時事寸言

時に応じ事象に応じて寸言。

現在と法の意義

2017年07月18日 | 時事寸言
最近の風潮ですが報道機関のニュースは結果報道のみで?、
内容は不明ですが?孫は可愛いとは昔の話で孫に依って殺される?、

ニュースが増え続けて居る様ですが?事情は報道される事が無く、
結果のみの受取ですが?時代が其の様に成り?疎通は失われ?、

崩れ行く?人の社会と言う事かも?知れません。

横の繋がりは勿論、縦の繋がりは米国に依って齎された憲法に?、
依って其の民法での家長制は断絶されて現在の核家族制ですが?、

法の意義も人の都合で何とでも変わり法関係三者に依って?の?
弄びとも観得る現在では明治以来の法も敗戦に依る憲法の結果?、

何の進歩も感じられず条文運用には長けても其の意義は既に無く?、
法律三者の弄び的存在と観得?法律に関連した事えの近寄りは?、

充分考慮するべきとの結論は法の学習に依って得られますが?、
離れて観る法の世界は明治以来の外国文化に依る事ですし?、

地方に置いて法廷の経験は正しさへの裁きでは無く争いで在れば?、
失望、虚しさの結果だけが残り二度と民事の法廷には立ち度無くと、

思い知らされますし刑事に於いても人を殺し尊属に置いても同じ?、
刑は罰では無く教育に重点とかで微々たる刑は凶器を持てば殺傷、

必至で在っても薬物酒類の結果で有れば軽微な結果の刑罰で?、
法の初期の意義は既に無いと言えますが結果が殺傷なら其れ成りの、

刑に依って罰せられて当然ですが何かと?理由付けで無罪にと?、
導き法は既に意義を失って在ると言う事です?。

法は古来からの文献に於いて学習は可能ですが?現在では?、
其の条文の運用だけが司法三者に委ねられ一般庶民からの疑問は、

法の存在意義すら曖昧と成って居無いでしょうか?、
其の根源は憲法に在るのですが?憲法云々は野党議員に依って?、

何時の場合も歪められて在るのかも知れません?。

三権分立(さんけんぶんりゅう)の現在ですが其のルーツは西欧で?、
法史学を始め法に関する図書は豊富に存在しますが?、

時間と金銭は必要ですが学問出来る事も事実ですし日本の場合?、
条文運用に三者と思える現在では法の意義より実務と言う事か?、

失望と虚しさの感じられる現状ですが?、日本の場合は?、
殆どの分野で明治時代に外国文化が其の基礎に感じられて?、

もう百数十年には成るのでしょうか?分野に依っては?未発達?、
充実は行われず?陳腐な状態とも言えそうですが?国家公務員の?、

活躍分野で?其の結果は明治維新、昨日の状態かも知れません?。

私が?法廷と裁判官の内容に失望した虚しさも其処の在り?、
法の正しさに虚しさを感じた裁判官の言葉や姿勢ですが?、

其れ以来、法廷との関係は幸、在りませんがあの横柄な言葉と態度、
恐らく、忘れる事は無いと思えますが?馬鹿々々しい話です。
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