コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

福が転じて災いとなる

2008-12-31 | Weblog

さて、ネリカ米の話に興味があったから、ベナンを出張で訪れたときに、真っ先に「アフリカ稲センター」の本部の視察に出かけた。本部がコートジボワールのブアケから、ベナンのコトヌに移転して4年になる。ここには日本人研究者たちも来ているので、彼らに会って話を聞きたいという目的もある。

コトヌのセンター本部は、他の研究所も集まる研究地区の一画を間借りしていた。「アフリカ稲センター」に勤務する専門家の二口浩一さんと池田良一さんが、私を出迎えてくれる。お二人に案内してもらって、研究室を見学する。ブアケの旧本部の中身が、みんなこっちに来ているわけであるが、ブアケの研究室よりずっと狭いので、大変窮屈そうだ。新品種開発の研究部門と、その新品種の性質を調べる研究部門を、それぞれ視察する。

池田さんは、新品種の開発の専門家である。ここでは、遺伝子組換えの技法は用いない。欧州諸国の多くの国が、遺伝子組換えの品種を拒否していて、アフリカにもこれに倣う国が多くある。だから、遺伝子組換え技術に「汚染されていない」と言えることが重要である。池田さんは、必ずしも遺伝子組換えは必要ない、と語る。
「化学物質などを用いて突然変異を引き起こす方法でも、十分に新品種ができます。でも、遺伝子技術はやはり重要な武器です。その新品種を選抜していく、つまり雑草に対抗できる成長速度がある品種とか、いもち病や黄斑病などに抵抗力がある品種とか、それを選び出していくのに、遺伝子技術を使います。そうした特性をあらわす遺伝子にマーカーを付けて識別することで、結果を確認する時間が格段に短縮されますから。」

二口さんの研究室に行くと、炊飯器が沢山積んである。稲作というのは要は米の話なのだから、炊飯器があってもおかしくない、と納得する。アフリカの地域によって、米の料理の仕方も違うし、味の嗜好も異なる。だから、品種ごとに米の澱粉質の成分などを分析する。コートジボワールでは、炊いた白米に肉汁をかけて食べる。セネガルでは、細かい米粒をソースで煎って、チキンライスのように味付けして食べる。だからセネガルでは、むしろ破砕米のほうが好まれる。それぞれの土地にあった品種というものがある、という。日本は米の国と自負するも、種類については貧しい国だ。日本人は一つの種類の米しか食べない。米というものは、色も形も味も食感も、世界には様々あって、様々においしいものなのだ。

事務室で、ヴォペライス副所長も交えて、「アフリカ稲センター」の活動について説明を受ける。アフリカの食糧不足に対処するのに、稲作の改良は大変効果が高い。二口さんが説明する。
「アフリカの伝統的な稲作方法では、ヘクタールあたり2トンがやっとです。これに対して、近代的な稲作方法でネリカ米を作れば、8トンでも可能です。そこまで達成できなくても、4、5トンにまで増産するのは容易い。しかもネリカ米は蒔いてから短時日で収穫できるから、二期作、三期作が可能になる。収量の2倍、3倍の増加が、確実に実現できます。」

「アフリカ稲センター」では、農民の人々に研究段階から参加してもらい、自分たちが最も良い、最も育てやすいと考える品種を、自分の村の田に導入するという方法をとっている。すでにウガンダでは、ネリカ米の導入が進み、大幅な生産量の増加を実現しているという。また、マリのニジェール川流域では、灌漑施設の改良により、あわせて6万ヘクタールにおよぶ近代的な水田耕作を始めている。ネリカ米の導入により、このマリの水田では、ヘクタールあたり6トンを収穫しているという。

そういう話を聞くと、私の頭には、やはりアワさんの村のことが浮かぶ。私は「アフリカ稲センター」の専門家たちに、熱っぽく訴える。いや実はコートジボワールにこれこれという村があって、湿地に籾を撒き散らすだけの稲作なのだ、このネリカ米と、近代的な稲作技術を伝えれば、村を豊かにすることが出来ると思う。

二口さんは、本部移転前、ブアケの旧本部時代から勤務するベテランだ。コートジボワールの事情も知っているから、はやる私に貴重な助言をしてくれた。
「コートジボワールでは、稲作を移民部族が行っているケースが多いのです。移住してきた部族が耕作を認められるのは、湿地といった極めて不利な土地だけで、そうしたところには稲しか出来ないからです。彼らに土地を貸す際、地主たちは、耕作をしてもいいが土地を改良してはいけない、灌漑などはもっての外、という条件をつけます。コートジボワールでは、土地に木を植えるという行為でさえ、自分の所有権を主張することと同義ですから、土地の改作には神経質です。」
なるほど。だから農民には、籾を撒き散らすだけの農法しか許されていないのかもしれない。

「それに、その湿地に近代的稲作技術を導入して、格段の生産力を示し始めるや否や、その土地は有用な土地ということになって、地主が出てきて土地を取り返す、つまり農民を追い出すということにもなります。だから、農民にとって生産を上げることは、時に自らの首を絞めることにさえなるのです。」
いやはや、アフリカでは物事は簡単ではない。「災い転じて福」の逆で、収穫が増えたら増えたで、「福が転じて災いとなる」わけだ。

参考:二口浩一「アフリカにおけるイネ研究の成果および展望

 「アフリカ稲センター」のネリカ米研究室

 手狭な研究室

 ネリカ米のサンプル~日本の経済協力のロゴ

 展示用の稲田

 展示用の稲田


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1 コメント

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激励 (池村俊郎)
2009-01-06 15:50:26
岡村大使のブログ、西アフリカで足が地についた情報を提供してくれ、参考になります。アフリカのさらに片隅の村で日本の海外青年協力隊員が貢献している図など、国内メディアではなかなか伝え切れません。私もパリを中心に国内メディアの特派員をつとめていました。アフリカ支援について日仏協力の枠組みを作れないか、やっとフランスが関心を強めてきた時期だけに東京で努力したいと存じます。

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