時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

音学と其の意義

2017年04月19日 | 時事寸言
音学と言う言葉を、音学を学び考察する時にと使い始めて以来、
音楽を通常意義で使う時は明治以来の西洋文化音楽ですが、

此処数年来音学と使い始めての数年としてはネット上でも、
少ない言葉と記憶しますが?最近、検索するに多く見掛ける?、

言葉としての認識は音楽を学問としての意義での使用を意味し、
感覚的感情的分野での一般音楽との意味の区別を意図した意味で、

霊的、哲学的と意図する時に当を得た言葉と定義して居ましたが、
ネット検索結果からは違って?の意味でを感じる言葉?と思い、

如何でしょう?記号記譜での楽譜に於いて残された音楽を、
隔年の現在に居ての其の再現ですが古来の記譜法に於いて、

教皇に使えた女性に依って進言されたと言う線と線の間も使う、
アイディアを教皇の決断も在っての現在への御存じ記譜法に、

依ってのバロック時代以前の音楽作品は現代音楽思想に依っての、
音楽知識は共通の規範?を持って再現出来る現在状況ですが?、

従って、ロマン派音楽思想の音楽手法でも再現出来る記譜法は、
当時の作品演奏、再現も可能と言う現在の音楽環境ですが?、

時代、時代に依っての演奏習慣を無視しても演奏は可能ですから、
現代人が其の作品を再現する事も演奏と云い?、

何の違和感も抱く事無く演奏して居る事は現状です。

然し、其の再現に依って人の耳、聴覚に再現される音学作品は、
鑑賞と霊的な意義の音学との意味に於いて霊的な域の再現では、

姿、形を持た無い状態での音学、学問と思う時?、
相応しい文字、言葉としての音学の文字が意義する内容を、

哲学的に考察、思索するとしたら?、プラトンの著書での、
ソクラテスが言う、音楽は学問の最上位に在って唯一、

霊魂のよろこぶ学問と言う言葉に依って意義する音学ですが、
此の学問と言う時の音学を違うと云い、楽しむ物との定義は?、

一般音楽専門家にも存在する定義で学問では無いとのお叱りに、
遭遇した経験に依って其れを音学と呼称したのですが?、

今哉、此の音学と言う言葉文字はネット上では多く観懸けます。

音楽は音を楽しむと観得ますが音学と言う時、
音を学ぶと感じますし思索や考察を感じますが、

霊的には無、無形も感じられてソクラテスが突如、立ち止まり、
暫し、動かなく成る状態を想起して仕舞いますが?、

其処に真知の希求と思える節も在りヴァイオリン練習中、
我を失い身体を離れて在る自分に戻り其れを知る時の如くで、

音学に至福の時と言う事ですが?意図して成れ無い事も事実で、
身体に在って、身体に無い状態と云えそうです。

音学に限らず此の状態は可能ですが依り霊的な状態です。
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