に寝てほしいの?
私が傍にいないから落ち着いて寝られないの?・・・愛い奴。
とほくそ笑みながら、甥っ子君たちの寝ている部屋へ行くと、上目使いで「ねえねも一緒に寝よ?」と懇願。
女子力高いなー。と感嘆しつつも

ほら!ねえね来たよー。
ねえねも寝るよー。

と、あっさり王道アピールに転がされる伯母(=私。)は甥っ子君の隣にころんと寝っ転がったのでした。

ところが。
寝っ転がった瞬間、甥っ子君から不本意そうに
「ねえねはここじゃないでしょ!」
というご指摘を受けました。

「ねえねはあっち!ばあばのむこう!
 ここじゃないでしょ!」


・・・「ねえねも一緒に寝て」って、懇願されたからやって来たってのに
隣に寝る必要はない、目に見える範囲にいればいい(むしろ、隣には寝るな!という勢い。)なんて
どんな理屈なのさ!お前様はツンデレ王子なんかい!とぶつぶつ文句を言いながら
(非常に悔しいことに、ちょっぴり淋しい気持ちも味わっちまいました。)
おとなしく「むこう」に移動したのでした。

・・・ねえ。これ、「一緒に寝て」るの?
甥っ子くんから私、見えてないよね?
ホントに私、必要?

と、いろんな疑問がぐるぐるぐるぐる渦巻きましたが。
おかげでたっぷりゆっくり睡眠を取りました。
私も(我が家の人間はみんな。)横になった瞬間、ことんと眠りにつけるタイプの人間だったんだわ。

結局、私の存在が甥っ子君に健やかな安眠を与えたのか、そこんところは不明です。
でも、きっと役立ったはず。見えてなくても私の気配が必要だったはず。
と、いじましくも手前勝手に信じてるのです。


世の中には、「あえて明確にしない」ほうがいいこともあるっていう、そんな話です。
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記憶に残る光景

2014年06月10日 20時31分57秒 | 日常生活
ウォーキングの練習を兼ねて、地元友達と行橋市まで散歩をしました。
なんでも行橋までは、25キロぐらいなんだとか。
地元友達からは
「2往復すれば、100キロなんだよ?」
と「ほら!」みたいな感じで言われましたが、その考え方がちんぷんかんぷんというか、
「ほら!」みたいに言われても何の慰めにもならないっていうか・・・。
そもそも、「1日の中で目的地に向かって2往復する」なんて発想が私の中にはないのです。
行って帰ってきたら、その日は終わり!
その日のうちに再び戻る(しかも歩いて!)なんて考えたこともないわけで。
イミガワカリマセン!と思いながら、楽しく行橋市を目指したのでした。

そうなのです。
ウォーキング練習に参加し始めて早半年。
月1回程度しか歩いていませんが、
「長距離を歩く」ことへの抵抗感は随分消え、
今回の練習も、最初から最後まで「楽しく」お話しながら歩くことができたのです。
前回の登山では8割ぐらいの時間をほぼ無言で過ごしたことを考えると大きな進歩!

ところで、元来、歩くことが好きだったこともあって、
ウォーキング自体は前向きに楽しめるようになったのですが、
これからの季節、面倒っぽいなー、とそこはかとなく思っているのが日焼け対策。
お年頃(って年代を特定しない便利な言葉だなー。)の女性として
なんとなく日焼けはしたくない。
けれど、こまめに日焼け対策を施すのはメンドクサイ。
という非常にわがままな要求ラインでうろうろと道に迷っています。

そもそも「こまめさ」とはてんで無縁なのです。
日焼け止めなんて朝、塗ったら塗りっぱなし。
それどころか、朝、曇り空を見るとついつい
「もう、塗らなくてもいいんじゃないかな・・・。」と大間違いの対応をしてしまう有様。

しかしながら、我が家の女性陣随一のジョシ力の持ち主である母上から
なんとしても日焼け(と、その後にやってくるシミ)は避けるべき!
帽子なしでウォーキングなんて、とんでもない!!
という実にまっとう、かつ強硬な助言を受けて、
今回はきちんと(しぶしぶながらではあるものの)帽子を被って行橋へ向かったのでした。
(でも、日焼け止めは塗り忘れました。片手落ち。)

お昼ご飯には食べてみたかったむらた亭のラーメンを満喫し(細麺大好き!)
日頃の行いが絶妙なバランスを保っているのか霧雨がぱらぱらとぱさついたり
本格的に降り出すのか?!と思いきや、雨がやんで日差しが照りだしたり、と
はらはらどきどきの天候を(「曇りって聞いてたのに!」と文句を言いながらも)楽しみ、
トイレ休憩に立ち寄ったコンビニで日焼け止めをちゃんと塗り
(ってすでにその時点で14時過ぎているわけですが。)
さあ!これで準備完了!気持ち新たに出発だ!というとき。

ふと、さっきのさっきまで手に持っていた髪留め(赤いシュシュ)が
手の中にないことに気が付いたのでした。

・・・あれ?
確かにさっきまで手元にあったのに。
あのシュシュは割にお気に入りの部類のシュシュなのです。
なくなってもらっちゃ困るぜ・・・と思いながら、
リュックの中を探し、ポケットの中を探し、
私の異変に気付いた地元友達に「シュシュがないんです・・・。」と訴えながら
もう一度、リュックの中を探し、ポケットの中を探し、
「コンビニに一回、戻ろうか?」と気遣われながら
さらにもう一度、リュックの中を探し、ポケットの中を探し・・・ていたそのとき。

はたと記憶がよみがえったのでした。




・・・さっき、私、コンビニで日焼け止めを塗って、それから髪をまとめたんだっけ。

おずおずと「シュシュ、ありました・・・・。」と伝え、
帽子の下のシュシュを見せたその瞬間の地元友達の表情は未だに忘れられません。

この記憶力のなさ、ホントにどうにかしなきゃ。
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それでも、どこかで信じてる。

2014年06月04日 07時58分50秒 | 日常生活
昨日、小倉駅までてくてく歩いていると、福岡在住の友人から「福岡は雨だよ。」という情報が届きました。

なんと。
小倉は日が照ってすらいるというのに。
勿論、傘なんて持ち合わせてませんぜ。


・・・傘もないことだし、会社休んじゃおうかなー。

という方向に、若干、気持ちが傾きかけましたが。
福岡に到着してみると、折りよく雨があがっており、なんとか気持ちを持ち直したのでした。
(盛大に褒めてほしい。)

帰りのバスの中で、今度は小倉在住の友人より「小倉はひどい荒れ模様」という情報を入手。

福岡は雨すら降ってないというのに!?

と、驚き。
あれ?でじゃぶ?という気持ちに襲われたのでした。

幸い、電車のダイヤが乱れることもなく。
私が小倉に到着したときは若干、雨風も落ち着いており、

ふふふん!
私の日頃の行いの成果たるや!

と(勝手に)勝ち誇りつつ、非っ常に気分よく自宅へ帰り着けたのでした。

そして今朝。
目覚めると、「あれ?台風が上陸してるのかな?」と疑いたくなるような暴風雨でした。
風が強すぎて、傘なんてさせそうにないような天気。
なので、潔く傘さすことを諦めて最寄駅へ向かい、濡れた洋服に身を包んだ状態で

私の日頃の行いの成果たるや・・・。

と、いう気持ちに襲われたのでした。

危ない。危ない。
危うく、自分自身の日頃の行いを過大評価するところだったぜ。

と、思ったのですが。
福岡に到着してみると、天気は非常に落ち着いており。
何が何やら・・・と、目を白黒させたのでした。


結論。
天候と日頃の行いは関係ナイ。
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ひとつでいいんで、ください。

2014年05月28日 08時32分01秒 | 日常生活
我が家に姪っ子ちゃん(と甥っ子くんと妹さん)がやってきました。
何回見てもちっちゃい・・・。
そして、いつ見てもすやすやすやすや眠ってます。
気持ちよさそう・・・。いいなあ・・・。

赤ちゃんというものを見るたびに「かわいい」よりも「(飲んで眠っての生活が)うらやましい」
という気持ちが先に沸き上がってしまう私は、母性本能というものをどこかに置き忘れてきたんだろうと思われます。

ようやっとママとゆっくり過ごせるようになった甥っ子くんはテンション高く
「もーもたろさん、ももたろさーん♪」と何やら懐かしい歌をご機嫌で披露。
よかったねぇ・・・と、目を細めていると
「ねえね!『ちょうだい!』って言って!」
と頼まれました。

それって、あれでしょ?
おっ腰ーにつけたー♪きーびだーんごー♪ひっとつーわたしにくださいなー♪
のくだりでしょ?いいよー!
と、ノリノリで(ごっこ遊びは未だに大好きなのです。)

きびだんご、ひとつくださいなー!
とお願いしたところ、甥っ子くんから満面の笑顔で
「ねえねはダメー!」と断られました。

なんだ、それー。
と思わず叫びましたが。

よくよく考えると、私ってば、エアきびだんごひとつごときで
危うく2歳児(もうすぐ3歳)の家来になるところだったんだわ・・・と思い至り、
断ってくれた甥っ子くんにほんのり感謝したのでした。



・・・ホントに母性本能というものをかけらも持ち合わせてません。
きびだんごねだってる場合じゃないよ。
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民族大移動

2014年05月26日 21時42分52秒 | 日常生活
めでたく、姪っ子ちゃんが生まれました。
久々に見る生まれたての赤ちゃんは「ちっちゃい!!」の一言に尽きました。
恐る恐るだっこをしてみましたが、まったくもって重さがない。
・・・あれ?私の手の中にちゃんと姪っ子ちゃんいるよね?
と思わず我が腕を覗き込んでしまうほどの軽さでした。
甥っ子君は本当にすくすくすくすく成長してたんだなぁと改めて実感できました。

さて。
明日からはしばらく妹さん、甥っ子君、姪っ子ちゃんが我が家にお泊りです。
ひっじょーに賑やか(だと思われる。というか確信してます。)な日々が始まります。
3人も人口が増えるため、
しかもそのうちのひとりがびっくりするぐらい寝相が悪いため
(甥っ子君と姪っ子ちゃんを並べて寝たら、
 姪っ子ちゃんがあっという間につぶされちゃう!)
父上、母上と慎重に部屋割りを検討しました。

しょうがない。
私のベッドを姪っ子ちゃんに譲りましょう。
でもって、甥っ子君と妹さんがベッドのすぐ隣に布団を敷いて、並んで寝るがいいよ。
私はしょうがないから、しばらく父上、母上のお部屋にお邪魔させていただきます。
3人で並んで寝ようぜー!

と、提案したところ、父上から本気で嫌な顔をされました。
普段は「ん。」と「うんや。」しか言葉を発することのない父上が
「いい。父さんは別の部屋に行く。」と(父上にしては)長文で意思表明。

父上の意思表明を聞いた母上が(半ば本気で)
「すぐにひとりで寝ようとするんやけん!
 ひとりがいいんでしょ!私と寝たくないってことでしょ!」
とかわいらしく(でも、かなり本気で)すね始めたため、慌てて再検討を開始しました。
あぶない、あぶない。

結局は父上が私の部屋でひとり寝ることに。父上大満足の結果です。
(感情をこれっぽっちも表に表さないというのに
 満足感がだだ漏れなのです。どゆことだ?と問いただしたい。)
残りのメンバーは和室で仲良く並んで寝ることになりました。
ただし、姪っ子ちゃんは、姪っ子ちゃん用の簡易ベッドを利用することに。
これで安心安全の夜を確保できるはず。
めでたし、めでたし。

・・・でも待てよ。と思ったわけです。
話を整理すると、

□両親の部屋に私がお邪魔させてもらう → 父上が嫌がる。
□父上が別の部屋で寝て、母上と私が同じ部屋を使う → 母上がすねる。
□母上と私だけでなく、妹さんたちも同じ部屋を使う → 母上納得する。

となるわけで、よくよく考えると、私が一番かわいそうな人なんじゃないかな・・・
話の流れだけ見ると、私の押し付け合いだよ・・・と、思ったわけです。

なんにせよ。
明日から賑やかな日々の始まりです。
妹さんには
「私、広い心とか深い愛情とかこれっぽっちも持ち合わせてないから
 甥っ子君と本気で喧嘩すると思うよ。」
と宣言しておきました。2歳児になんか負けない!
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