時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

弓を活かせて

2016年11月20日 | 時事寸言

弓の毛は自分で替えますが何時も少し多い目で例に依っては、
然し限度も在り松脂は微量、塗付けは微妙に難しく苦労します。

楽器を肩に弓は弦の上で唯、乗って静止しています。

毛幅一杯、全部を弦に密着させ弦に預けた弓はもう持って無く、
11ミリは弦を把握して吸い付いた儘、可動を待って居ます。

従来奏法の様に弓の傾きは無く毛の上の棒は微動も無く静止し、
右手の人差し指の動きに備えて居ます。

人差し指に巻きつかれた弓の棒は其の側面で軽く圧力ですが、
一旦、抜けた後、動き始めますが毛に伝わる弦の振動は微妙で、

自由を得た弓の毛は全ての振動を伝えて来ます。

さぁ、音楽が始まり其処に先駆の人の作品は数百年の眠りを、
覚まされて多次元、形而上と言う事ですが奏者の意識は、

作品年代へと誘われますが其の身体は現実に居た儘です。

其処に数百年の遡及と言う事ですが?当時の演奏習慣を感じ、
再現され様としていますし其処に奏者の瞑想は始まり?、

至福の時は展開され行き気付きの時と、演奏の時です。

弓の毛は?、棒の張りは?全て弾力、バネの作用と言う事で?、
最小限の棒の張りは毛にも最小限でバネの全ては音に現れ?、

当時、演奏されて居た奏法の違いは違った演奏と成りますが?、
松脂の雑音も無く毛の使われる量も違い音圧の違いは違う音?、

隔年の差と奏法の差は違った次元を感じさせ今に再現と云え?、
作者との対話は奏法を超えて開花するかも知れません。

演奏者は現実に居乍、作品は数百年の隔たりを超へ、
現在に再現されて作者の息吹を感じられるとしたら素晴らしく、

音楽、音学は素晴らしい表現分野と言えますし感性も又。

カール・フレッシュ氏の第五番目の奏法です。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 不法滞在 | トップ | 国土防衛と野党 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。