コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

改善

2010-02-19 | Weblog

国際協力機構(JICA)の発案で、日本の品質管理の技法を病院の運営にあてはめてみよう、という技術研修が行われた。アフリカ諸国の保健衛生担当者を集め、病院サービスの向上を目的とするプログラム「きれいな病院」は、2007年に開始した。

ニアメ市にあるラモルデ国立病院のアマドゥ院長は、昨年日本に招待されて、JICAで「きれいな病院」研修を受けた。この日本式業務管理方式に、いたく感銘を受けた結果、さっそく病院の運営に、この方式を取り入れることにした。院長の号令一下、病院の医者、看護士、従業員、全員が、日本のやり方に学ぶことになった。それは、「改善」である。

「改善」とはなにか。アマドゥ院長によれば、それは「5つのS」だ、という。「整理(Seiri)」、「整頓(Seiton)」、「清掃(Seisou)」、「清潔(Seiketsu)」、「躾(Shitsuke)」の5つの項目について、意識を高め、行動に移すことだ。最後の「躾」というのは、きっと「規律正しく」という意味なのだろう。

病院の医者、看護士、従業員、すべての病院関係者が、それぞれの部署で、「職務改善チーム(Work Improvement Team)」をつくって、業務内容や仕事環境の「改善」について話し合う。問題がどこにあるかを提起して、その原因を分析し、そして解決策を探る。これを、上からの指示ではなく、現場の人たちが自主的に行う。

視察に訪れた私に、アマドゥ院長が説明する。
「病院のサービス向上と、衛生面での危険防止について、改善の余地を検討しました。病院に来る患者さんたち、そして私たち病院で仕事をする人々自身、それぞれのために何が出来るか。実際にそういう意識で検討してみると、たくさんの改善がありうることが分りました。しかも、そうして見付けた多くの改善点は、まず今ここにある材料だけで、ほとんど予算を取らないで実現しているのです。」

まず、整理整頓である。各自の机の上、書類の整理から始めた。まず不要な書類を捨てる。次に書類に項目を付けて、箱に整理して並べるようにした。この「改善」で、事務室の周りが綺麗になっただけでなく、仕事が早くなった。書類が分らなくなったり、探したりすることで無駄になっていた時間が、相当あったことが分った。整理整頓は、書類だけでなく、薬局の薬などにも心掛けている。

病院には、たくさんのゴミ箱が置いてある。ポリバケツに蓋の付いたゴミ箱である。ゴミが風などで散らからないように、蓋が閉めてあるのはいいのだけれど、人々はわざわざ蓋を開けてゴミを捨てようとはしないので、結局ゴミ箱の周辺がゴミだらけになる。そこで、蓋の上部に穴を開けて、蓋が閉まったままでもゴミを投げ入れられるように「改善」した。これだけのことで、ゴミ箱の周りが格段に片付いた。

入院した患者を訪ねて、見舞客がおおぜいやってくる。日本の病院などのように、受付を置いて外来者を案内する、などする余裕はここにはない。それで、これまで見舞客は、自分の見舞う相手がどこにいるのか、病室を一つ一つ訪ねて探さなければならなかった。それは、見舞客にも負担だし、病室の静謐も乱された。そこで、黒板を置いて、病室の番号と患者の名前を書き出すように「改善」した。これで、無駄な苦労や混雑を、避けることができた。

ニジェールでは、水は貴重である。洗浄などに使った水を、そのまま流して捨ててしまうのは勿体ない。衛生上に問題のない限り、一度使った水も再利用できないか。そこで、そうした水を集めて樋に流し、鉢植えの植え木への水やりに使えるように「改善」した。水やりに使っていた分の水が、これで節約できるようになった。

病院の従業員も、通院の患者も、ここでは多くが単車を使う。ところが、単車をちゃんと空き地に停めない。そんなところに停めると、ひょっとしたら盗まれるかもしれない。それで、自分の事務室や、病室や診察室のすぐ近くに停める。心配性の人は、部屋の中まで持ち込む。おかげでずいぶん雑然とするし、第一、邪魔である。それで「改善」である。JICAに支援を得て、単車の専用駐車場を設置した。駐車場は網で囲まれ、整然と並べられて、十分安心できる。事務室や病室から、単車が消えた。

「つまりは、何か問題があるからといって、ただ腕を組んで困った顔をして、誰かが解決してくれるのを待つのではない。自分たちで何とかするのだ、という姿勢を持つことだけで、大変な効果が出るのです。病院で仕事をする人々の気持ちが、とても前向きになる。「改善」に取り組むことは、人々のものの考え方を大きく変えるのです。」

さらに、業務の効率化だけでなく、病院の成績にも確実な成果が表れているという。
「2008年からこの「改善」を実施したわけですけれど、2009年にはすでに、目に見える効果が現れてきました。例えば、患者一人当たりの平均入院日数が、8.6日だったものが、翌年には5日に減りました。また、入院患者の死亡率が、12.10%から11.45%に大きく減じました。」

アマドゥ院長の説明には、私もたいへん感銘を受けた。私は答礼の挨拶をする。
「日本では、机の上を見れば、その人の頭の中が分る、と言います。私も、皆さんの整理整頓に見習って、自分の机を片付けなければ。成果が出ているとのお話をお聞きして、私の大使館でも、「改善」の手法を採用しようかと、思いついたところです。なにより仕事を、人から命じられて行うのではなくて、自分の使命として進める。そうした意識を持つことは、とても大事なことであると思います。」

この「改善」という方法論は、少しでも工夫して良い仕事をしていこうという、日本人の仕事の文化そのものではないか。日本が誇る仕事の文化が、ニジェールの病院に伝わり、評価され実行に生かされているのである。先週も、保健大臣が病院を訪問したので、「改善」の成果をおおいに披露した、という。この手法を、全国の他の病院にも広めていくのだ、と宣言する院長の姿は、もう「改善」教の伝道師さながらである。

 ラモルデ病院の入り口
左から二人目が、アマドゥ院長

 きれいに磨き上げられた構内

 蓋に穴を開けたゴミ箱。
これで蓋を閉めても、散らからなくなった。

 木にゴミ箱を付けるだけで、人々はゴミを捨ててくれる。

 患者名を黒板に表示して、探す手間を省く。

 単車の駐車場

 立札に「5S-KAIZEN」と書いてある。

 単車を整理整頓して駐車する。


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