のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

上って下れよ、ジェットコースターコース!

2015年04月27日 12時53分13秒 | 100キロウォーク
2015年2回目のウォーキング練習。
本当は3月初旬に2回目の練習が入っていたのですが、雨で中止となってしまったのです。
そのため、実に3か月ぶりの練習となりました。
1回目の練習で運動不足を実感していながら、この3か月間、寒さに負けて1分たりとも練習をせずに過ごした私は清々しいくらいの運動不足で練習に臨みました。

でも、実のところ、おのれの練習不足にまったくもって気付いていなかったので、練習に対して不安なんてものを抱くこともなく、のほほんのほほんと久々のウォーキング練習に参加したのでした。
本当に危機感のなさが甚だしかったわ・・・・と、練習を終えた今の私なら分かります。
この人、相当っにっ!甘いっ!ウォーキングをなめてますよーっ!とあの日の朝の自分を指差して罵ってやりたい。


というわけでウォーキング開始。
今回は八幡西区陣原を出発し、直方方面を通って田川に行くんだそうです。(地理感覚があやふやなので、やっぱり距離感を実感できてません。でも、最寄駅の駅員さんからは「ほー。あらー。そんんなにー。」と驚かれました。この辺りで危機感を抱いてもよかったんじゃなかろうか、と今の私なら思うわけです。)
田川は大学時代を過ごした思い出の地。ゴール地点は下宿先のすぐ近くです。
大家さん、元気かなー。パン、久々に食べたいなー。買って帰ろうかなー、などと思っていました。出発時点では。(大家さんは1階でパン屋さんをされていたんです。美味しかったなー、オーソドックスなクリームパン。)
ウォーキング仲間がコース説明で使っていた「ジェットコースターコース」という言葉も右から左へすいすいっと聞き流しながら、いざ出発!(・・・もうね。気付くべきポイントがいくつもありすぎて、もはや、あほなのかしら?いや、あほだろう。と断言せざるをえない危機感のなさなのです。)

久しぶりの練習は快晴に恵まれ、お日様の光もぽかぽかと心地よく、春なんだなぁと心底実感できるウォーキング日和に恵まれました。
序盤に通り抜けた竹林ではにょきにょきとタケノコが育っている姿も間近に見れて、さらに春を実感。
木漏れ日の光は柔らかいし、囀る鳥の声は鮮やかだし、なんていい日に恵まれたんだろうなぁ、と幸せを噛みしめながら歩きます。
と、突如現れる急な下り坂。
思わず両手でバランスを取りたくなるぐらいの勾配で、恐る恐る降りていたため、あっという間にウォーキング仲間が遠ざかっていきます。
そういえば、私、下り道が破壊的に苦手だったなー、と思い出しました。降りるだけで精一杯。
いつも練習風景を写真に撮ってくれているウォーキング仲間、イソベさん(仮名)が
「あれ?まだのんちゃんがおったんやね。みんなの写真撮ったつもりやったのに。」
と私を完全に見失っていたほどの遅れっぷり。
ここでようやくおのれが完全に練習仲間から引き離されていることに気付き、危機感を抱きました。(遅い・・・・。なんていうか、ホントに危機感に乏しいのです。)
「そういえば、今回、ジェットコースターコースでしたもんねぇ。」
と今更ながらに納得していると、ウォーキング仲間のチホさん(仮名)が
「今回は、後半に坂道がたくさん待ち受けているらしいよ。」
とものすごくさわやかに教えてくれました。
・・・まじっすか。
私、今の坂道で完全にジェットコースターコースを制覇した気持ちでいましたけど。
ジェットコースターコースが控えてるのは後半・・・・なるほど。ガンバリマス。
と、ようやく。
本当にようやくのようやく、本日の練習コースのきつさに気付いたのでした。

でもまだこの時点では、ジェットコースターコースという名称の由来におののいただけで、まだまだおのれの運動不足には気付いていませんでした。
おや、なんか変だぞ?と思い始めたのは練習開始から2時間を過ぎ、畑貯水池に到着した頃、なんだかお腹が空いてきたなー、そろそろお昼かなー、と時計を覗き込み、まだ9時半前だということを知った時でした。
えっと。まだ歩き始めて2時間未満?!
それでこの疲れっぷり?私の体内時計はすでにお昼ですけれど。練習開始から4時間ぐらい経過したつもりになってましたけど。

というわけで。
この辺りからひたすらひたすらに私はウォーキング仲間さんたちの最後尾をへろへろと歩く一日となりました。
へばっていることが駄々漏れだったらしく、ウォーキング仲間さんからは折に触れ「大丈夫?きついやろ?」と声をかけられる始末。情けなや・・・。
本来、休憩をとるはずではなかった場所でも思わずへたり込み、「休憩したいです・・・。」と懇願し、休憩をゲット。ほんに情けないへたりっぷりを露呈しました。
(でも、ウォーキング仲間のナツコさん(仮名)が休憩をゲットした瞬間、力強く「よくやった!」と褒めてくれたので、「申し訳ないなー」という思いがほんの少し軽減しました。ありがたいなー。私もこういうふうにさりげなく気配りできるようになりたいんだけどなー。)
でもって、休憩をゲットして少しほっとしている私に、キャップがものすごーくわくわくとした風情で
「のんちゃん、休憩の後は、あの坂を上るんよ。」
と教えてくれたのでした。

・・・なるほどね。
ジェットコースターコースってこれのことだったんですねー。
と一目で納得できる大きな坂を目の前に思わず言葉を無くし。
その次の瞬間、私が天使と信じてやまないイソベさんに
「聞いてくださいよー!キャップがー!」
とキャップの嬉しそうな様子を言いつけに走・・・る元気はなかったので力なくよろよろと訴えたのでした。
(でも、天使イソベさんには「しょうがないよ。だってキャップだもん。」と諭されました。確かに・・・。32キロ田川まで歩いて、疲れた様子を微塵も見せず、さわやかに走って帰ったキャップなのです。そりゃ「キャップだもん。」の一言で説明が足りちゃうよね。と納得しました。)

というわけで。
ゴール地点の田川石炭記念館にたどり着くと同時に私はへなへなとへたり込みました。
へなちょこー。
ちょっとあまりに疲れすぎていて、大家さんの経営するパン屋さんにはまったくもっていけませんでしたが、ひっさしぶりに見る田川の風景は色々と懐かしくて、ちょっと心温まりました。
今日現在の(だいぶ疲労から回復した)私は「大家さんち、訪ねてみればよかったのにー。」と思いますが、でもあのときは無理だったもんなー。

そんなこんなでウォーキング練習も無事に終了。
へたれっぷりが際立ったので、ランニングして体力つけよう!・・・このダメージから立ち直ったら。と心から思いました。(でも、決意の仕方がダイエットと同じで胡散臭い。)

そして、いろんな方から「おめでとう」と言われてちょっとこそばゆいような照れくさいような、でもやっぱり嬉しいような気持ちを存分に味わったウォーキング練習でした。
うん。やっぱり「嬉しい。」が一番かなー。うふふー。


追記
そういえば。
久しぶりに乗った日田彦山線のガタゴト列車もえっらく懐かしかった!のです。
単線なので、そこかしこの駅で「3分停車します。」とか「7分停車します。」とか言われてしまういまどき珍しいのんびり列車なのですが、そののんびり具合が「休日☆」という空気を醸し出してくれていました。そもそもカードは使えず、チャージ?何それ?という改札口で駅員さんが切符を受け取って、ぺたんとハンコを押してくれました。駅の中もあの頃は特段気付かなかったけれど、改めて訪れると、電子音や丁寧すぎる説明など、余分な音のない風景が広がっていて、ほっとしました。今の駅ってどこも煩すぎるんだな・・・と改めて気付かされた気がします。
私たちは「便利」と引き換えにいろんなものをなくしてきたんだな、でも、「便利」を選択したのはまぎれもなく私なんだよな、ということを思わされた日田彦山線列車の旅でした。
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上司には上司の悩みがある(らしい)

2015年04月26日 06時16分05秒 | 日常生活
目標なんとか面談の季節がやってきました。
毎度のことながら、半年前の自分が作ったシートを見返して「そういえば、こんなこと目標にしてたわー。」と驚きつつ、半年後の自分に向かって「とりあえず、これ目標にしとくからー。」とバトンを投げ渡しています。
ばけつリレー的に目標を受け渡しているので、どんどんどんどん成果がちっこくなっていくのです。困った・・・・。

いや、あまり困っていないのです。
ちゃんと困ってさえいたら、もっと日々の業務をきちんとこなそうとするはず。
も少し成果をきちんと出そうと努力しているはず。
困っていないから、15年間ものうのうと変わらず(いや、変わってはいます。どんどん図太くなってる・・・。)居座り続けられてるんだろうなー。

というわけで、目標なんとか面談が無事に終わりました。
今年は業務のことよりも、業務以外の話で面談の大半の時間を使ったような。
業務の成果から上司の目をそらすことができ、私にとっては非常にありがたい面談でした。

面談の最期、「ふぅ。。。」とため息をつく上司。
どうやらお疲れモードの模様。
「お疲れですか?・・・いや、お疲れですよね?」とおずおずと言わずもがなのことを確認する気の利かない部下。

「そうなんよ。疲れとる。
 最近、つくづく思うんやけど・・・俺、どうも女性が苦手みたい。」
と、上司がため息をこぼしながら、おっしゃいました。

えっと・・・・。私、それ知ってましたよー。
というか、うすうす勘付いてましたよー。
なんていうか、男性に対するときと違って、相当に気を使われてるなぁって思ってました。
部長はお疲れかもしれませんが、私たち女性の部下にとっては、ありがたいことだなぁと感謝してました。

と、答えたところ、
「いやいや、のりぞうくんにはね、特に気を使ってないけど。」
と、不思議そうに目をぱちくりされたのでした。


・・・それって、どういう意味ですかー?
と、色々色々、思うところがあったのですが、女性が苦手な部長が私に対して気を使っていない、と断言する理由をつまびらやかにしても、私にとってなんにもいいことはないぞ、と本能が警告したため、そっと「そうだったんですね。」と「いいとも」的な返事をするにとどめたのでした。

部長様。
わたくし「気を使ってください。」なんて図々しいことは望んでません。
でも、できれば、女性の枠組みの中には仲間はずれすることなく、入れてほしいなー、と思うのです。
ヨロシクオネガイイタシマス。
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アメとムチを使い分ける三歳児。

2015年04月20日 23時27分34秒 | 日常生活
高校時代の友人が小倉に来る用事がある、と連絡をくれたため、「ついでに会おうかー。」という話になりました。
というわけで、土曜の夜、妹さんちに総勢8名が集まりました。
メンバーは
・高校時代の友人(もちろん主賓)
・妹さん一家4名(会場提供主)
・母上(友人がずっと「会いたい」と言ってくれていたので、お誘い。)
・地元友達(完全に巻き込まれただけの人。)

総勢8名のにぎやかな夕食となりました。
人が大好きな甥っ子君は大喜び。
でも、「今日、泊まってもいい?」と確認すると、やっぱり「だめーーーーーーーーーー!と返されました。
なんなんだ!

でもって、はしゃぎながら地元友達と何回も「乾杯!」を重ねた後
「ねえねのお友達が大好きなんよ。やけん、何回も乾杯したんよ。」
と教えてくれたのでした。
なんなんだ!ツンデレか!


・・・かわいいじゃないか。ちくしょうめい。

その後。
何を思ったのか、真剣な面持ちで「ねえね。おっぱいある?」と確認してくる甥っ子君。
「残念ながら、ないんよー。」と、お答えしたところ「ちっさいと?ちっさいってこと?」と質問を重ねられたのでした。
「うん。そういうこと。」と答えたけどさ。(意外と正直者なのです。)
なんなんだ!



・・・かわいい・・・くないな。やっぱり。
質問が的を射すぎていて、ちっともかわいくないっ!

でも、私たちが帰った後、甥っ子君は妹さんに
「ねえねのお友達が遊びに来てくれたけん、今日はいい夢が見られると思う。」
と伝えたんだとか。
なんなんだ!天性の人たらしめ。


・・・やっぱりかわいいじゃないか。
と、大いに翻弄されたのでした。(結局、伯母馬鹿。)

それにしても。
一族総出で高校時代の友人を歓待したけれど。
わざわざ小倉まで来てくれた友人を心から歓待はしてたんだけれど。

よくよく冷静に思い返すと、むしろ友人はよく付き合ってくれたもんだな、と感嘆するメンバ構成だったな・・・と、いう気がしないでもありません。
順応性高く食事会を楽しんでくれた友人に心から感嘆したので、友人にはこれに懲りず、ぜひまた小倉に来てほしいなー。
でもって、一族同伴の食事会の前にぜひぜひ小倉でたくさんお金を落としてほしいなー。

ヨロシクオネガイシマス。
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「私が」原因ではないらしい。

2015年04月11日 06時43分39秒 | 日常生活
甥っ子君たちが遊びに来ました。
今日、いよいよ幼稚園に入園する甥っ子君はすっかりお兄ちゃんに!・・・・突然、なるわけもなく。
相も変わらずひょうきんでお調子者の赤ちゃんです。
まだまだ甘えたい盛り。「おとこのこ」という感じではありません。
一昨日も眠たくてぐずっている姪っ子ちゃんを妹さんが抱っこしてあやしていると「たろくんね。ままが はなちゃんをだっこしてると さみしくなるんよ。」とぽつりと呟いたんだとか。赤ちゃん!まだまだ赤ちゃんです。切なすぎる。

とはいえ、我が家に来た甥っ子君は狭い我が家を縦横無尽に走り抜け(でも、怖いから電気がついていない暗い部屋には絶対にひとりで行きません。)踊ったりかくれんぼしたりしてました。

「まま!たろくんがかくれるけんね、ままとはなちゃんがたろくんのことさがしてね。『おらんなー。おらんなー。』ってさがして、ここにきて、『ん?』っていって、あっちいって『あれ?やっぱりおらん。』っていって、で、ここみて『やっぱりおらん。たろくん、どこかな。』っていって、で、ここをばってして『たろくん、おったー!』っていったら、たろくんがままのことぎゅーーーーーってするね。」

・・・演技指導が細かい。
そもそもかくれんぼにそんな演技指導って必要だったっけ?
かくれんぼって自由に隠れて、でもって鬼が隠れた人を見つける遊びじゃなかったっけ?
もう隠れたところ、分かっちゃってますけど・・・・。

「まま!ほら、まま、さがしてー!」
促されて、演出通りに甥っ子君を探す妹さん。ええママさんや。

「あ!みつかったー!!たろくん、おったー!!」
と、妹さんが喜ぶと(喜んであげると)甥っ子君はすごーーーーーーーーーーーく幸せそうに妹さんに抱き着き、ぎゅーーーーーーーーっとした後、「ママすきーーーーーーーーー!」と伝えました。かわいいじゃないか。

「じゃ、もっかい!もっかい、まま、たろくんのこと、さがしてー!」



まさかのアンコール。
ちびっこの相手って果てしがないのね、と実感しました。
でも、そうやって訴えるってことは、妹さんはいつも付き合ってあげてるってことで。ほんにええママさんや。

ちなみに。
帰ろうとする甥っ子君に「ねえねもたろくんちに泊まりに行っていい?」と聞いたところ、にべもなく「だめー!」と拒否されました。
「え?!なんで?!」と(割に真剣に)ショックを受けて聞き返したところ、「だって、たろくんち、ふるいんよ。ふるいいえやけ、とまれんのよ。」と真剣な面持ちで宿泊拒否の説明をしてくれて、妹さんは「ちょっと!失礼じゃない?」と大いに憤慨したのでした。

どこで、こんな理屈を覚えてくるんだろうなー。
ちびっこって本当にミラクルです。予測がつかなさすぎてオモシロイなー。
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通常運営です

2015年04月04日 06時57分31秒 | 日常生活
組織改訂、人事異動、新人入社にワークフローの運用開始、といろんなイベントが重なった4月第1週がようやく終わりました。
普段は「動かざるごと山の如し」をモットーにして会社にいる私がせかせかせかせかと「あ、これ、お願い。」「あ、あれもしておいてくれないかな。」「あ、それ終わったら、この作業お願いします。」と、人に作業を割り振り通し。
・・・結局、自分は動いてません。
だって!気が急いてたんだもん!

そんなバタバタの一週間がようやく終わりを迎えたのです。ほっと一安心。
しかも金曜日は終日新人研修を担当。
デスクワークを離れて、新人とPC設定をしたり、新人にツールの使い方を教えたり、ふわふわしている新人を意地悪く注意したりできるのです。
ふふふん♪と楽しみにしていました。
入社8年目か9年目ぐらいまでは(と、すでに記憶があやふやですが)新人研修のクラスマネージャを担当していたので、ちょっと懐かしい気持ちにも浸れちゃうし。
何よりやはり入社したての新人さんたちは、ものすごーーーーーーーーーく素直で目をキラキラしながらこちらの話を聞いてくれるので、一緒に過ごしていてとても気持ちがいいのです。私の背筋までぴんと伸びちゃう。(でも、いかにも古参の先輩めかして、細かい意地悪は言っちゃうんですが。)

というわけで、ばたばたの一週間最終日は朝から晩まで気持ちよく楽しく過ごしました。
当初のもくろみ通り、新人にちくりと偉そうな注意もしてやった!
(言いながら、言ってる本人が「絶対に私にだけは言われたくないよなー、こんなこと・・・。」と思いました。「フロアの先輩方にだけは、私がこんな注意しているなんて、絶対に知られたくないわー、知られたら恥ずかしいわー。」とも思いました。でも、素直な新人たちは神妙な顔をして素直にうなずいてくれました。ええ子たちやー。)

楽しかった一日研修を終えて席に戻ると、終盤、ちらりと顔を出してくれた部長が「お疲れ様。」とねぎらいに来てくれました。
ねぎらいながら「・・・・なんか、すっごく怒ってなかった?なんかあった?」と心配されました。

・・・はて?

私、怒ってたっけ?
いや、新人たちにちくりと注意はしたけれど、それは研修前半のお話で。
部長が顔を出した時間帯は非常に和やかに研修を進めていたはず。
少なくとも私は非常に和やかな気持ちで研修に臨んでいましたけれど?

「そうなん?いやー、よかったー。
 ちらっと顔を出したら、なんか知らんけど、めっちゃ怖い顔しとったやろ?怒っとる、怒っとる、と心配しとったんよ。
 新人がなんかしたわけやないんやね?」

だーかーらー!
怒ってないんですってば。
めっちゃ和やかな心持ちで研修に臨んでましたってば。
なんなら私自身は「ちょっと厳しいけど、ホントは優しい先輩」を演じるべく、心もち微笑みを浮かべて研修を進めているつもりでしたけど。

と、いうわけで。
なにやら通常仕様の、いやむしろ、「通常よりほんの少しよそ行きバージョン」の私の外観は「あの人、めっちゃ怒ってる!」というものだということが図らずしも知れた新人研修でした。




不本意です。
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2015年2月の読書

2015年03月01日 01時09分14秒 | 読書歴
久々に本を購入しましたが、やっぱり本は何度も読み返すぐらい好きな本を購入したいな、と心から思いました。つい帯文句につられてふらふらと購入してしまったけれど。初読本の購入は冒険すぎました。しょんぼり。

12.風が強く吹いている/三浦しをん ☆☆☆*

→三浦さんの小説を読むたびに、随筆との作風の違い、選ぶ言葉やテンションの違いっぷりに目を白黒させられます。同一人物なんだよねぇ・・・。不思議。根強い人気がある箱根駅伝ですが、あの2日間のために1年を過ごしていると言っても過言ではない人たちがたくさんいるんだということが分かり、私の世界も広がりました。来年は箱根駅伝をもう少し真剣に見ようと思いました。

13.王妃の館(上)(下)/浅田次郎 ☆☆☆

→浅田さんお得意の「困ったちゃん(だけど全然憎めない)」がたくさん出てくる話ですが、読み終わった後にあったかい気持ちになりました。人は期せずして誰かに支えられているし、自分が意識していないところで、誰かを支えていることもある。はるか昔に完成したレシピが今も受け継がれていて、旅人たちの心身をあたためることもある。人生にそうそう奇跡は起きない、と私は思っていますが、でも、こういう思ってもいなかったような人たち(たとえば時代や場所を超えて)誰かの行動が誰かに影響することは確かにあるかもしれない、と思うし、それはすごく奇跡的なことだな、と思いました。

15.その女アレックス/ピエール・ルメートル ☆

→久々に購入した本。「驚愕のミステリー。この結末をあなたは決して予測できない。」というようなあおり文句に見事あおられました。確かに私にはまったく予測ができない結末でした。気持ちよく黙れされました。けれど、おそらく二度と読み返すことはないだろうなー。それぐらい描写が陰惨でした。今も思い返すだけで気がめいるような描写にかなりのページ数が割かれていた気がします。読み続けるのが辛かった・・・。実写化はまずできないだろうな、と思うし、実写化は絶対にしてほしくないかな。おそらく、どうしてもこの本を好きになれないし、読み返すこともないだろうな、と思ったのは、私がアレックスに感情移入しすぎたせいもあるんだろうな、と思います。

16.100万回の言い訳/唯川恵 ☆☆

→久々に恋愛小説を読みました。うーん。うーん。私には夫婦の心情はよく分からないけれど、でも、これが夫婦のありようだとすると、とてつもなく寂しい関係だな、と思いました。難しいなぁ、夫婦って。

17.ミーナの行進/小川洋子 ☆☆☆☆

→美しくて、かよわくて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない。ミュンヘンオリンピックの年に芦屋の洋館で育まれた、ふたりの少女と、家族の物語。

という帯文句に心惹かれ、借りた本です。帯文句を読んで期待していた通りのお話でした。小さい頃には気付かなかったささやかな日常が時を経て思い返されることで、きらきらと輝き、宝物のような日々となっていく。あの頃にはすごく幸せだったことにすら気付かなかった「当たり前」の日常にひそんでいた喜びや幸せに時を重ねて気付いている主人公の回想録を読んでいると、改めて時を重ねるということは悪いことじゃないな、と思えました。
記憶に残る夏休みのささやかでありふれた、けれど幸せに満ちた一日を思い返し、思い返すたびに「全員そろっている。だいじょうぶ。誰も欠けていない。」と繰り返すヒロイン。幸せだったあの一日を思い返すことで励まされる。そんな一日を持っているヒロインを心から羨ましく思いました。

18.ヒア・カムズ・サン/ 有川浩 ☆☆☆

→演劇集団「キャラメルボックス」とのコラボ作品。舞台とはまったくの別物だと書かれていましたが、それでもキャラメルらしいまっすぐさ、愛情に満ちた作品でした。キャラメルの作品はいつも登場人物が誰かのことをまっすぐに思っていて、そのまっすぐさに私は心惹かれるんだろうな、と思いました。今回の有川さんとキャラメルのコラボ作品は、誰かをまっすぐに思い続ける登場人物がいるところは、いかにもキャラメルらしく、けれど、そのまっすぐさを素直に表現できずに空回りしてしまうところが有川さんらしさなのかな、と思いました。

19.八月の六日間 / 北村薫 ☆☆☆*

→清潔感漂う素敵な作品でした。私は彼の言葉の選び方、場面場面のつなぎ方がとても好きなんだな、ということを改めて実感しました。出てくる登場人部がみなとてもすてきです。

20.タイム屋文庫/朝倉かすみ   読書中
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勇気ひとつを友にして

2015年02月17日 19時04分09秒 | 日常生活
幼馴染や地元友達と集まって鍋会をしました。

幹事持ち回り制で定期的に集まっては遊んでおり、今回は私が幹事! ・・・なのですが、なにせ地元友達宅で鍋をすることは前回、遊んだ際に決めていたのです。
残った作業は、当日、みんなで集まって買い物をし、買った食材を切って鍋に放り込むぐらい。

楽ちん幹事となれたので、幹事らしく「鍋の後、みんなでトランプでもしようぜ♪」と、幼馴染にトランプ持ち込みをお願いしました。
そして、自宅を解放してくれる地元友達には「お家の隅々まで見たいんで、ありったけの勇気を持って行きます!」と宣言。

なにせ、他人様のおうちにあがりこむのが大好きなのです。友人の家に遊びに行くとついつい(でも必ず!)部屋の間取りだけでなく、本棚の本とか、並んでるCDのタイトルとか、洗面所の広さとか、お風呂場の掃除具合とか、トイレの明るさとか(以下省略。とにかく隅の隅の隅まで!)一切合財見て回る派です。(大迷惑)

自宅開放予定の地元友達からは即座に「鍋するのに勇気なんていらないから。その情熱をもっと他のところに向けなさい。鍋の準備とかがんばるところが他にあるやろ。」と冷たい返事が返ってきましたが、ふふふん♪と右から左へ聞き流しました。

というわけで、当日。
幼馴染は集合予定時刻30分前に待ち合わせ場所のスーパーへ到着。(凡ミスだそうです。)
自宅開放予定の地元友達は10分前に到着。(社会人として当然の気遣いだそうです。)
うっかり集合予定時刻に家を出てしまった地元友達は(ふと気が付いたら時間になってたんだそうです。)前々から「遅れる気がする」と言っていた幹事(私。もはや確信犯。)を拾うように指示され、わざわざ駅まで出迎えてくれました。その間に本来いるべき場所に時間通りにいた友人2名はお買いもの開始。素敵すぎる連係プレーです。

買物もそろそろ終わるよ!という頃にようやく合流できた幹事は、自宅開放予定の地元友達(もはや裏幹事)から「この役立たずめ!」と罵られたのでした。あまつさえ「もう鍋のスープの味は決めたから。おやつも買わん。」とちびっこのような脅しを受けたのでした。もう結構な大人なのに・・・。

そんなこんなで(って、ほぼすべて幹事の遅刻が原因ですが)当初の予定よりも大幅に遅れつつも裏幹事の家に到着。
歓声をあげながら部屋に入り、早速、当初の宣言通り部屋の隅の隅の隅の隅まで見て回ったのでした。それでも、一応の遠慮はきちんと発動していて、押し入れの中とかクローゼットの中とか洗濯機の中とか、そういう「わざわざ開ける」という動作が必要な場所に関してはちゃんと「見たい!」という気持ちを抑えたのです。大人としてのたしなみは携えてた!
・・にも関わらず「ホントに遠慮がまったくない・・・。」と渋い顔を崩さない裏幹事。
渋い顔をまったくもって崩さず、ぶつぶつ文句を言いながらも「鍋ができるまでに絶対、お腹がすくと思って。」と、手作りスープを温めてくれました。
・・この女子力の高いツンデレさんめ。

お腹もちょっぴり落ち着いたところで鍋の準備を開始します。
「鍋は?」と聞かれて、あわててスープを作った鍋を洗い出した裏幹事の隣で、女子力高い幼馴染はてきぱきと作業指示を出し始めます。その指示に従順に従う地元友達は、野菜を洗ったり切ったり、という作業を「奥さんの尻にしかれている新婚の旦那さん」のような雰囲気で楽しそうに(でも、幼馴染いわく危なっかしく)こなしているため、えっらくかわいらしく、私は完全に鑑賞者となってしまいました。(要するに何もしていません。台所で作業ができる人数って意外と限られているのです。) 幼馴染の的確な指示のもと、順調に鍋が仕上がりつつあるそのとき。
ふと、私の頭の中を記憶の断片がよぎりました。



・・・あれ?
そういえば。
鍋会をするって決めた時に、裏幹事さんが「俺んち、割と人数入るけど、鍋がないよ。」って言ってなかったっけ。
でもって、そのとき、張り切って「大丈夫!うちに鍋あるよ!コンロも持っていくよ!」って言ってなかったっけ?私。

と、記憶の糸をたどりよせた私は思わず
「鍋、忘れてた!」
と、大声で叫んだのでした。
でもって、思わず大声で叫んだ自分に改めてびっくりしました。
まさかね。忘れ物を思い出して大声で叫ぶ、なんて、こんなベタな漫画的展開を日常生活で実演する日が来るなんてね。思いもよりませんでしたよっと。

というわけで、嫌がる裏幹事(えー?また家出るのー?面倒くさくない?と盛大に嫌がられました。が、てきぱき動く幼馴染が「鍋はもういらないけど、コンロはあったほうが絶対に便利だって!」と穏やかに説得してくれました。ええ幼馴染や。と、ほろり。)に車を出してもらい、コンロを求めて一路自宅に向かったのでした。

自宅に向かう車の中、「まさかね。案内メールを出した幹事が『持ってくるもの』の中から勇気しか持ってこないとは思わなかったよ。」と若干、「呆れる」を通り越して感嘆し始める裏幹事。

そうなのです。
今回、幹事として目一杯がんばった作業はみんなへの案内メール送付のみ。
張り切ってメールを作成した私は持ってくるものリストもちゃーんと掲載していたのです。

■持ってくるもの(当日までの準備含む)
・お部屋の片付け→裏幹事さま
・ガスコンロ→幹事
・鍋→石井さん、幹事
・トランプ→幼なじみ
・みんなで笑える写真→全員
・近況報告ネタ→全員
・美味しいおやつ→希望者
・薬味→希望者
・すべての部屋を見て廻る勇気→幹事

準備は完璧だったのに。

教訓:案内メールや準備リストは直前に見返すべし。
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[映画]ランボー2 怒りの脱出/1985年米国

2015年02月11日 11時40分45秒 | 映画鑑賞
■ランボー2 怒りの脱出/1985年米国
■監督:ジョージ・P・コスマトス
■脚本:シルヴェスター・スタローン、ジェームズ・キャメロン
■出演
シルヴェスター・スタローン、リチャード・クレンナ、チャールズ・ネイピア、スティーヴン・バーコフ、ジュリア・ニクソン

■感想 ☆☆☆*
「ランボー」とセットで見た「ランボー2」。「ランボー」は油断して見てしまいましたが、「ランボー2」は「アクションといえども、それだけじゃないよ。」という心の準備をかなり気合を入れて挑みました。が、あえなくノックアウト。現実と見事にリンクをしているような人質のエピソードに、なぜ私たちは同じことを繰り返してしまうのだろう、なんでもう30年も前に公開されたこの映画の題材がまったく古びることなく、今の世の中に通用してしまうのだろう、と痛む心を抱えての鑑賞となりました。
「ランボー」はやるせない気持ちを十分に味わったけれど、心置きなく主人公、ランボーに肩入れして見ることのできる映画でした。けれど「ランボー2」はランボーの怒りが大きすぎて、そして、国に忠誠心を持っているランボーは人を殺すうこと、ベトナム兵(やその背後にいるロシア兵)と戦うことには何の疑問も抱いていなくて、躊躇なく行動に移す姿が、よりいっそう「今このとき」を象徴しているようでひたすらに哀しく、心痛い2時間でした。

元上官のトラウトマン大佐がランボーを訪れるところから映画は始まります。彼は、服役中のランボーに、ベトナムの捕虜収容所付近へ潜入し、ベトナム戦争から10年以上経過しているにも関わらず、今なお囚われている戦争捕虜の証拠写真を撮影して帰ってきてほしい、と依頼します。
実際にベトナムで戦っていたために、捕虜がいるのであれば、捕虜を助けたい、と純粋に願うトラウトマン大佐。一方で、できれば「捕虜なんていない」という証拠を押さえてほしいと願う政府は、今なお捕虜がいることが分かると、捕虜を助けるために国防費からお金を投じなければいけないし、捕虜やその家族へも莫大な補償金を支払う必要が出てくる、捕虜がいたとしても、いなかったことにしたい、と画策します。
そんな上層部の思惑の違いなどなんのその、ランボーはひたすらに自分の信じる正義のため、命令を無視して捕虜たちを助け始めます。

しかし、無敵のランボーといえども、助けてくれると想定していた自国の軍から見捨てられた状態ではベトナムから脱出することかなわず、一度は捕虜を助けだしたものの、捕まってしまいます。捕まったランボーが虐待を受けながら「国に助けを求めろ。」と命じられる場面は、今このときに見ると、フィクションと分かっていても、つい現実と重ねざるをえない迫力で、正面から見ることができませんでした。
どんなに痛めつけられても、決して屈しようとしないランボーを見て、ターゲットを捕虜に変更するロシア軍兵士。自分の命ではなく、仲間の命を人質にとられ、初めて動揺を外に出すランボー。この映画が公開されて30年も経つのに、この場面が今とリンクしている、というその事実が私を打ちのめした気がします。

絶体絶命のピンチを乗り越え、すべての人質と共に脱出するランボーは、躊躇することなく、ベトナム兵を壊滅し、すぐ近くの村でも殺戮を繰り返し、一見ベトナム兵とは関係なさそうに思える普通の村人たちをも巻き込み、大脱走を繰り広げます。逃げ出すためには手段を択ばない。やられないために、やられる前にやりかえす。10年以上も捕虜として劣悪な環境で過ごしてきたアメリカ兵をアメリカに連れ帰りたいと願うランボーの気持ちはよく分かる。彼らを実際に虐待し続けていたベトナム兵とロシア兵に怒りを覚える気持ちもわかる。何より、彼らを「なかったこと」にし、見捨てた国や政府に大きな怒りを覚えているランボーの気持ちもすごくよく分かる。
けれど、怒りを原動力にして、目の前の敵をすべてなぎ倒して道を作り出すランボーの姿にはどうしても共感できず、だからといって、ここでは「話し合えばわかる」というような理想論は絶対に通用しないことも容易に想像できて、じゃあ、一体、私たちはどうすればいいんだろう、どうすればよかったんだろう、ということをひたすらに考えさせられる、後半部(おそらくクライマックス)でした。

映画のラストで国に絶望し、勲章を断るランボーにトラウトマン大佐は「何が望みだ?」と尋ねます。
「俺たちが国を愛しているように、国にも俺たちを愛してほしい。」というランボーの言葉に、私はおなじぐらいの大きさの共感と反感を覚えました。確かに国には(政府にも)国民を愛してほしい。「自己責任」という言葉で国民を切り捨てないでほしい。
けれど「国を愛する」という言葉にはどうしてもひっかかりを覚えてしまいました。大事な人たちがたくさんいて、生まれ育った大切な思い出があって、なじみ深い文化がある、その結果、この国を大事に思う気持ちは分かる。けれど、私たちはきっと「国」という漠然としたものではなく、具体的に思い浮かべることのできる家族や友達、すぐ近くに生きている隣人を愛するべきなんじゃないのかな。そして、遠くの国で、同じように愛されながら生きて生活しているその国の人たちがいることを忘れちゃいけないんじゃないのかな、と思うのです。
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応援したよ!北九州マラソン2015

2015年02月09日 23時31分50秒 | 100キロウォーク
今年も北九州マラソンが無事に終わりました。
・・・無事に、だったのかな?
海風がとんでもない強風で雪もちらつく中のマラソン・・・。
無事とは到底言い難い。でも、参加者みんなとても楽しそうな(でも、やっぱりもっっっっっのすごくっきつそうでもある)マラソンでした。

昨年から始まった北九州マラソンを私は昨年、我が家の前にて楽しみました。
1万人という数の多さと迫力を大いに楽しみ、そして1万人という数を具体的にこの目で見て、人数を具体的に実感しました。ニュースや新聞で目にする数字を、私はついつい「統計」としてさらっと受け止めてしまいがちなのですが、1万人を数字を実際にこの目で確認すると、いろんなことを改めて考えさせられるというか、1万人って本当に多いんだな、と感慨にふけさせられたというか。

閑話休題。
北九州市を大いに愛する地元民として、久々に北九州を元気に賑やかに彩ってくれたイベントを大歓迎したし、当日も楽しそうに走るランナーの姿をきゃあきゃあ言いながら楽しんだのですが、ひとつだけ心残りがありました。
それが知り合いが大勢ランナーとして出場したにも関わらず、ひとりも見つけられなかったぜ・・・というもの。

そうなのです。割に多くの知り合いが北九州マラソンに挑戦したというのに、1万人という数の迫力はものすごくて、ひとりたりとも見つけることはできなかったのです。
今年こそ!今年こそはちゃんとみんなを見つけて直接、声をかけるのです。
応援している私の姿をちゃんと見てもらうのです。

というわけで。
今年はマラソン前々日に出場者の面々へ「ここで応援してますよ!」というアピールをきちんと告知。
準備万端で当日に臨みました。
(なんなら、わくわくしすぎて朝、早起きもしました。出場するわけでもないのに、5時半に目覚ましをセット。でもって、母上が言うには、あまりに早い目覚まし時計のアラームに寝ぼけまなこの私は朝から激怒してたんだとか。でも、私には6時過ぎにすっきり目覚めた記憶しかないんだけど。おかしいなぁ。)

9時には寒さなんてなんのその、北九州マラソンスタートです。
スタート地点から2キロ弱地点の我が家付近には9時5分過ぎに先頭集団が到着しました。早っ!
今年も色とりどりのランナーたち。おしゃれな人、本気で走ってそうな人、楽しさを追求している人、にこにこしている人、コスプレしている人。
ランナーたちはそれぞれいろんなスタンスでマラソンに参加していることが分かる恰好で、でも、みな一様にすごく楽しそうという共通点があって。
なんだか羨ましくなりました。

とはいえ、羨ましがっている場合ではないのです。
次々にやってくる(やって来ているに違いない)ウオーキング仲間を見つけなければ!







・・・無理だわー。
ランナー1万人が次々にやって来るのに、これっぽっちも「知り合い」っぽい人に遭遇できない。
所詮1万人分の10を探そうっていうほうが土台無理だったのです。
今年も誰も見つけられないかもしれない、と心折れかけていたそのとき。
「のんちゃん!」と声をかけられました。
ウォーキング仲間のキャップが!軽やかに私を見つけてくれたー!!

と、歓喜している間にランナーが次から次へと通過。
みんな律儀に私を探してくれてました。私を見つけては、笑顔で声をかけてくれました。
なんだろなー。走っているみんなを見るだけであんなに嬉しくなるなんて。
すっごく不思議ですが、とにかくすっごく楽しかった!応援場所を宣言していて、本当によかった!と、心から思いました。

そして、なぜか私の隣では、私以上に母上がランナーに声をかけられて大喜びをしていました。
初めて顔を合わせる人がほとんどだというのに、「のんちゃん!」と声をかけてくれるランナーを見つけるやいなや、「きゃー!」と喜びながら「がんばって!」と熱烈に応援。・・・会ったことなかったよね?と、思わず確認しました。
「うん。あの人、誰?」と問い直されました。
なぜに知らないのに、そこまで興奮できるの?と無邪気な母上に心の底から感心。なんでこんなに素直な人が私の母上なんだろう?
とはいえ、ウォーキング仲間のみんなをほぼ全員、私より早く母上が認識して反応していたため、おそらく声をかけてくれたみんなはきょとんとしてたはず。
そんなこんなで、今年も大いに北九州マラソンを楽しみました。

今年は自宅前だけでなく、小倉駅周辺にも出向いて応援できたし。
スタート地点間近の我が家とはまったく異なるランナーたちの姿はマラソンの過酷さを物語るもので、運動と言うものに縁がない故に、ランナーがどんな言葉を(応援を)欲しているのか、これっぽっちも見当がつかない私は、「がんばれ」とすら声をかけることができずにいました。
なにせみんな、これ以上がんばれないぐらいがんばっているのが分かりすぎるぐらいわかる表情、姿なのです。
とても「がんばれ」なんて言えない・・・。

と、せつない気持ちになりましたが、夜の打ち上げで出会った勇者の方々は、みな一様に晴れやかな顔で「応援が嬉しかった!」「がんばってって言われると、すっごくきついのに、ほんの少し加速できるんよ。」と口々に話されていました。なるほど・・・。
あまり深く考えすぎず、来年は素直に応援しようと思います。

そうです。来年は今年以上に熱烈に応援する予定。
まさか実際に出場する、なんてことあるわけがないのです。
なぜかウォーキング仲間のみなさんは、根拠なく明るく「のんちゃんなら絶対に走れるって!」「楽しいよ、絶対☆」「応援するより実際に出るほうがずっとずっと楽しいから!」などと、と誘ってくれるのですが、自分が42キロも走っている姿なんて、今の私にはこれっぽっちも想像できないのです。

打ち上げのみんなはすごくすごく楽しそうだったけれど、その口から語られる経験談は、ものすごくものすごくきつそうなものばかりだったし。何より2月のこんな過酷な環境で走るなんて、そんなこと、へなちょこの私の引き出しを片っ端からひっくり返しても出てきそうにないのです。

元来、体育というものをずっと苦手にしてきた私が、その中でもマラソンは別格で苦手だった私が、一年で一番嫌いな季節が冬で、その理由の何割かを「体育の授業がマラソンになるから」を占めて来ている私がフルマラソンだなんて・・・無理無理無理っ!
と、言いながらも、どこかでほんのちょっぴり走っているみんなをかっこいいなぁ、と思っている自分もいて。
無謀な自分にちらりと恐怖を感じる今日この頃です。
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[映画]ランボー/1982年米国

2015年02月06日 18時07分09秒 | 映画鑑賞
■ランボー/1982年米国
■監督:テッド・コッチェフ
■出演者
シルヴェスター・スタローン、リチャード・クレンナ、ブライアン・デネヒー

■感想 ☆☆☆☆
アクション映画というものをほとんど見たことない私に、地元友達が勢い込んでそのジャンルでは「名作」と名高い作品を複数借りてきてくれました。見たことない私ですらタイトルは知っているような有名作ばかり。そして、見たことある人からすると、おそらく「なぜに今頃?」と首をかしげるに違いない昔の作品ばかりです。(しかし、私同様、アクション映画に疎い妹さんや母上はタイトルを伝えても「あ。聞いたことあるー。」という反応でした。この反応からも私がいかにアクション映画と縁なく育ったのかが分かるってもんです。)

というわけで、「アクション映画ね。おっきい音させてどんぱちしたり、人の生き死にに関わる場面が多かったりするんでしょ?覚悟して見ますよー。」ぐらいの心の準備で見た「ランボー」。「アクション映画見るよ。」ぐらいの心の準備じゃ全然足りませんでした。主人公、ランボーの抱える虚無感、孤独、痛みの大きさに胸が張り裂けそうになりながら見終えることになりました。ホント、生半可な気持ちで見る映画じゃなかった!もっと真剣に心の準備をする必要があった!思わず、見終わった後、地元友達に「最初にちゃんと言ってよ!」と八つ当たりしてしまいました。

戦友を訪ね、山間の田舎町にやってきたベトナム帰還兵ジョン・ランボーが、ようやく探し当てた友人の家族から息子の死を告げられるところから映画は始まります。とぼとぼと寒そうにさびしそうに来た道を引き返すランボー。そんな彼を巡回中の町の保安官ティーズルが見つけます。彼はランボーの貧相な格好や流れ者のような雰囲気を忌み嫌い、「この街から出ていけ」と高圧的な態度で告げますが、なぜか異様に反抗的なランボーはその勧告に応じず、結局、拘置所に連れて行かれることに。よそ者に対して閉鎖的、かつ居丈高な保安官たちから拘置所で拷問を受けた彼は、ベトナムでの出来事をフラッシュバックで思いだし、保安官を暴力で振り払います。そのまま山へ逃げ込んだランボーはいつしか保安官たちと戦うことに・・・というのが大まかなあらすじ。

ランボーひとりに対して町の保安官、ひいては州警察、と大がかりな組織が対抗に乗り出すものの、驚異的な体力、かつ鍛え抜かれた軍事センスの持ち主であるランボーの前に次々と犠牲者が出てなす術もない、という話です。
アクション映画の金字塔と言われているだけあって(言われている、と勝手に思っています。だって、私ですら知ってる作品だもの。)アクション場面は見事。びっくりするほど若いシルベスタ・スターローンが体を張って手に汗握るアクションを次々とこなします。

けれど、この映画が描いているのは派手なアクションで大活躍する無敵のヒーローではなく、あくまでも戦争で傷つき、未だに悲しみから立ち直れないベトナム帰還兵。ランボーが抱える孤独と哀しみ、ランボーだけでなく、ランボーと共に戦った仲間たちを含めた「彼ら」のやりきれない思いと境遇に静かに焦点を定めた映画でした。
国のため、と信じ、命をかけて戦ってきたランボー。それなのに、戦争に負け、戻ってきた彼を待っていたのは「あの戦争は間違っていた」という国民たちの声でした。戦争に貢献し、英雄として多くの勲章をもらったにもかかわらず、国に帰って来てみれば職もなく、命を呈して守ったはずの国民からは、ベトナム帰還兵と言うことでいわれなき差別を受けます。
国のため、と信じて戦った彼が守ってきたはずの国民から反発される寂しさ。英雄だったはずなのに、職もなく生活も安定しない不安と屈辱。最も辛かった時期を共に支え合った仲間たちを襲う化学兵器の影響による死。共にあの頃を思い出したり、今を嘆きあったりする相手もいない孤独。
何もかも失ったランボーに、町の保安官ディーズルが「町を守るため」と彼を追い出そうとするのが冒頭の場面です。守ってきた「国」の一部分である「町」の保安官から「町を守るため」と追い出される理不尽さ。
 言われるままに戦ってきた末にすべてを失ったランボーだからこそ、権力の象徴のような保安官の理不尽な命令に反抗的になったんだろうな、と納得しました。

 最も印象に残ったのは、山に立てこもったランボーがかつての上司トラウトマン大佐と無線越しに会話する場面でした。戦場で助け合い、信頼し合った父親のような上司からの呼びかけに迷った末に応じるランボー。おそらく彼はこの無線が逆探知されていることも分かっていたからこそ、迷った上で呼びかけに応じていて、その長い逡巡にトラウトマン大佐への信頼の大きさが伺えました。冒頭からほとんどセリフがなかったランボーはここでも言葉少なく、トラウトマン大佐の呼びかけに必要最低限の言葉で応じます。そんな彼が絞り出すように発した「みんな死んでしまった。」という報告に、彼の悲しみの大きさが伝わってきました。
映画ラスト間近、クライマックスでのランボーの独白場面も十分に胸迫るものがありましたが、私は声高に理不尽を訴えるこの場面よりも、暗い狭い山中の洞窟の中から言葉少なく語る彼の声と暗い画面の中、何度もクローズアップされる彼の伏し目がちの黒目のほうが彼の孤独と虚無感を強く伝えてくれていたように思いました。

 ラストに向けてどんどん破壊行動を続けるランボーは、きっと未来を生きることも明日を迎えることも望んでいなかったのだと思います。望むどころか、きっと彼は明日が来ることを想像すらできなかったのだろうと思うのです。あまりに孤独が大きくて、彼には「今」しかなかったし、自分が抱えるやりきれない思いを、理不尽な現実に対する怒りを、今、吐き出さずにはいられなかった。そして、吐き出せば吐き出すほど、その怒りも虚無感も増幅してしまったんだろうな、と思いました。

 私は歴史に疎い人間なので、ベトナム戦争がどうやって起こったのか、なぜ間違った戦争だったといわれているのか、どうやって終息したのか、アメリカがベトナムで何をしたのか、すべてをふんわりとしか知りません。でも、結局のところ、戦争に正しいも間違いもないんだな、ということを改めて強く思いました。正しい戦争なんて絶対にない。戦争に正義なんてない。どの戦争も哀しい結末しか生まない。そして、最も傷つき、痛むのは、ランボーのように何も知らず、行かされた人、国を信じて行動した人たちなんだろうな、と思いました。
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