さて、ネリカ米の話に興味があったから、ベナンを出張で訪れたときに、真っ先に「アフリカ稲センター」の本部の視察に出かけた。本部がコートジボワールのブアケから、ベナンのコトヌに移転して4年になる。ここには日本人研究者たちも来ているので、彼らに会って話を聞きたいという目的もある。
コトヌのセンター本部は、他の研究所も集まる研究地区の一画を間借りしていた。「アフリカ稲センター」に勤務する専門家の二口浩一さんと池田良一さんが、私を出迎えてくれる。お二人に案内してもらって、研究室を見学する。ブアケの旧本部の中身が、みんなこっちに来ているわけであるが、ブアケの研究室よりずっと狭いので、大変窮屈そうだ。新品種開発の研究部門と、その新品種の性質を調べる研究部門を、それぞれ視察する。
池田さんは、新品種の開発の専門家である。ここでは、遺伝子組換えの技法は用いない。欧州諸国の多くの国が、遺伝子組換えの品種を拒否していて、アフリカにもこれに倣う国が多くある。だから、遺伝子組換え技術に「汚染されていない」と言えることが重要である。池田さんは、必ずしも遺伝子組換えは必要ない、と語る。
「化学物質などを用いて突然変異を引き起こす方法でも、十分に新品種ができます。でも、遺伝子技術はやはり重要な武器です。その新品種を選抜していく、つまり雑草に対抗できる成長速度がある品種とか、いもち病や黄斑病などに抵抗力がある品種とか、それを選び出していくのに、遺伝子技術を使います。そうした特性をあらわす遺伝子にマーカーを付けて識別することで、結果を確認する時間が格段に短縮されますから。」
二口さんの研究室に行くと、炊飯器が沢山積んである。稲作というのは要は米の話なのだから、炊飯器があってもおかしくない、と納得する。アフリカの地域によって、米の料理の仕方も違うし、味の嗜好も異なる。だから、品種ごとに米の澱粉質の成分などを分析する。コートジボワールでは、炊いた白米に肉汁をかけて食べる。セネガルでは、細かい米粒をソースで煎って、チキンライスのように味付けして食べる。だからセネガルでは、むしろ破砕米のほうが好まれる。それぞれの土地にあった品種というものがある、という。日本は米の国と自負するも、種類については貧しい国だ。日本人は一つの種類の米しか食べない。米というものは、色も形も味も食感も、世界には様々あって、様々においしいものなのだ。
事務室で、ヴォペライス副所長も交えて、「アフリカ稲センター」の活動について説明を受ける。アフリカの食糧不足に対処するのに、稲作の改良は大変効果が高い。二口さんが説明する。
「アフリカの伝統的な稲作方法では、ヘクタールあたり2トンがやっとです。これに対して、近代的な稲作方法でネリカ米を作れば、8トンでも可能です。そこまで達成できなくても、4、5トンにまで増産するのは容易い。しかもネリカ米は蒔いてから短時日で収穫できるから、二期作、三期作が可能になる。収量の2倍、3倍の増加が、確実に実現できます。」
「アフリカ稲センター」では、農民の人々に研究段階から参加してもらい、自分たちが最も良い、最も育てやすいと考える品種を、自分の村の田に導入するという方法をとっている。すでにウガンダでは、ネリカ米の導入が進み、大幅な生産量の増加を実現しているという。また、マリのニジェール川流域では、灌漑施設の改良により、あわせて6万ヘクタールにおよぶ近代的な水田耕作を始めている。ネリカ米の導入により、このマリの水田では、ヘクタールあたり6トンを収穫しているという。
そういう話を聞くと、私の頭には、やはりアワさんの村のことが浮かぶ。私は「アフリカ稲センター」の専門家たちに、熱っぽく訴える。いや実はコートジボワールにこれこれという村があって、湿地に籾を撒き散らすだけの稲作なのだ、このネリカ米と、近代的な稲作技術を伝えれば、村を豊かにすることが出来ると思う。
二口さんは、本部移転前、ブアケの旧本部時代から勤務するベテランだ。コートジボワールの事情も知っているから、はやる私に貴重な助言をしてくれた。
「コートジボワールでは、稲作を移民部族が行っているケースが多いのです。移住してきた部族が耕作を認められるのは、湿地といった極めて不利な土地だけで、そうしたところには稲しか出来ないからです。彼らに土地を貸す際、地主たちは、耕作をしてもいいが土地を改良してはいけない、灌漑などはもっての外、という条件をつけます。コートジボワールでは、土地に木を植えるという行為でさえ、自分の所有権を主張することと同義ですから、土地の改作には神経質です。」
なるほど。だから農民には、籾を撒き散らすだけの農法しか許されていないのかもしれない。
「それに、その湿地に近代的稲作技術を導入して、格段の生産力を示し始めるや否や、その土地は有用な土地ということになって、地主が出てきて土地を取り返す、つまり農民を追い出すということにもなります。だから、農民にとって生産を上げることは、時に自らの首を絞めることにさえなるのです。」
いやはや、アフリカでは物事は簡単ではない。「災い転じて福」の逆で、収穫が増えたら増えたで、「福が転じて災いとなる」わけだ。
参考:二口浩一「アフリカにおけるイネ研究の成果および展望」
「アフリカ稲センター」のネリカ米研究室
手狭な研究室
ネリカ米のサンプル~日本の経済協力のロゴ
展示用の稲田
展示用の稲田