時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

音楽と時代性

2017年02月22日 | 時事寸言
テレビでクラシック音楽の指揮者や演奏家が音楽を語る番組に、
出会いますが数百年昔の音楽家の遺作、作品を云々ですが?、

其々の音楽家の音楽に対しての関わり方が話されて居て、
人、其々で違う音楽と認識を改めますが?人に依って違う音楽は、

語られ評価が違うと驚きますし自分が音楽として語り使う作品?、
昔の人の音楽作品は何と考え演奏又は指揮して居るのかが伺え?、

出会う度に拝聴して居ますが善く解ら無いのは自分と作品の、
表現趣旨は自作自演は滅多に無く昔の音楽家が残した作品ですが、

表現方法や解釈に於いての話と伺えますが?作品や其の当時の、
演奏習慣では無く如何に解釈、演奏するかの話が主で?、

再現では無く?、演奏と言う事の様で?従って当時の演奏習慣は、
無視置き去りと思われて成りませんが?其れならば自作自演を、

すれば他人の作品を弄ぶ事も無く自由存分に演奏は可能です。

作曲法に依っての厳しい禁則は何を意義して在るのかも考慮は、
出来ず意義も知らないとしたら?自分の演奏の為の楽譜は?、

唯、在れば可く?残された貴重な遺産でも在る作品の楽譜は、
勝手放題に使いまくり?ああだこうだと勝手な御託を並べ?、

作曲、演奏、鑑賞の三者が同時代に在ると言う状態は同時代性に、
在りコンテンポラリー、コンポラ状態の一つに過ぎず?、

時代が異なりコンポラで無い場合も同じ扱いとする現代音楽家?、
分業に依って在る音楽環境の現在ではコンポラ状態に無い、

隔年に依る故人の作品をコンポラ状態に於いて扱う失礼は?、
其の極みですが此の場合、演奏では無く再現とも顧みず、

表現の仕方や解釈云々は笑止千万?で忠実な再現と思いますが?、
個人の音楽観の違いは在るにしても先ずは忠実に再現の後、

個人の表現として現在自分の音楽に依る現在環境に生きる存在の、
演奏をするなら未だしも、バロック時代の演奏家がしたあの奏法、

繰り返し記号の部分で一回目は作者に尊敬の正規の演奏をして、
繰り返しの部分で自分の技量、音楽感で飾ると言う手法は、

現在、演奏家の場合に無い演奏方法ですが?現在数人在る事も、
事実ですしロマン派音楽思想のコンポラ状況では其れは無く?、

自由奔放な解釈に依って現代奏法にも依っての演奏と成ります。

自由な事が現在なれば?、人の質で為せる事ですから?、
良くも悪くも自由と言う事かも知れません。
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