おでかけZIOさん
さ迷い人でも言いましょうか、さしたる当てもなく、場所を時間を彷徨っております。




散歩での発見は次の散歩を誘発するものですね。
「印波」に続く「香取」に足を向けたくなってしまいました。
香取と言えば香取神宮、鹿島神宮と相並ぶ古社です。
地図で改めて確認すると両社は正に「香取の海」の入口に立つ灯台的存在、なるほどなぁと呟いてしまいました。
行程は利根川に沿うR356に出て銚子に向けて針路をとればOK!
途中、道の駅「発酵の里こうざき」で休憩、、つい発酵食品を衝動買いしてしまいました。😅
次に足を止めたのが利根川横に建つ大鳥居、香取神宮の参道入口となり、傍のBSの名称も「津の宮」でした。この鳥居、平成14年に再建されたのだとか、木造の立派なものでした。
堤防に立ち坂東太郎の豊かな水量を目にし、鳥居越しに遠く筑波山を望む。
 
 
この鳥居の下に立つと江戸時代以降の水運の賑わいを思い起こさずにはいられません。
そして更なる時代を遡って見たくなります。
神崎の街歩きの誘惑を振り捨て先に進みます。
目指すは今は香取市小見川支所になる小見川町役場、なかなか立派な建物である。
その2階にある埋蔵文化財展示室、案内を請うて展示室内に。
町内の城山1号墳の出土物を中心に展示されておりました。
6世紀後半の下海上国造の首長墓と推定されていて出土物も多彩でした。
5振の環頭太刀「吾作」銘の三角縁神獣鏡衝角付兜、挂甲、武人埴輪、馬の埴輪、・・・。
 
 
他にも佐原の古墳から出土の石枕がありました。これは5世紀始めの房総の石枕出現期のものではないかと言う解説でした。(・_・D フムフム。

次に向かうは縄文中期の標準的遺跡と言われ阿玉台式土器としてなじみ深い阿玉台貝塚
南小学校の横の墓地の奥に石碑が立っているだけでした。
道端では水仙が、もう花をつけていました。
 
この地は桓武平氏の祖・高望王の子、平良文が土着した地でもあり、その墓と伝えられている塚も隣接していました。
近くに「田園空間博物館まほろばの里」案内所なるものがあり立ち寄って見る事に。
 
その施設は予想以上に面白いところでした。
施設と言うよりは「案内人」のオジサンがおもしろかったです。
郷土資料館の趣があったのですが「良文貝塚」の出土品が多くありました。
目玉は香炉型顔面付土器ですがレプリカ展示となっておりました。

(実物は豊玉姫神社で保管されていて毎年11/3日に公開している)
話好きの案内人と一時間以上話し込み、あらら、もう夕間暮れ、急いで館を後にしました。
駆け足で、近くの来迎寺、豊玉姫神社、良文貝塚を巡って帰路についたのでした。
   
(12/10)


 



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