コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

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安定化基金の破綻

2010-05-25 | Weblog
コートジボワールのカカオ生産は、国内最大の基幹産業である。だいたい、どの資料を読んでも、次の説明がある。
(1) 世界第一の生産国として、その生産量は世界全体の40%。(ガーナは20%で、この二ヶ国で世界のカカオの6割を占める)
(2) コートジボワールの国内総生産の10%を占める。国内で3~4百万人が、カカオ産業に従事している。

こういう記述があれば常に、出来るだけ実際の数字にあたってみるようにしている。(1)については、日本チョコレート・ココア協会の資料(国際ココア機関(ICCO)の統計の引用)がある。2007-08年期の生産量の数字でみると、世界全体のカカオ豆の生産が373万トンであるのに対して、コートジボワールの生産は138万トンである。割ると37%で、確かに4割弱になっている。

(2)については、世界銀行の資料によれば、2008年の国内総生産(GDP)は、234億ドル。それに対して、カカオ豆の輸出額は、17.7億ドルとなっている。単純に割ると8%弱だ。でも、1998年の数字だと、GDPが128億ドルで、カカオ豆の輸出額が13.5億ドルだから、10%を越えている。最近は、カカオ豆以外の農産品や工業が伸びて、相対的にカカオ豆生産の割合は減ってきたと言えるのだろう。それにしても、依然として1割近い重さがある。

輸出額17.7億ドルというと、1700億円。これだけの規模のお金が、カカオ豆という商品作物をめぐって、毎年この国の中で動いているわけである。しかも、農民が栽培し収穫した豆を、単に買い集めて港から輸出するというだけなので、カカオ豆生産・流通は捕捉しやすい。そういう事情もあって、コートジボワールでは、カカオ豆生産・流通は、巨大な利権につながってきた。

利権というのは、少し言葉が過ぎるであろう。カカオ豆生産の重要性から、コートジボワールは独立以来、この産業の育成保護を図ってきた。そのために採られた政策が、カカオ豆の買い取り価格の安定である。1964年に、「生産者価格安定化基金(Caistab:Caisse de Stabilisation et de Soutien des Prix des Productions Agricoles)」が設立された。ウフエボワニ大統領の作ったこの制度は、素晴らしい機能を発揮した。一次産品の価格は激しく変動する。しかし国際価格がどうなろうが、コートジボワール政府は一定の買い取り価格を、農民に保証した。だから、農民は収穫時の確実な収入を念頭に、年初の投資計画を立てることができるようになった。

そのおかげで、農民はカカオ生産の拡大にいそしんだ。1980年代に至るまでは、この制度は順調に機能した。国際価格が高い時には「安定化基金」は、買い取り価格との差額で資金を蓄積し、国際価格が安くなったらその資金を農民に放出した。「安定化基金」の維持のために、農民は生産量に応じて一定の額を上納した。このようにして「安定化基金」の扱う金額は、巨額なものになった。こうした資金を活用し、道路・港の建設をはじめ、国内のインフラ整備などの多額の公共投資も可能となった。「安定化基金」は、コートジボワールの国土建設の原動力だったのだ。

もちろん、綺麗事だけではない。「安定化基金」が生み出す資金のうち結構な部分が、ウフエボワニ大統領の資産など、使途不明の部分に消えたとされる。あの巨大なヤムスクロの大聖堂も、そうした資産の一部で造られた。その頃は、それでもよかった。ウフエボワニ大統領が確固たる政権を維持することが、カカオ生産者の繁栄には重要な条件だったからだ。

ところが、1980年代の終わりになり、カカオ豆の国際価格が急落した。以前の半額になってしまったのだ。いくら国際価格の変動に対応するためとはいえ、「安定化基金」はそこまでの価格低迷には堪えられなかった。「安定化基金」の失速とともに、たちまち、ウフエボワニ大統領の政権運営がおかしくなり始めた。

1987年、それまでアフリカの奇跡とさえ呼ばれてきたコートジボワールの経済は、破産宣告を余儀なくされた。45億ドルの債務を抱えて、ウフエボワニ大統領は、債務の返済は不可能であると表明せざるを得なかった。その帰結として、世界銀行・国際通貨基金(IMF)の処方箋に従って、経済運営の立て直しを図ることが求められた。この処方箋が「構造調整計画」と呼ばれるものであり、経済制度の大幅な自由化を主眼とする。

コートジボワールは、1989年に「構造調整計画」を受け入れることを決めた。世界銀行・IMFが乗り込んできて、国がコーヒー・カカオの生産・流通に直接関与してきた制度を、まず槍玉に挙げた。、「安定化基金」は、経済自由化の原則に反する制度だ、というだけでなく、巨額の資金の流用が行われてきた汚職の元凶であると見做された。

「安定化基金」の解散が求められ、1999年、それが実行された。この制度の自由化は、カカオ生産の農民たちを、まともに国際価格の荒波にさらすことになった。これまで、「安定化基金」によって予め決められた価格で買い取られていたカカオ豆は、今や村を回るレバノン人商人の言い値で買いたたかれるしかなくなった。価格変動のリスクを、一人一人が背負わなければならない。それは、農民たちにとって、大変な負担となった。肥料や農機具などの投資が、カカオ豆の価格低迷によって、期末には回収できなくなるかもしれない。

だから、農民たちには「安定化基金」に代わる新たな制度が必要なことは、当初より誰しも認めていた。ただし、今度の制度は、「経済自由化」のもとで再建されなければならない。つまり、「民営化」であった。

(続く)
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