ジグザグ山歩き

山歩き、散歩、映画など日々、見たこと、聴いたこと、感じたことなどつれづれに。

レイチェルの結婚

2009-08-31 21:42:19 | 映画
精神疾患を抱えた人や家族の苦悩は大きい。その背景も何か深い過去があったりする。それを描いたのが「レイチェルの結婚」であるといえる。薬物依存症の治療施設を退所したキム(アン・ハサウェイ)は、姉のレイチェルの結婚式を控えた実家へと戻る。しかし、家族や新郎新婦の友人等が集っているが、みなの違和感のある態度を感じ、緊張感が走る。つまり、キムの存在が家族の緊張や衝突を引き起こしていく。お互いに眠っていた内面の葛藤がキムの存在によって、露になってくる。つまりそれぞれのトラウマが葛藤として出てくるのである。そこでおきる家族間の心理的な葛藤や苦悩がリアルに描かれている。精神的な疾患は、周りはなかなか理解しにくい、というよりはキムのようなパーソナリティ障害を抱えている人の全てを受け入れるのは非常に困難である。そこで衝突が生じたりする。それでも一触即発で、犠牲も出やすい面もあるが、こうした病気は苦悩や葛藤を避けて、過去を埋もれたままにしていては、克服されていかないのかもしれない。レイチェルの結婚をきっかけにして、何かが動いたようにも感じた。
また、この結婚式には白人、黒人、アジア人と様々な人種が集っている。レイチェルの夫は黒人である。自然になっている。黒人の大統領が生まれたアメリカである。時代の変化を感じる。
 シドニー・ルメットの娘ジェニー・ルメットが脚本。ジョナサン・デミ監督が「最も美しいホームビデオ」を目指し、リハーサル無しでの撮影で作られている。人間の内面の暗い部分を抉り出しているが、今のアメリカ社会の中で、共感する部分とか何か訴えるものがあると思われる。こうした低額で作られた小規模な映画であるが、アン・ハサウェイはアカデミー賞にノミネートされ、この映画も色々な賞をとって、高い評価を得ている。

城山でかき氷

2009-08-25 10:45:51 | 山歩き
休みが一日とれて、夜は焼肉を食べることになっていて、日中、山でも歩こうかなと思い、夏が終わりそうなので、かき氷でも食べようと思って、小仏城山に登った。ゆっくり家を出たので、ショートカットして、小仏のバス停から小仏峠経由で歩いた。リュックも軽いし、思ったより早く山頂に着いた。楽しみにしていた山頂のかき氷は、美味しかったが、もう少し汗をかいてから食べればよかったかなと思った。たっぷりの量のかき氷、最後は体が冷えてきた。少なくても景信山経由で歩けばよかったかな。城山からは高尾山に登って、4号路を歩いて、吊り橋をわたり、ケーブル高尾山駅の前を通り、2号路から琵琶滝コースに出て、高尾山口駅に着いた。城山は人が少なかったが、さすが、高尾山は人がたくさん登っていた。帰りに南多摩の温泉に入って、夜は焼肉をたっぷり食べて、生を3杯も飲んでしまった。完全にカロリーオーバーである。

黒部五郎岳

2009-08-17 21:34:24 | 山歩き
2泊3日、双六小屋でテント泊をし、黒部五郎岳に登った。8月13日の午後4時に駅で職場の山仲間モンちゃんと待ち合わせをして、その日は、宿「焼岳の里」に宿泊。ここの宿の温泉はよかった。女将さんも家庭的な方で、気さくな感じの人であった。翌14日に新穂高温泉から登り始め、双六小屋でテン泊、15日に黒部五郎岳を往復し、双六小屋に戻り、テン泊し、16日には新穂高温泉に下りた。
コースは新穂高温泉~小池新道~鏡平~双六小屋(テン泊)~双六岳~三俣蓮華岳~黒部五郎岳~三俣蓮華岳~双六小屋(テン泊)~鏡平~新穂高温泉である。
北東尾根に回りこんで黒部五郎岳のカールを通るカールコースを往復する。
最初は、モンちゃんと、双六小屋から槍ヶ岳に登るという計画をたてて、歩き始めた。しかし、モンちゃんが、途中で、足がつり気味になり、鏡平小屋に泊ることになった。翌々日に新穂高温泉で待ち合わせることにした。私はとりあえず、双六小屋まで向かった。もしかして次の日はモンちゃんが双六小屋まで登ってくるかなと思って、もう一泊双六小屋に泊ることにした。そこで、今まで登り損ねている黒部五郎岳を登ることにした。結構きつかった。黒部五郎小屋まで下っていくのだが、これがどんどん下る。そうなると戻りはまた、ここを登ることになるので、気持ちがだんだん、しんどくなった。黒部五郎岳は稜線コースとカールコースがあり、カールコースの方が時間短縮できるので、そこを往復。カール沿いの道は、沢があったり、岩がゴロゴロしていたが、気持ちのいい歩きが出来た。それでもバテてきたので、結局戻るのだから、テントの入っていない軽身ではあるが、途中、急坂になる沢あたりにリュックを置いて登る。山頂は、雲がかかっていたが、時々雲が流れて、山並みを見ることもできた。前々から登ってみたかった山でもあるので、無理をして登ってしまったが、達成感はあった。3日目にモンちゃんは私が槍ヶ岳から下りてくるとおもっていたので、新穂高温泉から登りはじめて、滝谷出合い近くまで登ったが、当然出会えることはなく、待ち合わせの時間もあったので、下りてきた。お互いの思い込みがなかなかかみ合わなかったのである。結局は、待ち合わせの時間に合流が出来て、「深山荘」の露天風呂に入って、一緒に車で帰る。車は13日の夜は、ETCで千円高速にもかかわらず、まったく渋滞はなく、帰りの16日はそこそこ渋滞をしたが、思ったほどで渋滞がなく、帰路に着くことが出来た。今回は双六小屋でテントで2泊をして、一日目は、満点の星で、流れ星もよく見えた。これは「ベルセウス座流星群」のようである。2日目の双六岳から三俣蓮華までの稜線は槍穂の稜線が大きく見え、鷲羽岳や水晶、薬師、黒部五郎が雲ノ平を囲むように連なりが見えた。気持ちのいい歩きが出来る。三俣蓮華から黒部五郎岳の往復がとにかく長かったが、黒部五郎小屋からの登りは、沢があって、水が豊富だったので、水分を補給したりした。汗もたっぷりかいたが、久しぶりにがっつり歩いた感じである。だんだん年齢を重ねてくると無理は禁物と思うが、今回は自分の体力としては少し無理をしてしまったと反省。2日目の夜は雨が降ってきて、テントにかかる音で目が覚めてしまう。3日目の双六から新穂高への下りは雨を覚悟したが、天気が回復して、ここでも槍穂をみながら下りることが出来た。この稜線もお気に入りの一つである。
服装でタイツをはいている人が目立ったのは、最近の流行なのかな。若い男女のカップルも多かった。このあたりを歩く人は、体力があるのか、皆歩くのが速い、どんどん追い越してもらって、先に行ってもらった。大変だったが、充実した山歩きとなった。


池袋演芸場で小三治

2009-08-03 09:11:29 | 落語
天気予報は雨マーク、山にも行けないしで、家で色々としようかなと思ったが、池袋演芸場で、小三治が昼の主任に登場することがわかった。朝11時前ではあったが、あわてて家を出た。池袋演芸場は客席が少なくて、100席にも満たない。小三治目当てで、人はびっしり。補助席を置いてあって、しかも通路も人があふれているので、トイレに行くのも大変と言う状況。到着したのは11時半過ぎていて、この時間では当然、立ち見である。昼の部の終わる5時近くまで、立ってみた。立ち見だと、さすがに居眠りは難しいので、疲れはするが、話は聴ける。それが、最後のトリの小三治の噺になると、疲れてきて、少し集中力が切れがちだったのが残念。
はん治の新作落語「鯛」も面白かったし、漫才のホンキートンクも受けていた。小袁治の「紀州」もおなじみの落語だが、なかなかよい。伯楽の「猫の皿」も味があった。伯楽は、17人追い越して、真打になった小三治に比べ、残った17人を真打にし、しかも二人足して、20人の大量真打を出した時代の足された二人のうち、一人が伯楽だという話を暴露していた。この後に落語協会分裂騒動が起きて、その時のことを伯楽は本に書いているので、自分の本の宣伝をしていた。元九郎は今回、話は押さえて、三味線を聞かせることにこだわった感じである。
小三治は「百川」である。マクラが、スーパーの野菜売り場で、外人さん相手に英語を話せる女性が侮れないと言う噺を面白おかしく披露。また、小三治の噺はある意味、淡々としゃべりながら、ボソッと一言言うのも思わず笑を誘ったりする。マクラの話もここまで話すのにこんなに骨を折るとは思わなかったと一言が出ると、笑の渦が巻いていた。そして、四神剣(しじんけん)や百川の説明に入って、本題に入る。百川はペリーの来航時の饗応を考えられない予算で受け持った店でもある。その由緒ある百川で雇い人となった百兵衛の言い回しが客との間で大きな勘違いを生む。そのやり取りがコミュニケーションという最初のマクラとつながってきている。さすが、噺が上手い。一方で、今回の噺は駄洒落が多い。大きなクワイの塊を飲み込むしぐさや表情も上手い。私自身は集中力が途切れがちであったが、今回も小三治ワールドを楽しませてもらった。