時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

音学と時間と

2017年05月15日 | 時事寸言
此処、数年、楽器を弾か無い期間が打ち過ぎますが表現手法が?、
もっぱらPCで文字表現と言う事ですが?、其れゆえかも?、

長年暗譜中の曲は最初の辺や全く、再現出来無い様に成り?、
楽譜を観ると五線の段が間違えて観得たりで困りものです。

唯、五・六年程度での結果ですから恐ろしい結果ですが?、
楽譜解読には善い機会かも知れずと思い乍?、

記憶の保持は短時間で消滅すると後悔、残念に思って居ますが、
現在、愚文の表現には其れは現れなかった事ですが?、

ヴァイオリン演奏に関しては余りに早い記憶の喪失はショック、
然し、此の愚文作成も毎日一つと言う事は難しく感じ始め?、

ヴィオリン演奏練習に戻るとすれば尚更の事ですが、
今迄の楽譜解釈が再度の楽譜解釈と成れば観得方も変わり得る?、

可能性も楽しみですが?ではブログの更新はと思うと時間が、
足り無いと言う事で二の足と言う事ですし其の根気と言う事です。

MIDI表現のデュレーションやアーティキュレーション等の表現、
其の結果のブログ開示も考えますが例えばスタッカート表現でも、

其の数値を変える事で曲の姿は変わりますが其の表現が?、
時代や演奏習慣の変化にも成るのですが此れも時間が必要で?、

二兎を追う者と成って仕舞いますし時間がと言う事です。

MIDIも、何故かと言えば平均律の楽器的ですがヴァイオリン、
楽器演奏解釈では音律的に違和感は無く自然と言えますが、

楽器を弾いての解釈では録音FILEも何故か不自然と感じるのは?、
気の性でしょうか?二兎を追う者と言う事かも知れません。

何れにしても楽器を道具に表現ですが其の前に他人の作品と、
言う事ですが其処で再現させて戴く訳で感謝と敬意も必要です。

自作自演では無い訳ですから自分の意思での再現では無く?、
作品本位の解釈と言う事で自己主張は許されませんが?、

其の当時の演奏習慣を守り正しく再現させて戴くと言う事です。

其処に作者の当時の音学観が感じられるとすれば感動ですが、
楽譜を正しく当時の演奏習慣が守られた時、達成感かも知れず?、

其の証は自分が演奏中を忘れて在るかどうかかも知れません?。
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