時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

多次元での音学

2016年10月12日 | 時事寸言
人が人生する場所は全て物の世界の三次元上と言う事ですが、
其の三次元上から多次元上に亘り姿、形の無い次元に移行する分野の存在は、

普段、余り経験する事は少ないとと思われます。

音楽上の先人の残された作品では三次元上の楽譜としての遺産ですが、
此の楽譜に在る音符や記号も人が記した三次元上の表現ですし、

其の演奏道具の各楽器は此れも人に依っての制作作品です。
では、其の楽器を使い楽譜上の音符、記号を人が音に出した時、

其れは音魂、音楽表現と思われますが此れに似た事柄、表現に、
バラモン教典では祭祀部では無くベーダーンタ、ンタの部分で、

其処に書かれた文字を唯の文字の羅列に過ぎないと表現ですが、
此れを人の声に出した時、其れを言霊と言うと記載が在ります。

其の姿、形を持た無い状態の姿は正に音学でも言い得る事で、
一旦、人が演奏する状態を云いますが意識する仕無いを問わず、

感じる事の出来る人に限って其の事実を享受する事が出来ます。

此の境地は演奏中自分の身体を気付か無い事に依って其の状態で知る音学は、
霊的な感覚上に展開される楽譜内容ですが自分の身体を忘れて在る其の状態、

作品は其の作者と時をおなじゅうする当時の演奏習慣での演奏時に、
其の感動は訪れますし?唯、演奏技術が優れ様が此の次元の外に在る時は、

演奏上優れた演奏に違いは無くても?時を画した現在演奏者と、
隔年の開きに在る作者との意思の疎通は無いと言う事ですが、

此の次元の演奏と思える状態では音学を通じ在るのは音学のみと言う事です。

此の次元の音楽演奏と作品、作者は此の時一同に在りますが、
其れは現実に遮られ存続する事は至難の事と言えます。

一度、此の経験に於いて感じた経験は同じ条件に達する時、再度訪れ?、
其の体験は至福の時と言えそうですが何時も其の境地に達する事は在り得ません。

音学は音楽ですが人の身体に依って得られる分野としても又、
霊感的な形而上の表現として哲学的な内容に浸る事も又、事実です。

哲学に於いての思索は音楽に似ていますが音を用い無い事も又、事実です。

音学は学問の最上位に在って唯一、靈魂の喜ぶ学問の如しで、
ソクラテスを思い出しますが音学を其の様に思う事は如何でしょう。
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